順調な撮影、その流れが変わったのは5話の撮影がもうすぐ完了するというときの事だった。
「え……降りる?」
「ああ、やってらんねーよ」
一人のモデルが突然言ったその言葉に監督は困惑の表情を浮かべる。
突然そんなことを言い始めたのは6話から登場となるストーカー役だった。
今日あまの作中でも屈指の名シーンである場面に登場するストーカー。伏線だけは以前からあったものの出番はここまでなく、次回からいよいよ出演という事で作品の雰囲気を味わうため、現場に来ていた。
そんな彼のまさかの発言に監督は何とか説得を試みる。
「どうして突然?ようやく出番なのに」
「色々この番組については調べてたけどさ、この作品有馬かなとその他って言われてんだろ?今日現場で見てたら噂なんかじゃなくてマジじゃん。そんな作品に俺が今更出ても恥掻くだけじゃねーか」
他の役者は少しずつ作品がよくなっている過程を知っている。ただストーカー役のモデルはただでさえ少ない出番だというのに、それでも目立てないなら出る意味合いをあまり感じていなかった。
更に言えばストーカー役のモデルは追加の演技練習などしていない。間違いなく悪目立ちするのが分かっていたため、否定的なのも無理はなかった。
「うーん少しだけ出番増やすからさ、ダメかな」
「それに俺の衣装ってフード被るんだろ?全然モデルとしての宣伝にもならねーし、やりたくねぇよ」
ほとんど彼の中では結論が出ているようで捲し立てるように告げる。
そんなやり取りをアクア達は少し離れた場所で聞いていた。
「あーなんか不味いことになってきたわね~」
「な、なぁかなちゃん。ああいうのって止めなくていいのか?」
「座長である私を飛び越えて監督やDに直談判している時点できついでしょ。それに原因は私にもあるみたいだし、何言っても逆効果よ」
かなは責任感があるからこそ、自分で相手の役者を納得させたいと本心では思っている。
ただ原因が自分だと聞こえている時点でほとんど彼女にできることはなかった。
「悪いな、俺が全力でやったほうがいいなんて勧めたから」
アクアは自分にも一因があると考えて、かなに謝罪の言葉を発するが、それを彼女は鼻で笑った。
「はっ何言ってんのよ。最終的に一回アンタの提案拒否って自分で判断して全力でやるって決めたのは私でしょ。勝手に責任感じてんじゃないわよ」
「だが」
「それに……もしあの時、私が手を抜いて演技しても今よりいい作品になったとは思えない。これでアイツがやらないって言うならしょうがないって思うしかないわ。どうせああいう奴って私が手を抜いててもどうせ逃げてるでしょ。……ただ監督さんやDには悪いけど」
かなの心配は役者の確保そのものにあった。
こんな終盤も終盤で役者を探すのは簡単なことではない。
クール単位で役を受けている役者は既に空いていない上に、コストもそこまで掛けられない。
それでいて客層に合わせたキャスティングが必要になる。
アクア達が話をしている間にも展開は進み、モデルは言いたいことを言いきったのか現場から出て行ってしまった。
「えーっとこの場合どうなるのでしょうか」
「多分一旦撮影が中断されますね。幸いここまでの撮影が順調だったので2週間は余裕があります。その間に彼を説得するか代役を探さないといけません」
突然起きた出来事にまだ状況を理解できていない吉祥寺の言葉にアクアが答える。
ただどちらに転んでも最終話のクオリティーには支障が出てしまうだろう。
吉祥寺もなんとなくその事を察しているため、少し表情が暗い。
「あー行っちゃった……どうしようかな」
「とりあえず6話は一旦リスケっすね……多少日程に余裕あるのが幸いですけど」
「折角最初の評判から皆頑張って盛り返してくれてるんだから最後でコケるわけにはいかないよね……」
「今日のところは諦めて5話の撮影を進めるだけで止めるしかないね~皆に連絡だ」
監督達スタッフ陣は当初の想定よりずっと撮り甲斐のある番組へ仕上がっている今を無駄にしたくないと思っている。
だが人がいないのではどうしようもなかった。
結局その日はクライマックスのシーン以外を撮影して現場は解散となる。
この後、デッドラインとなる二週間、結局説得も失敗し、代役は見つからなかった。
「……冗談じゃないわよ。ここまでやってきて、メルトくんも声枯れそうになるくらい練習してようやく最後のシーン良いものができそうって時に」
