【推しの子】ヤケクソハッピーハーレムルート   作:ただの暇神

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兆し

アクア達が吉祥寺宅を訪れた数日後。

一体吉祥寺がどんな説得を行ったのか、何があったのかはアクア達には分からない。

だが、どうやら彼女はアクア達のお願いを聞き届けてくれたようだ。

役者達へ招集の連絡があり、集まったスタジオには、雷田と金田一の他、目をキラキラさせたアビ子と相変わらず付き添いとして連れてこられた呆れた顔をした吉祥寺、そして少し申し訳なさそうな表情をしたGOAがいた。

 

「最高の脚本ができました!皆さんが演じているシーンが目に浮かぶようで、居ても立っても居られずに来ちゃいました」

 

先日の怒りはどこへやらニコニコと上機嫌さしかないアビ子。

編集者は同行しておらず、本当に脚本の出来が良くて思い至ったから来たといった様子である。

前回の怒りを爆発させた有様からあまりの変わりように演者は皆困惑した表情を浮かべている。

 

「……とにかく!皆待たせてごめんね。とりあえず脚本配るから確認して」

 

雷田がそう言って完成したばかりの脚本を全員に配っていく。

渡された脚本を流し見し、かなは笑顔になりそうな表情を無理やりひきつらせたような複雑な表情をした。

 

「全く……とんでもない脚本が上がってきたわね」

 

かながとんでもないと評したのは新しい『東京ブレイド』の脚本だ。

結果として上がって来た脚本は、元の脚本からはガラリと変わり、GOAとアビ子の共同脚本となった。

原作者完全監修なだけあって、アビ子の大切にしているキャラの柱は全くブレておらず、GOAの脚本らしい良さも引き立った良い脚本と言っていいだろう。

ただその内容は以前の物と比べてもかなり濃い。

 

「説明台詞がゴリゴリ削られて……やたら『動き』だけでどうにかしなきゃいけないシーンが多い……役者の演技に全投げのとんでもないキラーパス脚本じゃない」

 

元々今回の舞台で課題となっていた尺の部分を解決するために取られた策が、役者の実力さえあれば表現できるだろう心情や状況説明などの台詞は、全カットして役者に任せるという大味な選択だ。

かなの言う通り、役者に丸投げの実力が全てと言っていい世紀末脚本である。

その代わりに空いた尺でキャラがブレないようにするために必要な原作の流れを詰め込むことで、正しく演技することができれば原作の良さを余すことなく引き出す事が可能な脚本。

まさにアビ子から見た『最高の脚本』だった。

 

「失敗したら全部こっちのせいってワケね。大分無茶振りが過ぎるんじゃないかしら」

「セリフの割には笑み溢れてるぞ」

 

アクアは言葉と表情の一致していないかなへ一言入れる。

かなは、そんなアクアの小言に表情を素直な笑みに変えて返す。

 

「……そりゃそうでしょ、こういう脚本は演じ甲斐があるわ。これで正真正銘実力勝負もできるしね」

 

かなはアクアの方へ向けて行ったあと、視線をあかねの方へと動かす。

元の脚本だとアクあかコンビとの演技対決は面白くない戦いになっただろう。

あかねは解釈違いを起こしており、新しい形を模索はしていたが、早々良い演技に繋がる物ではない。

アクアも相乗効果も期待できない状態では、かな自身が分かるくらいに相性の良いコンビである大輝とかなのコンビが圧勝という結果が見えていた。

だが、新しい脚本であればまだわからない。

 

「これなら鞘姫の解釈は私と合ってる!それどころか新しい一面も発見できる脚本で……ふふふ、考察のし甲斐がありそうだなぁ」

 

楽しそうに笑顔を見せながら脚本に目を通しているあかね。

新しい脚本には、元々舞台用に作られていた好戦的な舞台装置である鞘姫は影も形もない。

心優しい自己犠牲すら厭わない強い意志を持った鬼の姫、本来の鞘姫が記されていた。

一度はこのままなんとかしようと考えたあかねだが、新しい脚本の方が本来の実力は発揮できる。

 

「削られた台詞で増えた尺を鞘姫の心情を描写するのにも回したのが大きいんだろうな」

「元々俺は物足りないと思ってたしちょうどいい……星野もこれくらいの方がいいだろ」

「……そうだな。台詞で表現するよりは得意だ」

 

