顔合わせ
忙しい日々はあっという間に過ぎ去っていき、11月に入っていた。
ドームライブまであと4ヶ月ほど。
ライブに向けての練習を重ねつつも、B小町Rとしても個人としての活動も密になっており、学校でも中々揃うタイミングはない。
この日からアクアはかなとあかねの二人と一緒に仕事をすることが決まっており、事務所から一緒に現場にやってきていた。
ルビー、フリル、みなみの三人はまだアクアと長期間一緒に行動する仕事がなく、事務所をアクア達が出る時も羨ましそうに見送る視線がアクアの脳裏に焼きついている。
「今更だけどアクアが舞台の仕事受けるなんて珍しいわよね。どういう風の吹き回し?」
「……そうか?」
スタジオの廊下を歩きながらかなは、アクアへ気になっていた話を振る。
それに対してアクアは惚けたような声色で返した。
ただかなも簡単には誤魔化されてはくれない。
「そうよ、だってアンタ子役時代も殆ど舞台出たことなかったでしょ?」
「よく覚えてるな」
「まぁアクアくんが舞台に参加したの一回だけだもんね……」
あかねも話には乗ったものの、アクアが何故この舞台に参加したかはいくつか理由があるのを理解していた。
アクアはため息を吐きながら表向きの理由を告げる。
「理由は二つ、一つ目は舞台のスポンサーが『株式会社メディアEYES』で俺はそこの推薦枠だから」
「あーアンタはかなりカミキさんに懐いてたもんね。流石にアレだけ世話になってたら断れないわよね」
かなは一つ目の理由で既に納得する。
子役時代のアクアは誰の目から見ても分かる程度にヒカルを頼っていた。
大きくなった時にその恩を返そうと思うのはかなも覚えがある。
そんな人物が自分の事務所ではなく、よその事務所の俳優を指名しているのだ。
断るわけにもいかないだろう。
「二つ目は単純に作品が『東京ブレイド』だからだ。演技の練習をするのに群像劇で展開が明瞭な『東ブレ』は資料として使わせてもらっていたし作品としても気に入ってる」
『東京ブレイド』はアニメも大ヒットを果たして5000万部を超える大ヒット。
アニメ映画も最近公開されて更に数字を伸ばしている勢いのある作品だ。
「確かに皆でやる演技の練習は東京ブレイドから引用した展開多かったね。私も原作好きだから楽しみ」
「前みたいにアクアが脚本考える時間も忙しくなったら取れないから必然的に多くなったのよね」
多くの人物が登場する群像劇だからこそ、色々なシチュエーションを練習する材料として適していた。
ここにいないルビー達がもし参加したとしてもかなり上手く演じることができるだろうくらいには皆で使わせてもらっている。
裏の理由はあかねが調べられなかった『劇団ララライ』に関係するアイとヒカルの情報を知りたいというのもあったが。
「まぁアクアが受けた理由はわかったわ。にしてもララライもよく2.5なんて受けたわよね」
「ララライは硬派なイメージだから分かるなぁ。でも多分アクアくんと似たような理由だと思うよ?元々カミキさんってララライの出身だから」
「あーそういう。目を掛けてた演者がスポンサーしてエースを出すんだからそりゃ乗るわよね」
『株式会社メディアEYES』のエース、姫川大輝。
彼も今回の舞台で共演することが決まっている。
アクアとしては今度こそ負けないと闘志を密かに燃やしている。
「あっ」
「オス」
そんな話をしている最中、横道から現れた男にかなは反応する。
アクアも貰っていたキャストデータにはなかったので少し驚いた表情を浮かべた。
男は初めて会う相手がいたので自己紹介から対応する。
「えっと黒川さんははじめましてだよな?……鳴嶋メルトって言います」
「はじめまして、黒川あかねです。『今日あま』最後の演技とても良かったです」
自分の演技を褒められて少し顔が綻ぶメルト。
ただ思うところもあるのかすぐに口を結んだ。
「アレはやっぱりアクアのおかげなところが大きいから。……『今日あま』から9ヶ月、かなり勉強したけどあの時を超える演技できなかったし」
久しぶりに会ったメルトは、そのことを悔しそうに告げた。
ラストを除く演技はひでぇ演技と自分で言い捨てられる程になったと思っているメルト。
ただ最後だけはアクアの作り出した空気とかなの演技による相乗効果もあって、実力以上の演技ができたと自分でも思っていた。
「俺は結構楽しみにしてるぞメルトの演技」
「そ、そうか!まぁまだメイン所はそんな演じてねぇけど脇役なら現場でも結構いいって言ってもらえる機会も増えてきてるんだよ」
アクアの言葉にメルトは嬉しそうに返す。
同年代で自分より先を行っているアクアの存在はかなりいい刺激となっていた。