かなは悔しそうに声を出す。
第六話の撮影は少しずつストーカーのいない範囲は進んでおり、今日の撮影が終わればストーカーのいないシーンは残っていない
クオリティーをキープするには、今日明日が撮影の限界という状態まで追い込まれていた。
メルトも焦燥の表情を浮かべており、現場の空気もよろしくない。
アクアはそんな彼らを見て、自分が何もしないという選択を諦めた。
「鏑木さん、今話いいですか?」
「ああ、ようやく来たかい」
余裕そうな返事にアクアはこの人実はわざと後任を探してなかったんじゃないだろうなと疑いを持ったまなざしを向ける。
実際はちゃんと探していたが見つからなかったが正解なのだが、鏑木はおくびにも出さなかった。
「……ほんと業界に長くいるだけはあるな」
「君たちはいい作品を作りたい。僕もコストを掛けずにいい作品を作りたい。ウィンウィンな話だと思うけどね」
「貸し一つですよ」
「今回は甘んじて受け入れるよ」
余裕綽々な鏑木に対していつか絶対見返してやると思うアクアだった。
アクアとの会話が終わってすぐ鏑木は監督に近づいて言葉を掛ける。
「ちょっといいかい、代役が見つかったよ」
「えっ今ですか。見つかってたならもう少し早く教えてくださいよ。各方面に連絡してたんですから」
「だって今言い出してくれたんだから」
そう言ってアクアへと視線を送る鏑木。その視線を追って意味を理解した監督は少し焦った様子を見せた。
「いや、残りの予算だとアクア君を使う余裕はないんじゃないかな。僕も次監督予定の映画に彼を使ってみたいなと思って予定と金額感を事務所に確認したけど、予算オーバーだよね?」
「今回は鏑木さんと話をつけたので大丈夫ですよ。ストーカー役の人のギャラそのままでいいんで。それに僕にとっても得のある話ですから」
鏑木への問いかけだったが、アクアが直接監督に返事をする。
アクアもこれをただ働きとして認識していない。むしろチャンスだとすら思っている。
アクアはこれまで子役時代に主人公やヒーローといった属性の立場を演じることが多かった。
これ自体は悪いことではないが、星野アクアはこういう役もできるというのを見せた方が今後としてもいい。
「……まぁ君がいいなら僕としては歓迎するよ。でも台本は読んでるかな」
「全部頭に叩き込んでるので大丈夫です」
「ああ、メルトくんに教えてたもんね。じゃあ……ごめんだけどお願いしようかな。僕らもさ、ここまで来たら本当は最高の最後が見たいんだ」
元々メルトの指導で読み込んでいたというのもあるが、リスケの時からアクアはこの可能性を頭には入れていた。
そんな会話が終わり、アクアの衣装が用意される。
元々役を降りたモデルとアクアの背格好は近く、ちょうどいいと言えた。
「いいの?折角の復帰初戦がこの作品の端役で」
「このままだと放送ペース的に恋愛リアリティーショーが復帰作品になる予定だったからそれよりはいいんじゃないか?」
「……そうだったわね。本当に売れる気ある?って言いたくなる組み合わせよね」
かなは思い出したくない事を思い出させられてしまい苦い顔を浮かべる。
ただそれは決して内容に文句があるわけではなく。
(あの時どうして私はパーを……グーを出していれば今頃は私が)
アクアの相手を決めるじゃんけんにおいて、最後あかねとかなの一騎打ちになった時に出した手の事を彼女は今でも後悔していた。
かなが過去を振り返っている間に、今度はメルトがアクアに話しかける。
「ストーカー役、アクアがやってくれるってマジか」
「ああ、俺ならずっと現場にいたし、雰囲気も合わせられるだろ?誰もいないならこれ以上の適任はいない。俺だってお前らの頑張りをずっと見てきたから最後までいい作品にしたいしな」
そんなアクアの言葉にメルトは胸が熱くなる。
これまでずっと演技を教えてくれたアクアとの共演。絶対最後はいいものになったと認めてほしいと思っていた分、更に気合が入る。
「よし、じゃあリハ入るよ。かなちゃん、メルトくん、アクアくん。用意して」
飛び入りの参加ではあるもののアクアは自分の立ち位置をよく分かっている。
今回のアクアは光を際立たせる闇の役割。
そのための下準備をリハで行うアクアを見て、かなは本番の成功を確信したのだった。
「よし、本番行くよ。よーいアクション」
