毎週の仕送りがどう考えても実家から来ていない件   作:カンピロバクター卍

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#20 なかったことにする力

 マグニチュード10の破局的超巨大地震は規模分不相応なことに、その恐るべき破壊エネルギーを我がアパートを中心に76平方キロメートルの範囲に振りまくだけで終局を迎えた。

 

 スターちゃん曰く「地震そのものをここら一帯に封じ込める概念障壁が展開されていた」らしい。スターちゃんや祥子ちゃんのサイコフィールドともまた違った、世界の仕組みを上から押さえつけて書き換えるような強引な力が働いていたとスターちゃんは言うが、そんなものを用意したのは一体どこの誰なのだろうか。

 

 しかし気にすることはない。

 

 いや、気にする必要はなくなった、と言うべきか。

 

 というのも今年に入って、破局的地震なんてものは起きてはいないのだから。

 

 

 バトラーワンの背に跨って遊ぶスターちゃんを自室の窓に望む。

 

 ジワジワとセミが鳴いている。

 照る太陽は私を眩しく射すが、しかし暑さというのはこれっぽっちも感じてはいなかった。というのもスターちゃん謹製の空気清浄機が、室内の空気を人体の活動に最適な状態に保ち続けているからである。今のところこれが実生活で一番役に立っているオーバーテクノロジーだ。まったくスターちゃんさまさまであった。

 

「もっと速度を出さんか、フォックステイル号2世!」

 

 脇腹に拍車を飛ばされバトラーワンが「ぐうッ」と呻く。

 スターちゃんはそんな彼の上でゲゲゲッと淑女らしからぬ笑い声をあげて大喜びだ。

 

 哀れバトラーワンは先々週お亡くなりになったロードバイク、フォックステイル号の代わりをさせられているらしかった。

 

 バトラーワンの胸部と股間部に移植された車輪が、キリキリと回転して彼を前進させている。

 最初は手術を嫌がっていた彼も、愛しの主人に命令されてはこの改造手術を受けざるを得なかったようだ。

 ああ、可哀そうなバトラーワン。

 その要因の一端を担ってしまった私が言うのもなんだが、彼のおちんちんには哀悼の意を捧げよう。そう……車輪を股間に移植するにあたって、彼の陰茎はきれいさっぱり取り除かれてしまったのである。

 

 スターちゃん曰く「こやつに生殖能力は搭載しておらん故、切除しても悪影響はないのじゃ」らしいが、そういうものではないと思うんだよ。

 

「……マスター、そろそろッ休憩」

 

 駐車場のアスファルトを汗で濡らしながら、いよいよバトラーワンは音を上げた。

 

 舌をダラリとだらしなく出してハアハアと喘ぐ彼を見るに、もう熱中症一歩手前の様子である。しかし飼い主たるスターちゃんは「ばかもん!お前の口は弱音を吐くためではなく、ふぉっくす音頭を叫ぶためにあると言ったはずじゃッ!」とバトラーワンを叱責し、彼の首に増設されたソケットにエリキシル*1アンプルを挿入するばかりだ。たしかにエリキシルで損傷した体組織を瞬間的に修復することは出来るだろうが……それでは心は休まらないだろう。あと水分補給もさせてやれよ。

 

「フォッ……ふぉっくす、ふぉっくす、コ゜ッ!コ゜ッ!」

 

 ……スターちゃんは何が楽しくてこんなことをしているのだろうか。いくらエル・カルカ星人の感性が地球人とかけ離れているとはいえ、こんな不毛な遊びはないと思うが。

 

 閑話休題。

 

 どうせあと一時間はああして遊び続けるのだろうから、それを眺め続けるというのも馬鹿らしい話だ。

 私は私で、手に入れたこの《力》について考えようではないか。

 

 キク江に焼かれてケロイド状に爛れていた左手*2は、今やすべすべ綺麗なおててに大変身。

 万能薬エリキシルでも損傷から2か月以上が経つと治せない故、今まで放置してきたのだが。それがすっかり完治してしまっていたのだ。

 

 ――いやあ、あの時はルコプコの葉を奥歯で噛みしめながら必死に痛みに耐えてたなぁ。

 

 そしてエリアローラーの着弾によって滅びたはずの市街地も、きれいさっぱり元通りだ。スターちゃんが「サンプルはいくらあってもいいからの」と嬉しそうに掻き集めていた死体たちも、今は元気に地上を這っている。

 

 スターちゃんは「ワシの苦労が!」と地団太を踏んでいたが、だからお前はエル・カルカ星人なんだよ。どうして瓦礫の中から人間の死体を嬉しそうに拾ってこられるのか、これが分からない。

 

 と、ここまで聞いて分かっただろうが。

 

 私の手に入れた《力》とは、即ち“なかったことにする”……そういう《力》であった。

 

 その《力》は3日前届いた仕送りの段ボールを開けた瞬間に、私の臓腑にするりと潜り込んで一体化したものである。

 それはあくまでも感覚的事象であって、《力》に形というものはない。ただただ高次の、概念的な……だから私の体に潜ったというのも一種の比喩で、なんとなくそういう感じがしたというだけに過ぎない。

 

 スターちゃんは言った。

 

「それは邪神の力じゃ」

 

 ……邪神。

 

 邪神の力、ねぇ。

 

