高校生
とある家では朝からバタバタと騒がしい様子を見せていた。
「おい、まだかかるのかルビー」
「もーっ、ちょっと待ってよおにいちゃん!この制服カワイイけどフクザツなんだもん……」
ルビーが新しい制服が思いの外、着脱大変だと朝から大苦戦する様子にアクアは玄関でこめかみを押さえていた。
「はぁ……母さんに手伝い頼めよ。初日から遅刻は勘弁してくれ」
「ママ〜手伝って〜!」
「任せて!フクザツな衣装の脱ぎ着はアイドル時代になれたもんだからね〜」
今の今までアクアの制服姿を見ながらニコニコしていた二人の母は、高校生の子供がいるとは思えないほど若々しい。
玄関に飾られた幼い頃に撮られた家族写真と比べても少し艶やかになったかというくらいではないかとアクアも思うくらいだ。
アイがルビーの許に向かって少ししてトトッという駆けるような足音と共に制服姿のルビーが玄関へと現れる。
「どう?おにいちゃん……似合う……かな?」
制服が可愛いと知名度も高い学校であり、かなとあかねが何度か制服姿を見せていることもあり、アクアにも馴染みがある。
ただルビーとしてはそれを身につけた自分を見て欲しいという思いが強かった。
アクアは改めてルビーの格好を見て思ったことを口にする。
「……スカート短すぎないか?」
「せんせ……それちょっとおじさんっぽいカモ」
「あっアクアが凄いショック受けてる……」
妹からの心無い言葉にアクアは表情が変化する。
アクア本人に自覚症状はないものの、よく見える位置にいるアイから見た時、目が淀んで暗い表情をしていた。
「まぁ……アレだ、カワイイと思うぞ」
「好き!けっ……ふぅ……危ない危ない。勝負は来週……まだ早いよ私」
抱きついて思いの丈をぶちまけそうになったルビーは、こほんと咳払いをして自分の口をなんとか止める。
ただ抱きつきだけは止まらず、ベッタリとアクアに張り付いた。
「ルビーは相変わらずお兄ちゃん大好きだね〜!」
(アクア格好いいしハイスペックだもんねぇ。ルビーの男の子を見るハードル上がり過ぎて大変だろうなぁ)
自分の娘が恋愛できるようになるのはいつになるだろうか、アイは彼女の将来を憂いているが、近いうちに別の意味で憂うことになるとはこの時は思ってもいない。
「おい、本当に時間」
「わわっ!そうだった」
少しの間アクアを堪能したルビーだったが、アクアに指摘されて慌てて離れて軽く制服を整える。
それを見たアクアは扉に手を掛けた。
「「ママ(母さん)、行ってきます」」
「うん!いってらっしゃい!入学式はミヤコさんと行くから楽しみにしててね」
振り返りながら愛する母へ声を掛ける二人をアイは元気な笑顔で手を振って見送る。
子供達と母が揃って幸せな家庭がそこにはあった。
そして入学式。
毎度恒例の代表挨拶をするアクアはもう慣れたものだ。
その名前を聞いてざわざわと会場は騒がしくなる。
アクアが復帰したという情報は流れていても、素顔が晒された事はなく、どんな成長をしているのか気になっていたものも多い。
成長して父と母に似たアクアは芸能界の中でもトップと言っていい容姿を持っている。そんな彼が挨拶するのは実に様になっていた。
壇上からアクアは挨拶をしながら身内を探していく。
(母さんは変装ガチガチで誰かわからない状態だけど、スマホを色々調整しているからわかりやすいな。周りから不審がられてるが)
事前に説明をしているのか摘み出されはしないものの、周囲の親は不審そうに見ている。
普段神聖視されがちな彼女からしたら珍しい体験だろうとアクアは思った。
(ミヤコさんは微笑ましそうな表情か。本当にお世話になりっぱなしだからどこかで恩返しをしたいな。そして愛瑠は……頑張って手を振ってるな。振り返したいが流石にマズいか?後で謝っとかないとな)
愛瑠を抱き抱えたミヤコを見ながらアクアは少し表情を和らげる。
(かなはなんかぼーっとこっちを見てるな。大丈夫か?あかねは妙にニコニコしてるな。保護者かよ、何というか少し気恥ずかしいが)
次にアクアが探したのは先輩組。
二人とも制服がよく似合っており、高校2年生まで成長した彼女たちは少しずつ蛹が羽化するようにさらに魅力的になってきている。
(最後はルビー、フリル、みなみ。ルビーとみなみは目を輝かせて見てるな……少しくすぐったい感じもあるが悪くない気分か。フリルは目を見開いてるな、視力が上がったとか言われるのか?)
