【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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別視点を含むため、2話更新1話目
独自解釈を含みます




なんてことない平和な日、そう思っていた。

 

『え?どういう事』

 

私物を片付けているアイを見て軽い気持ちでどうしたの?と聞いたことが終わりの始まりだった。

アイから予想もしていない答えが返ってきたから思わず聞き返してしまう。

さっき僕の耳に届いたのは間違いだったと信じたかったから。

 

『だからうん……。私達もう会わない方が良いかなって』

 

先程と変わらない答えは少しずつ僕へと浸透していく。

脳が正しく認識するにつれて視界に、思考に、ヒビが入る。

幸せに感じていた世界が壊れる音がする。色づき始めた世界から色が消えていく。

彼女が何を言っているのか理解しながらもなんとか言葉を搾り出す。

 

『なんで……そんな』

『えっとね、妊娠した』

 

理解が追いつかなかった。

避妊はしていたはずだ。

僕は勿論アイも対策を怠ったことなどない。

 

「だってちゃんと……」

 

でもいつまで経っても冗談とすら言わないアイに現実感が増してくる。

そんな僕を見て呆れたようにアイが口を開く。

 

『そういう事もあるんだよ?保健体育の授業ちゃんと受けてた?』

『…………そっか』

 

なんとかアイの発言を事実だと飲み込めた。

正直まだ僕の理解が追いついているとはいえない。

だけど妊娠が本当なら僕がするべき選択は一つだ。

彼女に対して責任を取るべきだろう。

 

『じゃあ結婚しよう!結婚して一緒に』

 

本気でそう思っていた。

アイなら愛梨さんと違って僕をおもちゃにしない。僕を受け入れてくれる。

僕にかかる命の重み、その全てを背負って一緒に生きてくれる。

このタイミングで子供を授かるなんて運命だとすら思った。

だけどそんな僕の希望は次の瞬間、アイから発せられた言葉に粉々にされることになる。

 

『無理!』

 

いつもの表情を貼り付けたアイはばっさりと僕の言葉を拒絶した。

彼女と付き合い始めて明確な拒絶は初めてでどうしたらいいのかわからなくなる。

あの日、愛梨さんに言われた言葉を思い出す。

蛇のようなこちらを狙っている視線を向けられて放たれた言葉。

 

【『どうしようもなく空っぽ』の貴方が誰かに『本当の意味で誰かに愛される事なんてない』んだから】

 

あの言葉は本質をついていたのか?

暗く沈む僕へ畳み掛けるようにアイは言葉を続けていく。

 

『君は顔もいいし適当に若者らしく付き合ってくだけなら別にアリなんだけど君と一生一緒ってのは私には荷が重いかなぁ』

 

どうして?どうして僕を受け入れてくれないんだ。

僕は……僕は君のことをこんなに。

君にとって僕はなんなんだ。アイも愛梨さんみたいに僕のことを見た目だけで考えてたの?

じゃあなんで初めてを僕にくれたの。

結局君も僕のことを愛してくれないの。

頭の中がぐるぐると混ぜられるような感覚に苦しんでいる中、アイは言葉を続けた。

 

『私知ってるんだ。大輝くんって君と愛梨さんの子供だよね?』

 

淡々と何とも思っていなさそうな表情で告げられた真実に頭が冷える。

ああ……そうか。アイはその秘密を知っていたのか。

この状況は結局誰かに愛されるため、望まれるがまま身体を差し出していた僕への罰。

そんな簡単なことすらわからなかったなんて、僕はなんて救えないんだろう

 

『無理無理。流石にソレはキツいって……。背負えないよ!子供も……うーん私じゃ難しいかな』

 

それはそうだ。普通女子中学生の子がそんな奴と一緒になりたいなんて思うはずがない。

三年。僕らが仮に結婚するとしたら掛かる待ちの期間。

誰がこんな男を信頼できるというのだろう。

荷物をしまい終わって、部屋から出ようとするアイがこちらに振り返る。

 

『もうおしまい』

 

あっさりと冷たい声が部屋に響く。これまで彼女から聞いたことがない声色だった。

そのまま彼女は扉の方へ顔を戻す。

やめろ……やめてくれ。これ以上その続きを見せないでくれ。

僕はそれを知っている。だからこそもうこれ以上聞きたくない。

だけどアイに僕の魂の懇願など聞こえるわけもなく、止まることなくあの言葉を口にした。

 

『私は君を愛せない』

 

振り返ることなく扉を開けた彼女から放たれた言葉に合わせ、世界が音を立てて崩れ去った。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

世界が破壊されると同時に新しい色褪せたヒビ割れの世界が現れる。

 

「はぁ……はぁ……夢?」

 

粉々になった世界がなんとか形を保っているだけあの瞬間よりはマシなのかもしれない。

ここでようやく先ほどまでの光景が夢なことに気が付いた。

 

「はっはは……本当未練がましいなぁ」

 

