アクアとルビーの誕生日でもあるこの日。
予定通り今ガチの撮影も行われている。
アクアからしてもこの台本がない現場というのは、慣れない物であり、どう立ち回るべきかと頭を悩ませている。
あかねとは、いくつか打ち合わせをして互いにラブコメ的イベントをこなそうと話をしているが、それ以外のメンバーを無下にもできない。
程々に安全圏でやり過ごすのも起爆剤になり得るチャンスを逃す行為になってしまう。
「あわわ……二回目なのに初回も空気……こんな番組本当になんで参加しちゃったんだろ」
ロケ地となっている学校を軽く見て回っていると、アクアは小さな可愛らしい呟きを耳にする。
そちらに視線を送れば、配信者として参加している吉住ミミが隅っこでぐったりしていた。
「大丈夫か?」
「わわっ!?星野アクアさん……えっとその……どうしてここに?」
アクアの顔を認識して慌てた様子を見せる彼女にアクアはあまりコミュニケーションが得意じゃないんだろうと推測して相手のペースに合わせて答える選択をした。
今世の自分も前世よりはコミュニケーションが苦手な傾向にあるので、親近感も少しあったりする。
「俺は折角普段とは違う学校だからどんな感じなのか見て回ってた感じだな。もしかしたら演技に使えるような構図があるかもしれないし」
「うわっ演技オタクって聞いてたけどマジなんだ……こわっ」
ぼそりと軽く引いた様子を見せるミミに、確かに言葉選びの危うさがかなに似ている所があると言われても納得だと頭で考える。
本物が聞いたらさぞ不満げな表情を浮かべることだろう。
「配信者って聞いてるけど、今回はどうしてミミはこの仕事を受けたんだ?」
アクアは先程彼女が呟いていた言葉的に本意ではなさそうだったため、尋ねてみる。
この辺りは医者だった頃の癖のようなものかもしれない。
本当にNGな内容であったならば、この部分はアクアの方から運営にNGを出すつもりだった。
「うっ……」
何か痛い指摘をされたように慄く彼女。
一体何がそんなに言い難いんだろうかとアクアは不思議に思う。
少し悩んだ様子を見せた彼女だが、意を決したようにゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ミミ……その、実は普段は引きこもりで高校どころか中学にも行ってなくて……あんまりコミュ力高くないんだ」
「そうだろうな。見れば分かる」
アクアは相手を和ませる意味も込めて普段より分かりやすい毒舌で続きを促す。
理不尽なものだが、キャラ的に燃えないラインというのが決まっており、アクアの場合はこのくらいではむしろ面白がられるラインだ。
「ぐっ……あの鋭い毒舌素なんだ。それでその……配信業好きで始めたけどお仕事としてやるにはやっぱりそういうのが必要で……にーちゃんがマネジメントしてくれてるの。そしたらにーちゃんが勝手にこの仕事持ってきちゃって……断れなくて」
本当は兄にもっとチヤホヤされてビッグになりたい旨を伝えたらこの仕事を持ってきたのである。
引きこもりの妹には無理だろうと野望を諦めさせるつもりで出したのだが、まさかのミミが出ると宣言したことで計画が狂ったというのが真相だった。
ただミミは強かなのでそんな事をおくびにも出さない。
「……そうか。大変だったな」
そんなミミに対して柔らかい声で返すアクア。
(嘘ついてるな。全部が嘘って訳じゃなさそうだが、欲張った結果こうなった感じだろうか。ただ放置するのも得策じゃないだろうし意識はしておくか)
ただ内心ではこんなことを考えていた。
嘘のプロを両親に持つアクアからすれば、この程度の誤魔化しは大体見抜ける。
ただコミュ力に難があるというのは本当らしいので、時々フォローしていこうと決める。
「あ……アクアさんはどうして参加を?」
「メインは公式で発表している通り演技の幅を広げるためだな。……あとは、人脈。普段関わっていないジャンルで同い年にして活躍している人たちと親睦を深めて損はない」
「お、大人。……やっぱり精神年齢アラサーキッズなんだ」
「おい、ぼそっと言っても聞こえてるぞ」
ただのコミュ力不足ならアクアも対処できることは少ないが、なんだかんだ配信業をやっているだけあって刺して来たりと会話のフックには困らない。
フリーなのに30万人の登録者がいるというだけあって実力はあるようだ。
「そういえばアクアさん……SNSやらないの?」
しばらく会話をしている内にどもりも減ってきたミミはアクアに尋ねてはいけない事を尋ねる。
その名前を聞いた瞬間、アクアは少し苦い顔をした。
今日あまの撮影時で、かなにも突っつかれたポイントである。
「……そういう若い子が使うツール分からないんだよ」