こうやって身内を見るとこの日本一芸能人の多い高校ですら飛び抜けた容姿をしているとアクアは身贔屓抜きに思う。
本当によく集まったなと自分も関わる奇跡のグループのことを思いながらも、特に詰まることなくアクアは挨拶を終えた。
入学式も終わり、各自で教室へ向かう流れとなった。
多くの芸能人が自身の教室へと向かって歩いている。
「芸能科はF組だっけか」
「うん!一緒に行こうねおにいちゃん」
そう言いながらするりと兄の腕を抱き抱えるルビー。
アクアは慣れたものなので特に指摘もせず受け入れる。
周りは何やらザワザワとした空気を生み出していた。
「アレさっき挨拶してた」
「うわぁアクア君あんなに格好よくなったんだ。狙っちゃおうかな」
「やめときなって、どう見てもB小町Rの誰かとくっつくし」
「隣にいるのってルビーちゃんだよね。マジでシスコンなんだ」
「絵になるなあの双子」
かなり知名度のある双子に芸能人たちも注目をしていた。
ベタベタする二人に乱入するものなどいないと思われたその時、黒い影がアクアの反対の腕を取った。
「朝からアツアツだね二人とも、マリンの反対の手貰うよ?」
「あっフリルちゃん。ダメだよ?おにいちゃんは私のなんだから」
黒い影ことフリルの言葉にルビーは更に強く腕を抱き締める。
新たな刺客に周囲の生徒たちもなんだなんだと注目を強めていく。
配信上のネタじゃなくてガチなんだなと思われ始めた空気をアクアは敏感に感じ取っていた。
「俺は近々恋愛リアリティーショーに出るんだが」
「大丈夫、今ガチに出るからって外で恋愛してはいけないことはない」
「いや、ダメだろ……契約書にはそれらしい文面はないけど常識として」
運命を決める今ガチ参加じゃんけん以降、攻め方が露骨になったフリル。
アクアも薄々どころか露骨だと思いつつも触れないようにしているし、フリルもそれを分かって、ラインスレスレを狙っている。少し超えてる気もするが。
「あわっフリルちゃんめっちゃ攻めるやん!あかんてぇ、皆見とるから!注目されとるから!かなさんおらんとうちがツッコミ役をせざるをえないんよぉ」
「この状態でみなみまであっち側になったら収拾つかないから頼むぞ」
みなみも内心フリルのアクティブさを羨ましいと思いつつも、アクアに頼りにされるのが少し楽しく思っていたりする。
それだけ目立っていれば場所の特定など簡単だろう。
二人の少女が彼らの前にやってきた。
「入学おめでとうアクア……あとその他三人組」
「うちら一応かなさんと同じグループやのに扱い雑やない!?」
「アレだけバカ目立ちした元凶なんてこんな扱いでいいでしょ」
「うちは止めた側なんやけど!?」
かなは若干の嫉妬を含んだ私怨でルビー、フリル、みなみは一纏めにして声を掛ける。
「皆入学おめでとう。一緒の学校に通えるの楽しみにしてたの。よろしくね」
「あかねちゃん優しい!やっぱかな……ううんロリ先輩とは一味も二味も違うね〜」
「わざわざ言い直すな!」
そんな彼女に続いてあかねも四人へ声を掛けた。
それに対してルビーがかなへの当て付け込みで反応すれば、彼女は鋭くツッコミを入れる。
「こほん、ここ陽東高校は授業日程の融通が利く位のもので普通の学校と大した違いはない。ふつーに赤点取ったり出席日数が足りなかったら留年するし、カリキュラムにもそんな違いはない」
ツッコミの後は咳払いをして気を取り直したかなは、アクアたちへ学校の特徴を説明し始めた。
「なんか説明し始めたんだけど。お兄ちゃんどうしよう」
「練習してたんだろうから聞いてやれ、先輩風吹かせたいんだろ」
「聞こえてんぞ」
星野兄妹のそんな心無い言葉にかなは青筋を立てながら言葉を続ける
「私が実際に学校に所属しながら芸能活動した結果理解したコツを教えてあげようと思ったのに、そんな態度でいいのかしら?」
「信じてたよかな先輩!」
「流石は重ちゃん。芸能界の大先輩」
「ほんとアンタら現金ね」
ため息を吐きながらもかなはルビーたちに自分の体験したことをある程度要約して話していく。
「アイツらあんまり時間掛けるとホームルーム遅れるぞ」
「うちもかなさんのアドバイス聞きたいから時間やばなったら教えてな」
「……はぁ」
確かに今後どうしても仕事で欠席することがあるだろうB小町Rにとって立ち回りは必須スキルだろうから仕方がないとアクアも諦めて三人がかなの話を聞くのを待つことに決めた。
「アクアくん、今週末からついに撮影だね今ガチ。少しだけ不安かも」
あかねは暇そうにしているアクアの隣に行って声を掛ける。
今週からついに撮影が始まる『今からガチ恋始めます』。
アクアの相手役となるべく、そして他メンバーにその役割を譲らないために尽力したあかねは、少しだけ緊張していた。
「メンバー発表の時、本当に全くボヤ一つ起きなかったのは驚かされたけどな」
「ふふっ苺プロ公式配信もなんだか変な雰囲気ではあったけど喜んでたもんね」
あかねの言葉にアクアは先日行われた苺プロ公式配信を思い出す。
――――――――
『なんと〜アクたんがこの恋愛リアリティーショーに参加しま〜す!もうアクたんも恋愛するような年なんだね。お姉さん涙出そうだよ〜。というのは置いといてアクたんに聞いたら、一度くらい恋愛関係のイベント体験しとかないと演技に支障出そうだから受けたってプロだね〜』
『ガチだなぁ……気持ちはわかるけどね、私なんて恋愛経験ないのに恋愛ドラマ出た時ってどうしたらいいんだろってなったし』
・アクアの復帰作が恋リアだと?
