モブプロデューサーの『初』   作:五月車

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篠澤広の『初』

 その人に声を掛けたのは、今にもいなくなってしまいそうな雰囲気を漂わせていたから。

 明日の全校朝礼で、人がいなくなったという話は聞きたくない。

 見つけたのに、声を掛けなかったわたしのせいだと思いたくなかった。

 だから、声を掛けた。

 

「酷い顔」

「初対面相手に随分な言い方ですね」

「だって、事実だから」

「そんな酷い顔してます?」

「うん、今にも駅のホームから飛び込みそうなぐらい」

 

 彼は図星を突かれたように驚く。

 

 やっぱり、見立ては間違ってなかったみたい。

 

「そんな相手に何の用です?」

「私でも話ぐらいなら聞ける。それに、知らない人相手なら話もしやすいはず」

 

 わたしが解決できるような問題とは思えなかったけど、話せば楽になるって言葉もある。

 

 

 ただ、そこから話される彼の話は奇想天外だった。

 

 

 何度も同じ時間を繰り返していること。その時間の中で毎回同じアイドルをプロデュースしていること、毎回中間試験で不合格になってしまうこと。

 そして今回はそのアイドルにスカウトを持ちかけて失敗したこと。

 

 正直、信じられない。

 

 時間遡行を可能にするための仮説は何個か浮かぶ。

 けどそのどれもが、今の科学力だと不可能。それに個人で出来るようなものではない。

 

 ようは、科学的にありえない話だった。

 

「なら、わたしをプロデュースして」

 

 そんな話をする彼にわたしがプロデュースを頼んだのは、楽しそうだったから。

 

 初対面の人にこんな嘘を堂々とつける、この人がどんなプロデュースをするか気になった。

 それに、スカウトを失敗しているというなら尚都合がいい。

 きっと担当するアイドルを探してるだろうから。

 

「いやいや、普通こんな怪しいやつにそんなこといいますか?」

 

 怪しいという自覚はあったみたい。

 

「普通の人は言わない、かも?」

「ならどうして、そんな怪しいやつにこんな提案を?」

「わたしのプロデューサーになってくれそうな人、他にいないから」

「プロデューサーになってくれそうな人がいない?」

「うん。ちっともアイドルに向いていない、わたしなんかをスカウトしてくれるプロデューサーなんていないから」

 

 だからこそ、アイドルに向いていないわたしと、へんてこなプロデューサー。

 

 きっとピッタリだと思う。

 

「いや、君にはプロデューサーがいるはずで」

「いないよ?」

「今までと、何か違う?」

 

 そういって彼は再び考え込む。

 やっぱり変な人。

 

 わたしをプロデュースしたいなんて奇特な人、いるはずもないのに。

 

「ええ、まあ。篠澤さんには優秀なプロデューサーがつくはずです。何度か試験で煮え湯を飲まされているので間違いありません」

「そうなんだ……ふぅ」

 

 想像して、ため息をつく。

 せっかく向いていないアイドルを目指したのに、確実に成功してしまうなんてせっかくの日々が台無しだ。

 

「いえ、本当につくんです」

「そこは疑ってない、安心して」

 

 正直に言えば疑っているけど、そうでもしないと彼は気にし続けるだろう。

 

「やっぱり、わたしはプロデューサーにプロデュースして欲しい。この後、他のプロデューサーにスカウトされるとしても」

「それはどうして?」

「わたしがアイドルを目指した理由が、いちばんわたしに向いてなさそうだから、かな」

 

 もし、彼が言っている事が真実なら、次のプロデューサーは確実に私を成功させることが出来ることになる。

 それではつまらない。

 

「プロデューサー……ちっともわからない、って、顔してる」

「ええ、そうですね。初めてのパターンで困惑してます」

「しばらく一緒にいれば、わかるかも?」

「それは、そうかもしれませんが……」

「それにお目当ての子をスカウト出来ないなら、今回はわたしでもいいはず」

 

 彼はスカウトに失敗している。

 なら、わたしの提案は通るはずだ。

 

「……わかりました。ですが上手くいく保証はありませんよ? 言った通り、私はプロデューサーに向いていない人間だったようなので」

 

 言質を取れたことに内心で喜ぶ。

 