「アクアくん嬉しそうだね」
「あまり同年代で骨ある役者いないから一緒にやる奴が顔見知りかつやる気あるって分かって気分いいんでしょうね。前回結構扱いて応えてくれたから気に入ってんでしょ」
二人は少しの間、年相応なアクア達の会話を微笑ましく見守って過ごす。
意外とそんな時間も悪くなかった。
ガラリと扉を開いて中に入ると、既に多くの共演者が準備運動をしたり、会話をしたりと各々の時間の過ごし方をしているのが見て取れる。
アクア達がどうやら最後だったらしい。彼らが入ったのを見てからサングラスを掛けた男が声を出した。
「よーし!10分前だけど、これで揃ったから簡単に皆紹介しちゃうよ〜。僕は雷田、この公演の総合責任者」
ポーズを取りながら明るい声色で話す気楽そうな男。
彼が今回の舞台をメインで担当している。
左右を黒と白に染め分けているシンメトリーな髪は印象に残りやすい。
「それでこっちが金ちゃん」
「金田一敏郎だ」
椅子に座りながら声を出す金田一。
その名前を聞いてアクアの目は細まる。
(この人が……タイミングを計らないとな)
今回の舞台で目的は金田一と接触し、情報を得る事にあった。
あかねが調べた情報では金田一は『劇団ララライ』創立者の一人であり、すべての情報を持っている可能性が高い人物。
あまり優良な情報は手に入らなかったとあかねは言っていたが、誰に聞けば情報が出そうなのか事前にわかっているのはアクアとしても大きい。
そしてヒカルの名前を出して過去を聞くならば、あかねよりアクアの方が適任だろう。
(……問題があるとすれば親子バレだな。かなり親密な関係にあった場合、バレるリスクがある。防波堤になるとすれば俺の年齢がまだ16なことか)
『今ガチ』の後、アクアは鏑木と寿司を食べに行った時、アイの話を聞いた。
当時のアイがどう変わっていったのか、男の子と会うために鏑木が教えた店、身なりの変化など映画を作る上で欲しい情報はある程度手に入った。
後はどうして二人が別れることになったのかが欲しいポイントだが、その鍵はまだない。
金田一であれば、当時ヒカルに何が起きたのかを知っている可能性が高いだろう。
ここは少し賭けになる部分だが、スポンサーがヒカルの会社である以上、ここの接触はヒカルも承知しての事だろう。
バレない、若しくはバレても問題がないとヒカルが判断している相手だと考えて良かった。
アクアが金田一について考えている間も紹介は進んでいく。
「脚本のGOAさん」
同じく椅子に座りながら微笑み手を上げる姿は、どこか余裕を感じさせる大人な態度だった。
事前にアクアが調べた範囲ではかなり舞台の脚本に精通している人物で、今回時間があれば脚本のコツなんかを聞いてみたいなと考えていた。
「2.5経験豊富な鴨志田朔夜くん」
「よろしくでーす」
ララライはこれまで2.5経験がないため、外部から経験豊富な役者を引っ張ってきたようだった。
アクアは少し雰囲気がチャラそうだなと前世遊び人だったため、シンパシーを感じる。
「ソニックステージから鳴嶋メルトくん」
「精一杯頑張らせていただきますのでよろしくお願いします」
頭をしっかり下げるメルト。
その姿にアクアは本当に変わったなぁと親のような目線になる。
「そんで、苺プロから、有馬かなちゃん」
「有馬かなです。よろしくお願いします」
こういう場面でのかなはアクアから見ても大人しい。
この辺りは昔散々顎で大人を使ってきた過去を反省してのものだ。
昔のかなと共演した人はいないらしく驚いたような様子は見られない。
「同じく黒川あかねちゃん」
「黒川あかねです。ララライには何度かお世話になったこともありましたが、本日もよろしくお願いいたします」
あかねは子役時代だけでなく、最近もララライの演劇に出演したことがある。
そのため顔見知りが多いようだ。女性陣だけでなく男性陣も顔を綻ばせている。
「苺プロからは最後、星野アクアくん」
「よろしくお願いします」
アクアが頭を下げたところで数名から視線が突き刺さる。
アクアは頭を上げてそちらに視線を向ければ、値踏みするような視線を向ける一見サラリーマンのようなメガネの男と、楽しそうな表情を浮かべる知り合いの男がいた。
そして次の紹介はアクアもよく知る男である。
「そしてメディアEYESから主演の姫川大輝くん!」
「芝居の主演の……役名……そうだ、ブレイド役の姫川大輝。よろしく」
あまり役名などを覚える主義ではなかった大輝だが、ヒカルからこういう作品は名前すら意味があるから覚えた方がいいと助言を貰って頭に押し込んでいた。
あとはモチベーションが高いのも理由としてあるだろう。
