『どうかな?ゆきちゃんがネイルしてくれたんだけど』
画面の向こうにいるあかねは控えめに先程してもらったばかりのネイルをアクアに見せる。
番組前半にゆきが話していた通り、彼女は姉にネイルを教わったらしい。
『ああ、あかねの雰囲気によく合ってる。基調は青系統なのにピンクが混ざってるのは、実は甘えるのも好きなところが表現されてる感じか?』
『凄いね!ゆきちゃんもそう言ってたよ。……でも私そんなに甘えてるかな?』
『まぁ可愛い甘え方だしいいんじゃないか』
番組もあと一ヶ月もせず終わりを迎える時期に差し掛かっており、カップリングもある程度固定化を見せていた。
だがマンネリ化とは言われず、個々の進展を視聴者が熱意を持って追いかけている。
「このネイル可愛いなぁ。ウチも今度ゆきちゃんに会ったらお願いしてみよかな」
「いいんじゃない?確かみなみって鷲見ゆきと面識あるって言ってたわよね」
「せやね。何度か撮影一緒になって友達になったよ?今度の撮影で一緒になるし、ダメ元で聞いてみるわ」
みなみは役者仕事も増えつつあるが、どちらかといえば静止画の方が得意だったりする。
『今ガチ』によって人気を伸ばしつつあるゆきとは、仕事が同じとなる機会が増え始めていた。
『んふふ〜』
『顔崩れてるぞ』
『アクアくんが可愛いって言ってくれたの珍しいから……つい』
「ちっ……」
赤面して頬を押さえる姿を見せるあかねの姿は実に可愛らしく、乙女の純情を真顔で弄ぶアクアの姿が目立っている。
そしてそれを見てかなは小さく舌打ちをした。
「あかねちゃんいいなぁ〜私も帰ったらおにいちゃんに言ってもらお〜っと」
「前は結構言ってくれたのに、アイドルとして釣ったらあまり言ってくれなくなったよね。ジゴロはマリンらしい」
「なんかそれ逆やない?でもタラシさんなのに意外とその辺いざって時しか言わんよね」
かなが静かなのは舌打ちした後な上、自分で余計な事を言いそうだからと口を押さえていたからだったりする。
それからも二人のやりとりが続いていき、幸せそうなあかねの姿がアップされ、今回分が終わりとなった。
番組が終わり、一呼吸置いて落ち着いたかなは、気になっていた事を口にした。
「この二人のカップリング最初からずっと人気よね。確かにこのメンバーの中では元の知名度ぶっちぎりだったと思うけど、それだけじゃ説明つかないし。幼馴染って属性がそんなに新鮮かしら」
「恋愛リアリティーショーとしては珍しいやろなぁ。それにアクアさんもあかねさんも顔立ち整っとるし、関係性も漫画みたいな関係やし?」
最近の『今ガチ』は6割アクあか3割ゆきユキそして残りがケンミミといった話題量。
初期のアクあか一強よりはバラついているものの、これは単純に客数が増えたのが大きい。
終盤に差し掛かった『今ガチ』はもはや中高生なら見ていない方が恥ずかしいなんて言われる人気コンテンツとなっていた。
普通の地上波ドラマより人気なネット番組というよく分からない地位を獲得している。
ルビー達も学校に行けば、かなりの頻度で『今ガチ』の今後について話されている。
「重ちゃんは幼馴染の『余裕がない方』だもんね」
「うっさいわね!ホント誰よあのふざけた呼び方考えた奴。普段の配信ですら私だけ『重曹』『かなちゃん』『余裕ない方』とかどんどん呼び名増えてるんだけど」
フリルの言葉にかなは文句を言う。
実際他のメンバーは名前呼びが多いのに対してかなだけは少しずつ変な愛称も増えてきていた。
「やっぱり揶揄いやすいからじゃない?あかねちゃんやフリルちゃん、みなみちゃんにはない先輩だけの属性だと思うな」
「ええよね、ファンに色々な呼び方付けてもらえるって親しまれてる感じがして羨ましいわ」
「本当に羨ましいの?これは親しまれてるんじゃなくて舐められるだけでしょ。ホント腹立つわね〜」
こんな事を言いながらもしっかりエゴサで色々な呼び方全てで検索をかけている辺り、実のところ彼女もそこまでこの扱いが嫌いではなかったりする。