「……それだとアラサーどころかアラフォーでは」
精神年齢は加算ではないが、もしプラスするならアラフィフに差し掛かっているなんて口が裂けても言えないアクアは精神的にダメージを受けながらも反論する。
「ネットリテラシーを正しく理解せずにああいうツールを使うと炎上するかもしれないだろ。俺はその辺弁えてるから手を出さない事で自衛をしているんだよ」
「わっ……凄い饒舌になった。なんか気にしてるなぁ、そうだ!ミミが教えてあげよっか」
そう言いながらミミは自分のSNSアカウントを表示する。
上から情報を見ていくと結構な人数のフォロワー数がおり、流石自信満々なだけはあるなと他の情報に目を通していく。
そしてよく見ればトップに固定されているのは一枚の写真。アクアはどんな写真だろうと注視する。
そこには少し際どい姿の彼女がコスプレをしている姿が写っていた。よく見れば限定公開であり、非公式のアカウントであることが見て取れる。
「……ミミに学んだらダメなのは良く分かった。やっぱり俺はSNS止めとく」
「え?いやミミ結構フォロワー多いし何か問題ある?」
アクアは無言で彼女のスマホ画面を指差すとミミはゆっくりとそちらに目を向ける。
「……ぎゃー!アカ間違えた!にーちゃんに怒られる!?」
「あー……話すの結構楽しかった。またな」
頭を抱えるミミを放置してアクアは、SNSはやはり危険だと思い直しながらその場を立ち去った。
中庭に出てくると、何人かの演者がいて各々話しているのが見える。
ただ組み合わせがノブユキとケンゴ、ゆきとあかねと恋愛リアリティーショーとしてはどうなのかという状態だった。
「おっアっくんどこ行ってたん?俺ら結構探したんだけど」
「さっきまでミミと校舎で話してたんだよ」
ノブユキはアクアの姿を見るなり話しかける。
まだ2回目だが、アクアから見ても裏表のない味があるいい奴といった印象だ。
ダンサーという事なので、機会があればB小町Rのダンスを評価してもらってもいいかもしれないとアクアは考えていたりした。
「……B小町Rちゃんねるで言われている通りマジで女好きなんだな」
「いやちげーよ、たまたま会っただけだっつーの」
ケンゴは少し寡黙な印象を受ける。ただ話す内容はしっかりとしており、唯一の高校3年生世代なのも納得である。
アクアとしても話しやすいと感じており、こんな感じで引かれるのは本意ではなかった。
「それはともかくさ、俺ら会ってまだ2回目だしまずは同性同士でしか話せないような事を話して交友深めときたいなって。ケっさんは賛成してくれたぜ」
「……カメラ向けられると仕事モードに入って積極的に恋愛って気分にならないからこういうのもありかなと思ってね」
アクアの発言はまるで聞こえなかったように流され、少し不満には思うものの、同年代ということで遠慮せず話してくれる二人は、アクアにとってありがたかった。
業界の近い年齢の友人なんてメルトと大輝くらいしかいないアクアの新しい友人になる可能性のある出会いをアクアも大切にしようと考える。
「ケっさんからはもう聞いたんだけどアっくんは何か好きなスポーツとかある?」
「スポーツか……休憩時間、友人に誘われて野球に参加する事があったくらいで本格的に取り組んだことはないな。スポーツじゃなくてぴえヨンブートダンスならほぼ毎日やるんだが」
子供の頃からぴえヨン考案のメニューをやってきたアクアは、平均よりかなり体力に自信がある。
継続は力也とはよく言った物だとアクア自身思っていた。
「えっちょい触らせて、ホントにカッチカチじゃん」
「ぱっと見細そうに見えるのに」
男二人してアクアの腹筋やら腕やらを触って想像より硬い肉体に驚く。
鬱陶しそうな顔をしたアクアだが、わざわざ払う程でもないかとため息を吐いて放置する。
「というか俺よりノブユキの方が鍛えてるだろ、ダンサーだし」
「まっそりゃ俺はそれが仕事だし?アっくんは役者だから意外って感じがね」
「役者も結構体力勝負だからな。しっかり鍛えてないと最後までパフォーマンスを維持できない」
あとは不審な人間が襲ってきても勝てる程度には鍛えておこうという考えもあったりする。
この辺りは幼少期の事件を意識していた。
「ストイックだな〜、女たらしなのに」
「それ関係ないだろ」
「俺もバンドで必要な体力くらいは付けてるけど二人ほどじゃないな」
こういう気楽な会話というのもやはり人生には大切だなと思わされる。
それぞれが何かしらの分野で成功している分、自分に自信を持っており、会話が明るいのも楽しく感じる理由の一つだろう。
それから三人はしばらく男だけでの会話が弾む。
「んじゃアっくん!とりあえずケっさんにカメラがある時の女の子との接し方の見本見せてくれん?」
