珍しく休みなアイを含む星野家三人とミヤコが一緒に家でくつろいでいたある日のこと。
ミヤコがため息混じりに呟いた。
「うちの子役部門に入りたいっていう申し込みが来ているのよね。どうしようかしら」
「あれ?うちって子役の募集かけてたっけ」
その言葉にアイが反応する。彼女の疑問ももっともだ。
苺プロの子役部門は元々アクアを芸能事務所へ入れるためだけに作った物だ。
部門としても小さいため、今のところはミヤコが配信者部門と兼任している。
今後、事業拡大の予定も人材募集をかける予定もなかったはずだった。
「いえ、出していなかったのよ?……最近配信者部門とかも増えて古いホームページだといろいろ利便性が悪かったでしょ?そこでホームページを今風に新調したのよ」
確かにあまりネット関連に力を入れていなかった苺プロのホームページは少し時代遅れ感があったなとアクアは思った。
いつの間にか変わったらしい。
調べてみると確かにスマホから使いやすいスタイリッシュなページへと変わっていた。
ガラケー仕様のままだった今までがおかしかったのかもしれない。
「その時にホームページの人材募集の項目をアイドルや配信者とか全部同じページにしたら、間違えて応募部門の選択肢の中に子役部門が入っちゃってたみたい」
結構重めのミスだった。
当時相当社内で騒ぎになったに違いないのに星野家が誰も知らないのはタイミングの問題だろう。
有料サービスなどの不具合ではなかったのが幸いだった。
「……確認したけど特になってないな。もう修正したの?」
「えぇ、流石にこれ以上応募来たら抱えきれないもの」
アクアがホームページの該当部分を確認すると確かに今は選択できなくなっている。
奇跡の応募ということだった。
「えーじゃあミヤコさんどうするの?」
「勿論無効と伝えてもいいのだけど……。折角応募してくれたのだし、私としてはアクアがいいならいいと思うのよ。あと一人くらいなら人を増やさなくても受け持てると思うし」
そんな話に合わせてアクアに視線が集中する。
アクアは少し考えてから自分の考えを答えた。
「実技や面接を見てからだけど、見どころあるとミヤコさんが思ったなら入れたらいいと思う。配信者部門だって今のところ当たりの人材多いみたいだから」
アクアからすれば新人が入れば、久々に役者を始めた理由であるバーターとしての役割があるかもなと思っているくらいで、増えたからどうということはない。
デメリットがあるとしても少しだけ星野家としての話をしづらくなることくらいだろう。
あとはもし女の子ならルビーの友達になってくれないだろうかと思うシスコンな一面もあったりする。
「私としては、お兄ちゃんの邪魔さえしなきゃ別にいいと思うけど〜。子役って基本意識が低いからなぁ。ロリ先輩みたいに演技にガチな子なんてほとんど居ないだろうし」
「ほんと相変わらず子役に無駄に厳しいなルビー」
ルビーは最近かなに対する認識を改めていた。
前は作り物っぽくて嫌という認識が先行していたが、素の有馬かなと接する内に面白い人だと印象が変わったのが大きい。
ただ子役嫌いは特に治っていなかった。
(新人か……どうなることか)
アクアにはこれまで事務所内の相方がいなかった。
そのため演技や性格の相性がいい有馬かなと番組などで組むことも多かった。
もしかすると今後はその辺りは変わってくるかもしれない。
そのことを少しだけ寂しく感じた。
実のところ、最近アクアは演技をする目的を見失いかけて焦っていた。
演技自体が嫌いになったわけではない。
ただ元々バーターとなるべく仕事を始めたのに、アイはすぐに人気が出て自分の方がすぐおまけとなってしまった。
下手をしたらアイの足を引っ張ってしまうかもと気にしてしまっている。
普通ならば子役がそんな責任を感じる必要などない。
だがアクアは前世を持っており、普通の子供では居られないと自認しているため、少し気にし過ぎてしまっているのだ。
「そう、なら前向きに検討してみるわね」
そこで少し考える様子を見せたミヤコはぽんと手を叩き言葉を続ける。
「そうだ。どうせならアクアも実技試験の後に予定されている面接に参加する?」
「いや、流石に面接は」
前世で吾郎として診察ならばもちろん何度も経験はあるが、面接とは内容もまるで違う。
勿論面接経験がないわけではないが、受ける側での経験しかない。