・今日あまストーカーやったって公式発表あったやろがい
・恋愛経験なしだとドキドキした表情とか出せないだろうな
・その点かなちゃんは余裕ってわけ
・重曹ちゃんの扱いよ
・公然の秘密だろ
・他小町Rも大概
・【速報】ゆらちゃん恋愛経験なし
・てことはゆらちゃんの初キスって……
・姫川大輝許すまじ
MEMとゆらがMCを務めた公式配信であり、ゆらはC式部卒業後初ということで視聴者数はかなりのものだった。
コメント欄は最初アクアの話題で盛り上がったが、盛り上がりが落ち着き冷静になった後、ゆらの発言的に実は月9のキスシーンが初キスなのでは?という疑いがかかり、そちらが加速する。
『あっ余計なこと言ったかも。ごめん大輝君』
『ゆら、口滑らせるならもっと後に滑らせてよ。はいはい嫉妬してないで皆次行くよ〜。でもうちにはアクたんが恋人を今作るのを良しとしてないメンバーがいるのですよ』
・一体どこの重曹ちゃんやろなぁ
・ルビーたんだろ、あの子兄が彼女連れてきたら発狂するぞ
・フリルじゃね?あの子明らかに狙って……いやなんでもない
・意外とみなみちゃんかもしれんこないだのエピソード的に
・でもアクアは参加してるわけだしどうにもならなくない?
・あっ……
・まさかこれ調教の時間か?
B小町Rの誰かだろうな〜と当然のように考える辺りファンの理解は実に進んでいると言っていい。
それでも彼らは幸せなのだ。ただ一部のファンは非常に察しが良かった。
『はい、同じ番組にあかねも参戦決定!はい、拍手!……なんで!?アイドルだよね!?』
『あーそういう事かぁ。力技だね、アクア君の相手を自分たちから用意してお目付け役にしたんだ』
・身内がびっくりしてて草
・変なファンとか出ないかな
・あかねファンは10割アクあかファン兼ねてるから大丈夫だろ。アイツら大勝利とか言ってそう
・その辺のドルオタと一緒にするなよ
・C式部ファンだからB小町Rファンの性質にいつもドン引きする
・もう彼らは調教され尽くしたんだ
・カップルチャンネルとか好きそうな層多いよね
このようにコメント欄はこのような有様であり、Twitterなど主だったSNSも全て健全そのものだった。
余談だが、トレンドには『星野アクア』『黒川あかね』『調教の時間』『B小町R』などが載っており、一部からはアクアがあかねにSMプレイされたと勘違いされたとかなんとか。
―――――――――
アクアが頭でざっくり当時のことを振り返る。
ようやくアクアは自分の思っているアイドルのファンとあかね達B小町Rのファンは違うという事を現実のものとして認識した。
「俺だったら推しに男できたらゲボ吐きそうになるんだけどな」
「アクアくんがそんなこと言うなんて珍しいね」
推しが病院に来てぶっ倒れそうになった男の発言だが、あかねはまだそこは知らないため不思議そうな表情を浮かべる。
アクアはなんでもないと言ってから話を変える。
「恋愛といえば、あかねとは6月に恋愛ドラマで共演予定もあったな……サブカップリングらしいが」
アクアとあかねの組み合わせが、偶然にも脇役カップルとして近々撮影が始まるドラマにある。
手を繋ぐシーンくらいしか恋人らしい展開はないそうだが、今ガチはある種の練習になりそうだとアクアは思っていた。
「そうだね。今ガチと関係ないところで私たちの熱愛報道なんか流れちゃったりして」
「流石に勘弁してくれ。俺たちももうそういう話されても違和感ない年齢なんだな……って時間だな」
入学式後の休憩時間がもうすぐ終わる。これ以上粘るのは難しいだろう。
周りに意識を向ければアクア達に注目してできた人だかりも慌てている様子が見えた。
「ホントだ。ありがとうアクアくん話し相手になってくれて」
「あとはアイツら回収して教室に行くだけ。三人とも戻るぞ」
「かなちゃん、そろそろ時間だから戻ろう」
まだかなの言葉を熱心に聞いている三人に声を掛けてアクアは回収する。
あかねもかなに声を掛け、全員それぞれの教室へと向かう事になる。
芸能科であるF組の扉を開ける。