「無茶振りすぎないか」
話が進むうちに恋愛リアリティーショーに対してどう立ち振る舞うかという話になった。
ケンゴが先程カメラがあるとどうしても仕事モードになるせいで恋愛は難しいという話をした結果、この無茶振りに繋がった。
「頼むアクア」
「ケンゴも実は面白がってるだろ……というか本気の恋愛するかどうかの話なんじゃ……いや、いい。行ってくる」
アクアは諦めたようにゆきとあかねのもとへと向かう。
どのみちあかねと幼馴染ミッションをこなす予定があったため、そろそろ話しかけようと考えていたのだ。
「ゆき、あかね。調子はどうだ?」
「アクア君やっと来た〜!これ恋愛リアリティーショーなのに男3人で固まって話し過ぎ!調子はどう?って悪いに決まってるよ!あかねとのお話が楽しかったから良かったものの〜」
「あはは……私もゆきとのトーク楽しかったよ」
恋愛は相手がいないと成立しないのだから、ゆきの言うことはごもっともである。
アクアがそれもそうだなと認める。
「あたし臆病でガシガシ前に行けないし、あんまりトーク上手くないからアタックしてもらえないと埋もれちゃうよ」
「……そうかよ、ちなみにゆきはどうしてこの仕事受けたんだ?」
アクアはゆきのそんな言葉にどこがだよと思いつつも話を膨らませることにする。
あかねに話をするのは後でも問題ないだろう。二人でアイコンタクトをして確認し合う。
「うちの事務所の看板の人が仕事断らない主義でね……。事務所に来た仕事全部もっていくから……年中ヒマでさぁ。なんか足掻きたくて」
思いのこもったそんな言葉に、アクアはこれは嘘じゃなさそうだなと考える。
ミミとは違い、自分の意志でこの番組に参加したようだ。
「アクア君は恋愛に興味ないの?今後のお仕事のために受けたって言ってたけど」
「ないわけないだろ、俺も男だし」
これについては思春期らしい欲求が身体には存在するため、嘘ではない。
前世である程度体験したから何が何でも満たしたい欲求ではないだけだった。
「ただ……今は仕事のことや推し活で忙しいからな。恋愛する余裕がない」
「推し活!?アイさんの大ファンだったってことは知ってるけど……この感じはB小町Rかな」
「アクアくんらしいなぁ」
アクアの言葉に驚くゆき。
それに対してあかねは先程まで聞き手に完全に回っていたが、アクアの素直な返しに思わずと言った様子で言葉を溢す。
その表情は自然と笑顔だった。
それを見たゆきはピコンと何かを閃いたらしい。
ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべてからアクアに急接近する。
「……どうしたゆき」
何か企んでいる様子の彼女に少し警戒しながらアクアは尋ねる。
「えーっ?アクアくんは恋愛したくないってわけじゃないみたいだから〜私とかどうかな〜なんて」
「話聞いてたか?」
アクアはゆきに呆れたような視線を送る。
ただよく見れば、ゆきはアクアにモーションをかけつつも、ちらりちらりと視線はあかねを向いている。
アクア本人がというよりアクアに構ってみれば、あかねがどんな反応をするかという部分がメインのようだ。
「アクア君はこの番組予習した?」
「簡単に調べはしたけど」
アクアは恋愛リアリティーショーを見た事がなかったため、どんな展開が好まれているのかのリサーチとして前シーズンは目を通しておいた。
そこでゆきの言いたいことを察する。
「前回のカップルさ……最後にキスしてたよね?」
「やってたな。分かりやすいカップル成立の合図にもなるし都合が良かったんだろ」
「ふふっ……そう言うこと言うんだ。最初企画もらった時は恋愛とかしたこと無かったし、いい人がいるか不安だったけど……」
ゆきは整った顔が定点カメラからよく見える位置に立つ。
そのまま背伸びをしてアクアの耳元に口を近づけた。
「あたし、アクア君にならキス出来るかも」
「……カメラよく見てるな。流石モデル」
アクアとゆきの会話に注目して寄ってきていたカメラ。
それを見逃さないゆきは視野が広いなとアクアは思う。
「アクア君こそ……ちゃんと赤面してくれたみたいで嬉しい。その赤面は素?それとも演技?」
「どっちもだよ、ゆきは綺麗だからな」
ゆきの綺麗な顔立ちが突然顔付近に来たのは、アクアとしても十分ドキドキさせられたし、強かだなと好感を持っている。
ただそれを露骨に表に見せるのは演出を意識した演技と言ったところだった。
「どっちもって適当な答えだなぁ〜。それに本当に女の子すぐ口説くんだね。あかねが心配してた通りだ」
「本当にお前ら何話してたんだよ」