自分の武器である前世の経験に当てはまらないので、とても一緒にいて役に立つとは思えなかった。
「別に質問とかしろって言いたいわけじゃないわ。ただ子役を目指してるのにわざわざうちを希望するような子よ?多分アイかアクアに憧れて苺プロに応募したと思うし。憧れの対象とかいた方が面白そうでしょう?」
「それ、俺じゃなくてアイのファンだったら自意識過剰で恥ずかしくないか?」
苺プロは子役事務所として特段有名ではない。
最大手はかなのいる事務所だが、あそこは時期によって募集していたりしなかったりする。
今はちょうどしていない時期だった。
だが、それ以外の事務所も苺プロに比べるとサポートが充実している。
「アクアが一人だと恥ずかしいなら私も一緒に参加してあげよっか〜?」
「アイは面接できる時期は忙しいのよね。予定空くかしら」
アクアは最近ドラマの撮影が終わったばかりで少し手が空いている。
だからこそ小回りがきくというわけだ。
アクアは一度冷静に考える。もしかすると同僚になるかもしれない相手だ。
直接見ておくのは今後のためになるかもしれない。
「……分かった。日程が決まったら教えて」
「ふふっ、ありがとアクア」
なんだかんだ参加してくれるアクアを嬉しく思いつつ、ミヤコは微笑んだ。
もし神を自称する少女が人として活動していたらこんなことを言ったに違いない。
『世界はちょっとしたことで変わるものだよ。例えば……『それが始まり』でアクアの演技がもっと際立っていたら?もっと子役として活躍して有馬かなと共演する機会が増えていたら?とある執着心の強い少女の目にそれが止まることがあるかもしれない。そうしたら今度は興味なく手前で巻き戻されずに、ちゃんと一緒に何度も見てもらえるんじゃないかな』
そして面接当日。アクアはミヤコと並んで面接官席へと座っていた。
子供が座るような席ではなく、少し居心地悪く感じてしまう。
やはりアイの予定は合わなかったようで、今日は二人で面接官をすることになった。
コンコンコンと扉を叩く音がする。
「どうぞお入りください」
ミヤコの案内に答えるように扉が開かれる。
「し、失礼します」
緊張が乗った声と共に一人の少女が保護者と共に入ってくる。
青みがかった黒髪を背中ほどまで伸ばした可愛らしい少女だ。
「黒川あかねです。本日はよろしくお願いします。……あわわアクア君。ほ、本物だ」
(……思ったより照れくさいなこれ)
アクアの姿を見て動揺した声を聞いてアクアも少し恥ずかしさを感じる。
自意識過剰にはならなかったものの、反応次第では結局恥ずかしくなる事をアクアは知るのだった。
「苺プロマネージャーの斉藤ミヤコよ。よろしくお願いします。ふふっ、応募の文章にアクアのファンだってあったから連れてきたわ。後で質問とかしたかったら好きなだけしていいわよ」
アクアはミヤコの言葉に引っ掛かりを感じる。
確か家で話していた時は分からないと言っていたはずだが。そう思って確認の意味を込めて名前を呼んだ。
「ミヤコさん?」
「あら?嘘は言ってないわよ」
「何度思い出しても多分って言ってた気がするんだが……。まぁいいか。苺プロ子役部門所属、星野アクアです。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
挨拶をしたところでぺこりと返してくるあたり素直な子だなというのがアクアの考えだった。
第一印象は大人しそうな子という感じで、自分からこの子が子役をやりたいと言ったのか?と疑問に思うアクア。
そんな中、ミヤコが年齢や好きな食べ物などといった軽い話題を挟みながら緊張をほぐしつつ、親子に並行して面接を行なっていく。
そして最後の質問が始まった。
「苺プロは子役事務所としてはまだできたばかり。サポートの面も大手ほど優秀とは言い難いのが実情です。そんな中苺プロを選んだ志望理由を改めてお聞かせください」
これまでの受け答えを聞いていて、アクアの認識は大人しいが礼儀正しい上に賢い子だと思った。
アクアは役者として大成するには頭の回転が必要だと思っている。
実際にいくつか演技をして分かったが、咄嗟の反応を求められる場面も多い。
その際、如何にいい返しができるかというのは技術として必要になる。
この子にはその素養があると感じていた。