一度話題が落ち着きを見せたところで、気を取り直してみなみが最近少し心配な話を切り出した。
「それにしてもアクアさんとあかねさんどうするんやろなぁ」
「どうするも何も予定通りカップル不成立友情エンドって感じじゃない?」
みなみの言葉にかなが一体何を気にしてるんだ?と言いたげな様子で返す。
事前に方針はある程度聞いている身内が、アクあかの今後を心配するのはおかしくないか?というのがかなの意見だった。
みなみだって最初はちょっとヤキモチを焼くくらいで済むと思っていた。
ただ配信を追っているうちにみなみはこのまま当初の計画通りに行くのは難しいと考えていた。
「ウチもそう思っどったけど『#今ガチ アクあか』で調べたらアクあかの期待値凄いことなっとるんよね」
そう言いながらみなみはかなに自分のスマホ画面を見せる。
彼女は訝しげにしながらもそれを覗き込んだ。
『アクア君とあかねちゃんどっちから告白するのかな楽しみすぎる!アクあか最高!』
『今ガチはアクあかもうカップル決まりって感じだし後はゆきユキが成立するか楽しみだなー』
『アイドルも恋愛する時代か〜これが時代の転換点なのかもな。アクあかには歴史に名を残してほしい』
そこにはアクあかについてのツイートが複数あり、そのほとんどが彼らのカップル成立を確信してる書き込みとなっていた。
かなは驚いて声を上げる。
「なんで成立前提で話進んでんのよ!?」
「裏側知っている私たちは、結論出す気がないって分かっているけど……冷静に考えるとあのイチャつきはカップル成立確信されても仕方がないよね」
フリルは複雑な心境を押し隠して実に冷静に返す。
事情を知っている自分達ですら羨ましくなるイチャイチャを見せていたのだから、知らない周りから見た時なんてただのカップルのそれだ。
ここに来てようやくかなは今の状況が自分にとってあまり都合が良くない事に気が付く。
気持ちを自覚して多少大胆になったものの、あかね以外のメンバーがアクアに抱いている感情を理解しきれていない彼女には少しハードルが高いかもしれない。
「……それ不味くない?」
「そうだね。下手したら一度あかねとマリンには番組内でカップルになってもらわないといけなくなるかも」
あくまで出来レースに見えても更に仲良くなったという体裁を取っているのだ。
この流れでアクあか不成立になろうものならば、番組の盛り上がりも台無しだろう。
「じょ……冗談よね?というかこの番組って最後キスしたりするんでしょ?」
「まぁ定番やなぁ。前シーズンのカップルは最後キスしてたみたいやし。アクあかくらい知名度あるカップルのキスシーンで締めたりしたら更なるバズも期待できるやろね」
みなみは何てことなさそうに口にするが、内心を言えば回避してほしいとは思っている。
アクアだって役者なのだから誰かと演技でキスするというのは今後もあるだろうと彼女自身思いながらも、それでも好きな人のキスは気になる乙女心だ。
「そ……そんな事になったらアクアのファーストキスはあかねの物ってこと?じゃんけんにたまたま一回勝っただけでズル……なんでもない!」
(私が最初だけどね!よかったぁ先におにいちゃんにキスしといて~)
露骨にしおしおになったかな。
そんな彼女の不貞腐れたような言葉に内心で謎のマウントを取るルビー。
大好きな兄が他の人とキスするかもしれないと話が出ているのに、ニヤニヤと表情が動いている。
そんな彼女を見てフリルはぼそりと呟く。
「……重ちゃんこれで隠してるつもりなのが面白いよね」
「お互いバレてる前提で話すウチらも大概やと思う」
フリルもみなみもB小町Rのメンバーが皆アクアに恋心を持っていることなど察している。
というよりメンバーで気付いていないとしたら、かなくらいの物だろう。
「にしてもブラコンなルビーが笑顔なのはなんでやろ」
「多分しょうもない事考えてると思うよ。『幼い頃におにいちゃんにキスしたから私がファーストキス』とかじゃないかな」
フリルの言葉はかなり惜しいところを突いている。
