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舞台『東京ブレイド』の千秋楽が近づいてきた。
今日の舞台も観客の表情は満足そうで、役者達の努力の成果が出ている。
「ふいぁー」
「つかれたーこの舞台消費カロリー高いのよ」
舞台終わりの楽屋で、めいとこゆきのララライ女性コンビは、溜まった疲れをなんとか吐き出そうと声を出す。ぐだっと身体を緩ませて疲れを抜こうと努めていた。
そんな彼女達を見てララライの看板役者みたのりおは笑顔を浮かべて声を掛ける。
「おしおし今日も良かったぞ……じゃあ飲みにいくか!!」
「ええっ今日も!?」
「元気だなぁ〜」
疲れた様子を見せる彼女達に対して掛ける言葉かと思うような事を提案するのりお。
この舞台だけでなくドラマ2本掛け持ちとB小町Rもビックリなスケジュールをこなしているのに実にタフだった。
「舞台人は飲み会好きだよな」
アクアは毎回のように飲み会を提案し、当然のように参加する面々に感心半分呆れ半分な視線を向けながらぼそりとそんな事を口に出す。
「当然アクア君も行くだろう?」
「……そうですね今回は参加させていただきます」
日によっては星野家の食事会を優先するため参加できないが、アクアは可能な限り参加するようにしていた。
当然それには目的がある。
そのままアクアだけでなく次々に声を掛けていくのりお。
「お店の選定は任せてください!当日団体OKのお店はいくつかリサーチ済みですから」
あかねはララライメンバーと親交がそれなりにあるからか、率先して店探しを行う。
『今ガチ』の時に言っていた予約する機会が増えたというのはララライで仕事をした時なのだろう。
「あかねはこういうの参加率高いよな」
「ホント普段はB小町Rの中でも大人しめなのに不思議よね〜。私はこういう騒がしいの得意じゃないんだけど……。まぁ皆が参加するなら私だけ空気読んでないみたいだし参加するわ」
あかねと反対にあまり打ち上げが好きではないと言うかな。
その表情は仕方がないと言いたげに微妙な表情をしていた。
ただこれまで参加するたびに、最終的に盛り上がっているかなを見ていると、実はただの前フリなのではないかとアクアは疑っている。
「金田一さんもどうですか?」
「あ?おっさんがいたら気を遣うだろ」
金田一はこれまでの飲み会は不参加だ。
やはりララライ最古参なだけあってララライ組が少し遠慮してしまうだろうという配慮なのだろう。
ただアクアから見ても彼らは金田一がいても楽しめるとは思っている。
実際のりおを始めとしたララライメンバーが皆で大丈夫だと口々に伝えていく。
「……そうか、それなら参加するかな」
「やった!」
普段は参加しない大物ゲストに劇団ララライメンバーも喜ぶ。
そしてアクアも内心でようやくチャンスが来たなと考えていた。
「だからね!役者も一人の作家であるべきなのよ!その場その場でミスしないように演じるんじゃなくて作劇的な盛り上げに加担しなきゃいけないわけ!」
(始まった……なんで雰囲気だけで酔えるんだよ)
例の如く、ジンジャエールを飲んでいるだけのはずなのに、酔っ払いのようなテンションになるかなを見て、アクアはこめかみを押さえる。
いつか本当に酒を飲むとなった時はいつでもストッパーになれるように構えておかないといけないなとアクアは頭に刻んだ。
「アクアくん焼けたよ」
アクアがそんなことを考えている間も、両手にトングを持ってせっせと肉を焼き配っているあかねの声に視線をそちらへ向ける。
「ありがとう……いつも思うんだがなんで俺がちょうど食べようと思ってた肉が分かるんだ?」
ちょうど食べたいと思っていた肉が置かれているのを見て、嬉しく思うと同時にアクアは少し不思議に思った事を尋ねる。
焼肉に限らず、彼女とこういった取り分けをする場所に来た時、中学生以降はアクアの希望から外れたのを見たことがなかった。
「え?アクアくんの考えを予想して組み立ててるだけだよ!次はヒレだよね、ちゃんと焼いてるから!」
「……任せる」
次食べたい種類まで当てられてアクアはもうあかねに任せて、大人しく肉を貢がれる選択をすることにした。
この辺りは長く共に過ごしてきた故の適応だ。
