「あった、ここだな」
スマホのマップを確認していたアクアは顔を上げて店名を確認する。
「へー低予算ドラマの打ち上げの割には雰囲気ある場所じゃない。鏑木さんらしいわね」
「あの人色々な店知ってそうだもんな」
この日、アクアはかなと一緒に『ZEDER』という店を訪れていた。
今日あまの最終話も公開され、一通り評判の確定したこのタイミングで、関係者による打ち上げが行われることになった。この店はその会場になっている。
アクアが扉を開けて店員に関係者であることを伝えると、今日あま関係者の貸し切りとなっていたため、スムーズに中へと案内される。
内装は洒落ており、かなは満足そうである。
「あ、あの俳優2話のゲストで出てた……今思うとこの予算規模でよく出てくれたな」
「そうよね~私も不思議に思って聞いたら今日あまのファンだから少し割安で受けたらしいわよ」
「そういう事もあるのか。やっぱりファンだと肩入れしたくなるものなんだな」
客寄せ用に少ない出番では、それなりにいい俳優に声を掛けていたようだ。
アクアが思っている事を呟くとかなは呆れたような視線をアクアへと送る。
「アクアも大概よ?条件は違うけど、私とメルトの友情出演みたいなもんでしょ」
「俺は復帰したばかりだから子役時代ほどギャラ高くないぞ」
「そうかもしれないけど、やっぱクレジット記載なしはやりすぎじゃない?」
かなは配信後にエゴサをしながら今日あまの感想を散々確認した。
ストーカーの演技を褒めている書き込みは数多いものの、それが誰かは知らない人の方が圧倒的に多かった。
いくつかネットで気付いている人間もいたが、コアなB小町Rファンのみである。
(というか誰が見慣れた雌顔よ!そんな方法で特定って……そんなに私って分かりやすいのかしら)
見抜いた人達を凄いと思いながら更なるエゴサをしていたら自分のラストシーンについて揶揄するような表現を見つけてダメージを受けたりと彼女としては色々思うところはある。
かなが思考の迷路に突入したところで、アクアは彼女がした質問へ答えを返した。
「別にかな達のためじゃない。俺にも考えがあっての事だ」
「へぇ~ホントかしら。なんか斜めに構えてるわね~素直に私のためって言ったら?言ったらぁ?」
少し意図的に煽るようなかなの喋り方に、アクアは少し大人げなくも挑発に乗る。
「誰が……かな、ここが店でよかったな。事務所だったら本気で分からせてたぞ」
「やーん怖~い……ってアクアにそんな勇気ないでしょ」
付き合いが長い分、こういったやり取りもスムーズで、周りにいる関係者も本当にこんなやり取りしてるんだなといった視線を彼らに向ける。
そんな小気味のいいやり取りをしている二人へ一人近づいて話しかけた。
「よっすお二人さん。アクアもかなちゃんも流石に様になってるな」
「ああ、メルトも似合ってるな」
「そうね、いい感じじゃない。アクアの服選びよりは間違いなくセンスあると思うわよ」
一通り世話になった相手に挨拶を終えたメルトが、楽しそうに会話する二人へ話しかけてきた。
二人はじゃれつき程度の口喧嘩をピタッと止めてメルトの声に応じる。
そんな彼の服装についてアクアとかなは各々の感想を言うが、それにメルトは引っ掛かりを覚えた。
「え?アクアの服って全然いい感じだと思うけど」
「今着てるのはね。普段の服センス終わってるから」
「おい、別に問題ないだろ」
アクアの言葉にそうかしら~なんて茶化しながら返すかな。
そんな二人をメルトは本当に仲いいなと生暖かい目で見るのだった。
「それにしてもメルト、改めて映像で見たけど良かったな」
アクアはかなの相手もそこそこにメルトにドラマの話を振る。
撮影時現場に入っていたアクアは客観的に見直す事で、やはりメルトの演技は良かったと再認識できたことを本人に伝えるための話だった。
「お、おう。俺も実際にできたもの見たらさ、思ったよりずっと感情乗ってていい演技出来たなって思えてさ。ただ……」
一度言葉を区切って息を吸ってからメルトは自分が感じたことを言う。