カチンコの音が強く響き、カメラが回り始める。
ずしりとした空気が辺りを満たし、一年の時を濃縮したかの様な重くて強い時間が流れる。
人生そのものを問われるかのような長い一瞬。
このシーンのために、かなはメルトを育て上げてきたといっても過言ではない絶対に失敗できない原作の名シーン。
「放っといてよ!勝手に付いて来て!」
かなは原作のヒロインの事を思う。
愛を知らない少女が、初めて誰かに守られて涙を流す事になる名シーン。
漫画でここを読むときはいつもかなは涙を流す程であり、その時の甲斐甲斐しいあかねを思い出せば胸が温かくなる。
「お前の考えそうなことだ、馬鹿なの?」
メルトの言葉にはしっかりと強い言葉の中にも優しさと呆れといった複雑な感情を入れ混ぜられている。
このシーンは特に練習をしただけあって及第点と言っていいクオリティーに仕上がっていた。
「でも!」
「一人にさせねぇよ!」
ヒーローの気持ちがしっかりと乗ったいいセリフ。
ただ緊迫感があって怖くておどろおどろしいシーンにするには少しだけ圧が不足している。
しかし、かなはもう心配していなかった。
(結局……私が、私たちが本当に困ったときはいつも助けてくれるのよね)
メルトのセリフにわざと少し被るような形で、コツコツと足音が撮影現場に響き渡る。
迫る音が原始的な恐怖を駆り立ててくるそれは、ストーカーが入ってきた合図。
先ほどリハーサルでは意図して足音を立てなかったことにより、不意打ちのような形でメルトに恐怖と、それに反発する勇気を与える。
「この女はお前が思っている様な人間じゃない……お前みたいなチャラついた男とは絶対に相容れない」
アクアはストーカーのような狂気に呑まれた男を一度間近で見ている。
既に10年以上も前のことだが、今も記憶から色褪せる事はない。
あかねのような憑依型の演技は得意とは言えないが、あの出来事については何度も振り返ってきた。
裏切り、共感、憧憬、愛情いくつもの感情を混ぜ合わせた醜悪な意思。
それをアクアは言葉に、瞳に宿す。
先ほどのリハーサルとはまるで異なるアクアの雰囲気に、メルトは知らない人間がいるように幻視した。
「そんな女守る価値なんてないんだよ!」
友人だと認識したままでは、今のメルトでは憎悪や憤怒といった感情は乗せられない。
そのためのアクアの演技は、メルトの演技をより引き立たせる。演技にドップリと潜り込ませ、演技だという事すら一時的に忘れさせる。
友人を愚弄されたメルトはアクアの胸元を掴み、啖呵を切る。
「この子は俺の大事な友達だ!殺されても守る!」
原作屈指の名シーン、その演出意図構図テンポ全てを活かすための立ち振る舞い。
撮影現場にいる全員を今実際に起きている事件を見ている気分にさせるほどの臨場感がそこにはあった。
「何をしたって無駄だ!」
恐怖がありつつも、振り絞った勇気でかなを守るように手を広げるメルト。
そんな彼を搔い潜り、アクアは手に持っていたナイフを振り上げる。
「諦めて流されろよ!」
あの時のリョースケと同じように。ザクリと突き刺さるアイへのナイフと同じ軌道を描いたその動きを見て、メルトもこのままでは彼女に本当にナイフが刺さるとすら感じて、必死でかなを守ろうと行動した。
思い切り振りかぶった拳がアクアへと当たる。メルトはここで演技から引き戻されるが、これまで練習してきた経験が、何とか彼をヒーローのままでいさせた。
吹っ飛んだアクアとかなの間に入り、身を挺して守るように立ち塞がる。
アクアも痛みなど意に介さず、最後まで怖く、キモく、どこまでも自分本位なストーカーを演じ切る。
「お前なんて誰にも必要とされていない。身の程わきまえて生きろよ。夢見てんじゃねぇよ……この先もろくな事はない。お前の人生は真っ暗闇だ!」
(あとはかなが上手く泣いてくれたら……頼むぞ、かな)
今のアクアに演じられる負の感情を混ぜ込んだ声をかなへと向ける。
アクアの仕事はここまでだ。
最後はこの大きな闇全てを薙ぎ払うような強烈な光があってこそ、ここまでの布石は生きてくる。
アクアもメルトも、ここでカメラ外。二人はかなの表情に注目する。
「それでも……それでも光はあるから」
太陽と称される笑みと泣き演技の組み合わせ。
アクアが作り出した闇の中に現れた光。
メルトの勇気が生み出した希望を胸に演じられたかなの演技は、すぐそばで見ていたアクア達だけでなく、スタッフまで目を奪われる。