「アクア!あかねに肉貰ってばっかじゃなくてこっちの話にも入りなさいよ!アンタはどう思ってんのよ、みたさんは演出家の仕事だから変に役者が首突っ込むなって言ってるんだけど!」
かなは横のアクアがあかねと仲睦まじそうなやりとりをしたのを横目で見て、自分の演技論に巻き込み始める。
ジンジャーエールと場の空気だけで酔った女に絡まれたアクアは、溜息を吐きながらもしっかりと反応した。
「はぁ……突然俺を巻き込むな。横で聞いてたけどそこまでは言ってないだろ。俺は脚本家によると思う。自分の絵を崩されたくない相手ならそれに合わせた方がいいだろう」
「私の味方しなさいよ!とにかく!駄目な芝居なら言ってくるんだからこっちからも提案が必要なのよ!」
どうやら彼女なりの美学があるらしい。
他にも自分ならこうするべきだと思っている持論を惜しみもなく展開していく。
そんな彼女を見てトングを手に持って作業をしながらもアクアの隣にいるあかねがソワソワとしながら声を掛けた。
「かなちゃん私には聞いてくれないの?」
「アンタは結果分かってるからいい。演出家さんの仕事って言うでしょ」
「むぅ……合ってるけど、合ってるけど!」
かなの雑な答えが正解だったあかねは不満そうに頬を膨らませる。
アクアは仲良いなコイツらと思いながらこの隙に食事を進めていくのだった。
あかねに与えられた肉を満足する程度に食べたところで、アクアは今日の本題に取り掛かる。
これ以上は大丈夫だとあかねにアイコンタクトをしてから席を立ち上がり、目的の人物の隣へと座った。
「隣いいですか?」
「星野……何の用だ?お前が演技のこと以外で俺に話しかけてくるなんて珍しいな」
アクアが話しかけた相手、金田一もそんな彼を珍しく思い、首を傾げている。
(金田一敏郎。『劇団ララライ』の創立メンバーの一人……この人ならヒカルさんの事も確実に知っている)
アクアの父親である神木輝。
彼のことを映像にしようとした時、二つの内容が必要になる。
一つ目はヒカルとアイの出会いであるララライのワークショップの詳細。
当然ララライに所属していればどのような現場だったか、二人はどのような会話をしていたかといった基本的な情報が手に入る。
二つ目はヒカルの身に何があったか、命の重みとは何かと言うこと。
こちらもララライに創立時から在籍している金田一ならば、知っている可能性が高い。
「その演技について色々と尋ねようと思いまして」
ただ、デリケートな話題になる可能性が高いと考えて、アクアもいきなり本題に踏み込もうとは考えておらず、一度当たり障りのない話から入り、少しずつ本題に移行しようと考えていた。
それに演出家である金田一の意見は今後の演技に参考になるというのも嘘ではない。
「ほう……やはり星野は演技に貪欲だな。いいだろう、言ってみろ」
アルコールを入れて酔ってはいるものの、まだしっかりと意思の強い目をした金田一は、アクアの言葉を聞いて目を輝かせる。
彼はアクアに昔失われてしまった黒い星の瞬きを幻視していた。
それからアクアと金田一は演技のスタンスや解釈などを本音で語り合う。
酔いだけでなく、話の内容でもテンションの上がっていく金田一はアクアに自分の考えを話していった。
「お前と……あとは時折黒川の見せる人を騙す目。アレはいい才能だ。大切にしろよ」
アクアからしても楽しい会話だった。
だが、ちょうどいいワードが出たので、ここから本題へと切り替える。
「俺はヒカルさんに教えてもらいましたから……そういえば金田一さんはララライに昔からいるって聞きましたけど、ララライにいた頃のヒカルさんについて聞いてもいいですか?実は興味があって」
少々強引ではあるが、話の流れとしてはそこまでおかしくない話題。
演技の話をしている間も追加で摂取したアルコールは、金田一の口を軽くさせる。
「ヒカルねぇ……どうするか」
ただ先程まで饒舌に話していた金田一だが、この話題には何か思うところがあるのか言い淀んだ。
絶対に嫌だという感じではないが、何か引っ掛かるところがあり、後一押しが足りない様子だった。
アクアがここからどうしたものかと思っていたところ、肩をポンと叩かれて顔をそちらに向ける
「任せろ。俺もヒカルさんの過去は気になる。あの人あんま過去を語らないからな」
