「『今からガチ恋始めます』全収録終了です!お疲れ様でした!」
「「いえ〜い!!」」
スタッフの声にゆきとノブユキが元気よく声を出し、それ以外のメンバーも笑顔を見せる。
会場となったお店はちょっとしたバーのような場所であり、酒類はスタッフにしか提供されないものの、参加メンバーにもおしゃれなノンアルコールカクテルなどが振る舞われていた。
「ところで早速聞いていいかな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべたゆきは、アクアとあかねの方へ視線を向ける。
何となくアクアはここからの話が予想できてげんなりした表情を浮かべながら問い返す。
「なんだよ」
「何でアクアとあかねは付き合わなかったの!?折角あかねがアイドルなのに付き合っていいみたいな空気だったのに!」
「あの流れならアクあか成立しても問題なかったってミミも思う」
どうやらアクアとあかねがカップル成立しなかった理由がアイドルであることだと二人は考えていたらしい。
心底不満そうにアクアの方へと視線を向けている。
これについてはアクアの事情が大きくあかねの株は落とせないので、アクア本人が答えるしかない。
「あかねがアイドルかどうかじゃなくて、俺が単純に他にも気になる相手がいるから答えを出せなかっただけ」
「うっわ、最低」
「クズ男……女の敵」
何を言われても反論できない言葉をアクアは口にした。
当然のようにドン引きした声を出す女性陣二人。
言語化するならアクアは今恋愛対象を絞れていないという事になる。
相当言い方が悪いが、今の状態を表すならこれが正解だろうと考えていた。
「まだあかねを好きって断言もできない気持ちなのに付き合う方が不義理だろ」
「それはそうかもな!あっちゃんはアっくん攻略ガンバ!応援してるぜ」
「……アクアもうちょっと言い方があるだろう」
ノブユキはあかねへとエールを送り、ケンゴはあんまりなアクアの言い方に呆れて視線を向ける。
ここ数ヶ月の付き合いである程度人柄を把握していた彼らでも賛否両論な回答。
アクアも自分が悪いなと分かっているため、少し視線を逸らした。
「というかあかねの告白はやっぱ本気のやつなんだよね!?」
「う……うん。は、恥ずかしかったなぁ」
「こんないい子をキープするとは……最初は頼れる人ってイメージだったのに。やはりピーマン子役が言う通り女好き?」
ゆきの追求に対して頬を赤らめて、左右の人差し指同士をツンツンと突き合わせるいじらしいあかね。
そんな彼女を見てミミが呆れたように口にする。
「いや、俺にも言い分があるんだが」
アクアが口を開いたものの誰も聞き入れずに勝手に話を進められる。
「今度あかねと映画館デートするんでしょ?カップル成立してないのに男女ペアがハッシュタグ付けて報告するのって初めてらしいよ」
「カップルは成立してないけど、まぁ結構な人が時間の問題って思ってるかもな~」
ゆきユキコンビがアクアを詰める。今後のあかねに対するアシストのような意味合いも含まれていた。
「そもそも俺たちの事ばっかり言うけど、ゆきユキ不成立も大概だぞ。実際のところどうして振ったんだよ」
「あ、ミミも気になる。教えてゆき」
「えっちょっとあーミミ、後でちゃんと教えてあげるから」
話を逸らす事に成功したアクアは隙を見て一度この集団からそっと離れる。
そんなアクアをあかねは視界に納めながらも内心でエールを送るに留めた。
ひっそりと店内から離脱したアクアは、外で鏑木と対峙していた。
タバコを吸いながら鏑木はアクアへと問いかける。
「いいのかい、抜けだして」
「大丈夫ですよ。アイツら話題が尽きないんで。鏑木さん、覚えてますよね取引の件」
アクアは元々アイの情報、その一部を集めるために『今ガチ』への出演を決めた経緯がある。
その約束を反故にされては困るため、鏑木が一人で煙草を吸いに行ったのを見てついてきた形だ。
「覚えてるとも。勿論約束は果たすつもりだよ。ただ僕としても言いたいことはあるんだけどね……あのまま君があかね君とくっ付いてくれた方が番組としては盛り上がったと思うんだよね。それについてはどう思うかな」
「確かに俺とあかねのカップル成立は既定路線ではあったと思いますけど、あかねに不誠実な事できませんし、次善は尽くしたと思いますよ。こっちにも事情があるので」