原作の名シーンを完全に再現した最高の場面がそこにはあった。
一瞬の間が空いてから撮影が終わり、簡単な確認作業が行われる。
文句なしのシーンが撮れていると判断した監督達は、この流れに合わせて最後まで撮りきろうと決める。
「かなちゃん、最後のシーン行ける?」
「はい……アクア、アンタカメラのそばにいなさい」
「は?」
監督からの問いかけに、かなはすぐに返事をする。そのまま流れるように隣にいたアクアへ声をかけた。
アクアは次のシーンが何かを理解している。
その言葉の意図をかなから探ろうと視線を向けたが誤魔化すように首を振られた。
「今は何も言わないで聞いてくれたらいいから」
「……分かった」
かなは冷静に自分の長年の気持ちと向き合っていた。
今からかなが演じるシーンは『ヒーローへ恋に落ちた乙女の顔』の場面。
(普段はクールぶってる癖にドルオタでシスコンで女好きでたらしでどうしようもない奴だけど……本当に私がピンチな時は助けてくれる漫画のヒーローみたいな奴で演技もできて、格好良くて……もう認めるしかないわよね)
アクアとの付き合いももう14年になるだろうか。かなは自分の人生を振り返る。
初めてできた同世代のライバルであり、本当に絶望しそうなときに私を救って事務所を移籍させてくれた恩人であり、そして今日も助けてくれた男でもある。
いつからこの気持ちが胸にあったのかも、かなは分からない。だが、ずっと前からあったそれに今日ようやく名前を付けられる。
完全に自覚したことで胸に溢れる思いを、かなは最後の演技に乗せる。
(本当はヒーローに向けるべき感情なんだけど……本物の感情を魅せるならこれしかないわよね)
最高の演技ができたのだ。最後のシーンも誰が見ても文句のないものにしたい。
かなは視線をカメラのすぐそばに立って気まずそうな表情をするアクアへと向ける。
それだけで起きるかなのごく自然な表情の変化。
一発で撮影は無事に終わることになった。
【速報】今日あまドラマwwwwwww
1.甘口の名無しさん
神とさせていただく
4.甘口の名無しさん
>>1
あの1話から面白くなるわけねーだろ釣り針でか過ぎ
5.甘口の名無しさん
かなちゃんオタクには満足だろうな
6.甘口の名無しさん
黙って最終回見てこい
メルト見直したわ大根野郎だと思ってたのに
11.甘口の名無しさん
駄作が名作に変わる瞬間を見た気がする
13.甘口の名無しさん
名作がドラマで穢されただけだろ
17.甘口の名無しさん
>>4
いや3話以降は面白いから
2話以前は見なくていいけど
22.甘口の名無しさん
マジで3話以降は見やすくなったよな
メルトがぐんぐん成長してるのが画面越しにも分かって感動した
33.甘口の名無しさん
ラストシーンは原作超えたかもしれん
マジで涙止まらなかったわ
有馬かなの泣き演技まだ死んでなかったんだ
42.甘口の名無しさん
誰かストーカーの演者分かる奴いない?演技上手すぎて引いたんだけど
51.甘口の名無しさん
>>22
1話見返したら下手過ぎて笑ったもん
実はメルトサクセスストーリーだったのかもしれない
79.甘口の名無しさん
>>42
顔ずっと隠れているしなんでかクレジットに名前ないんだよな
陰の功労者だろ最後とか特に臨場感凄かったわ
84.甘口の名無しさん
ストーカー役誰か想像つくけどそうだとしたらマジで嬉しい
100.甘口の名無しさん
祝・トレンド3位
107.甘口の名無しさん
ネットドラマでこれは快挙でしょ
114.甘口の名無しさん
メルトの事見てたらドキドキするようになった
イケメンで努力家とかずりーわ
122.甘口の名無しさん
ラストのかなちゃんの雌顔に見覚えがありすぎるのでストーカーはアイツだと思う
142.甘口の名無しさん
かなちゃんファンとかいう鋼のメンタルの持ち主
NTR耐性付きそう
158.甘口の名無しさん
>>142
寝てから家って言われる奴
171.甘口の名無しさん
B小町R界隈ではストーカー役誰か推測できてるんだよな
192.甘口の名無しさん
あんまりその辺詮索してやるなよ
純粋に最終回楽しんでほしかったから名前伏せてもらったんだろうなと思ったら惚れそうになるわ
1000.甘口の名無しさん
かなちゃん今日あまを救ってくれて本当にありがとう