モブプロデューサーの『初』   作:五月車

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試験の結果は…

 保健室まで篠澤さんを運び、ベッドに寝かせる。先生は外に出ているのか、その姿は無かった。

 

 篠澤さんの中間試験での順番は後ろの方だったし、今から会場に戻っても他の生徒達のパフォーマンスを見るのは難しいだろう。

 

 今回の中間試験、課題は多くあったがあの会場の盛り上がり、それにあのパフォーマンス。

 誰がどう見ても大成功だ。

 

 体力がないなら、そこをメリットに変えてしまえばいい。

 言わば逆転の発想だ。曲の最中に疲れ果ててしまい歌えなくなってしまうのなら、疲れ果てることを前提とした曲作りをしてしまえばいい。

 そんな発想からあの『惑星S』は産まれた。

 

 あの曲では終了後を除き、パフォーマンスの中で一番のネックとなったのはあの絶叫だった。

 ただ、あのマッサージの際に篠澤さんのか細い喉から出てきた声、それを上手く自発的に出す事さえできればこの曲は完成できる。そう思ったのだ。

 

 事実その戦略が上手くはまった結果、先ほどのステージを行うことが出来たというわけだ。

 

 中間試験の合格は間違いないだろう。

 二位か三位か、はたまた一位か、どの順位を付けられるかは分からないが、あれほどのパフォーマンスを見せておいて不合格という事はありえないはずだ。

 

 ……なんだ、やれるじゃないか。

 

 ようやくやり遂げた実感が湧いてくる。まあ、実際に試験を受けていたのは篠澤さんなのだけれども。

 

 こうやって、そのアイドルが持つポテンシャルをちゃんと発揮させることが出来れば、中間試験だって突破できるのだ。

 

 今まで中間試験を突破することが出来なかったのは、ひとえに汐入さんに眠る才能を自分がまだ正確に見抜けていなかったからに過ぎない。

 アイドルの持つ才能をこうやって引き出せれば、合格させることが出来るんだ。

 

 篠澤さんがベッドで寝ていなければ、今頃大声で万歳三唱でもしていただろうが、その気持ちを抑えて小さくガッツポーズを作った。

 

 大丈夫、これならもし次に汐入さんを担当することになっても、中間試験を突破できる。

 

 その時だった、保健室の扉が開く音が聞こえた。

 あのガッツポーズが見られていなかったかと、心配をしながら振り返る。

 

 おそらく保健室の先生が帰ってきたのだろうなと考えていたのだが、ドアの前にいた人物を見て思わず固まった。

 

「おぬしが篠澤広君のプロデューサーじゃな」

 

 そこにいたのは十王邦夫、つまりこの学園の学園長だったからである。

 

「はい、そうですけど……えっと、何か御用でしょうか?」

 

 どうしてこんなところに学園長がいるのだろうか。

 ただのプロデューサーに過ぎない自分と彼は、学園長と生徒という関係性でしかない。

 

 長いループの間でも、彼と会ったのは入学式と自分が退学になった時ぐらいのもので、後は入学前の面接で会っただけである。そんな人物がわざわざこうして、顔を出したにはそれ相応の理由があるのだろうが、その理由について想像がつかない。

 

 何かやらかしてしまったのかと思い、自分の事を振り返ってみるが、少なくとも今回のループにおいては何も悪いことはしてない。

 だったら何故?

 

「あの曲、『惑星S』だったか。あの曲を作ったのはおぬしでよいのか?」

「はい。不味かったでしょうか? 中間試験ではアイドルの持ち歌であれば、披露してもいいという決まりだったはずですが」

「そうじゃな。おぬしの言う通り、中間試験のルールとしては何の問題もないじゃろう」

「そ、そうですか」

 

 規則を間違っていたわけでもないと。

 そうなると、一体何が目的で学園長がこの保健室にまで来ているのかが分からなくなる。

 まさか保健室に来たのが偶然ということはないだろう。

 

「あの演出を考えたのもおぬしだということでよいのか?」

「はい、篠澤さんの体力の無さを一番うまく使えるのはあの演出だと思ったので」

「なるほどのう。入学からの短期間で、作詞作曲、さらには演出までするとは見事。おぬしはそちらの方の才能はあるようじゃのう」

 

 そう言う学園長だったが、目は一切笑っていなかった。

 普段は温和で、気さくなイメージだった彼とは正反対の様相を見せている。

 言葉こそ褒め言葉に聞こえるようなそれらも、きっと言葉通り受け取ってはいけないのだろうと直感する。

 

「では一つ訊くが、おぬしは何をプロデュースしているのだ?」

 

 一瞬、学園長が何を訊いているのか理解出来なかった。

 何をプロデュースしている?

 

 誰ではなく?

