異世界に転移して剣闘士落ちして二年。クラスメイトに買われた。 作:文月二三
翌朝。たいして眠れなかった重い瞼を開くと、大きな窓のカーテンの隙間から、陽光が差し込んでいる。
徐々に脳みそが覚醒していくにつれて、昨日の事が鮮明に思い出される。リリーの真っ暗な瞳と、トリスタンさんから感じた悪寒。
闘技場でイかれた奴も、自分より強い奴とも何度も当たった事はあるけれど、あんなのは初めてだった。トリスタンさんにも、可愛らしい少女の見た目をしたリリーにも、全く勝てる気がしない。
そしてリリーの言っていた、他の勇者、あいつらと同じと言う言葉。一見して普通に見えた凛音さんだが、俺と会うまでに何があったんだろうか。気になりはするが、それを今すぐ聴くにはハードルが高い。
地球でも大して親しく無かったし、異世界では昨日再開したばかり、なによりあまり軽々しく触れるべき話で無いのは昨日のリリーの様子から明らかだ。
そんなことを考えていると、俺の部屋にノックが響いた。
「ミナト様。おはようございます。御起床されたようですが、朝食はいかがなさいますか?後から摂られても大丈夫ですが、リンネ様はすでに向かわれています」
「あ、俺も今から行きます」
俺は部屋にある衣装ラックから服を取り、寝間着から急いで着替える。昨日風呂に入ったときに思ったが、何故サイズがピッタリなんだろうか。
ともかく、扉を開けて部屋を出るとトリスタンさんが立っていた。おはようございますとだけ挨拶をし、トリスタンさんについていく。
階段を下り、廊下を歩くと、長テーブルと椅子がたくさん並んだ部屋に案内された。
昨日見た限りでは十数人しかこの家にいないはずなのに、100人近く席に座れそうだ。
「おはよう。湊くん」
「凛音さんおはよう」
凛音さんへ挨拶を返す。昨日は鎧と剣を身につけていたが、今はシャツのような物を着ている。俺より先に席に着いているという話だったが、まだご飯を食べ始めていなかった。
お皿すら無かったが、俺がトリスタンさんが引いてくれた凛音さんの向かいの椅子に座った瞬間、昨日見かけた使用人の人達がお盆を持ってご飯をテーブルの上に並べていく。
その中にはリリーも混ざっていた。昨日の夜と違って、最初に会った時と同じ元気そうな様子だった。一瞬俺の方を見て目がドス黒くなったのは気のせいだと思いたい。
テーブルの上には、一枚の皿の上に、柔らかそうな食パンと、水々しい果物、生クリームらしき物が乗っている。予想が正しければフレンチトーストだ。
「リンネ様!今日はリンネ様の同郷のやつがうち来て初めて食べるってんで、リンネ様に教わった料理で全部用意したぞ!んでもって、夜は例のアレだ!」
全員分の皿を並べ終え、使用人も含めて椅子に座り始めると、ご飯が運ばれてきた方、たぶんキッチンがあるであろう方から、スキンヘッドの大男が現れる。服装こそ地球にいた頃の料理人みたいな服を着ているが、どう見ても戦い慣れている。それに捲られた袖から見える右腕は、剣闘士をしている時にも何度か見た、戦闘用の鋼鉄の義手だ。
「ありがとう。湊くん。彼はこの屋敷で料理をしているゲッツ。見た目は怖いかもだけど、優しい人だから、怖がらないであげて?」
「よろしくな!俺は見ての通り元兵隊で今は料理人で、力と美味い飯を作ることには自信がある。でもそれ以外出来ねえからリンネ様の事を助けてやってくれ!」
「よろしくお願いします。ゲッツさん」
「ゲッツでいいぜ。あんま畏まったのは得意じゃねえからな!」
そう言ってゲッツは鋼鉄の義手を俺の方に出して握手を求めてきた。俺はそれに応じて右手をだし、義手をしっかり掴む。するとゲッツはすぐに義手に力を込め始め、俺の手が悲鳴を上げる。
剣闘士時代の経験から、舐められちゃいけないと思い、義手相手に意味があるかわからないが負けじと握り返す。
5秒ほど、握手にしては長い時間握り合うと、ゲッツは手を緩めてにっこりと笑った。
「意外とやるじゃねえか」
そう言って俺の肩を義手じゃ無い方でバンバン叩いて椅子に座った。
「ゲッツ。あんまり湊くん困らせちゃダメだよ?」
「わりい、わりい!剣闘士っつうから試したくなってよ」
「もう、湊くんとならこの後戦えるでしょ」
我慢のできない子供を叱るように言った凛音さん。頬を膨らませていたのは可愛かったけど、それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「待って凛音さん。どういうこと?」
「あ、えっとね、この世界、割と力こそ全て。みたいな所あるから、湊くんがどれくらい戦えるか知っておきたくて、みんなと戦ってみてどの程度まで自衛出来るか知りたくて、もちろん私も全力で守るんだけどね?!でもやっぱ備えるに越した事ないから湊くんの実力次第で湊くん自身にも強くなって欲しいっていうか、あ、嫌だったら大丈夫だよ?今度こそ死なせないから。そこは安心して欲しいし、まあでも気持ち的にはトリスタンを倒せるくらい強くなって欲しいのも本当で無理強いはしないけどなんでいうか…
「リンネ様、そのあたりで。ミナト様もお困りですので」
凛音さんの目がぐるぐるし始めたあたりでトリスタンさんが止めた。取り敢えず、理由は理解したけど、昨日のトリスタンさんとリリーを見た身からすると勘弁して欲しい。
とは言え、この世界の危険がどのレベルかわからない以上強くなるには越したことは無い。それに凛音さんはテンパって気づいていないのかもしれないけど、リリーを筆頭に、何人かの使用人からの圧が凄い。
結局凛音さんの話に頷き、暫くした後に使用人と模擬戦を行う事になった。