実は大輝もヒカルについて金田一に尋ねたいと思っていたので、ここはいい機会だとアクアの作った流れに乗る。
自分を何故拾ってくれたのか、どうしてここまで面倒を見てくれているのか。
本人は大輝の両親に世話になったからと言っていた。
ただ大輝としては、子供心ながらに嫌いだったあの父親が、そんな世話をしてくれていたとは思い難い。
大輝が中学生の頃から最近まで一緒に暮らしていたというのにわからないことが多い。
ヒカル本人に直接聞いても気付いたらはぐらかされるだけであり、そうなれば一番縁が深い相手に聞く。
これが最後の方法だった。
「金田一さん、星野も連れてヤサ変えて飲みながらその話はしましょうよ。俺が飲めるようになってから飲み会一緒なの初めてだし」
「あ?姫川か……それもそうだな。いいだろう」
姫川の提案に対して感傷もあり、承知する金田一。
アクアとしては大輝のフォローにありがたいなと思いながら着いていく事になる。
大輝のオススメの店として連れてこられたのは、会員制のガールズバー。
芸能界慣れしているアクアから見ても比較的顔の偏差値が高い女性達が接客をしている。
この場に来たのは誰にも見られていないはずなのに、アクアは嫌な予感と妙な冷や汗が滲み出る。
もし身内に知られでもしたら何を言われるか分かったものではない。
「どうした星野……ははーんさてはこういうところ初めてだな?」
アクアが緊張した様子を見せたことで、普段のアクアはクールで余裕のある印象が強い大輝としては、こいつもこんな所では弱いんだなと思わずにやにやと表情を緩める。
「未成年だし来たことなくて当たり前だ」
(……今世では)
それに対してアクアはすげなく返した。
実際はガールズバー自体に緊張しているわけではなく、謎に嫌な予感がしただけなのだが、都合のいい解釈には乗るに限る。
席順としてはアクアと大輝が隣同士でその正面に金田一が陣取っている。
そして各々隣には接客担当の女性が付いていた。
大輝が女性達に依頼して金田一に強めの酒をお酌してもらい、どんどん酔いを強めていく。
「飲んでねぇだろ姫川ぁ!」
「やべっバレた……飲んでますよ金田一さん」
実はこの店に来てから水ばかり飲んでいた大輝は大嘘をついて金田一の言葉を躱す。
そんな姿を見てアクアはこの人こないだ20歳になったばかりなのに慣れてるなと呆れた視線を向ける。
「その感じ割と通い慣れているな」
「まぁな、俺かわいい女の子好きだから……男は皆そんなもんだろ?星野だって好きだよな?」
「……」
大輝からの問いかけに対して、アクアは一瞬否定しようとした。
ただ冷静に頭の中で自分を客観視した時、これほど信頼できない否定はないだろうと思い直して沈黙を返す。
それを見て大輝はニヤリと笑みをこぼした後、アクアに肩を組みながらいつかのように質問をした。
「おい、ライブから1年くらい経ったけどそろそろ本命決まったか?番組で黒川に告白されてたろ」
「今その話かよ……」
「まっアレだけ可愛い女の子達に囲まれてる状況って気分いいよな……なあなあにしたくなる気持ちもわかるわ」
違うと否定したくても彼女達の容姿が良いことも、自分に都合がいい状態で関係を止めていることも自覚している以上反論する要素がない。
アクアとしては18歳という期限までには自分なりの答えをどのみち出さないといけなかった。それを改めて大輝に突きつけられたような気分になる。
「そろそろ金田一さんも出来上がった頃だし質問するか」
「あっ逃げたな……まぁいいや、金田一さん!そろそろいいですか?」
アクアよりは付き合いが長い大輝の方が話をしてくれるだろうと二人で質問は先に大輝がすると決めていた。
顔を赤くして酔っぱらっていると一目でわかる金田一は、大輝の声を聞いて女の子の方から顔を戻す。
「どうした姫川!」
「どうしたじゃないですよ、さっきヒカルさんがララライにいた頃のこと教えてくれるって約束したでしょ」
「あ?そんなこと言ったか?……ヒカルなぁ、まぁ姫川にも関係が深いことだし話してもいいか」
酔っていても自重という考えがあったのか、少し悩みはしたものの、話すつもりにはなったらしい。
酒が入った事、そしてアクアのその容姿がヒカルを彷彿とさせ、自分の後悔などが表面化した結果だった。