 

「篠澤さんをプロデュースしている……つもりです」

 

 その言葉が尻すぼみになってしまったのは、未だに学園長の真意が読み取れないせいだ。

 

「ふむ、では『惑星S』を作った理由は?」

「それは、篠澤さんの体力は自分が担当する前から不安がありました。ですので、その体力が尽きることを前提とした曲を作る必要があると思ったからです」

 

 結果としてそれは、成功だったはずだ。

 

 あのステージを見ていたものに訊けば、きっと誰もがそう答えるだろう。

 

「その理由であれば、わざわざ別の曲を作る必要もないじゃろう。基礎的な部分からしっかりとメニューを組み、彼女の体力が付くまで待つという方法もあったはずじゃが?」

「それだと中間試験に間に合いません。篠澤さんが『初』をパフォーマンスしきるだけの体力が中間試験までに付くとは思えませんでした」

「それじゃよ」

 

 学園長は我が意を得たりとばかりに頷いた。

 

「……えっと?」

「おぬしが『惑星S』を作った理由。それは篠澤広君。彼女を中間試験で合格させるためじゃろ?」

 

 そういわれれば確かにそうなるかもしれない。

 もしも中間試験が無く最終試験のみの実施であれば、『初』で勝負するプロデュースプランを取っていた可能性はある。

 

「そう……なりますね」

「確かに『初』の舞台は一種の大舞台である。その舞台に向かって努力をするのは悪い事ではない。むしろ、わしの立場からすれば推奨をするべきじゃろう。じゃが『初』の舞台に立てなかったとしてもアイドルとしての道が閉ざされるわけではない。

 それなのに、おぬしはその中間試験に固執してあんな酷い曲を披露させたのじゃ。あれほど酷い曲は未だかつて見たことがない」

「あんたに何が!」

 

 それ以上を言葉にすることは出来なかった。

 

 学園長の冷たく突き刺すような目、それでこちらを睨みつける。

 たったそれだけの事で僕は次の言葉を紡ぐ事さえ許されない。

 

「あの曲には二つ程致命的な欠点が存在しておる。まずあれは本番での演出に向かん。あの曲は最後に篠澤広君の体力が尽きる事によって完成する曲じゃ、その後に倒れる危険があるような演出なんぞ、ライブを開催する側としてのリスクが高すぎる。ミュージックビデオとして演出ならば、見事と言わざるをえんがな」

 

 僕の怒声なんて無かったかのように、学園長はただ淡々と言葉を紡ぐ。

 

 確かに言われてみれば、学園長の言っていることは間違っていない。

 

 本番のステージで、あれを披露するのは相当な博打だ。

 自分達にのみに迷惑が掛かる中間試験ならともかく、他のアイドル達に迷惑がかかる可能性が高い本番で『惑星S』を披露することは難しい。

 

 アイドルが倒れたとなれば、他の観客もそれが気がかりで他の演目を完全に楽しめないことは簡単に想像できる。

 そこまでのリスクを背負ってまで、実際ライブで『惑星S』を篠澤さんに歌わせることは出来ないだろう。

 

 ただ、だからといって酷いステージだとまで言われるいわれはないはずだ。

 

「そして二つ目。これが一番致命的ではあるが、あの曲は彼女が成長しないことを望んでおるようにしかおもえん」

「そんなことは……」

 

 ないと、思わず反論しようとして、言葉に詰まる。

 

 自分で気づいてしまったからだ、あの曲は篠澤さんの体力があの絶叫の部分で尽きることを前提としている。

 つまり、体力が付いて普通の曲を篠澤さんがやり切れるようになってしまえば、最後の部分を普通に歌うことが出来てしまい、曲としては破綻してしまう。

 

 事実、この曲でいくと決めてから体力をつけるためのレッスンは最低限にしか行っていなかった。

 

「プロデューサーとして一番必要なものが何か分かるかね?」

 

 一番必要なもの?

 

 そのアイドルに沿った育成方針を提示できるプロデュース力、相手の才能を見抜く観察眼、適切な情報を手に入れることの出来る情報収集力。

 

 そんな自分にはない力が浮かんで、一つに絞ることが出来ない。

 わざわざ学園長がそうやって一つに断定すると言うからには、何かしらの回答があるんだろうと考えて見るが、一向に答えは出てこない。

 

「それはアイドルに寄り添う事じゃ」

 

 そんな僕を見兼ねてか、学園長は答えを口にする。

 

「アイドルを目指す以上、売れることはもちろん重要ではある。だが、アイドルの感情を無視したプロデュースをし、無理をした結果、そのまま心と体を壊し引退していくアイドルは、残念ながらごまんとおる。それを商品価値が切れただけというプロデューサーもおるが、そういったプロデューサーはこの初星学園には置いておけぬ。その手腕でどれほどのアイドルを売り出す事が出来るとしてもの」

 

 アイドルに寄り添う。

 そんなことは当たり前だ。

 

 だから、僕は篠澤さんに寄り添って

 

 

 ―――寄り添って?