「ふふ、なら向いていない同士、一緒にがんばろう? あのね。わたし……アイドルに、ちっともむいていないけど。本気で、全力で、がんばるよ。それはきっと、楽しいから」

 

 決意を口にし、こうしてわたしとへんてこなプロデューサーとの日々は始まった。

 

 

 

 

 

 

 彼にプロデュースされるようになって、彼が法螺吹きでないことはすぐに分かった。

 

 

 最初にあの話が本当ではないかと疑い始めたのは、天気予報が外れて雨が降った日。

 

 天気予報が外れたせいで、わたしは傘なんて持っていなかった。

 仕方ないから、寮まで濡れながら帰ろう。そう思っていた。

 

「帰るなら少し待ってください。あと三十分ほどで、雨は止みますから」

 

 そんな彼の言葉を聞き、活動教室で三十分待っていると、実際に空は晴れた。

 

 

 その時点では半信半疑だった。

 

 だから真偽を見抜くために、わたしは尋ねる。

 

「プロデューサー、今週のニュースで何か面白いものはある?」

「今週のニュースって、今週が始まったばかりの今どうしてそこまで広い範囲の質問を? もしかして未来の話が訊きたいんですか?」

「うん。大丈夫、悪用はしない」

「はあ……まあ、わかりました。そうですね、今週ですか、えっと、ああ、そうだ。たしか俳優の方と一般の方が結婚発表する話がありましたね、名前は確か……」

 

 その名前は聞いた事がある。

 スマホで調べてみても、その人物が結婚しているという情報はインターネットのどこにも流れていない。

 

 ただその二日後、実際にその俳優の結婚発表が行われた。

 相手も一般の方と報じられている。

 

 この時点でわたしは、プロデューサーが時間遡行していることが本当なのだと信じるようになった。

 

 

 だからこそ、思う。

 彼は異常だと。

 ありふれたチープな言葉だけど、プロデューサーを形容するならこの言葉しかない。

 

 最初のあの世迷言がすべて本当の事であるのなら、何度も同じ時間を繰り返していることになる。

 その時間の中で毎回同じアイドルをプロデュースしていること、毎回中間試験で不合格になってしまうこと。

 これらも本当の事だという事になる。

 

 普通なら、別のアイドルを担当したりするはず。でもそうせずにただ一途に彼はそのアイドルを担当していたことになる。

 そのアイドルが誰なのか気になり、彼からスカウトを受けたことのあるアイドルを探してみればすぐにクラスメイトのふうかだという事は分かった。

 

 ふうかだけをずっと担当していたというだけでも異常であるというのに、彼の異常性は他にある。

 

 それはある日、雑談をしていた時。

 

「プロデューサーは、どうやって時間遡行をしてると思うの?」

「そうですね、神様がこうチャンスをくれたんじゃないですか? まあ、そのチャンスを一度も、手に出来ていないわけですけど」

「そうじゃなくて、方法。どうやって時間を遡ってるか」

「あー、そういえば、考えたこともなかったですね。タイムマシン的なそれにまきこまれてるとか?」

 

 と、とぼけた答えが返ってくる。

 

「……プロデュ―サー、宇宙ヒモ、ワームホール、相対性理論とか知ってる?」

「あー、後ろ二つは知ってますよ。ワームホールはなにかゲームで見た記憶があります、相対性理論は光がどうたらという話でしたっけ? 宇宙ヒモは……知育菓子かなにかですか?」

 

 その答えが一番怖かった。

 

 時間遡行。その方法について調べれば今の三つは、すぐに目につく理論。

 ちゃんとした論文でなくても、インターネットで調べればすぐに出てくる情報。

 それすら彼はこの程度の認識でしかない。多分調べたことすらないんだと思う。

 

 彼にとって、時間遡行なんてどうでもいいらしい。

 自分に降りかかっている超常現象なんてどうでもよくて、ただ単純に、アイドルをプロデュースすることしか考えていないのだ。

 

 これを異常以外の言葉で表現する方法を、わたしは知らない。

 

 

 プロデューサーによるレッスンメニューの大幅な改革などが功を制し、周りから見れば極わずかではあるがわたしにとっては大きな進歩を告げたある日のこと。

 

 活動教室に向かうと、プロデューサーが座っているパソコンの前が大きく変わっていることに気づく。

 