今でも夢に見るあの最後の日。そこに至るまでを思い返す。

僕の甘い認識が起こした上原夫妻の無理心中。

残された大輝。突然背負わされる命の重み。

耐えきれない助けて……アイ。君しか僕を分かってくれない。

僕のそんな願いに彼女は応じてくれた。欠けたモノ同士が補い合うように求め合った。

あの時、アイは僕を受け入れてくれたんだと思った。

僕にはアイしかいない。アイにも僕しかいない。

でも……違った。彼女は僕が壊れそうだったから自分の身体を使って慰めてくれただけ。

アイが自分を大切にするやり方を知らなかっただけの歪な関係だった。僕はそんな彼女に付け込んだロクデナシ。

そんなことすら分からなかった僕がピエロだっただけ。

僕の嘘を唯一わかってくれて、僕に寄り添ってくれて、なにより大切だと思った。

だけど本当は僕の一方通行の愛でしかなかった。

結局彼女にとって不本意な妊娠をきっかけに捨てられてしまう。

アイドルにとって子供なんて禁句もいいところ。

終わりのきっかけには相応しかった。

 

既にアイと別れてから1年以上の時が経っている。

彼女は僕との間に産まれるはずだった子供などなかったかのように仕事をしていることだろう。

最後の時に彼女は言っていた。子供についても難しいと。

それに彼女が子供を育てるつもりなら負担を軽くするために僕のことを受け入れてくれたと思う。

だけど僕という重荷をずっと背負うのは嫌だと僕から離れて行った。

わざわざ別れるという選択を取ったのは、誕生できなかった命の結末を僕に背負わせないための、彼女なりの善意なのかもしれない。

 

あの日からB小町の……アイの話題は追わないようにして過ごしている。

僕が僕の暴走を怖がってしまったから。僕は自分が欠陥品だということは自分が一番わかっているから。

もしかしたらとんでもない凶行に走ってしまうかもしれない。

少なくとも僕はそれくらいにアイの虜になってしまっていた。

それは肉体的な繋がりだけじゃなく、精神的にも。

彼女の持つ天性の魅力。きっと僕に魅入られていた人たちは皆似たようなものだったのだろう。

今になって彼ら彼女らの気持ちが分かる。輝く宝石を自分の手元に置きたくなる気持ちが。

そして自分の手でソレを汚してしまいたいという醜い欲望。

僕の内にある気持ちに蓋をして、無気力に日々を過ごしながら、仕事をこなしていく。

 

演技は楽だ。普段からやっているのだから僕にとって息をするのと変わらない。

これでお金に困らないのは僕にとって幸運だった。

いつもと変わりない日常が始まる。そのはずだった。

気まぐれでつけたテレビのニュースを見るまでは。

 

『次のニュースです!アイドルのライブでまさかの衝撃展開!?一度見たら忘れられない映像に注目です』

『ライブ映像ですか。一度見たら忘れられないとは大きく出ましたね。どんな映像なんですか』

 

アイドル……か。

僕にとってアイドルという言葉から連想するのは彼女一人だ。

そう言い切りたいところだけど、友人に一人アイドルをやっている女性はいる。だけど最近は連絡を取らないようにしていた。

彼女はアイに近い人物だし、色々思い出してしまうから。

彼らも元気にやっているだろうか。

そんな僕の感傷など知らないとばかりにニュースは進んでいく。

 

『これは先日B小町というアイドルがミニライブを行った時の映像でして。公式から使用許可が出ましたので紹介させていただこうかと。きっと誰もが見たら驚いちゃいますよ』

『楽しみですねぇ』

『それではVTRどうぞ!』

 

どうやらB小町のライブらしい。映像前にグループの紹介シーンで過去のライブ映像がいくつか流れ、その中には当然絶対的センターアイの顔もちらほら見られた。

彼女の活躍している姿を見るだけで涙が出そうになるとか僕は重い男なのかもしれない。

これ以上彼女を見たくないと思って慌ててテレビのリモコンに手を伸ばす。

だが、次の瞬間流れてきた映像に手を止めてしまった。

 

『『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』』

「……え?」

『すっご、ベビーカーの上で元気に暴れてるよ。可愛らしいね。はぁ可愛い』

『これはファンの間で通称ヲタ芸と呼ばれる……』

 

まだ解説は続いているが僕にとってはどうでもいい話だった。それよりも映像についてだ。

金髪という珍しい地毛の赤ん坊2人がベビーカーの上で大人顔負けのサイリウム芸を披露している。

実に可愛らしい動画だが、本質はそこではない。

まだあまりに幼いから誰似かが分かるわけではないが、並べられたアイの表情変化を見れば想像はつく。

どうやら別のカメラで収められていたものを並列に並べているようだが、僕も見たことがない……本当に可愛い万人を魅了する一番星の笑みだった。

アイにこんな表情をさせる赤ん坊の正体。

僕の中で一つの候補が浮かび上がる。

 

「まさか……?」

 

