異世界に転移して剣闘士落ちして二年。クラスメイトに買われた。 作:文月二三
「殺せぇ!」「やっちまえ!」
テニスコート程度の広さをレンガで囲んだ小さな闘技場で響く怒声。今日も沢山の人間が血を求めてこの闘技場へ来ている。
そこで俺は観客ではなく、剣闘士としてロングソードを片手に立っている。目の前には、俺と同じ剣闘士の男が立っていた。
男は威勢の良い声を挙げながら、剣を振りかぶってきた。それを受け流し、観客に見せつけるように、何度も剣戟を繰り広げた後、持っている剣を左斜め下から振り上げて、深く斬りつけた。
当然男は血と臓物を撒き散らし、仰向けに倒れて行った。
それと同時に、観客の歓声は大きなものになった。
地球にいた頃に俺が永遠に知ることが無かったであろう剣戟の音、人の肉を断つ感覚、臓物の臭い。最初こそ泣き叫んで嘔吐していた光景と感覚が、今ではすっかり日常と化している。
かつて普通の高校生に過ぎなかった俺、
「ミナト。お前の売却が決まった」
「え?」
剣闘士になってから二年目。突然の事だった。
異世界に転移して一度も外を見たことが無いため聞いた話でしか無いが、通常剣闘士というのはその生い立ちはなんであれ、一度なってしまったら、一生を闘技場で終えるらしい。何かしら希少な技を使えたり、よっぽど戦績の良い剣闘士なんかが、貴族や豪商の護衛として買われたり、騎士として取り立てられることもあるらしいが、そんな事はほぼ夢物語らしい。
そもそも血筋や品格などを重視する貴族や、信用を大事にしている豪商が戦いなどで活躍をした一般の兵士、傭兵や冒険者を取り立てることすら滅多にないのに、この世界における割と最低辺に位置する剣闘士を雇うのは、よっぽどの事だそうだ。
ただし、戦時中に兵士が1人でも欲しい時は、物資の徴発という形で、闘技場から連れてかれるらしい。実際、俺のいる闘技場から遥か遠く離れた土地に、魔王とかいう奴が魔族を率いて、沢山の魔物とともに攻めてきた時は、近隣地域から根こそぎ徴発され、殆どが帰ってこなかったらしい。
だがしかし、どちらの話もこんな王都からはるか遠くにあるらしい小さな闘技場の中堅剣闘士に関係のある話ではない。だからてっきり俺は、このまま剣闘士として一生を終える物だと思っていた。
それなのに。
「いやあ、まさか外で拾ったお前がこんなになるなんてな!地方闘技場の強くも弱くもねえお前が、この闘技場5年分の稼ぎになりやがった。まったく、お前が神様に見えるぜ」
ポカンとしている俺をよそに、この闘技場のオーナーは瞳にゴールドマークを浮かべてほくほく顔をしている。
「売却って、誰に買われたんだ?」
「勇者だ!勇者!異世界から来た勇者が、知り合いかもしれねえっつってお前を買ったんだよ。さっきの試合で顔を見た瞬間、即決してたぜ。まさかお前に、勇者の知り合いがいたなんてなあ」
勇者の知り合い。そんなことをオーナーは言っているが、そんなものあるはずがない。そもそも俺は地球から突然転移し、訳もわからず森の中を彷徨って野垂れ死かけていた所をこのオーナーに拾われたのだ。
俺の異世界における人間関係はこの闘技場の中で終わっているし、情報も闘技場の奴や、観客が話しているのを聞くくらいだ。
勇者の知り合いなんているはずもない。
「本当ならすぐに剣闘士から解放ってことはねえんだが、勇者の姉ちゃんはせっかちらしい。今から顔合わせだ」
そう言ってさっきかいた汗を拭う時間すら与えられずに、俺は闘技場にある一室に連れて行かれる。
「いやあ〜お待たせしました勇者様。お望みの剣闘士はコイツで間違い無いですか?」
オーナーが媚に媚びたいつもよりワントーン高い声を出しながら、扉を開けた瞬間、俺は部屋の中にいた人物を見て驚いた。