「やっぱ最終回の成功はかなちゃんとアクアのおかげだなってのも痛感した。前に経験が違うって話をして貰ったけどさ、やっぱ同年代でこれだけできる奴がいるってのがちょっぴり悔しいっていうか。俺じゃなくてアクアが主演ならもっといい作品になったんじゃないかってのも思っちゃったりしてよ」
メルトなりに自分の今できるすべてを出せたと思っている。
だが、それ以上作品が良くなる余地がないとはとても思っていなかった。
「それは」
「それは違いますよ」
かながメルトに対して言葉を掛けようとしたところで別の声が横から掛かる。
少し俯いていたメルトが顔を上げるとそこには吉祥寺の姿があった。
「吉祥寺先生?」
予想していなかった人物に声を掛けられてメルトは困惑する。
そんな彼を正面に見ながら吉祥寺は話を続けた。
「確かに私も初めてメルトさんの演技を見たときは、なんで人が魂削って作った作品に下手な人を使うんだろって思っていたわ」
「うぐっ」
吉祥寺から放たれた鋭い言葉に、メルトは胸を押さえるような動きをする。
オーバーリアクションというわけではなく、思わずそんな反応をしてしまう程度にショックを受けていた。
その言葉に初めてリハをしたときにマネージャーから見せられた自分の演技を思い出す。
本気で演技を練習し始めてから、自分が調子に乗らないようにと戒めの意味を込めて毎朝再生するようにしているソレが頭に過る。
苦い顔をしたメルトへ苦笑しながら、吉祥寺は言葉を続けた。
「最終回。私はどうしても日程が合わなくて撮影を見に行けなかったけれど……完成した配信を見て、貴方がヒーロー役でよかったって思えた」
「!?」
思いがけない言葉にメルトは顔を上げる。
お世辞を言っているのだろうと思って吉祥寺の顔を思わず凝視するが、その顔に嘘は見当たらない。
そんなメルトの様子を見ながら吉祥寺はどうしてそう思えたのか理由を語っていく。
「演技について色々と知り合いに聞いたの。彼女はこんな短い期間では、演技としての体裁を整えるのも難しいって言っていたわ。本当に頑張ってくれて、少しずつ成長していい演技になっていって、最後はあの最終回にしてくれて。貴方だったから、0からスタートした貴方だからこの感動が得られたと思います。メルトさん……ありがとうございました」
「……は、はい。っ俺……もっと頑張りますから。次の……すみません、ちょっと抜けます」
メルトは今後も成長すると宣言しようとしたものの堪え切れず、これ以上先生の前にいられないと場を離れた。
「かなさんも……本当にありがとうございました」
吉祥寺は今度はかなの方へと向き直って言葉を掛ける。
それに対して今度はかながビクンと体を揺らして反応した。
「この作品は最初から最後まで、かなさんの演技に支えられていたと思います。かなさんの突出した演技があったからこそ、最後まで見ようと思ってくれる人がたくさんいて、ヒロインが本当に私が原作で思い描いていた以上に輝いて見えて……」
「……」
かなも演技ではない涙が目元を潤す。今日の吉祥寺は涙を誘う言葉をよく掛けていた。
吉祥寺はそのまま言葉を続ける。
「あなたにヒロインをお願いして本当に良かったです。……ありがとうございました」
「こちらこそ、今日あまで役をいただけて本当に嬉しかったです。ありがとうございました」
かなとの話も一段落したところで、今度はアクアへと向く吉祥寺。
流れが流れだけにアクアはこれから何を言われるのだろうと考える。
「アクアさんは元々出演依頼がない中、色々手伝っていただいて本当に感謝しきれません。割に合わなかったでしょう?」
尋ねるような言い方の吉祥寺に対してアクアはいつも通り冷静に言葉を返す。
「そこは心配しないでください。今回の俺はかなのマネージャーとして参加していただけですから」
「でもメルトさんの育成はその中には含まれませんよね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる吉祥寺は、何となくアクアは素直にお礼を受け取らないだろうなと思いながらも言葉を返した。
アクアはどこか居心地が悪そうに目を逸らしながら返事をする。
「俺はかなの仕事を成功させる事が仕事だったので、アレも業務の内ですよ」
