「はいカット。早熟と不知火フリルは一旦捌けてくれ。次寿みなみの単独シーンだ、入ってくれ」
「は、はい!」
もう毎年恒例となっているJIFに向けての練習をしながらも、個々の仕事は変わらず入っているB小町R。
3月に行われる東京ドームライブに向けてまだまだ成長途上の彼女達は日々頑張っている。
この日はアクアとフリル、みなみの三人は五反田が監督をしている映画の撮影に来ていた。
「ふぅ……カントクさん見た目の通りスパルタだね」
「『本物』しか撮りたくないって拘りがあるらしいからな。俺も時々リテイク喰らってたし」
「子役時代のマリンですらその扱いなんだ」
フリルは主演級の経験があまりないのもあって最初は少し緊張した様子を見せていたが、持ち前のメンタルの強さですぐにリカバリーしていた。
厳しくはあったもののアクアと相談して構築した演技は、カントクのお眼鏡にも適ったのか、3リテイク目には合格判定を得られた辺り事前準備は上手くいったといっていい。
「みなみは大丈夫かな」
「一緒に練習した感じだとフリルと同じで数回はリテイク来るかもしれないが何とかなると思うぞ」
アクアから見てもヤクザの家系に居ながらもピュアな心を守られている妹といった設定によく合った演技ができていると思っている。
「マリンってカントクさんとは付き合いかなり長いよね?」
「ああ、もう15年近くになる。かなより長いぞ」
「それ重ちゃんが聞いたら滅茶苦茶嫉妬しそうだね」
ほんのり笑顔になるフリルの表情。
付き合いが長くなると細かい変化も分かるようになるものだなとアクアは思いながら気になった点を確認する。
「当時アイツ俺のことコネの子とか言ってたくらいだから流石にそれで文句を言われるのはないだろ。……それで質問の意図は」
「単純に昔のマリンについて聞こうかなって。撮影されて公開された物は分かるけど、それ以外は人伝に聞くしかないから」
「なんでそんなの聞きたいんだよ」
アクアは呆れたように言う。
正直なところ自分の幼少期を振り返っても不気味な子供でしかないというのがアクアの自己評価だった。
アラサーの精神が子供に乗っているのだから当然なのだが。
そんなアクアの疑問にフリルは何てことないと言いたげに軽く返す。
「マリンの事なら何でも知りたいなって思うから。なんでだと思う?」
「……今はノーコメントでいいか」
「いいよ、今言われても困るし。私としても正式なのは流石にもうちょっとロマンチックな場面がいいかな。楽しみにしていて」
ほとんど言っているようなものだが、あえてここで匂わせたのが彼女なりの戦い方なのだろう。
アクアは苦笑しながらもその提案を受け入れる。
その会話などまるでなかったかのように二人は今演技をしているみなみの方へ視線を戻した。
「あっ!そろそろ兄様が帰ってきますね……お出迎えをしなくては!」
「はいカット!寿みなみ、上手い事俺のイメージ通りの演技をしていたな。よかったんじゃねーか?」
アクアの予想通り3テイク目で合格をもらったみなみは、監督の言葉に笑顔を見せる。
「ほんまに!?嬉しいわ」
「あ、問題ないみたい。やっぱりみなみは魅せるのが上手いね」
フリルの言う通り自身の魅力を綺麗に見せるのがみなみの得意な分野だ。
今回の演技を通じて魅せ方も工夫できるようになっており、役ごとに使い分けなども期待できるのではないかとアクアは期待している。
「どうやった?」
「バッチリ。私も負けてられないって思えたよね」
「フリルちゃん大袈裟やね。ウチが身内で一番演技下手やからもっと頑張らなあかんくらいやし」
やはり芸能界に入ろうと決めた時期が他のメンバーよりかなり遅かったみなみは、その分実力ではまだまだだと自分で思っている。そしてアクアの視点から見てもそれはそう間違ってはいない。
ただ日々着実に進歩している。
周りのレベルが高すぎて麻痺しがちだが、みなみの演技は決して下手ではなく、上手い部類に差し掛かっている。
同年代においては敵は身内くらいではないだろうかというほどだ。
そこに天然と計算の混じった自然な魅力をコントロールできれば他にない武器になる。