金田一は一度話す前に二人へ確認を行う事にする。
「姫川、どこまで話してほしい。内容によってはお前の両親の話が出てくるんだが」
「俺はむしろそこが知りたくてこの話に割って入ったところがあるからな。……どうしてヒカルさんは俺を引き取ったのか、それがずっと知りたかった。星野になら知られても構わない」
大輝にとって血は繋がらないとはいえ、唯一の家族であるヒカル。
そんな人物が何故大輝を引き取ろうと決めたのかその理由を本人からも聞けたことがなかった。
「星野、お前ヒカルの親戚か何かだろ?」
「……分かりますか」
「分かるさ。まぁアイツの生き別れた弟とかその辺なのかとか考えていた。妙にヒカルが気にしているのもそれなら納得だ。そういう事なら知ってもらった方がアイツのためにもなるだろう」
親子関係さえバレなければ問題ない。これがアクアの考えだった。
アイが妊娠当時、ヒカルは14歳か15歳。
普通に考えれば子供なんて選択肢は候補になど入るはずがない。
「……確かに似てるな。星野とヒカルさんだと雰囲気が結構ちげぇから気付かなかったわ」
「あまり広めないでくれよ。俺も親戚だと知ったのは最近なんだ」
アクアとヒカルは容姿が似ているため、アクアの持つ演技力も加味すれば無関係と思われる方が不自然だった。
それらしい選択肢が思い付けば、人は早々真実には辿り着かない。
アクアは嘘と真実を交えてその台詞に信憑性を持たせる。
「ただ流石にここで話すのは憚られる……姫川いいところはないか?」
「それじゃ俺の家に行きますか、今は一人暮らししてるんで」
最近までヒカルと生活を共にしていたが、20歳になったのを機に引っ越した大輝は自宅を提案する。
そして三人は本題へ入るため移動することとなった。
三人は大輝の今借りているマンションへと辿り着く。
セキュリティもしっかりしており、不審者など入り込む余地もない。
「姫川!酒だ酒!こんな話飲まずにやってられるか」
「はいはい……マジで酒好きだな金田一さん」
家に着いたら早速酒を要求され、姫川は少し呆れながらも準備をする。
貯蔵していた酒とグラスを手に取り、金田一用に注いだ。
「歩いているうちに酔いも少し覚めた。一応さっきヒカルに連絡したが、全部教えていいと返信も来ているし、酒を入れたら話し始めるぞ。……そもそも全部教えていいなら自分で話せと思わなくはないが」
流石に自分の判断だけで話せないと思っていた金田一はヒカルへ確認の連絡をしていた。
ただなんてこともなさそうに返事が来ていたので逆になんで教えてないんだ?と疑問にも思ったようだが。
まさかこんな遠回しに自分の過去探しをさせているなんて思いもしない。
「飲み過ぎて寝ないでくださいね」
「当たり前だ、俺がどれだけ酒を飲んできたと思っている!」
自信満々な様子を見せる金田一は酒を一息に煽ってから、今度こそ本題を話し始めた。
「ヒカルがララライに所属したのは10歳の頃だ。アイツは無知というか無防備なところが多くてな。……そんなところが可愛かったのか姫川の両親、清十郎と愛梨はかなり可愛がっていた」
「親父が?」
「ああ、元々ヒカルは養護施設出身だった。少し常識に疎い部分が多かったアイツの保護を二人でやっていた感じだな。清十郎の女遊びが大人しくなっていったのもその辺りが関係しているのかもな」
大輝は自分の記憶と伝聞に残る父親からはあまり想像できない話に少し困惑した表情を浮かべる。
アクアは大輝の両親の下の名前を聞いて頭の中で一つの記憶を呼び起こされた。
【上原夫妻無理心中。夫の女癖の悪さに行動か。】
この記事を読んだ時、あくまで流し読みだったが、片方が吾郎が生きていた頃に朝ドラでヒロインをやっていた事が印象に残っていたため、覚えていた。
(確か芸名は姫川愛梨……姫川……そういうことか)
アクアは何となくこの後起きた出来事を考えて少し悲しい気持ちになった。
金田一はそのまま当時を思い出しながら言葉を続ける。
本当に知っている事を全て教えようとしてくれているのかちょっとしたイベントなどについても金田一は話していった。
「そしてヒカルが11歳になった頃、愛梨が妊娠し、大輝が生まれる事になる。自分たちの子が出来ても変わらず清十郎達はヒカルの事を気遣っていた」