ガラリと言う音に反応して多くの視線が集まるのをアクア達は感じた。
既にテレビ出演などもしており、慣れたものではある彼らだが、ルビーは全く違うところに注目していたらしい。
すっと兄に近付いてからアクアへと話しかけた。
「おにいちゃん!芸能科って言っても大したことないかもなんて思ってたけどイケメンと美女多くない!?」
「そりゃそうだろ、どっから来てたんだよその考え。日本中から芸能人の高校生が来てるんだぞ」
ルビーがひそりと告げた言葉にアクアは呆れたように返す。
それに便乗するようにフリルとみなみもアクアへ話しかけた。
「正直中学までの感覚とは違うよね」
「せやねぇ。ルビーちゃんやフリルちゃんは流石に抜けとるけどうちはちょっと厳しいかもしれん」
高校生になって大人になった感じがして三人とも不安なのだろうとアクアは考えて少しでも気が楽になりそうな言葉を掛ける事にする。
「まぁお前ら三人より顔いいやつなんていないから心配すんなよ」
(((こう言うとこがたらしって言われるんだよね)))
サラッと投げられた言葉に嬉しくなりつつも三人はほんのり頬を染めてアクアの女の扱いに対して内心で抗議する。
周囲もそんな彼らを見て、これが配信で時々かなが言っている『アイツは色々クールぶってるけど女の子の扱いに長けてるのよ』と言う奴なのかと実物を見て感動する。
こんな話があったおかげか、あの友達作りが下手なアクアすら初日に数名の友人ができることになった。
「おかえり二人とも!アクアの演説凄い良かったよ、もうママ感動しちゃってね。周りの視線もバシバシ感じたよ」
「ありがとう、まぁ視線については母さん注目されてたしな」
放課後になり、家へと帰った二人、特に新入生挨拶をしたアクアへ賞賛の声を出すアイ。
そんな彼女へジト目を向けながらアクアが返事をすると不思議そうに首を傾げながら言葉を返した。
「ありゃ?あんなに変装したのに……やっぱ溢れ出るオーラは隠せないね〜困った困った」
「むしろその変装のせいで注目されてんだよ」
こういった抜けたところもアイの魅力ではあるので、ツッコミを入れながらも自然と笑顔になるアクア。
そんな彼を見てアイは目を輝かせる。
(普段はかっこいいけどこういう可愛いところも魅力だよね〜。心のカメラに撮影してアルバムにしないと)
ひとしきり満足したところで、今度はルビーに話を振った。
「ルビーも入場の時ママにウインクしてくれたでしょ〜」
「うん!どうだった?バッチリ決まってたかな」
「もっちろん!さすが私の娘だね、可愛すぎて周りの人もガン見だったよ〜」
ルビーほどの顔立ちを持つ少女がする完璧なウインクは芸能界になれた関係者でも思わず視線を持っていかれる。
一番星の娘はその才能をどんどんと開花させている。
自分の領域に辿り着くのもルビーならば可能だと彼女の中で太鼓判を押していた。
「今日は二人のためにご馳走も作ったけど、折角だし二人には私が食べさせてあげるね」
ある程度会話したところで、アクアとルビーは手洗いうがいをしてリビングへと向かう。
机の上にはアイが作った料理が並んでおり、彼女が努力してきた成果によってとても美味しそうだった。
ただ提案を聞いて思春期男子の特性をしっかり持つアクアは恥ずかしそうに却下する。
「いいよ、流石にちょっと恥ずかしいというか」
「ダメ……かな?」
「……ルビーの後でな?」
「あっ逃げた」
16年ともに過ごした結果、なんの違和感もない家族として三人は育っている。
転生した意味なんてものを昔は考えていたアクアだが、家族が幸せであればそれでいいと今は考えていた。
(今年が勝負の年だ。『15年の嘘』のためにも大ブレイクをしないとな)
既に壱護が今年もクリスマス、そして年度末にドームの予約を押さえているのをアクアは知っている。
ルビー達はこのまま順調にいけばそのどちらかでドームライブを開催する事になるだろう。
アクアはそんな彼女達に負けないようにと目の前にいる大切な家族を見ながら心で誓う。
かくしてプロローグは終わり、新たな幕が上がる事になった。