「まぁ君はB小町Rのメンバー皆誑かしてそうだし、まだ決めかねてる感じかな。それとも……皆に手を出すつもりかい?僕の知り合いにもいるよ、何人か囲ってる子。ただ上手くやらないと大変だから気をつけてね」
鏑木はお道化たようにアクアを揶揄う。芸能界にはパートナー公認の相手がいる人もゼロではない。アクアも複数付き合うつもりなのかと勘繰っていた。
「俺にそんな資格ありませんよ」
「そう?まぁ僕からすれば君がしっかり仕事してくれる内は好きにしてくれていいと思うけどね」
アクアの妙な自分を低く見る癖が出ているのかと鏑木は考え、これ以上この話をするのは一度止めることに決めた。
鏑木は一度そこで話を切って元の話へと戻す。
「まぁ君がカップル成立を選ばなかったことは残念だけど、今回の『今ガチ』は下手な地上波番組よりよほど話題をかっさらっていたからそこは満足かな。同時期放送の番組で『今ガチ』より上の話題性だとアイ君とゆら君が共演していたドラマと大輝君の出ている大河くらいかな?快挙だよホント」
鏑木はこれについては本当に驚いていた。
恋愛リアリティーショー自体はコアな人気があり、世界中で行われている物とはいえ、ここまで人気が出た例はない。
鏑木をしてアクアとあかねの持つキャラクター性を甘く見ていた節があった。
「俺としてもこの番組である程度大きくなった『星野アクア』が確立できたのでいい経験でした」
「苺プロは本当にブランディングがしっかりしているなぁ。社長も奥さんも優秀、タレントは粒ぞろいにネットマーケティングもバッチリ。羨ましいねぇ」
ドルオタ属性を持つアクア、ルビー、フリルといった組み合わせも何かに使いたいし、まだ高校一年生だというのに特有の色気と無垢さを同時に出せるみなみも使いたい。
苺プロは人材が豊富だと今後も仕事を持っていく計算をする鏑木だった。
「本題に戻ろうか、来週の週末寿司でも食べようか。アイに関するとっておきの話をしてあげよう」
「そうですね、今のところは問題ないので空けておきます」
約束は果たすと言いたげにそう告げた鏑木に予定を頭で確認し、アクアは承認する。
アクアは当日どんな情報が出るかを楽しみにしていた。
「アクアくん、ちょっとお話しようよ」
店内へと戻ったアクアは、カウンターの席へ座っているあかねに声を掛けられる。
特に拒否する理由もないとあかねの隣へアクアが腰掛けたのを見てから、彼女は話し始めた。
「楽しかったね『今ガチ』」
「そうだな。色々あったがこれまでにない体験ができて、俺自身いい経験と勉強になった」
「私も。アクアくんと『幼馴染』をできて良かったよ。最後は良い恥ずかしがり方をしてくれたしね」
あかねが言う恥ずかしがったアクアというのは、最後の頬へのキスシーンの事だ。
あの瞬間のアクアには演技は一切なかったため、あかねとしても悪い気分ではない。
アイの演技をした事による照れに勝てなかったというのは真実も含まれているので、悔しさはあるものの、母親なのを知っている分だけ余裕があった。
「あかねも顔真っ赤だったろ」
「そりゃそうだよ、好きな人にカメラの前で本気の告白したんだよ?照れない訳ないじゃん」
あかねは少し頬を膨らませてからアクアに反論する。
こうして見れば、あかねも『今ガチ』については演技というよりゆきの言う誇張の方が近かったのかもしれないなとアクアは思った。
『幼馴染ちゃん』もあかねの一部なのかもしれないと思えば、アクアとしては少しギャップはありつつも可愛らしく思える。
「というか今更ではあるんだが、俺でいいのか?正直俺はあかねに相応しい人間じゃない。あかねは若いんだし、未来もある。もっと良い相手だっているだろ」
アクアなりにあかねの事を考えた言葉。
あかねの感情が本物だと確定したからこそ、直接口にできる内容でもある。
そんなアクアに対してあかねは少し寂しそうな顔をして答えた。
「アクアくん時々視点が年上でネガティブだよね。……その辺りも何かまだ私に言えない事があるんだろうなって思ってる」
アクアとルビーの歪な関係、何か点と点が線で繋がりそうな状態。
それこそが秘密なのだろうとあかねは考えている。
ただその秘密が何であれ、あかねの答えは変わらない。
「でも私は君が良いんだよ?アクアくん。そりゃあいつかは全部を知りたいけど今はそれでいい」