「きっと今のシーンは使われるよ!これからも仲良くしようね……それと〜」
ゆきの言葉通り今のシーンは恋愛リアリティーショーとして美味しい場面だ。
ほぼ確実に使われるだろうとアクアも思っている。
今日の撮影で恋愛らしい立ち回りをしたのがアクア一人というのもその可能性に拍車をかけていた。
「あかねの事あとは任せるね」
その言葉を最後にゆきはサッとアクアから離れてノブユキたちの方へと向かって話しかけに行く。
アクアだけが目立つように戦うのではなく、しっかりゆき自身が目立てるような立ち振る舞いだった。
「アイツ強かだな」
「……」
「あかね?」
「ぷくぅぷくぅ」
前回に続いて出現したあかねフグを見てアクアは、やってくれたな鷲見ゆきと思うことになる。
演出上の都合が強いとはいえ、あかねの場合少なからず妬かせてしまったとアクア本人も分かっていた。
アクアは甘んじてストレス発散に付き合うことにする。
「うーん……アクアくんが女好きのタラシだって分かってたはずなのに嫉妬しちゃう……どうしようかな」
「風評被害だろ」
「そうかなぁ、アクアくんは自覚あるはずだよね」
アクアはあかねのその言葉に図星で何も言えなくなる。
好意を自覚している相手にこういう態度を取ること自体も割と女タラシと言われても仕方がないと内心では思っていた。
「……わっ私もね……アクアくんにならキス……できるよ?」
ゆきとほぼ同じ構図でアクアに迫るあかね。
これまでいなかったライバルの出現に対して対抗するかのように過激な行動。
まるでそれは縄張りに侵入されたのを上書きするかのようで、持ち前の演技力からか、それとも自分の気持ちからか、これまでにない色っぽさを含んでいた。
「あかねは自分を大切にしろ。アイドルだろ?」
「ふふっ……そうだね。良くないこと言ってる。優しいねアクアくん」
アクアのその言葉に、傷ついたような寂しそうな表情を見せるあかね。
アクアに表情を見られないようにするように、くるりと背中を向けて少し深呼吸をする。
その後、再びアクアの方へと向き直ったあかねはいつものあかねだった。
「うん、もう大丈夫!行こっアクアくん」
「……ああ」
そんなあかねに対してアクアも思うところはあると言った表情を作る。
少し訪れた沈黙。
「……はい、今日の収録はこの辺りまでにしたいと思います。明日はまたいつもの時間に集まっていただけると。お仕事などがある方はそちらを優先して構いません」
それを破ったのはスタッフの声だった。
その声に合わせてアクアもあかねも作っていた空気を解く。
「二人とも凄いね。ちょっと嫉妬させちゃお〜くらいの気持ちだったけど何か凄い恋愛見せられてるって感じ。リアルっていうかこれがリアリティーって奴かーって……いや何言ってるんだろ私!」
「ありがとうゆき。でも……嫉妬しちゃったのは本当だからリアルだったのはそれかな。いいシーンになったのはゆきのおかげだよ?」
先程二人から離れたゆきが戻ってきて今の展開について語る。
初めて教室に入ってきた時のような造られたキャラクターではなく、アクアとあかねという個人が惹かれ合うが仕事の関係でといった空気をうまく作り出していた。
「本物の気持ちすら演出に盛り込むってほんとプロって凄いなぁ」
「ゆきのも良かったと思うぜ?いや、俺は演技とか全然だからさっきのアっくん争奪戦もハラハラしてたし」
「……そっか。ふふっありがとノブくん」
撮影がないからといって特に役を作っていないメンバーは気楽そうに話をする。
ここでアクアは一人この場にいないことに気が付いた。
「ミミは?」
「え?ミっちゃん今日一回も見てないけど」
「……アイツ結局あの場から動かなかったのか。どんだけやりたくないんだよ」
参加しているはずなのに意図的に隅に生息するミミに対してアクアは呆れたような感心したような気持ちになった。
「そんじゃミっちゃんも回収してこの後焼肉でも行く?」
「悪い、俺はこの後ホームパーティーがあるからな」
「えっ!?パーティーどんなのどんなの」
アクアの言葉に目を輝かせながらアクアの方を見るゆき。
場合によっては飛び入りで参加しようなんてことも考えてそうだなとアクアは思いながら返事をする。
「俺とルビーの誕生パーティーだ。結構事務所の人とか参加するぞ」
「あーそりゃ外せないね〜。それじゃあ私たちとミミちゃんだけでも焼肉行って親睦深めない?」
「オッケー!ケっさんも行くよな?」
「まぁこのあとは空いてるからいいよ」
そんな会話をしてから3人は校舎の中へミミを探しに向かっていった。
彼らを見送ったあと、アクアたちは荷物を持って帰路を歩く。
それから二人は各々今日の撮影の反省や良かった点を話し合いながら斎藤家へと向かっていった。