「久しぶり。湊君」
「凛、音…さん?」
腰まで伸びた綺麗な黒髪、一切の邪気を感じさせない整った顔、軽装だが一目で上質だとわかる防具を身につけ、目立つが決して下品じゃ無い装飾の施された剣を携えた、ここにいるはずのない高校のクラスメイト、
「さあ、ミナトを連れてきました。代金を…」
オーナーがそう言うと、凛音さんは中身ででこぼこになった皮袋を渡して、俺の手を引きながらそそくさと部屋の外へと出た。
そうして状況を飲み込めぬまま、無言で手を引かれること暫く。闘技場の外に出て、事前に待機させていたらしい2頭仕立てのしっかりした馬車に乗せられる。
馬車の扉から入って右側の真ん中に俺が座り、その反対側に凛音さんが触る。凛音さんは御者に出発するように伝えると、ようやく話し始めた。
「あらためて久しぶり。湊君」
凛音さんは微笑みながら言った。こちらの世界に来てから2年。女性と接する機会もなく、むさ苦しい筋骨隆々とした男達の殺意を向けられ続けた俺に効果はバツグンだ。
「ひ、久しぶり。凛音さん」
多少きょどったが、なんとか返答を返す。凛音さんはやけに嬉しそうな顔をしながら、こっちを見ていた。
「突然の事で、整理がつかないかもしれないけど、湊くんに確認したいことがあるの」
「確認したいこと?」
「うん。湊くんは、今から2年前に異世界に来たんだよね?」
「そうだよ。気がついたら森の中にいたんだ。ご飯も無くて、倒れた所をオーナーに見つかって、そのまま剣闘士として今日まで過ごしてきたんだ」
「じゃあ闘技場の外で起きていた事は何も知らないの?」
「あー、闘技場のやつとか、客が話していたのを聞いたくらいかな。でもここはかなり田舎だったみたいだし、大した話は聞いてないよ」
俺がそう言うと、元々ニコニコとしていたが、より一層笑みを深めた。
「そっか…そっか。じゃあ大丈夫かな…。うん、わかったよ。それじゃあ湊くん」
凛音さんは小声で何かを呟きながら、何かを反芻するように深く考え込んだ後、俺に向けて声をかけた。
最初にみた時から思っていたが、凛音さんはやけに嬉しそうな雰囲気を醸し出している。この二年間、自分だけが異世界にいるものだと思っていたが、もしや凛音さんもずっと1人で異世界にいたのだろうか。
そう考えると、高校で大してかかわりのなかった俺を見つけてどこかうれしそうに見えるのも納得できる気がする。少なくとも俺は誰でもいいから地球のだれかに会って話したかった。
とまあ、そんなことは置いておいて凛音さんの話を聞こう。
「私から湊君にお願いがあるのだけれども、湊君には私と一緒に暮らしてほしいの」
凛音さんの言葉に、俺は何も反応できなかった。そんな俺の様子を見て、凛音さんは不思議そうな顔を浮かべたが、ハッとした顔をしてワタワタしながら急いで弁明し始めた。
「違うの、別に二人きりとかじゃなくて、いきなり私に買われて自由になれたのに、当てもない中さまよわせるわけにもいかないから、この世界で湊君が生活できるようになるまでって話で、その為に家も建てたし…」
「いや、ごめん変な反応して。そういうことならむしろ俺のほうからお願いしたいくらいだから」
「私のほうこそ言葉足らずだったから…」
そんなこともありながら、その後、体感五時間ほどだろうか。馬車の中で他愛もない雑談をしたり、凛音さんが持ってきてくれていた携帯食料を食べたりしていると、馬車が止まった。
「リンネ様。お屋敷に到着いたしました」
(ん?お屋敷?)
乗る時に見た御者が扉を開きそう伝えると、凛音さんは僕の手を引いて馬車の外に出る。
馬車の外には、立ち並ぶ十数名の使用人らしき人と、大きな屋敷が在った。