 確かに、“なかったことにする”なんてろくでもない力だ。邪神の力と言われても納得できる。

 

 まったく身に余る力だ。

 何でこんなものが仕送りに入ってるんだ。

 しかも今回に限って手紙は同封されてこなかったし。

 

 ともあれ《力》は私と完全に一体化していて、死後も魂から分かつことは出来ないらしい。と、スターちゃんは言っていた。

 

 そしてこの《力》は、以前の“風説証明機”と違って、使用に過去改変を伴わない。

 

 皆の記憶から何が起きたのかは保持されたまま、それが起きたことによる各種影響は残したまま……ただ“出来事”だけをなかったことにするのである。

 

 故にエリアローラーによって私の住む市が一度滅んだことは世間様には周知の事実であったし、その時死んだ人々も、確かに自分が死んだことを覚えていたのだ。市が滅んだことで発生した経済的混乱や周辺地域の治安の悪化も据え置きである。

 不都合なことにね。

 しかしそれ以上にバタフライエフェクトを気にしなくても良いというのは、実に都合が良かった。

 

 何故って、それはつまり、全てを私の思い通りに出来るということなのだから!

 

 こういうことも、気軽にできる!

 

「バトラーワンは改造されなかった!」

 

 私が叫んでみればどうだ、窓からはバトラーワンの「グゲッ!」とカエルが潰されたかのような呻きと、「ひょえッ」というスターちゃんの間抜けな声が聞こえたではないか!

 

 窓から顔を出して駐車場を覗いてみればバトラーワンが地面に倒れており、スターちゃんがそれを下敷きにして尻もちをついていた。

 倒れ伏したバトラーワンからは先ほどまで付いていた車輪が跡形も無く消え去っており、私の叫び通り「バトラーワンは改造されなかった」ことになったのである。

 

「おのれ悠ッ貴様ァ!!!!ワシがコイツを改造するのにどれだけ苦労したと思ってッ……筋肉で車輪を回すための構造を考えるのに一週間は費やしたのじゃぞ!!!!」

 

 おーおー、狐がコンコン吠えよるわ。

 

 尻もちついて間抜けな声を上げるようなヤツ、今の私には全然怖くないもんね。

 

 へへ、良いね、これは。

 やっぱり《力》は使ってこそ光るんだよな!

 

 なら、この調子で私が気に食わないものジャンジャンバリバリ「なかったこと」にして行こうぜ!

 

 と私は結論付けて、テレビに向かった。

 

 気に食わないもの探しの時間だ!

 


・府川慎太郎(54)

 クズの殺人者のクセして私と同じ漫画が好きらしかったので「なかったこと」に。護送中のパトカーの中から瞬時に存在が消えて笑った。

 

・飯田みりこ(23)

 頭悪そうな言動のひな壇芸人だったのでつい消してしまった。ごめんね。

 

・井尻寛治(67)の癌

 私の好きな漫画家が末期癌に!そんなの許せない!と思って念じたら彼から癌が消えたらしい。病院では誤診だったのではと大騒ぎ。

 

・どっかの紛争

 私ってば平和主義者だし殺人とか嫌だなって思うタイプだから、紛争も「なかったこと」になればいいのになと願ってみた。そしたらそんな紛争はなかったことになった。でも死者は蘇らない。アーメン。《死》もなかったことにすればよかったけど、めんどいからパス。

 

・生まれつきのアレ

 「なかったこと」にするべきだったのかなぁ。ちょっと反省。詳しくは語らない。

 

・あのクソアニメ

 望んだアニメ化ではなかった。お前は生まれるべきではなかった。しかし消費された労力が戻ってくるわけではないので現場は大混乱。曰く「俺たちの作品は何処に行ったんだ!」。

 

・ゲームスタジオの倒産

 大好きだったゲームスタジオが倒産!?当然それは「なかったこと」にして、スターちゃんに頼み込んでスペース・コンキスタに買収してもらった。もはや隠す気がないなコイツ。

 

・某有名人の有罪判決

 交際相手の女性に暴行をしたとして訴えられていた某有名人の判決を「なかった」ことに。実験的にやってみたけど、裁判長は何が起きたのか分かっていないみたいで、「確かに有罪にしたのになあ」とぼやいた後再度有罪判決を喰らわせた。残当。


 

 さて、テレビを見ながらポチポチと色々「なかったこと」にしてみたが、やはり使い勝手がいい。「なかったこと」にする範囲を狭めたり広げたりするのが余りにも簡単すぎる。

 しかも《力》を使った反動も代償もない。これだけいろいろと「なかったこと」にしているのにも関わらず、疲労とかそういうものは一切なかった。

 

 流石は邪神の力よ。

 

「ふふふ、ふふ、強すぎワロタ」

 

 スターちゃんはテレビの前でほくそ笑む私を見て「クズじゃ」とほざいていたが、お前がそれを言うか?

 

 あの健気なバトラーワンを!

 無惨に改造した!

 お前が!

 

 しかしスターちゃんは消せなかった。

 私の《力》で「なかったこと」に出来るのはこの世界の存在だけらしい。

 

 いや、友達を消そうだなんて、出来てもやらないけどね。

 

 ホントだよ!

*1
『ポーション怪人・エリキシルン』から採取した薬液。あらゆる損傷を瞬間的に治す。エリキシルンは労働環境の改善を求めている。

*2
『#7 人権』を参照。

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