アクアは転生という特殊な経験による人生経験の多岐さを活かした感情演技とあらゆる演技に真実味を持たせられるセンスが強みだ。

説明台詞だとどうしてもどちらも活きてこないため、今回の変更はアクアとしてもありがたかったりする。

演技派集団ララライのメンバーも笑顔でこういう方が得意だと話し合い、かなりノリノリになっていた。

 

「マジかぁ……こんなの出来る気しねぇ……」

 

メルトも頭を抱えてしゃがみ込むが、ふと視線を感じて顔を上げる。

その先には笑顔の吉祥寺がいた。

 

「……けどやるっきゃねぇよな。本番まであと半月……絶対やってやる!」

 

勇気を奮い立たせ、信じてくれた吉祥寺の期待を裏切らないようにと意思を強く持って立ち上がる。

そして残りの短い期間死ぬ気で演技を完成させようと決意するのだった。

 

 

 

「アクアさん!あかねさん!かなさん!」

「どうかしましたか、先生」

 

アクア達が脚本を読み込んでキャラを固めていると、いつの間にか目の前に来ていたアビ子が声を掛けてきた。

人に話しかけるのが苦手と吉祥寺に言われる彼女が、アクアにわざわざ話しかけるなど何があったのだろうかと困惑する。

そんなアクアへニコニコしたままアビ子は言葉を続けた。

 

「あなた達のおかげで久しぶりに自分の納得いく展開が描けそうです!ホントありがとうございます」

「俺は何もしてないとは思いますが」

 

アクアは吉祥寺に説得と舞台の観覧を願い出ただけで他に何もしていない。

そのため、このお礼について全く心当たりがなかった。

アクアは念のため、同じく声を掛けられていた二人にも目で確認するが、すぐさま首を振られる。

 

「そんな事ありませんよ!実は最近『東京ブレイド』の方向性で悩んでいた部分があって……私なりに読者の期待に応えようと頑張っていたんですけど、吉祥寺先生にはバレバレで指摘されて」

 

これほどのクリエイターでも自分の意見を読者の意見で変えてしまうことがあるのかとアクアは意外に思う。

ただアビ子の中ではもう答えが出た話らしく明るい口調で言葉をつづけた。

 

「悩んでいる中で、脚本を修正している途中、GOAさんが見せてくれたあなた達三人が演じた刀鬼、鞘姫、つるぎの1シーン!アレでめちゃくちゃインスピレーション湧いたというか、今後の方向性が掴めたって感じで!」

 

先日アビ子が来る前にやっていた三人による掛け合い寸劇。

それがアビ子の琴線にキレイに刺さったらしかった。

アクア達の演技でキャラクターの可能性が更に広がったと言いながら良かった点をツラツラと語り始める。

それからしばらく、アビ子が一方的にアクア達を褒めるのは、付き添いの吉祥寺がストップを掛けるまで続いた。

 

「アビ子先生!ただでさえ貴方が大暴れしたせいで、稽古時間に余裕がないんですから、一旦三人を解放してあげて。もし三人が良かったら演劇の後でよければ私が時間を作ってあげるから。先生も次の締め切りに向けて描いていかないと後で困るでしょ」

「あぁまだ語り足りないのにぃ」

 

ズルズルと吉祥寺に退場させられるのは先日とは変わらない。

ただその表情は怒りではなく楽しそうであった。

 

「……嵐のような人だったな」

 

連れ去られるアビ子を見ながら呟いたアクアの言葉にかなとあかねは同意するように頷いた。

 

 

スタジオは一度落ち着きを見せた後、新しい脚本を読み込んで稽古に入る。

役者が順番に演出家である金田一の指示を受けながら演技の調整を行っていった。

順番が進んで行き、アクアの番となった。

鴨志田やあかねと共に金田一の前で演じていく。

 

「新宿クラスタ……厄介な奴らみたいだな」

 

今回のアクアが演じる刀鬼は基本的に手慣れたクール系のキャラクターだ。

だからといって適当にやるわけでもなく、原作や脚本を読んで理解した刀鬼の性質を当て嵌めて演じていった。

 

「何も考えてないバカの集まりですよ……盟刀の契約者を全員倒せばそれで良いと思ってる。……どうします?アイツら攻めて来ますよ」

(事前に演技は見ていたけどこれでまだ16……そりゃ世間で騒がれるわけだわ)

 

鴨志田演じる匁が刀鬼の言葉に答えながら質問をする。

鴨志田自身、アクアのクールなまま高圧的でもないのに威厳ある演技を見て感心していた。

 