「星野……久しぶりの共演だな。今度は白黒付けようぜ」
「前回は俺の負けだろ。……今回は負けないけどな」
雷田が紹介をしている途中にも関わらず、互いに意識して言葉を交わす。
「いや〜面白い因縁対決じゃないか。キャストも豪華だねぇ!おじさんテンション上がっちゃうよ。まだまだ行くよ〜こっからはララライの役者さんでみたのりお」
ララライの役者が紹介され始めた。先程アクアに視線を向けた男の一人。
大輝にライバル意識があり、その大輝が意識している相手ということでどれ程の人物なのかとアクアに興味があった。
元々看板役者の座を大輝と争うと思われていたが、大輝が完成する前に移籍。
結果としてララライの看板役者へ収まっている。
「化野めい、吉冨こゆき、林原キイロ、船戸竜馬」
次々とララライのメンバーが紹介されていく。アクアはそれぞれの名前と顔が一致できるように頭に入れた。
2.5に参加するということで顔立ちが整っているメンバーで基本は固められているのがわかる。
「メインキャストはこんな感じ〜!このメンバーで一丸となり、舞台『東京ブレイド』を成功に導きましょう!」
「「「よろしくお願いします!」」」
雷田の紹介が終わり、全員が挨拶を終えたところで金田一が椅子から立ち上がる。
「今日は顔合わせだけのつもりだったが……折角最初から姫川がノってるし一通り揃っているみたいだしこのまま本読みまでやっちまうか。半から始める、雑談するなり準備するなりしててくれ」
「「「はい!」」」
金田一の知っている大輝であれば挨拶前なんて寝ていただろう。
今回は最初からギアが入っており、その要因がアクアにあることを見抜いていた。
興味本位に去り際に見たアクアの顔を思い出す。
(ついこないだスポンサー挨拶とか言ってやってきたアイツと会ったせいか、あの顔に見覚えしかない。……確か今年で16歳だったか?15歳差なら意外と生き別れた兄弟だったりするかもしれんな)
施設育ちのとある男に似ているアクアを見て、金田一は内心でそんなことを思うのだった。
ヒカルはここ最近メディアはおろか、一部の例外を除いて顔を見せていない。
この顔見せには彼なりに意図があってのものだった。
「星野、お前今回の役、俺のライバルみたいな奴だったよな?」
金田一が部屋を出るのに合わせて大輝はアクアに話しかける。
年齢が自分より低いのに自分の認める演技をしている役者、星野アクアを大輝は非常に高く評価していた。
「……まぁ原作では最初敵役で出たキャラだけど」
「じゃあ直接対決ってわけか。……今回はタッグマッチみたいなところがあるが」
大輝の演じるブレイドとかなの演じるつるぎは旅の最初に出会った仲間という相棒ポジション。
対してアクアの演じる刀鬼とあかねの演じる鞘姫は物語上許嫁。
強い繋がりが見られ、実際今回の演技シーンまでは対立構造がしっかりとされている。
大輝は改めて自身の相棒であるかなへ視線を向け、少し考えた後に口を開いた。
「なんか俺がアウェーじゃねぇか?この組み合わせ」
苺プロメンバー三人、ついでに相方もアクアが誑かしている相手という状況に思わず出た言葉。
ただそれを聞いてかなは言葉を挟む。
「安心なさい。私の相手はあかねでしょ?何が何でも絶対負けたくないから本気でやるわ」
そう言ってかなは挑発的な目をあかねへと向ける。
それを受けてあかねは、普段は内に秘めている勝ち気なところを解放して目元をキッと尖らせる。
「そうだよね、かなちゃんと敵対する演技をするのは何年振りかな。……負けないぞぉ」
直接対決でかなに勝つ。
あかねが苺プロに入る時にかなを超える役者になりたいと言った言葉に偽りはない。
その絶好のチャンスが訪れようとしていた。
自分たちより張り切ってそうな女性陣二人を見て、少し引いた様子を見せる大輝もアクアに言葉を続けた。
「とにかく相方同士も張り切ってるみたいだし、勝負と行こうぜ星野」
感情を表に見せる笑みを出す大輝。普段は大人しくして感情を収める傾向にある彼にしては珍しい対応だ。
「そうだな、俺とあかねでアンタとかなを超えてやる」
同じくアクアもいつになく感情を解放して答える。
前回の共演から4年近く。
休止期間も無駄にはしていなかったと証明したいと思っていた。
そして……もしここで大輝を完全に超えられれば、一足先にトップクラスへ躍り出たB小町Rにも追いつける。
アクアとしても絶対に負けられない。
そんな役者四人が火花を散らす横で
「……俺、コイツらに付いてかないといけねぇのかよ……」
やると決めて頑張る覚悟のメルトだが、演技強者たちを見ながら幸先不安に感じて少し弱音をこぼすのだった。