「俺から見てもよかったと思う。役としての魅力も見せられるようになってきたのは間違いなく進歩だろ」
「よかったぁ、今回ウチが目標にしとったもその辺りやからアクアさんから見ても問題ないならええ感じやね」
アクアからの言葉にみなみは更に嬉しそうに顔を綻ばせる。
自分の努力が実る瞬間は格別だった。
「カントク、ちょっと時間ある?」
「あ?どうかしたか早熟」
「もし良かったら少し個室で話でもできないかと思って」
二人は順調に撮影を進めていき、一旦休憩時間が訪れる。
フリルもみなみも疲れた様子を見せており、再開までの間身体を休めている。
アクアはそれを見て元々予定していた目的の一つを果たすため、五反田へ話しかけた。
このタイミングで五反田に話を持ちかけたのは、アイから言われた言葉に理由がある。
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『アクア~今日カントクさんのとこで撮影だよね』
『そうだけど。何か伝言とかある?』
朝の用意をしていた時、アイがアクアへと話しかけた。
その時はどういう目的の質問か分からず、確認の意思をアイへ向ける。
『アクアが撮ろうとしている映画があるでしょ?アレの話もうカントクにしといた方がいいんじゃないかな~って。最近結構スケジュール詰まってるみたいだから早めに入れとかないと時間取ってくれないと思う』
『それ言ってる意味分かってるのか?』
アクアは時々抜けたところのある母に問いかける。
『15年の嘘』について話をするという事は、必然的に親子関係をバラす事に繋がる。
そうしないと内容の話ができないからだ。
ただ作戦通りに行くならばまだ秘密を知る人間は少ない方がいい。
『当たり前だよ~アクアは私の事なんだと思ってるの!』
『ちょっと危うい母親』
『うっ確かにママはアクアにフォローしてもらうことも多いけど!ニノちゃんに呆れられながら世話されてることもあるけど!でもこの嘘だけは別だから』
アクアの返しに不満なのをアピールしているアイ。実際のところはアクアもそこまでアイが考えていないとは思えない。
特にアクアとルビーの出生の秘密についてはかなり念入りに情報を絞っているのを知っている。あくまで念のための確認だった。
『多分カントク気付いてると思うんだよね~。私の勘だけど』
嘘のプロフェッショナルであるアイが言うならば間違いないだろうとアクアは思う。
元々カントク自身は信頼できる人間だとアクアも考えており、思い返せばアイとアクアの関係について言い淀んでいる場面などもあった。
こうしてアイの提案を受けてアクアは行動をすることに決めたわけである。
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アイの言葉で五反田に『15年の嘘』について相談を持ち掛けることを決意したアクアだが、少し気になる点があった。
(アイはあのDVDを預けるくらいにはカントクの事を信頼しているんだよな)
アクアは自分の見たDVDの内容を思い出す。
アレについては五反田だからこそ中身を見ないでくれたというのが正しいだろう。
もし見てしまえばアクアとルビーがアイの子だと一発でバレる代物だ。
それを壱護やミヤコではなく五反田に渡した理由はアイにしか分からないが、結果としては人を見る目が正しかったという事だろう。
そしてそれだけ五反田がアイの不利になるようなことをしないと信じていたとも言える。
「なんだよ、複雑そうな顔しやがって」
「いや、ファン心理として羨ましいとかそんな事を思っている訳じゃないからな」
「は?」
心の中で雨宮吾郎が血涙流している様子をアクアは幻視していた。
「それで結局本題はなんだ」
五反田はまどろっこしい事を嫌ってかストレートに確認する。
アクアはその言葉を聞いて分かりやすい返しをすることを決める。
「俺の母親について話をしたい」
誤魔化すことなく、ただ本当に五反田が理解しているかの確認もできる言葉を返す。
そんなアクアの返事を聞いて五反田の顔色が変わる。