「俺は姫の懐刀だ。……持ち主の指示に従うだけ」

「君に意見を求めたのが間違いでしたね……少しは人間味というものを持ったらどうですか?」

 

刀鬼の特徴は元々身内からも人間味がないと言われるほどに自我を感じられないキャラクター性。

だが実際は感情を押し殺して鞘姫に尽くしているだけの事。

それが分かるのはラストシーン。鞘姫が重傷を負って倒れた場面。

そして奇跡的に目覚めた鞘姫へ刀鬼が反応する時だ。

順調に演技は進んでいき、ついにその演技を試す時が来た。

 

「刀鬼」

 

あかねは一瞬で鬼の姫としての尊厳があり、優しい心を内に秘めている鞘姫へと変わる。解釈が一致した時のあかねの演技は流石の一言だ。

アクアから見てもキャラクターとしての完成度に関しては身内でもトップと言っていい。

今から二人が演じるのは刀鬼を庇い重傷を負った鞘姫が奇跡的に助かる場面。

目を覚ました鞘姫に刀鬼の抱く感情は決まっている。

これに近い経験をアクアは既に経験していた。

もう10年以上も前の東京ドーム。リョースケによるアイの襲撃。

意識を失い眠り続けるアイがアクア達の歌の感想を言ってくれた時の感情。

 

「鞘姫」

 

アクアはたった四文字にその感情全てを乗せながら、しっかりと実際の客席によく聞こえるよう張った声を出す。

終わった感想としては、十分に感情を乗せて演技をしたし、自信もあった。

不安からの解放、強い喜びと希望。

刀鬼が今抱いているはずの感情全てを再現できるシチュエーションだ。

その全てが表現できたはずだと考えたところで

 

「ストップ」

 

金田一からの制止が入る。

周りで演技を見ていたメンバーも今の演技でダメなのかと驚きの表情を浮かべていた。

 

「……少し考えさせろ」

 

金田一はアクアの演技に引っ掛かる部分を感じて制止したが、どうやら何がダメなのかまだ言語化ができていないようだ。

冷静に考えてもアクアの演技は、金田一から見て十分に及第点を超えているいい演技だと感じており、自分がなぜ止めたかを真剣に探っていく。

そして数分の後、考えのまとまった金田一はアクアへ自分の意見を告げた。

 

「確かにお前の演技は刀鬼が持つ感情『不安からの解放、強い喜びと希望』を演じられている。俺から見てもそこに文句はない……だがお前ならもう一歩先を狙えるんじゃないか」

「っ……」

「刀鬼、お前は”助かるのが分かっていて”演じたな?起きるはずのない奇跡への動揺がない。既知の結果への対応といった様子に見えた訳だが、違うか?」

 

アクアは言われて初めて気が付いた。

アイの事件は実のところかなり早い段階でアイの命に別状がないという情報は得られていた。

シチュエーションそのままに感情を持ってき過ぎて、その時抱いていなかった感情が演技に乗らなかったという初歩的な問題。

ただすぐに修正できそうな状況の候補がない。

 

「少し考えます」

 

あらゆる演技を信じさせる『嘘つきの瞳』と異常な人生経験から生み出されたあらゆる感情を使った感情演技、持ち前の器用さによるキャラクターの人格再現。

これがアクアの持つ演者としての強みだ。

逆に以前ヒカルに偽りの感情を作り出す演技を見せられた際には、演技がチグハグになるスランプに陥った事があるくらいに感情をゼロベースで作り出すのは苦手である。

 

(死者蘇生の経験なんて流石にな……転生まで経験しといて何言ってんだって感じだが)

 

アクアとしては重い課題を一つ抱えることになる。

 

「アクアくん珍しいね、感情演技得意なのに」

 

金田一からの指導が終わり、アクアはスタジオの隅で自分の経験に近い感情がないかを洗い出しているとあかねが隣にやって来て声を掛ける。

 

「俺の感情演技は基本的に近い感情をそのまま引っ張って来て対象を置き換えたり、少しだけ感情を加工させる事で成立させてる。だからさっきはアイの事件で彼女が目覚めた時の感情を使った」

「なるほど……無い感情を付け加えて再現するってなると普段の演技とは変わって来ちゃうんだ」

 