「……そうかよ。じゃあ優柔不断で悪いが、もう少し考えさせてくれ」
あの言葉が、告白が本気なのだとアクアに改めて突き付けるあかねにアクアは今自分ができる返事をした。
「まぁアクアくんの気持ちの整理がつくまで、仲のいい男女の幼馴染しようね。恋人になっているのはゆき達がいれば十分だから」
「……は?」
アクアはあかねの言っている言葉の意味が分からず聞き返してしまう。
「気付いてない?ゆきとノブくんこないだ付き合い始めたんだよ?」
そして視線をソファーへと並んで座るゆきとノブユキの二人へ向けた。
確かに言われたら以前より距離が近いなと思い始めるアクア。
「……マジか。番組でやってくれたら俺たちももっと穏便だったんだが」
「テクニカルだよね。でも私ゆきのそういうところが結構好きなんだ」
微笑みながらあかねは続けてアクアの知らない情報を伝えてきた。
「ゆき、ああ見えて本当に人生初カレみたいだよ?」
「分かんねぇもんだな」
自分は鈍くないと思っていたアクアだが、そんなに鋭いわけでもないと知ってしまったアクアは、もしかしたらB小町Rの感情を読み違えている可能性、自分が自意識過剰な可能性を感じて少し震える。
「大丈夫だよ、そっちは間違いないから心配しないで?」
「いやこえーよ。あかねって時々エスパーになるよな」
「プロファイリングの成果なだけ。大袈裟だなぁ」
あかねの言葉を聞いてもアクアとしては訝し気な視線を向けることしかできない。
ここだけはあかねに生涯勝てる気がしないなと思いながらもう一個の方も確認する。
「ちなみにミミとケンゴは?」
「そっちも番組通り。ミミちゃんに恋愛はまだ早いと思うし」
「過保護かよ」
相変わらず庇護欲の強いあかねに苦笑するアクアだった。
打ち上げも終わり、皆がそれぞれの帰路へ就く。
アクアはあかねの母が迎えに来る場所までの付き添いとして同行していた。
途中でメンバーのほとんどと別れて今はアクア、あかね、ミミの三人だけになる。
「確かこの辺に」
「そういやミミも迎えなんだったよな。保護者か?」
「うん、にーちゃんが……あっ」
ミミは視線を彷徨かせて迎えを探すと、ミミを見つけたからか手を軽く振っている兄を見つけた。
ただその様子をアクアとあかねに見られるのが恥ずかしかったのかミミは男に近づいて注意をする。
「わぁ!恥ずかしいから!」
アクアとあかねは顔を見合わせて頷き合ってからミミの方へと向かった。
近付いてきたアクア達に気が付いたミミは、手をブラインドになるよう振りながら一人の男を隠そうとする。
「わわ、アクアもあかねも目汚しちゃうからこんなの見なくていいから!」
「流石にもうちょっと言い方あるだろう。ネットだけじゃなくて他所様にまで僕の悪口を広げなくていいんじゃないか」
「なっ!?なんで知って!?」
この短いやり取りだけで二人の仲の良さは伝わってくる。
微笑ましいなと思いながらアクアはミミの兄らしい人物に話しかけた。
「こんにちは、ミミのお兄さんですか?今回の番組で一緒させていただいた星野アクアです。最近俳優業に復帰しました」
意識して人当たりの良い感じをアクアは作り出す。
素のアクアだと少し暗いと身内に言われがちなため、初対面の相手には少し明るくするよう心掛けていた。
「こんにちは。ミミちゃんとは仲良くさせていただいています。黒川あかねです」
あかねはいつも通りの礼儀正しい育ちの良さを見せるような挨拶をする。
そんな二人を見て知っている顔だと言いたげな表情を浮かべて、男は言葉を返す。
「お二人とも子役時代によく見させてもらっていました。それに最近もドラマに共演されてますよね?僕はミミの兄で吉住シュンです。ネットテレビ局でADやっています。よろしくお願いします」
アクアはその答えに驚きつつも納得する。
ミミの兄が一体どこから『今ガチ』の案件を拾ってきたのかと内心不思議に思っていたが、ネットテレビ関連であれば鏑木に繋がるコネがあっても不思議ではない。
「にしても凄いですね、ミミの世話しながらお仕事って」
「まぁ……大変さはありますけど任せられる相手もいないので。でもこの番組出るようになってから少しずつミミのコミュ力よくなってる気がするのは皆さんには感謝しかないです」
この『今ガチ』メンバーが話しやすく優しいのが幸いして、ミミ引きこもり脱却の道が見えてきたのではないかとシュンは期待していたりする。
