「『アイドル』それは私たちの永遠の憧れ。夜空に輝く星のように。大地に咲く花のように。みんなの心を熱く振るわせて、悲しさを優しく包み込んで、いつも笑顔にしてくれる、そんな素敵な人になりたくて。私は『初星学園』の門をくぐりました」
新入生代表の挨拶が終わる。
今日は初星学園の入学式だ、つまりそれは今日から自分のプロデューサーとしての人生が始まったことを意味している。
手始めに、スカウトに向かったのは先ほど新入生代表として挨拶を行っていた花海咲季だ。
おそらくほとんどの同期は同じ考えをするだろう、なんせ外部入学試験のトップだ。その能力に嘘はない。元アスリートということもあり、身体能力は高くダンスは上手い。見た目は見ての通りだ。唯一心配だったのは歌だったが、彼女の試験の様子を見れば、それが杞憂であることはすぐに分かった。
彼女ならすぐにでもデビューできる、プロデューサーとしての経験が薄い自分でもそう確信してしまうほどには、今回の新入生の中で彼女は輝いていた。
内部進学組のトップである月村手毬には悪いうわさが多くある以上、彼女にスカウトが多く集まるのは当然だ。
プロデューサ科の成績は担当している生徒の成績によって決まる。そのため花海咲季を狙う、プロデューサー科の人間の数は多いだろう。
「あら、プロデューサー科の人が、わたしに御用?」
こちらから話しかけようと思っていたのに、先んじて向こうから話しかけられる。
「あなたをプロデュースさせてくれませんか」
ただそこで、驚いた様子を見せるのは良くない。
プロデューサーとして、アイドルにとって頼りがいのある人物だと思ってもらえなければスカウトなんか成功しないだろう。
「もー、その台詞は聞き飽きたわ。ま、仕方ないんだけどね! 私が魅力的すぎるのが悪いんだから!」
圧倒的な成績によって裏打ちされた、聞く人によっては傲慢とも思わせる程の自信。それも彼女の魅力の一つだろう。
他の人が言えば、嫌味にも聞こえるような言葉を言っても全く嫌味に聞こえない。むしろそれが当然とさえ、思わせるオーラが彼女にはあった。
「僕がプロデュースすればあなたはトップアイドルになれる」
正直にいえば、この言葉には嘘が混じっている。
その嘘の部分というのは、トップアイドルになれる……ということではない。
嘘の部分というのは僕がプロデュースすれば、とわざと断定した部分だ。
おそらく花海さんであれば、どんなプロデューサーがついても、いや、プロデューサーが誰もつかなくても、彼女は一人でにトップアイドルになっていくだろう。そう思わせる程の才覚が彼女にはある。
「トップアイドルとは大きく出たわね。いいわ。じゃあ、質問ッ! なんでわたしをプロデュースしたいの?」
「あなたは非常に可愛らしい容姿をしている、アイドルをおいてそれは大きな武器になる」
「わ、わかってるじゃない!」
「それにダンスも非常にキレがあり、見る人を魅了する」
「えへへ……ま、まぁね~~~~♪」
「元々アスリートであったこともあり、体力にも申し分ありません」
「ふへっへへへ……♡」
……随分と上手く乗せられてくれるな。
彼女が照れているのは演技の様には思えない。
この程度の言葉、彼女なら言われ馴れているはずだが。
「……あなたに決めちゃおっかな」
彼女が小声でそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「では、この書類に判子を」
今の内に契約を済ましておけばいい。
どうして今まで彼女が他のスカウトを受けなかったのが、不思議になるほど順調にスカウトは上手くいっていた。
「うん! 拇印でいい?」
この瞬間、この学園での成功を確信した。
花海咲季、彼女が担当アイドルであれば、失敗するという未来はないも同然だ。
「――ん? って、ちょ、ちょちょちょ、ちょぉ~と待ったぁ!」
そんな明るいバラ色の未来に思い耽っていたのだが、そんな自分を現実に戻したのは花海さんの焦ったような声だった。
「どうかしました?」
「なんかよくわからないけど、ダマされている気がするわ!」
「そんなことはありません」
別に騙そうとはしていない。
僕はただ純粋に、花海咲季の魅力を語っただけだ。
「なら、一つ試させなさい!」
「どうぞ」
「運動神経抜群、容姿端麗、学業優秀! 入学試験で主席を取って向かうところ敵なしのこのわたし! 花海咲季には悩みがあるわ! それは何!?」
思わず言葉に詰まる。
花海咲季という女性に悩みがあるとは到底思えなかったからだ。だが、わざわざ試しとして、尋ねているからには彼女にも悩みはあるのだろう。
なら、その悩みとは?