そして時間が経ち始まった本読み。
ストーリーに沿って軽い演技を挟む程度だと普通ならば考える。
ただやる気に満ちたかなは違った。
「この刀は田舎侍に過ぎた代物だ」
かなは自信家な一面を持つつるぎの感情を言葉に乗せる。
台本を丸め、殺陣用の刀に見立て、ポーズを取る。
その姿は台本ではなく、刀を持っていると錯覚させる堂の入ったものとなっていた。
(……やるなぁ、アクアのとこにいるだけある。負けられねぇなぁ)
このシーンは東京ブレイドの冒頭。まだ相棒役であるつるぎが敵だった頃のシチュエーション。
その対抗心、ライバル心はそのまま使える。
大輝は感情を剥き出しにし、溢れるほどの勢いを乗せ、無言で一歩を踏み出し、台本を刀に例えて突き出す。
たったそれだけの動作で、衣装も整えていないパーカーに無精髭の男が、かなにはブレイドだと幻視された。
(へぇ……アクアがライバル心剥き出しにして珍しく意識するだけはあるじゃない。コイツに演技で少なくとも並ばないと対等には見てもらえそうもないわね)
アクアとかなの演技としての力関係は既に逆転している。
アクアが『嘘つきの瞳』の演技を鍛え上げてから、かなはどうやってアレに対抗しようか考えていた。
いくら好きな相手とはいえただ負けっぱなしというのはかなの感覚に合わないのである。
そんな状況を打破するキッカケが掴めるかもしれないと更に気を昂らせていく。
「はっ!私とやる気か!?」
「話し合いで解決できる雰囲気じゃなさそうだしなぁ」
アクセルを踏み込み、挑発的なセリフを放つつるぎ。
そしてそれに呼応するように楽しそうな抑揚ある言葉を返すブレイド。
「強い方が刀の相棒になる。それでどうだ!」
「ヒャハハハ!確かに!分かりやすい!」
二人して方針を決めたところで、つるぎが一歩踏み込み殺陣がスタートした。
周囲の演者も自分の演技を一度止め、主演たちの完成度を確認する。
この演技がこの舞台の標準、基準になる。その敷居を測ろうとしていた。
「うへっマジかよ。……ちょっと本腰入れないときついな」
鴨志田はぼそりと呟く。元から本気でやるつもりではあったが、少なくともこの舞台公演が終わるまでは、もはやルーティンとなっている女遊びを控えようと思った。
「死んでも文句言うなよ!」
「そっちもな!」
まだ殺陣の練習は積んでいないはずだが、二人のステップは刀の間合いを計算したものとなっており、実に迫真の演技となっている。
まるで刀が見えているかのような動きだ。
「流石だね姫川さんもかなちゃんも。……かなちゃんは普段演技を見ていたから知っているつもりだったけど、更にギアが入ってる。いつものただ私を見ろって演技だけじゃない、周りも自分も合わせて輝くような演技?進化してるのかも」
あかねはかなの演技は見慣れているつもりだった。
彼女の出る作品は一通り目を通しているし、普段練習だって一緒にやることが多い。
だが、今回は大輝の演技とかなの演技の方向性が近い影響で、いつもと違う成長を見せようとしていた。
「……負けられないな俺たちも」
そんなあかねに一言声を掛ける。
アクアは大輝の演技にも注目していた。以前共演した時からレベルアップしたなとは思っていたが、やはりこちらも相乗効果で演技を真に見せる力がより濃くなっている。
それこそ『嘘つきの瞳』のようなリアルな感覚。
以前大輝は目の演技は無理と言っていたが、違う方向で嘘を真実に見せる演技力を獲得しようとしていた。
「……最近の子達は凄いねぇ。下手な子いないって言いたいところだったけどおじさんビックリだよ」
「うーん僕もちょっと不安になったかなぁ脚本の完成度が今のレベルでいいのかなとか」
二人の演技に始まり、皆が演技を見せていく中で今回は普段以上にレベルが高いと認識をした雷田とGOAは驚いた声を漏らす。
それに合わせるように金田一は今回の舞台を受ける選択をした理由を口にしていく。
「ララライは姫川がいなくなって少し停滞気味だったんだ。2.5なんて受けたのも外部のキャストを増やしたのも何かしら刺激を期待してのこと……」
ただまさか初日の段階で想像以上のものを見せられるとは金田一も思ってなかった。
ヒカルの下で鍛えられた大輝は、以前より演技の真実味が増していた。
そしてそれに追従し引き出すことができるかなの演技。
「今の演技はアイツらにも火を付けた。アレと張り合える演技をどうすればできるか、負けず嫌いな奴らだから考えちまうもんなんだよ」
ララライを更に盛り上げるための布石。
それが更に全員の演技を引き上げる。
ただ演技がしっかりハマる人もいれば、上手くいかない人もいる。
今回珍しい人物がスタートで躓く事になる。