ただ実は幼い頃どころか割と最近突撃告白とキスを決めたなどとは、流石のフリルですら思いもしなかった。
少し時間が経って何とか復帰したかなは、他メンバーに現状を再確認する。
「とにかく二人の組み合わせが人気出過ぎて、くっつかない方に理由が必要になってるってことよね?」
「まぁそうだね。くっつかないと不自然なくらい仲良し。しかもそれをマリンもあかねも株を落とさずにする必要がある。正直かなり厳しいと思うし、ビジネスでカップル成立させちゃった方がいいかも」
フリルは何かでアクアの一番になりたい。
ただキスの順序はそこまで拘っていなかったため、他メンバーほどテンションが乱れていない。
ただ、もしビジネスカップルになった時に、公でアクアに甘えるのが難しくなるという点はかなり気にしていた。
ちなみにガチ告白したルビーは仮にアクアにビジネス彼女が出来たとしても妹割が効いており、自分は安全圏から甘えられるだろうと余裕があるため大人しい。
兄が役者をやる以上、いつの日か他の人とキスする可能性くらいは考えていたため、そのくらいならば許容である。
「でもビジネスカップルなんて成立させちゃったら色々問題でしょ?あかねもアイドルなわけだし」
普段散々配信でも無自覚に惚気まくっている自分のことを棚に上げて、アイドルとしてのあかねを心配するかな。
それに対してフリルは軽い調子で返す。
「これまでB小町Rはマリンと散々深い付き合いなの見せてきたからファンも耐性あるよね。正直大絶賛されるんじゃないかな」
「どうやろ。むしろ他のファンが怒るんやない?」
「……今更だけど私たちってアイドルグループよね?」
フリルとみなみの言葉を聞いてかなは、自分の所属しているグループがこれでいいのかと何度目になるかわからない不安を抱える事となる。
B小町Rのメンバーが心配していた件については、当然の事ながら当事者であるアクアとあかねも気にしていた。
この日の『今ガチ』撮影合間の休憩時間、二人は今後の方針について作戦会議をしていた。
普通の方法でカップル非成立をさせると、アクアやあかねのこれまでの態度が演技を疑われ、折角の過去一といっていい盛り上がりを見せている番組が盛り下がる。
それを回避するべく、ここ最近は二人で会うたびにいくつか案を出し合い、どれがいいのかを絞ってきていた。
「これはどうかな?」
「……確かにこの方針ならダメージは最小限でカップル非成立できるし下手な成立より盛り上がるかもしれない。……けど、いいのか?」
あかねから提案された内容にアクアはいい案だと理解を示しつつも、ダメージがあかねの方に大きいのではないかと気になった点を指摘した。
「むしろアクアくんが今後大変だと思うよ?女好きなのが真実だってバレちゃうし、例の映画を撮る時に多分相当揶揄われるんじゃないかな?私としては役者として評価を上げるチャンスでもあるから問題ないけど」
「いや、女好きってわけじゃ……いやその視線はやめてくれ」
アクアとあかねが今のままでは付き合えない理由があればいい。
それがアクアとあかねが出した答えだ。
「休憩終わります。撮影始めますので教室へお願いしますね」
「わかりました。……じゃああかね、悪いがタイミングを見て頼む」
アクアではこの作戦を進めることはできない。
あかねがこれまでにないアクアへのアプローチをする必要があった。
「……そうだねアクア」
隣で聞いていたスタッフは普段のあかねと違うオーラを感じてぴくりと震え、あかねの方を凝視する。
部分再現はドラマなどでも見せているが、完全再現は今回が初お披露目となるだろう。
アクアはこの時点で今回の放送があかねの独壇場になる事を確信した。
「あっかね〜どうだった?アクアとの密会は……ってあれ?なんか雰囲気変わった?」
最近休憩時間は二人で席を外しがちだったあかねを揶揄ってやろうと思ったゆきは、帰ってきたあかねを見て首を傾げる。
しっかりよく見れば顔立ちや輪郭から服装まであかねだと分かるのだが、別人にしか見えない。