ただ当の本人であるミミとしては、皆とは今後も仲良くしたいと思っているものの、何とか番組は乗り切ったし知名度も上がったからもう基本的には家にいたいと思っていた。
それから少し立ち話をしていたのだが、やはり仕事疲れが蓄積しているのだろう。
アクア達から見てもあまり顔色が良くない。
元医者としてはあまり無理をしないでほしいと思う状態だった。
一つアイディアを思い付いたアクアは、あかねが話を繋いでいる間に、自分のスマホを取り出して一つの連絡をする。
するとすぐに返事は来た。
「……とりあえず許可は出たか。ミミ次第だけど聞くだけ聞いてみるか」
アクアはぼそっと自分のやる事を口にしてからミミへと話しかける。
「ミミって今配信活動は事務所じゃなくてフリーって言ってたよな?」
「うん。にーちゃんにマネジメント一任してるから」
ミミはコラボなど細かい連絡などは兄に一任していた。
知らない人からの電話などとても取れたものではないミミからすれば、それが精一杯だったとも言える。
「もしミミが良かったら、うちの配信部門に所属するか?」
アクアの言葉に吉住兄妹は何が起きたと言いたげなほどに驚いた表情をする。
あかねだけは仕方がないなぁと言いたげな優しい顔をして会話の流れを見守っていた。
「えっと大丈夫ですか?ミミはかなり口が悪いですけど」
「にーちゃん!?」
「そのあたりはウチにも口悪いのがいるんで」
口の悪さについては、大差ないレベルの元天才子役がアクアの頭に浮かんでいる。
それどころか彼女の口の悪さは、ミミのそれを超えているとアクアは思っていた。
まぁ彼女はそれなりに自制できているので、ミミがどこまで口が悪いかは未知数だが。
「それにコミュ力にも難がありますよ?」
「最初は大変かもしれませんが、事務所から連絡するときは同じ相手なので、自然と対応できるようになるとは思います」
アクアからの言葉を聞いて、シュンは現状と移籍した場合の今後を考える。
事務所と本人の取り分の差といった問題もあるが、その辺りは契約前に確認が可能な話だ。
自分の予定を思い出して明日は休みだから時間が取れるだろうと考える。
「一度ミミと話を聞かせてもらいに事務所に伺わせてください」
「にーちゃん!?」
「お前これ大チャンスだぞ。あの苺プロだし」
「でも私じゃ無理じゃないかな」
ああでもない、こうでもないと話す吉住兄妹だが、別に苺プロに所属するのが嫌なわけではなく、むしろ突然現れた美味しすぎる話に混乱してる様子が見られた。
今や苺プロは配信者業界の大手となっており、芸能事務所も兼ねている関係で知名度の高い相手とのコラボも多い。
オーディションも事務所のキャパシティーの問題であまりやらなくなっており、スカウトも稀だ。
所属できる機会は今ではごく少ない。
「アクアくんは優しいね、吉住シュンさんの顔色見てから提案したでしょ」
二人が言い合いをしている中待っていたアクアへニコニコとしながらあかねが話しかける。
「何がだよ。俺はフリーでこれだけ登録者伸ばしてるミミのキャラクター性を買ってたから駄目元で聞いてみようと思っただけだぞ。上手く取り込めたら苺プロとしてはラッキーだからな」
「でもさっき初めてミヤコさんに確認したでしょ?本当に最初からそのつもりならもっと前に確認してるよね」
「……」
アクアはあかねの指摘に図星を突かれて言葉に詰まる。それに対する反論を今のアクアは持ち合わせていなかった。
そんなアクアに追撃するようにあかねは言葉を続ける。
「でも私はアクアくんのそういう優しいところが好きだよ」
「……最近あかねは好きって言い過ぎじゃないか?」
「アクアくんにはそのくらい言わないと伝わらないかなって。これからもガンガン行くからね」
動揺しているアクアに対して強かな立ち回りを見せるあかね。
アクアはルビーといいあかねといい自分の周りの女性陣は恋愛でも強いなと改めて思う。
「えっとさっきも言ったように一度僕とミミで事務所に行って詳しい話を聞いても?」
「全然いいですよ。担当者には話を通していますから。ただ日程の調整をするので、候補日を俺に送ってもらえたら助かります」
吉住兄妹の言い合いも終わり、彼らが自分の考えを伝えるとアクアは問題ないと了承する。
後日、詳細な話を詰めるため、吉住ミミが苺プロ事務所に来る事となった。