「……本気か?どう考えてもマズイ案件だろ。てっきりタブーだと思ってこれまで気になっても触れていなかったんだが」
五反田のその言葉にやはり誰が母親なのか五反田が理解していた事をアクアは把握する。
カントクの顔には面倒ごとじゃないよな?という厄介ごとに首突っ込みたくないと言った様子が見て取れた。
「……今ここでお前の母親、アイについての話をしてきた理由はなんだ」
「カントク、昔本物のアイを撮る映画を作ろうとしたよな?」
「そうだな。まぁアイツの無茶ぶりで没にはしたけど」
本当無茶苦茶してくれたぜと言葉を続ける五反田。
最初言われた時は何を言ってるんだと思った記憶が彼にもある。
とはいえその見返りはもう十分に彼は受けていた。
あの時に得たアクアの優先キャスティング権のおかげで監督として起用された『転生探偵乱歩』。
元の原作が大人気作品なのもあってメガヒットを達成した本作は五反田の監督評価を1ランク上げた。
噛み合いが悪くて監督賞こそ取れていないものの、日本を代表する名監督の一人だとかシルバーコレクターなんて呼ばれたりもしている。
五反田としてはそろそろ本命の監督賞を取りたいのだが、どうしても巡り合わせが悪かった。
去年も相変わらずノミネート止まりである。
そんなカントクへアクアは自分の考えを見せることにした。
「アイと俺たちの父親に客観的に見た二人の関係を見せる、本物の『星野アイ』を撮る映画を作る企画を進めているんだ。その監督をカントクにお願いしたいと思ってる」
アクアの言葉を聞いてにやりと五反田は笑う。
「は~面白れぇ事を考えてるな。アイとカミキヒカル、アイツらは嘘の天才だ。その本当の姿には興味があるし撮ってみたいところだ」
五反田の返事を聞いてアクアは一瞬何を言われたのか理解できず静止する。
だが、少しずつ意味を咀嚼してから監督に確認の言葉を向けた。
「……父親も知ってたのか」
「可能性は結構前から考えてた。それこそ二人のお前に対する反応とか見れば思い付く。ただ最近のお前はアイツに似すぎだ。そうやって疑ってたら改めて見てもすぐ分かる」
元々ヒカルと仕事をしたときのアイへの反応や、アクアへの態度からほとんど確信していた五反田からすれば今のアクアの容姿を見れば隠す気がないと思えるレベルだ。
今ヒカルが社長としてもメディアに顔を出さないのもその関係だろうと五反田は考えている。
「ただ、この映画非公開映画だろ?コストはどうするんだ」
「俺が子役から貯めた貯金がある。資産運用してるから映画1,2本作るくらいなら余裕がある」
「そういやそうか。というか資産運用とかもしてるのかよ、ホント可愛げがないよなお前」
アクアの返しに苦笑する五反田だが、この提案自体にはすでに乗り気だった。
ただアクアの提案はこれだけではない。
「この映画『15年の嘘』は相当な話題性を持つから監督賞も狙えると思う。それが俺の出せるカントクへの特別報酬だ」
「大きく出たな、俺の一番欲しい賞を……って待て、この映画は非公開だろ?アイとカミキヒカルに見せるって話だし親子関係にも言及するなら相当機密性が必要になるはずだ」
非公開の映画がどれだけクオリティーが高くても監督賞なんて取ることができるはずがない。
そんな五反田の真っ当な反応を見て、アクアは今後の方針を簡単に説明する。
五反田は説明を聞いて最近の子供はスゲーなと感心させられることになった。
「あっマリン戻ってきた。ダメじゃない、私を放置して出掛けるなんて」
「借金のカタで来た愛人のくせに調子に乗るなよ?……なんでいきなり役に成り切ったんだよ」
二人の元へ戻った直後、フリルから演技によるアドリブ会話を求められたアクアだが、この手の遊びは幼少期からやっていたため、ヤクザの若頭海斗役に頭を切り替えて答える。
スムーズに返事を役でしてきたアクアにフリルは感心したような声で普段の声色で答える。
「やっぱちゃんと演じてくれるあたりマリンってノリいいよね。ある程度役を馴染ませとこうかなと思って遊んでみたけどどうかな?」