「はい。映画『それが始まり』を観させていただきました。元々私はかなちゃん……有馬かなさんが大好きでこの映画を見させていただいたのですが」
有馬かなの名前が出てアクアは納得する。
先ほど同い年と言っていた彼女のことだ。かなに憧れたが、ちょうど今の時期あの事務所は募集をしていない。
別の事務所を探して苺プロに白羽の矢が立ったのだろう。
そうアクアは推測した。
そこで一息吸ってからあかねは言葉を続ける。
自分がどうしてここに入りたいと思ったのかを真摯に思いを込めて話す。
「そんな有馬かなさんにも劣らない。ううんあの場において上回る不気味な演技をしていた星野アクアさんを見て、私もこんな演技をしてみたいと思いました」
子供ながらにしっかり考えた自分の言葉でどうして入りたいのかをアクアたちへと伝えていく。
「まるで大人が憑依したかのような演技は、最初見た時怖くて泣いちゃったほどです。それ以降も星野アクアさんの演技をいくつか見させていただきました。役作りも丁寧ながら表現のうまさ、感情表現の出力の巧みさが目に入って、ドンドン上手くなっているのが見ていてもわかって……」
憧れの一人がいて恥ずかしいのだろう。少し顔が赤くなっているが言葉はまだ止まらない。
「先ほども話したように私の憧れはかなちゃんです。前はかなちゃんと並ぶ役者さんになりたいなって思ってただけでした。でもアクア君の演技を見て……超えてみたい。そう思えるようになりました。そんなアクア君と私も同じ環境で仕事をしてみたいなと思って、今回応募させていただきました」
しっかりと感情が乗せられた良い言葉だったとアクアは思っていた。
そして何より生で自分の演技が人の心を動かせたという感想を聞けたことが嬉しかった。
(あぁ、そういえば『それが始まり』の時にあの女優さんから初めて褒められた時もこんな気持ちだったな)
アイやルビー、ミヤコに壱護ついでに五反田監督といった身内はアクアの演技を褒める。
だがアクア本人としては転生による経験値というズルをしているという意識もあり、身贔屓も含まれた意見だと思っていた。
だが今回あかねに言われたことがアクアの中で思ったより嬉しかった。
テレビ越しにでも自分が影響を与えている。
子供らしいまっすぐな意見を聞いて、それをようやくアクアは実感できた。
(精神が大人だからって背負いすぎなのかもな)
もう少し演技を楽しむことへ重点を置いて頑張ろうと気持ちを楽にできたアクアから肩の力が自然に抜けていく。
そんなアクアへミヤコは一瞬だけ視線を向け、その表情の変化を確認する。その目は初めて芝居をした時と同じように輝いていた。
アクアが今後も役者をやるのであればこの刺激は成長に欠かせないピースになるだろう。それは会社の利益へと繋がる。
あえてアクアにあかねがアクアへ憧れを持っていることを濁して伝えたのは、少し最近の演技に悩んでいるようだったアクアの心を動かせるとしたら子供の純粋な言葉がいいだろうという打算込みの考えだ。
最初から知っていたら恥ずかしがってこなかっただろうとミヤコは予想しているし、事実それは正解である。
少し捻くれたところと変わったところがあるけどちゃんと子供。それが今のアクアへの印象だった。
「ありがとうございました。では、以上で面接を終了とさせていただきます」
「ありがとうございました」
黒川あかねの面接が終わる。
親が一緒とはいえ流石に気が抜けたような表情に変わるのはまだ幼い少女なのを思い出させた。
「黒川あかねさん、さっきの感想だけど」
「えっ!?う、うん」
先ほどまで黙って話を聞いていたアクアがあかねに向かって声を掛ける。
既に活躍している自分の憧れの一人に優しい声色で話しかけられてあかねはびっくりしながらもなんとか返事をした。
「ありがとう。僕は今後も役者やっていけそうだ」
「そ、そう?」
「ああ、君のおかげだよ。ありがとう」
不思議そうな表情をしたあかねに暖かな笑みを向けた。
心からの言葉、何も背負わない嘘のない言葉で感謝を伝える。
アクアの言葉が終わったところでミヤコは試験の続きを話し始める。
「結果を早速発表させていただきます。……黒川あかねさん。苺プロへようこそ、歓迎します」
「え!?ほ、本当に……よ、よかったです」
「やったわねあかね。今夜はお祝いしなきゃ」