 

 

「『惑星S』あの曲は篠澤広君が中間試験を突破するために作られた曲ではあるが、彼女のために作られた曲ではない。違うかね?」

 

 学園長が何を言っているか理解出来なかった。

 

 何か僕の知らない未知の言語で話している、そんな気さえしてくる。

 

「ふむ、答えれんか。では、こう訊こう。担当のアイドルがそう望んだのか、どうしても中間試験が合格したいと。わしは彼女のことをそこまで知っているわけではないが、面接で見た印象でいえばそこまで成果を焦るようなタイプには思えんかったがのう」

 

 おそらく、篠澤さんは是が非でも中間試験に合格したいと思ってはいないだろう。

 

 一番向いていないからという理由でアイドルを目指している彼女は、合格をするための努力するその道中を楽しむ人物であって、こういった飛び道具を好ましく思うタイプではないはずだ。

 

 正々堂々他のアイドルと同じ条件で中間試験に臨み、その結果が不合格であったとしても、「うまくいかないね!」と何処か満足そうに言うのが彼女だろう。

 もちろん悔しい気持ちはあるはずだ。ただ、そんな感情を含めてアイドルを目指すという過程を楽しんでしまうことができる。

 

 それが篠澤さんというアイドルであるはずだ。

 

「これも答えれんか。では最後にもう一度おぬしに訊こう、おぬしは何をプロデュースしておる?」

 

 ようやく、学園長が最初に質問したその言葉の意味を理解した。

 

 学園長はこう言っているのだ。

 

 

 自分がプロデュースしているのは篠澤広というアイドルではなく、『惑星S』という楽曲そのものにしか見えなかったと。

 

 電子音たちによって奏でられたメロディーと同じように、篠澤広という楽器を利用して『惑星S』を表現し、中間試験を突破しようとしただけだと。

 そして、その行為は篠澤広というアイドルに一切寄り添っていない、自分よがりなエゴでしかないと。

 

 

「そうじゃない……そんなわけがない、あれは……」

 

 

 思わず、口から否定の言葉が漏れる。

 

 だが、一体何が違うというのだろうか?

 

 すべて学園長の言う通りだ。

 

 中間試験を合格させる、そのために篠澤さんの意向を無視し、彼女の成長の邪魔にしかならない曲を披露させてしまった。

 彼女をただ利用しただけの演出。

 中間試験の突破しか考えられていない、それはアイドルのパフォーマンスとしては最悪に違いない。

 

 自身のエゴの為に、彼女の意思を無視して、彼女の枷にしかならない演出を篠澤さんに強要させていたのだ。

 彼女の事を真に考えるのであれば、中間試験なんてものに固執せずに基礎訓練をもっと重点的に行うべきだろう。

 それが本来のプロデューサーとしてあるべき姿だ。

 

 

 そんな意図はなかった。

 篠澤広、彼女の為を思っての事だ。

 彼女がアイドルとして上手くいくように、そうしただけだ。

 彼女の為の最良の選択だった。

 

 そんな自分を援護する言葉が浮かんでは消える。

 

 立っていられなくなり壁に体を預ける。

 

 ただその行為は体を支えるには十分でなく、そのままズルズルと座り込んでしまう。

 

 

「違う……」

 

 

 再び漏れ出した力ない否定の言葉は、ただ無意味に部屋の空気を揺らしただけだった。

 

 

「ふむ、おぬしが自身の成績に囚われこんな愚行をしたのかと思っておったが、その様子を見る限り違っておったようじゃのう。であれば、まだ道はある。今度こそ彼女と共に、悩み苦しみながら前に進むがいい」

 

 僕は何を考えていたんだ?

 

 篠澤さんの目標はアイドルになることだ。もっと正確にいえば、アイドルを目指すことだ。

 

 そのことに『初』の合格は関係ない。

 

 自分の都合に巻き込むわけにはいかないだなんて事を考えていながら、結局のところ自分の都合で彼女を振り回していたにすぎない。

 

 これで篠澤さんに寄り添っているつもりだったというのが、一番の笑い種だ。

 

 ああ、そうか。なるほど。確かにこれなら、どれだけ時間があったとしても汐入さんを中間試験に合格させることが出来ないわけだ。

 こんな初歩的なことにさえ気づくことの出来ない駄目人間がプロデュースしていたのだから、どんな金の卵だって腐り果ててしまう。

 

「ああ、そうそう。中間試験は合格、一位通過。わしからすれば最低な曲じゃったが、審査員の先生方はどうやら評価してくれたようじゃのう。とはいえ、下手に成功しておらんかったら、わしもここに来る必要はなかったんじゃがな」

 

 それだけ告げると、学園長は保健室から出て行ったのだろう。

 扉が閉まる音がした。

 

 

 中間試験、一位通過。

 

 

 試験前、あるいはループの最中にはあれほど待ち望んだ言葉であるはずなのに、今の僕の心には欠片ほども響かない。

 

 消えてしまおう。

 こんな自分なんてきっと、いなくなってしまったほうがいい。

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