「役になり切るのは結構だけど、フリルの演じるキャラクターは前半から少しずつ演技が変わるから馴染ませすぎも困るし程々にな。評価自体は出会ってすぐの頃のキャラクター性がしっかりできてていいと思うけど」
今回撮影する作品では、作中の時系列がそれなりに経過する。
それに応じて実はフリルが演じている愛人キャラは態度が変わっていくのだ。
最初は借金のカタとしてやってきた反骨心、中盤は嫌なところもあるけど信頼できる男、最後は愛している男といった具合に。
下手にどれかの性格を馴染ませると上手くいかない可能性があるとアクアは考えていた。
とはいえ、先日練習した時は、好感度最大からスタートして最低まで落としてもフリルは問題なくできていた。
だからアクアも大丈夫だとは思っているしそこまで心配はしていない。
これは念のための確認である。
「マリンにデレ度マックスをぶつけて遊ぼうと思っていたのに。仕方がないなぁ」
あまり残念そうには見えないフリルの言葉にアクアはため息をついた。
そんな二人のやりとりをくすくすとみなみが笑顔で見る。
「『今ガチ』でアクあか幼馴染ラブコメやっとった時もせやったけど、アクアさんって演技の瞬発力高いよなぁ。ウチも見習いたいわ」
「まぁこればっかりは経験がモノを言うからな。みなみも数年やってたらできるようになる」
「マリンの場合は数年どころか10年以上だけどね」
アクアは芸歴が身内の中でもトップクラスに長いため、即興演技は得意な部類だ。
流石にキャラクター状態での即興演技はあかねと比べられると少し完成度が落ちると自己分析をしているが、十分過ぎる成果をあげられる。
「よーし、撮影再開するぞ。早熟と不知火フリル入ってくれ」
カントクも戻ってきて色々と準備が終わったところでアクアとフリルへと声がかかる。
そこからは二人とも気持ちを切り替えて演技に集中して対応していく。
演技はしていても人の癖というものは結構出るモノだ。
アクアとフリルは互いの癖を考えてテンポよく掛け合いかを行っていく。
今度は一度もリテイクを受けることなく、無事に撮影を終わらせることができたのは、事前のやり取りのおかげなのかもしれない。
「よしOKだ。……不知火フリル、さっきと違って少し信頼と色気を混ぜていた辺りしっかり台本読み込んでんだな」
「はい、その辺りはマリンにしっかり扱かれたので」
「なるほどな、そりゃ台本部分は何ら問題ないわけだ。やるじゃねーか早熟」
「別に、フリルの筋が良いだけ」
最初にコツを掴んだのか、この後はフリルもみなみもリテイクを出すことなく撮影は順調に進んでいく。
そのまま五反田は苺プロの役者はすげーなほんとと感心しながら撮影を終えることになるのだった。
撮影現場からの帰り、三人は今日の撮影を振り返りながら歩く。
「いやぁホンマ疲れたわぁ。同じ演技の長さでも主演やと緊張や負担が違うんやね。ウチもうヘトヘトやもん」
みなみは腕をぷらぷらと揺らして疲れ果てたことをアピールする。
そんな彼女を見てアクアは当然とばかりに返した。
「まぁな、カメラや人に注目される量が段違いになるからどうしても緊張によってパフォーマンスを発揮し辛くなるし身体も硬くなって疲れやすくもなる」
「なるほどなぁ。ウチもぴえヨンさんのトレーニングメニューこなしてるから体力には自信があったから悔しいわ」
アクアは今までの自分の経験からみなみの状態は不思議ではないと解説する。
それを聞いた上でフリルはアクアへ賞賛を送った。
「そういうマリンは流石だね、もう夕方なのに疲れた様子も見せてないし」
アクアはいつも通り姿勢のいい立ち姿で二人の横を歩いている。
そこに一切の疲労蓄積は見当たらない。
「これこそ慣れでどうにでもなる。まだ二人はアイドルとしての活動がメインだからゆっくり慣れていけば良いんだよ」
慰めの意味は込めつつも本心から言うアクア。折角カントクが求める演技もできているのだから、無茶をして演技のバランスが崩れる方が問題だとアクアは考えている。
ただ恋する二人としてはアクアに褒められるにしても乗り越えて褒められたい気持ちも実のところあった。
彼女たちは無理をしない範囲でどうすれば克服できるかを考えることになる。