あかねはキャラクターになりきる演技を極めている。

だからたとえどんなシチュエーションでもキャラクターに矛盾さえなければ自然と感情がついてくる。

そのためアクアにアドバイスは難しかった。

二人で悩んでいると前から影が落ちる。

先程まで大輝と演技合わせをやっていたかなだ。

どうやら同じ場面に出る機会が多いメルトの教育を大輝に押し付けてこちらに来たらしい。

 

「別に二つの感情を同時に演じたらいいんじゃない?あかねがやってる二重演技みたいな感じで」

 

かなはどちらかといえば想像だけで演技ができるタイプの人間だ。

二重演技のような器用な事はやっていないし、苦手だと思っている。

だがアクアならばできるのではないか?と思っていた。

その言葉にアクアは少し目を見開いた。

 

「感情の合成……そういえば今までやった事なかったな。助かった、ありがとうかな」

「んっ……こほん。勘違いしないで?やっぱライバル二人がしっかりしてもらわないと本番盛り上がりに欠けちゃうかもだから仕方がなくってやつね」

 

呆れたとでも言いたげな表情を作ろうとしているかなだが、誰が見ても分かるくらいにやけており、役者にあるまじき様相をしていた。

 

「かなちゃん、今時そういうツンデレ流行んないよ」

「うっさいわね!いいからアンタ達はとっとと演技練習に戻んなさい!」

 

プンスカ怒りながら去っていくかなの背を二人は微笑ましく見つめていた。

それから本番が来るまでの間、アクアはあかねに二重演技のコツを聞きながら調整をしていく事になる。

 

 

それから時間が経ち、舞台本番まで残り数日と迫ったある日。

 

「アクア、客が来てるぞ」

「客?」

 

この日は他の仕事もなく居残りで演技の調整をしていたアクアは、同じく居残り組のメルトが発した言葉に視線を向ける。

そこには金、黒、桃の三人がおり、アクアはこめかみに手を当てて深いため息を吐いた。

 

「お前らなんでここに」

「最近おにいちゃんがお疲れ気味だから癒しを届けようって思ってきちゃった!それに今日は先輩もあかねちゃんもいないから寂しいかなーって」

 

そんなアクアを見てドヤ顔をしながらルビーが答える。

この日はかなもあかねも別件の仕事が入っており、稽古には来ていないが、わざわざ来なくてもいいのにとアクアは呆れていた。

 

「ほら〜ルビー、やっぱアクアさん呆れとるやん!確かにウチら今日は学校帰り暇やったけどコレはあかんて」

「昨日まで連日ドラマの撮影やバラエティーの出演で逆に大忙しだったからセーフ……マリンエナジーを貰わないと燃料切れになるし」

「フリルのはただの私利私欲じゃねーか」

 

確かに以前と比べて互いに忙しくなった関係もあり、学校以外でも会う時間が短くなってしまっている。

それでも基本数日に一回は会っているが、昔はほぼ毎日一緒だったことを考えれば、寂しく感じるのも無理はないかもしれないとアクアは思い始めた。

 

「うおっ女の子が三人も……ってレベル高っ!?ってB小町Rのメンバーじゃん!」

 

そんな時、スタジオの入り口から男の声が聞こえてくる。

今回の舞台は、自分より上手い役者ばかりなため、アクアやメルトと同じく居残り組をやっている鴨志田だった。

この舞台期間中女の子と遊ぶのすら控えていた鴨志田は、普段日課並に女の子を口説いていたこともあり、思わず反応する。

ただその途端に横から殺気が飛んできた。

 

「あっ?」

「ジョーク、ジョークだって。俺って人の女に手は出さない主義だからさ。ちょっと最近演技ガチってたせいで飢えちゃって思わず声出ちゃっただけ。マジで!」

 

鴨志田は女好きな遊び人ではあるが、演技には真摯であり、自分が一番演技ができないで足を引っ張るのだけは避けたいと思っていたため、しばらく遊んでいない。

 

(こっわ、アクアに睨まれるとマジでビビるわ)

 

鴨志田にとってアクアは年下だが、演技力もさることながらその長い芸歴を活かしている事に敬意を払っている。

そんな人物が囲っている相手にわざわざ手を出そうとは考えていなかった。

 

「ちなみにだけど、舞台終わったら妹を紹介してもら」

「匁……去れ」

「ひっ……すみません刀鬼」

 

あえて役柄での上下関係で追い払う台詞を吐くアクアにこれはガチだなと撤退を決め込む鴨志田。

鴨志田はアクアと良好な関係を築くため、舞台が終わっても、B小町Rのメンバーには余計な絡みをしないようにと誓う事になった。

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