最初に思いついたのは、その身長だ。彼女の身長は152cm、同年代の平均身長に比べて5cm低い。
愛嬌のある顔も合わせればアイドルとしてはその低身長も武器になるが、彼女は元アスリートだ。
かなり高いレベルで競っていたと名簿には書かれていたが、その低い身長はハンデになっていた可能性もある、身長に泣かされたということもあるかもしれない。それが原因で、アスリートを辞めたとすればだろうだろう?
悩みと呼ぶにはふさわしくないだろうか?
「それは……」
身長と口にしようとして、辞めた。
先ほどの彼女の言葉を思い出したからだ。
運動神経抜群、容姿端麗、学業優秀。つまり彼女はアイドルとしてならこの身長も武器になっていることを自覚している。それなら、今更身長は問題にはならないだろう。
「続きは何かしら?」
催促してくる彼女からは、もう僕に猶予は残されていないことを察せられた。
「……ライバルがいないことでしょうか?」
彼女は天才だ。それ故に対等に競い合えるような人材がいなかったのかもしれない。
そんな思いからの発言であったが、口にしてから、自身の失策を悟った。
さっきまでの表情はどこへやら、花海さんはこちらへの興味を失ったように見える。
「そうね、そう見えるかもしれないわね。ごめんなさい、多分あなたとは上手くやっていけないと思うわ。お互い別々で頑張りましょう?」
それだけを告げて、彼女は走り去ってしまった。
花海さんの問いにどうこたえるのが正解だったのかは分からない。
ただ失敗した、その事実だけは何とか理解出来た。
おそらくもう一度声を掛けたところで花海さんをスカウトすることは出来ないだろう。
それなら次の候補だったアイドルをスカウトしに行くしかない。
ただ次の候補というのが難しい。
まず、スカウトするのであれば一年生が好ましい。
二年生や三年生のアイドルというのは、こういう言い方をすると悪いが言ってしまえば、プロデューサー科の先輩たちの目に一年あるいは二年間止まらなかった人材だ。もちろんその見出されなかった人材の中に光る才能だってあることは理解している、ただ先輩方が見いだせなかったものを残った人物の中から見つけれるという自信は残念ながら僕にはない。
そうなると、一年生の中から選ぶわけだがまず目についたのは、独特な雰囲気のあるアイドル秦谷美鈴。元SyngUp!の彼女ならば実力は間違いない。
ただ彼女の良さはその独特の雰囲気だ。下手に彼女を指導すればそれを失ってしまう可能性が高い。彼女をプロデュースするのであれば、彼女のその独特の雰囲気を壊さず、そのうえで良い部分を伸ばすという事が必要になる。
いわゆる一般的なアイドルのプロデュース方法は使えない、自分自身で方法を模索していく必要がある。それを可能に出来るだけの自信は無かったし、そこまで行くのなら彼女が地獄に行けば自身も地獄に行くだけの覚悟が必要になる。ただそこまで賭けられる程、彼女に惚れこんではない。
次に目についたのは紫雲清夏。バレエで国際コンクールに出場した過去もある彼女、ボーカルには不安があるものの、そのダンスの実力は疑うまでもない。そう思い練習風景を見に行こうと思ったのだが、どうやら殆どレッスンに出てきていないらしく、彼女と出会う事が出来なかった。どうにか、彼女をやる気にさせることが出来れば話は別だが、そんな事をするぐらいなら最初からやる気のある生徒を探した方がいい。
アイドルのやる気を維持するのは、プロデューサーの仕事の一部ではある。ただまだ実戦的な経験が無い段階で、百人いれば百人で答えの違うメンタルケアという項目に手に付けるのは少しハードルが高い。わざわざバレエを辞めてまで、アイドルをやり始めたというのにやる気がないという時点で何かしらの厄ネタを持っていることは間違いないだろう。
そのことを踏まえた上でもスカウトするかどうか悩んで、スカウトをするのは辞めておこうという結論に至った。
次に目を付けたのは篠澤広。海外の大学を卒業しており、入学試験の座学は満点合格という経歴には目を惹かれるものがあったが、実技が0点という結果を見てすぐに見なかったことにした。