「よく考えたら俺とヒカルさん11しか変わらないのか……育ててくれた事に感謝しないとな」
「俺より余程兄弟親戚みたいだな」
それからも少しずつ話は進んでいく。それに応じて少しずつ金田一の眉間の皺が濃くなっていった。
ここから先の話をあまりしたくないかのように。
「ララライはまだ発展途上というか人手が足りなくてな。ワークショップで集めた人材使って何公演か回していた……そんな時だ、星野、お前のとこの大先輩がワークショップへやってきた」
「大先輩?」
「アイ、今や国民的な大スターだが、当時は地下アイドルに過ぎなかった彼女が演技を学びに来たんだよ」
アクアにとって本題の話が来た。
アクアの想像していたよりもずっと金田一は当時のことを知っているらしい。
そんな事
「良かったじゃねーか星野!お前アイの大大ファンだもんな」
「一々言わなくていい」
アクアについてそれなりに調べており、ヲタ芸赤ちゃんの過去を知っている大輝は、楽しそうにアクアを揶揄う。
アクアもそんな大輝を鬱陶しそうに追い返した。
「そう言えばそうだったな……。ここから恋愛が絡む話が出るんだが……あまりアイの話はしない方がいいか?」
「いえ、どんな話でも大丈夫ですよ。俺は推しの全てを受け止められる男なので。……それに以前鏑木さんからその辺りも少し聞いていますから心配しないで大丈夫です」
「そっそうか……なら話を続けるとしようか」
鏑木と金田一は仲が良い。
知っている情報が多かった鏑木との会話も無駄ではなかったなとアクアはホッとする。
金田一は長い話だというのに酒を入れながらも語っていく。
「それまでは清十郎達から演技を教わるだけだったヒカルが、アイツから言われて初めて人を教える立場になった。それから二人は年齢が近いのもあって少しずつだが仲良くなっていった」
「マジか、あのアイさんがねぇ」
共演するたびに何かと世話を焼いてくれる親切な年上のお姉さんといった印象を持っていたアイ。
恋愛なんて興味がなさそうな彼女にもそんな時期があったのだなと感じる。
ヒカルの僅かな態度の変化やアイの服装の変化。
そういった小さな変化を意外と大人達は敏感に察していたらしい。
「そんなある日、ララライを揺るがす事件は起きた」
「……まさか親父達の無理心中か?」
大輝の言葉に頷く金田一。
先程アクアも思い出した大事件。やはりこの話に関わってくるようだった。
金田一の表情も苦悶に満ちている。だが伝えるべきだと考えているのか話は続けていく。
「ヒカルは二人に大事にされていたからか、余計にショックだったんだろう。暗い表情を浮かべていた。そして葬式の日。俺は失敗したんだ」
「失敗?」
大輝は金田一の言葉を不思議に思って尋ねる。
金田一はそれを聞いて溜息を吐いてから自分の失敗と称してヒカルに話した言葉を語った。
「『お前が一番辛いかもな……二人はお前の事を大事にしていた。だからお前が背負っていくんだ、二人の命を……。生きているお前がこれからもずっと』……俺がヒカルに掛けた言葉だ。俺は暗い表情のアイツを元気付けるつもりだった……だがまだ幼かったヒカルには重荷だったんだろうな。それからアイツは少しおかしくなった」
嘘のスペシャリストであるアイから見ても当時のヒカルはアイに依存していたとアクアはDVDで聞いている。
金田一の言葉は真実で、ヒカルにしては珍しく嘘が剥がれ掛けていたと言ってもいいだろう。
「それから暫く、ヒカルは表面上安定していたんだが、数ヶ月後にアイがララライのワークショップに来なくなってから更におかしくなった。……近いうちにララライを辞めるんじゃないかと思っていたほどに」
ワークショップに来なくなったのはアクア達を妊娠したからだろう。
裏の事情を知っていると色々と感情の変化が理解できてしまう。
「それから1年以上経った頃、突然ヒカルが明るくなってな。原因は何かと探ってみれば……コレを見ていた」
『『ばぶ!ばぶ!ばぶ!ばぶ!』』
金田一がスマホを操作すれば大音量で赤子の声が聞こえてくる。
画面の中では当時のアクアとルビーが満面の笑みでサイリウムを振り回していた。
「ぶふっ!?ほ、星野のコレホントずるいよな」
「笑い過ぎだろ。もう流石に毎年年末特番でやってるから慣れた」