親子二人が喜ぶのを見届けたところであなたは用済みとばかりにミヤコによってアクアは部屋の外へ追い出される。
契約の話をしたりするのだから当然ではあった。
「目的を達成したからって酷くないか?」
ため息を吐きつつもどこか嬉しそうな表情でアクアはレッスン室へと向かった。
レッスン用の部屋へやってきたアクアにルビーは一目散に飛びかかる。
一刻も早くアクアに戯れたかっただけだが、その様子は自分以外が縄張りに入ってくるという危機意識もあったかもしれない。
「どーん!お兄ちゃんどうだった?」
「暑苦しいぞルビー。そうだな、俺の演技に対するモチベーションが上がったな。あと細かく人の演技を見ている印象を受けた」
最近より楽しそうな兄を見て、直感的にルビーの中にある女の勘が働いた。
きっと今回オーディションを受けたのは女の子、それも可愛い子だと第六感が言っている。
前世から女好きなのが確定している男が嬉しくなる理由などすぐに察しがついた。
「……浮気の匂いがする」
「浮気ってなんだよ。今世の俺はまだ誰とも付き合ってないぞ」
「嫌だ!おにいちゃんは私のなの!誰にも渡さないの!ママにもロリ先輩にもその子にも!」
可愛らしくぷっくりと頬を膨らませ一丁前に女の嫉妬を見せるルビーに思わず苦笑するアクア。
自分の妹が私怒っていますと主張する様を見ても慌てたりはしない。
既にアクアにはこの場合の回答は浮かんでいた。
「本当、仕方がないな……さりなちゃんは」
「せ、せんせ?そんなこんな手段で私は……」
(はわわわわわ、せんせ急に前世の名前出すじゃんしゅきしゅき。撫で方も優しいし極楽浄土〜)
アクアは前世の名前を告げながら優しくルビーの頭を髪が崩れないよう撫でていく。
彼はすっかり不機嫌になった妹の宥め方をこの2年ですっかり習得しており、その目論見通り嫉妬の炎は一瞬で鎮火して他に見せられないメス顔をルビーは晒してしまっていた。
ルビーとしては2年の共同生活で兄妹という感覚もしっかりあるが、やはり根幹はさりなとしての恋慕。
ルビーが健全な恋愛ができるようになる日は果たして来るのだろうか。
それともインモラルなまま育ち切ってしまうのか。この世界の人たちには誰もわからないが、きっと別視点があれば分かるだろう。
熟成された思いは止められないものとなるのだと。
抑えた反動が解放される日はまだ遠い。
機嫌がすっかり治ったルビーは兄から離れてマイクを手に取る。
「おにいちゃん、今からちょっと『サインはB』歌うから見ててよ」
「正直に言うと最初はちょっと大丈夫か?と思っていたけど少しはマシになったよな」
「もう!昔の話は禁止!まだママほど上手くないけど普通に聞けるんだから!」
それは流石に言い過ぎでまだ普通の音痴の部類なのだが、成長が実感できている分、アクアは余計なことは言わない。
彼は妹とは別ベクトルではありながらもしっかりとシスコンなのであった。
そこからしばらくルビーのソロライブを聞いていたアクアだった。
そろそろ休も〜と言いながらルビーが休憩を始めたタイミングでレッスン室の扉をノックする音が聞こえ、扉が開く。
そこにはミヤコと先程面接を終えたばかりのあかねの姿があった。
「あ、やっぱり揃ってたわね。アクアはさっき会っているけど改めて紹介するわ。この子は黒川あかね、本日付けで苺プロ子役部門に所属することになったわ。二人とは年齢も近いし仲良くしてあげてね」
「黒川あかねです。よろしくお願いします」
やはり緊張で少し硬くなってはいるものの、礼儀正しく頭を下げるあかね。
それを見てあかねが顔を出した直後は、先ほどの嫉妬心が再び顔を出し始めたルビーの毒気が抜かれる。
彼女の中にある子役像は有馬かなであり、似たような人が来ると思っていた。
そこに物腰柔らかい少女が来たものだから大人しくもなる。基本ルビーはいい子なのだ。
そんな対応をされたら文句も言い切れない。
「よろしく黒川さん。俺は星野アクア。こっちは妹のルビーだ」
「……よろしく黒川さん」
「わぁ、ルビーちゃんって言うの?うわぁ可愛いね」
ルビーは普段接する相手がかなであり、純粋な好意に慣れておらず押されて少したじろいでしまう。
「お、おにいちゃんこの子いい人だよ!」
「お前ほんと単純だな」
これは将来ロリ先輩に並ぶ強敵になるかもなぁと頭でせんせ攻略結婚プロジェクトを再編することになるルビーだった。