こうして連日のように資料に目を通し、時にはアイドルたちのレッスン風景を直接見にいき、結果見つかったのは、汐入ふうかという生徒だった。
ロングの綺麗な黒髪が特徴的な生徒で、特にレッスンの中で見た歌は上手かった。
彼女の性格、それに見た目も相まってかクール系のアイドルとして売り出せば人気が出そうだ。
彼女ならトップアイドル……はむりでも、良いところまで行けるだろう。そう思えたのだ。
汐入さんのスカウトは比較的簡単にいった。
アイドル課の子からすれば、プロデューサーがつくという事は喜ぶべきことであるという考えが根付いていたことが大きい。この辺りは先輩方が作り上げてきた信用によるものだろう。ならば、自分に出来ることはその信用を裏切らずに彼女をアイドルとして成功させてあげることだ。
……そう思っていた。
汐入さんのアイドルとしての才能と、自分のプロデュース能力があればアイドルとして成功させることが可能だと思っていたのだ。
あの、中間試験の日が来るまでは。
「不合格……ですか」
何となく理解していた、中間試験で彼女よりも明らかに輝いている生徒が三人いた。
花海咲季、月村手毬、そして花海佑芽という名簿に無かった生徒だ。
あの三人が合格であったことは結果を聞かなくても理解できる。
不合格だった旨を汐入さんにも伝える。
「やっぱり、そうですか」
その声に驚きの様子はない。
汐入さんとしても事前に分かっていたからか、余りショックも受けていない様子だ。
「次の試験では絶対に最終試験に合格できるように今から対策を立てましょう」
「はい」
彼女の返事を聞いてまだ、彼女は大丈夫。そう思える事が出来た。
最初の『初』で圧倒的な差を感じ、その後のアイドル活動に影響を及ぼす可能性がある。それはプロデューサー科の授業でも言われていた事だ。
ただ、彼女は折れていない。今は休んで明日からまた頑張ればいい。
本当にそれでいいのだろうか?
何処か頭の冷めきった部分が、そう尋ねてくる。
花海さんは明らかに今回のメンバーの中では格が違った、やはりトップアイドルになるといった僕の考えは間違っていないだろう。
そして月村さんも中等部ナンバーワンアイドルという呼び名は伊達ではないことを証明するような出来だった。
ただ一番の問題は花海佑芽だ。
おそらく彼女は名前から言って、花海さんの関係者だろう。
名簿に名前が無かったことから、補欠合格組であることは察せられる。つまり彼女は、アイドル科の入学試験の成績としては一番下の所で入学したのだ。
だというのに、この中間試験までの間に、他のアイドル達とは比にならない程のパフォーマンスを見せたのだった。この中間試験までの短い間までに、そこまで伸ばしたことに他ならない。
他両名とは違い、花海佑芽にはおそらくプロデューサーがついているのだろう。独学にしては成長が早すぎる。
そうだとしても、彼女の成長スピードは目を見張るものがある。
僕はそれほどのことを汐入さんにやれていただろうか?
もちろん手を抜いたとは言わない。
僕なりに彼女の事を考え、彼女がアイドルとして活躍できるようプロデュースしたつもりだ。
だが、現実はどうだ?
二人との差は縮まらず、それどころか花海佑芽という一番下の成績で入学した人物にも抜かされる始末だ。
本当に、僕のプロデュースで彼女達に追いつくことなんて出来るんだろうか?
そんなことを考えた時だった。
あたりの景色が途端に入れ替わる。
そしてどこかで聞いた言葉が、耳に届く。
「『アイドル』それは私たちの永遠の憧れ。夜空に輝く星のように。大地に咲く花のように。みんなの心を熱く振るわせて、悲しさを優しく包み込んで、いつも笑顔にしてくれる、そんな素敵な人になりたくて。私は『初星学園』の門をくぐりました」
聞き覚えがあるその声、そしてその内容。
間違いない、これは新入生代表のあいさつで、それを行っているのは記憶通り、花海咲季だ。
一か月半ほど前に終わったはずの、入学式がなぜか今目の前で行われていたのだった。