姫川の笑いが落ち着いたのを見てから咳払いをして再び金田一が説明を再開する。
話の締めに入ろうとしていた。
「きっと何かでお前達が親戚だと知ったんだろうな。清十郎、愛梨そしてアイ。彼らが自分から離れていったとしても、自分がこの世で一人じゃないと思えたのかもしれないな」
「……その気持ち分かるわ」
大輝は真面目な顔で金田一のセリフに同意する。
自分だけを置いていった両親。それによって一人となってしまったのを、今でも少し考える。
ヒカルに拾われて、血は繋がっていなくとも家族を得られて、大輝は今救われていた。
「それからはお前らも知っての通りだ。ヒカルが大輝を引き取ったのは二人の命の重み、それを背負えるほどに強くなったからなんだろうな……。大輝を育てるようになってからアイツはますます明るくなった。今はもう大丈夫だろう」
「俺は、あの人の助けになれたのか……なら良かった」
引き取って成人するまで育てたヒカルには大輝も感謝しかない。
大輝はまた今度親孝行でもしようかなと考える。
ヒカルの好きな物とか金田一にあとで聞こうと心に決めた。
「ありがとうございました。貴重なお話を聞けました」
「何、むしろ俺の失敗をお前がカバーしてくれたようなものだ。俺からすればお礼を言いたいくらいだぞ」
あのままヒカルが立ち直らなければ、おそらくララライを辞めて演技とは無関係の世界で過ごすことになっただろうと金田一は考えている。
あの才能が潰えることなく、引退は勿体無いものの、演技に携わる仕事をしている事が嬉しかった。
「星野、俺が話せる内容は以上だ。メディアEYESに入ってからは俺より姫川の方が詳しいくらいだしな。……聞きたかった話は聞けたか?」
「……はい、ありがとうございます」
ここまで聞いた話を頭で整理していく。
あくまで金田一の視点ではあるが、必要な情報は全て揃ったと言っていい。
タイミングから考えても何もおかしくないはずだ。
(芸能界の闇……結局、この心中のことで良かったんだろうか)
それなのに、この話には少しだけ何か抜け穴があるようにアクアには感じられた。
ただ何がおかしいか時間が原因なのかアクアの中で実像が結びつく事はない。
「よーし、星野!おっさんの話も一通り終わったし、どうでもいい話しながら飲もうぜ!」
「誰がおっさんだ、お前らが聞きたがったんだろ。それに星野はまだ未成年だ飲ますなよ」
「分かってるって。ほら、オレンジジュースもあるぞ」
「……まぁいいか」
テンションが高い大輝のそんな言葉に今は考えなくていいかと思い直したアクアは、大人しく飲みに付き合わされるのだった。
朝になり、アクアが家へ帰ると手荒い出迎えが待っていた。
「「おにいちゃん(アクア)朝帰りとか不良じゃん(だよ)!!」」
可愛らしいナイトキャップ付きの星柄パジャマを色違いで着ているアイとルビーに朝から詰められてアクアは少し焦っている。
「なんだよ二人して……一応昨日連絡送っただろ」
日が変わる前にメッセージを送ったのに責められるのはおかしいだろとアクアは思いながら反論する。
アクアとしては例の計画を進めた事を褒めて欲しいくらいなのに扱いが酷くないかと思っているくらいだ。
「だーめ!アクアはまだ16歳だよ?そんな朝帰りとかよくない!」
「……」
16歳で朝帰りどころか出産したアイドルが何言ってんだよとアクアはジトっとした目を向ける。
流石のアイも息子の視線に理解を示したのか少し気まずそうにそーっと目を逸らした。
「連絡通り姫川の家にお邪魔して演技の話してただけだ」
「あっブレイド役の人!凄いよねあの人おにいちゃんと張り合う演技するなんて!」
「大輝君かぁ〜まぁなら仕方がないかな?」
ルビーが兄と比較する評価をするのは最大級の褒め言葉に他ならない。それくらいに大輝の実力は高かった。
そして続いたアイの言葉がアクアは少し気になった。
(……そういえば話の中でもなんでアイが姫川をここまで気にしているか分からなかったな。ワークショップでもヒカルさんが殆ど教えていたみたいだし上原夫妻にそんな世話になったようには思えないんだが)
金田一が知らない話なのか、何か見落としがあるのか、アクアには分からない。
ただアクアの心にちょっとした引っ掛かりをこの件は残すことになった。