「えへへ〜ちょっとアクアと話しててね、こーいうアプローチしたら効果あるかな〜って試すことにしたんだ〜」
「へっへぇ……。役者って凄いねホント別人みたい」
「あはは、大袈裟だな〜。……ゆきはこういう私……嫌い?」
普段のあかねとは違うまるで吸い寄せられるような瞳に、ゆきの視線は釘付けにされる。
ゆきから見ても普段のあかねは魅力的だ。
ただ今のあかねは異質なオーラを発している。
他のメンバーは声すら掛けることができないほどに、彼女に魅せられていた。
「アクア、この後も一緒にいようよ」
普段はしないウインクをアクアに向けて使い、その仕草がアクアの中で今朝出る時にした母の仕草と綺麗に合致して優しい笑みを引き出す。
キャストもスタッフもカメラマンですら視線を向けざるを得ない一番星の輝きがそこにはあった。
「ねぇ……なんかアクア……変?」
「アクアが?あかねじゃなくて?あかねの感じどっかで見たんだよね……」
ミミの言葉に不思議そうにゆきは返す。
ゆき自身頭の中で誰かとあかねが被って見えているので、それが誰かを頭で探っていた。
「あ、ミミも思う?俺もアクアがいつもと雰囲気違うなと思って気になってた」
「そーなん?アっくん割と臨機応変に使い分けてるイメージあるけど」
ケンゴもミミに同意し、ノブユキは普段から固定されたイメージを持っていなかったので気にしていなかった。
「というかあかねの感じどっかで……」
「あー!分かった!アイだよアイ!最近一緒に仕事したから引っ掛かってたんだ!」
ゆきはファッション雑誌の撮影でアイと仕事をする機会があった。
コスト的にはかなりオーバースペックだが、アイの美貌はそれだけの価値がある。
その分まだ売り出し始めのコストが安いモデルが残りは起用されることになり、ゆきはその一員として選ばれたわけだ。
「あー確かに。言われたらそうとしか見えない」
「アレ?アっくんって確か……」
「ヲタ芸赤ちゃん……つまり……生まれた時からのアイオタク」
ミミの言葉に全員ハッとさせられる。
あかねがどうしてこの演技をしたのか不思議に思っていたが、アクアにとってアイとは推し。
それすら模倣してアタックを仕掛けているという事だ。
「オモシレーことするなあっちゃん。やっぱガチでアっくんの事狙ってんだな」
ノブユキはそれまで分かっていたつもりであっても、改めて再確認する。
それに対してゆきは自分の考えを述べた。
「そりゃそうでしょ。あかねはずっとガチで攻めてるって感じだったし……ただアクアが分かんないんだよね〜。よく考えたら今までもずっとあかねから攻勢に出てたイメージだし」
「……Twitterとかでもその辺りは……アクあか界隈で……よく指摘されてる。実はずっとあかねがアクアを攻略しようとしてる構図なんだって」
実のところアクアとあかねでは最初から少し狙いが違う。
あかねには少なからず自分を意識してもらう意図があり、アクアは何となくそれに気付いていても今は全く恋愛しないとポジションを決めていたからだ。
ただ寝不足のアクアを助けた際、距離感がバグを起こして想定していたより近くなってしまった結果、カップリングが実質成立だと世論が形成されてしまった。
その方向性を一度正すための切り札がこのアイの演技になる。
「どうかなアクア。私っぽいかな?」
「……まぁ95点はある」
世間でも有名なアイオタクのアクアが認める95点のアイ。
その完成度は推して知るべしと言ったところだろう。
外見が違うというのにその人に見えるというのは、それだけの技術を持っているということに他ならない。
アイというタレントが世間で評価されているからこそ、あかねの演技力はこれまで以上に評価を集めることに繋がる。
「アクアがそう言ってくれるなら自信になるよ〜!答えてくれてありがと!」
トドメとばかりに、あかねはアクアへ向けてとびきりの一番星の笑みを見せる。
同年代となった推しの笑顔にアクアは珍しく赤面を表に出し、放送後しばらくはこの話題で持ちきりになることとなった。