「ふふっ、そうですか。それにストーカー役がいないという時、わざわざ名乗り出てくれたと話は聞いています……ありがとうございました」
「いえ、こちらもいい経験をさせていただきました。ありがとうございます」
アクアも観念したように吉祥寺のお礼を受け取る。
そんなアクアを見て吉祥寺は特に感謝を伝えたかった三人への挨拶を終えられたとほっと息を吐いた。
それからまだ最終回の事について語りたいのか、改めてかなへ話を振り始めたところで、アクアは一度その場をかなに任せて離れることを決める。
周囲の邪魔にならないように注意しながら会場内を歩いて回る。
「おっいたいた。アクア君ちょっといいかい」
スタッフに声を掛けられたりしながら話を聞いているアクアを見てひとりの男が声を掛けた。
「鏑木さんどうされましたか?」
「こないだのクレジットの件について相談があってね」
にやりとする鏑木の言葉に、アクアは最終話収録後に行った会話を思い出した。
『鏑木さん、俺の名前をクレジットに表記しないでもらえますか?』
『……どうしてだい?君としても新しい演技の幅という意味では損をしないと思うんだけど』
アクアが悩んだ末に一つのアイディアを鏑木へ提案した。
最初は意味を咀嚼しきれずに不思議そうな表情をした鏑木だが、少し時間が経ち意味が分かったところで、流石に視聴者数、再生数といった数字の面で考えるといい選択とは言えないアクアの言葉に渋い顔をする。
『もし俺の復帰がクレジットに載っていたら下手をすればその件が一番の話題になってしまうと思います。それは個人的に望ましくない』
アクアは自分の価値を正確に把握していた訳ではないが、周囲の大人が何度もアクア自身が一番自分を過小評価していると告げてきたことから、その可能性を頭に入れていた。
『へぇ……君にとっても好都合じゃないのかい?』
『この作品はかなとメルトが主演の作品ですよ。横から俺が乱入して飛び道具で搔っ攫うのはフェアじゃないと思っただけです』
そんなどこか露悪的な言葉を使うアクアに鏑木は少し笑みを浮かべながら言葉を返した。
『素直じゃないね。どうせ彼らが純粋に評価されて欲しいだけだろう?……でもプロデューサーとしてお金を預かっている人間として数字が取れないのはよろしくないなぁ』
鏑木はアクアと仕事を直接一緒にした回数は限られるものの、散々B小町Rのために活動をしていたり、メルト達に演技を教えていたシーンを見ていた。
おおよその性格を把握して難儀だなと苦笑していた。
ただそれを聞くかどうかは鏑木の意思で決定できる範囲の事である。そうであるなら、アクアは一つだけ鏑木に対して有効なカードがあった。
『今、俺は鏑木さんに一つ貸しがある状態ですよね』
『ふぅん、今後もっといい場面で使った方がいいんじゃないかな』
『お願いします』
アクアが頭を下げて鏑木にお願いしたところで鏑木はため息を吐きながらも折れた。
その結果として最終回のクレジットにアクアの名前は出ず、SNSなどの話題も内容を語られる方向で展開されることとなった。
「それで、クレジットの件についてですが、対応ありがとうございました」
「この業界は貸し借りの世界だからね。いくらすぐとはいっても緊急登板してくれた役者の頼みを無下にするほど僕もケチではないさ……ただ」
一度言葉を切ってアクアの様子を見ながら鏑木は話を続ける。
「最終話が公開されてある程度時間が経った。もう内容については語り尽くされている。君の要求は達成できているんじゃないかと思うんだよね」
「……クレジットに追記したいって話ですか」
「そうそう、この辺りで話題を追加してカンフル剤になって更なる人気を呼べば……もしかすると続編なんて話も出るかもしれないね?」
今日あまの原作はドラマ範囲外にも続いており、その気になれば第二シーズンが可能なくらいには尺がある。
あのドラマの反響後、それなりに原作の売り上げに動きがあったらしいとは風の噂で聞いていた。
もう完結した作品でこれだけ反響がある事は珍しいらしくネットでも話題になっている。
もし続編となれば二人は今後も続投だろう。
「どうかな」