都合のいい妄想かもしれない。だがタイミングは一致する。

慌ててアイの情報を調べると去年一年の病気療養となっていた。

アイがもし僕との子供を出産していたなら1年の休止もあの金髪の子供達が事務所の子供として扱われているのも納得がいってしまう。

16歳アイドルに隠し子なんて大スキャンダルもいいところだ。まず間違いなく芸能事務所ごと終わる。

ならばどうするかといえば産まないか、産んだことをバレない設定を用意するの二択になる。

あらゆるリスクを考えるならば産まない事が賢明だし、事実彼女はそうするらしいことを言っていたはずだ。

 

『無理無理。流石にソレはキツいって……。背負えないよ!子供も……うーん私じゃ難しいかな』

「産んだんだ。あんなこと言って」

 

彼女との別れの日、思い出したくなかったはずのことをすんなりと思い出せた。

 

「本当に……本当に君は僕と同じ嘘つきだ」

 

一体どんなつもりで君がこの子達を産んだのかは分からない。

最初から僕のことを種馬としてしか見ていなかったのか、それとも深い理由があったのか。

どちらにせよ僕には関係のないこと、君はそう言いたいんだろう。

特にこの子達を産んだことを僕に知らせていないのがそれを証明していた。

 

「……君が僕と一緒になりたくないのは痛いほどわかった。だけど……僕は僕で勝手にさせてもらうよ」

 

これまでの無為な人生とは何かが変わったようなそんな予感がある。

決意と共に薄暗かった世界に色がついた気がした。

 

そこから僕は苺プロの動向を追うことになる。まだ胸の奥に痛みはある。だけどそれ以上に子供たちについて知りたかった。

だけど想像以上にガードが固くて、あの子供たちは例の動画以外で姿を現さない。

流石にB小町のライブに参加する勇気は出なかった。

だからもしかしたらそこにいるかもしれない。

だけど今はまだアイを直接見る勇気が出ない。

きっと僕から会ったら拒絶されてしまうだろう。そんなリスクを取るべきじゃない。

彼らの痕跡を見つける事ができないまま、僕は少しずつ成長し高校生も終わりに差し掛かっていた頃。

ついに一つの動きがあった。

 

「……見つけた」

 

アイが出る一つの映画。そのキャスト欄に『星野アクア』という子役の名前があった。

アイの本名は『星野アイ』。この本名はほとんどの関係者が知らない。

だからといって堂々と本名を名乗るなんて肝が据わっていると思う。

公表できないからこそ少しでも家族のつながりを残すために名前を偽らなかったのかもしれない。

 

『この村に宿は一つしかありません』

『一度チェックインしてから村を散策すると良いでしょう』

 

ゾクッと悪寒が走った。

僕からすれば嘘とわかる演技、だけど二歳の子供があの演技をするというのは驚異的だ。

将来が楽しみになる嘘を信じさせるカリスマ性、その鱗片も垣間見える。

これなら僕にできることもありそうだ。

それからの僕はより一層、準備を整えていく。

 

そんなある日、ララライでの稽古中、金田一さんが話しかけてきた。

ここ何年かは僕を見て申し訳なさそうにしていたから向こうから事務的な事以外を話しかけてきたのは久しぶりだと思う。

 

「輝。お前最近明るくなったな?」

「金田一さん。いえ、いつまでもクヨクヨしていられませんからね」

 

僕は求められている態度を返す。

むしろ僕が人からわかるほど落ち込んでいたという方が異常と言っていい。

 

「乗り越えたか。すまなかった。俺が余計なことを言ったばかりに苦しめてしまった」

「金田一さんのせいじゃないですよ。僕が弱かっただけです」

 

元々上原夫妻の件は僕が悪いし、彼らの命の重みを僕が背負わないといけないというのは間違いではない。

当時の僕はそれを背負えるだけの強さがなかっただけ。

でも今は僕にもやりたい事がある。だからもう大丈夫だ。

スマホを取り出して毎日の日課である動画を再生する。

 

『『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』』

 

何度見ても可愛らしい。流石は君と僕の子だ。

赤子の命の重みを感じる。

これまで背負った暗い重さとは違う。胸の内が晴れる心地いい重さだった。

いつか彼に仕事を与えられるように。もう一人の子に選択肢をあげられるように。

君のことを見ずとも少しでも助けられるように。

 

「君は勝手に産んだんだ。僕も勝手に助けてもいいだろう」

 

この場にいない少女に対して宣戦布告をするように呟いて僕は懇意にしている連絡先へと電話をかける。

 

「もしもし神木です。いえ、その際はありがとうございました。今度の件ですが、受けようと思います。日曜朝定番の正義の味方なんて僕にできるか不安だったので悩んでいたんです。ただ最近夢ができまして立ち止まってはいられないなって。面白いですよね、主人公が暴走して子供になる展開なんて」

 

今動いている企画のオーディション、内定を出すから受けないか?と連絡が来ていた仕事に返事をする。

シリーズ50周年でかなり気合を入れていると聞いている。予算も普段より潤沢らしい。

演技力の面で僕を使いたいとアピールされていた作品。

それだけ僕を使いたいなら……多少はキャストを誘導するくらいわけないだろう。

ああ、1年後が楽しみだ。

それまでに立派な役者として育ってね、星野アクア。

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