念押しのような鏑木の言葉。最初この話を引き出したときは上手く上を行けたと思っていたアクアだったが、今回の件で観念する。
「……分かりました。確かに内容以外に勢いを付けるのにはいいと思いますから」
「さてね、まぁ君が許可を出してくれて良かったよ。明日には差し替えて反応を見ようかな」
ニコニコと鏑木はどこかへメッセージを送る。アクアは苦々しそうにその様子を見ていた。
「はぁ……話は変わりますけど来月から始まる恋リアについて何か情報更新ありましたか?」
「あぁ『今ガチ』の事かい。君がいきなり黒川あかねを女性陣にねじ込みたいなんて連絡してきたときは正気かと思ったよ」
最初アクアから連絡が送られてきた時、鏑木だって誤送信の類か番組の趣旨を理解していないかのどちらかだと考えたくらいだ。
「……本当にな」
「君がお願いしてきたんだろう?」
鏑木は他人事のように言うアクアへ呆れた視線を送る。
鏑木も彼女たちの売り方を知っているため、アクアと絡む分には大した問題にならないだろうと予想がついたからこそ許可をした節がある。
そうでなければ、今人気急増中のアイドルなんていう、取り扱い次第では番組ごと焼け野原になりそうな存在に参加許可など出さなかっただろう。
「まぁあの企画書にあかねちゃんを足した6人が今回のメンバーだ。仮認定だったメンバーも確定したから安心してくれていい。仕事の話をもししたいならカメラ外でお願いするよ」
「ありがとうございます」
アクアはそれだけ確認すると鏑木から離れる。
そこからは他にも何人かのスタッフに感謝されたり、近況について聞かれながらアクアは思いのほか楽しい時間を過ごすのだった。
打ち上げが終わり、帰り道。
かなの母からお願いされていたため、アクアはかなを彼女の家まで送っていた。
年頃の離れて暮らしていた娘が心配らしく、かな本人はそこまでしなくていいとは言っていたが、アクアが押し切ったような形だ。
「あー意外と楽しかったわね~私ああいう騒がしいのあんまり得意じゃないんだけど……今は気分がいいわ」
「吉祥寺先生とあれだけ語り合えばそれはそうだろうな。途中から今日あまの話から東ブレの話になってたが」
「しょうがないでしょ!最近読んでいる漫画の話になったんだから。吉祥寺先生の元アシスタントって話だしお互い話しやすかったんだから」
アクアが彼女たちの元に戻った時には、今日あまのドラマについて一通り語り終えた二人は、今週刊誌で連載中の大ヒット漫画について話をしていた。
ハッキリと分かりやすいキャラ立ちをしている登場人物が多いので、アクアも楽しむ序でに演技の練習教材としても利用している。人気が出るのも納得の漫画だ。
「ちょっと吉祥寺先生的には最近の展開が気に入らないみたいだけどね。なんかこないだ発売された12巻からの展開は、アビ子先生らしさが少し抜けちゃってるって気にしていたみたい」
「……そうなのか。プロ視点だと色々思うところがあるんだな。普通に面白く見えたが」
そんな打ち上げで出た他愛もない話をしていると時間はすぐに過ぎていき、二人はかなの家の前まで来ていた。
芸能人が住むマンションらしいセキュリティーの高い場所。彼女の意識の高さがうかがえる。
「着いたか、じゃあ、またな」
「そうね……ママも遅くなったら心配させちゃうだろうし」
かなは少し嬉しそうにそんなことを呟く。
改善された親子関係は実に良好なようだとアクアの顔も綻んだ。
「っ……そっそれじゃあまた明日事務所で会いましょう。あと恋愛リアリティーショーでは節度ある行動すること!黒川あかねだって一応アイドルなんだしハメ外し過ぎないように!いいわね」
「まだ恋リア参加するの先の話だけどな」
そう言って先程までの柔らかい笑みから苦笑いになったアクアを見て、かなはしっしと手で追いやる。
そんな元気そうなかなを見て、溜息を吐いてアクアは元来た道を戻っていく。
「……ありがと」
そんな彼が離れたところで、聞こえない程度の声でかなは顔を赤くしながら呟く。
アクアの姿が見えなくなるまで彼を見送った後、かなは自宅へと入る。
そして彼女は起きて帰りを待っていた母へ頼りになるライバルにして初恋の相手の話をするのだった。