「どうしたの、これ?」

「買いました。これからのプロデュースに必要だと思ったので」

 

 そういって彼は、そこに置かれている鍵盤を指さした。

 買ったのはそうだろうけど、わたしはどうしてと言う意味できいたつもりだったのだけど。

 

 ただ、こんなものを買う理由は一つしか思いつかない。

 

「プロデュ―サー、作曲できるんだ」

「ええ、運よく時間だけはあったものですから」

「ループの間に身に着けたの?」

 

 わざわざ買ったと言うたからには元から持っていたものではないのだろう。

 なら、元はプロデューサーは作曲するような趣味は無かったんだと思う。

 作曲は一日そこらでやろうと思ったからやれるようなものではないだろうし、そうなると考えられるのはそれだけだ。

 

「そうですね。入学する前はまさかプロデューサーに作詞作曲の能力が必要だとは思いませんでしたし」

 

 プロデューサーは何でもない事のように平然と答える。

 

 彼はどれほど同じ時間をループしていたのだろうか。

 少なくとも彼がプロデュース出来ることをやり尽くし、ふうかの為の曲を作るしかないと思うまではループしていることになる。

 

「そんなことまで、してたんだ」

「ええまあ、きっと自分が優れたプロデューサーであればこんなことせずに済んだんでしょうけどね」

 

 わたしが思っている以上に、彼はこの時間をループし続けているのかもしれない。

 だから気になった。どうしてそこまでふうかのプロデュースに拘ったのか。

 

「プロデューサーはどうして、ふうかのプロデュースを辞めようと思わなかったの? ループした時、他の子を担当するという選択肢もあったはず」

「うーん、そうですね。一番はただ純粋に汐入さんがステージで輝く姿を見たいと思ったからですかね。彼女のアイドルとしての才能に惚れたんですよ」

「それだけ?」

「後はまあ強いて言うなら、彼女は自分なんかのスカウトを受けてくれたアイドルでしたからね。そんな彼女の思いに報いたい、そう思うのは当然のことでしょう」

 

 つまりふうかの才能に恋焦がれたということらしい。

 それだけの情熱で、そこまでできるだろうか?

 

「あれ? 篠澤さんにループの間、自分が担当していたのが汐入さんだって事話しましたっけ?」

「わたしとふうかはクラスメイト。話ぐらいする」

「スカウトを断った理由については、何か言っていました?」

 

 次のスカウトの事を考えているのだろう。

 プロデューサーはそう言った。

 そのことになんだか妙に胸につっかえるものがあったが、気のせいだと決めつけて、返事する。

 

「怖かったから、って言ってたよ」

「怖かったからですか?」

「うん。私を見ているようで私を見ていなかったから怖かった、って」

 

 あの時は理解出来なかったけど、今なら理解出来る。

 

 プロデューサーはふうかに対して、多大な希望を持っていた。

 それはループが重ねれば重なるほど、少しずつ大きくなり、執念あるいは怨念のようなものになっていたんだろう。

 今までのループの中で一緒に過ごしたふうかの姿を重ねて、その周回のふうかを見ていた。

 多分今までもずっとそうだった、ただ前回の分でふうかの許容量を超えてしまったのだ。

 

 その言葉を口にしようとする。

 

「もっと、詳しく訊いてこようか?」

 

 ……自分の口からこぼれた言葉に驚いた。

 

 おかしい、わたしは今理由を説明しようとしていたのに、なんでこんな言葉が?

 

「いえ、その気持ちだけで十分です。ありがとうございます」

 

 ただその結論を出すよりも早く、プロデューサーによって会話を中断させられる。

 

「うん、どういたしまして」

 

 わざわざ、話を戻るのも悪い気がして、わたしもこの話を切り上げることにした。

 

「少し話が脱線しましたが、こちらがあなたが歌う為の曲です。早速ですが、聞いてもらえますか?」

「もうできてるの?」

 

 このキーボードが今日現れた以上、作曲を始めたのは昨日のはず。

 わずか一日で作り上げるなんて。

 

「はい。昔作った曲の一つのメロディーラインの大部分を引用して作っているので、そこまで時間がかからず作ることが出来ました。とはいえ、この曲があなたが歌う為の曲であることは間違いありません」

「そうなんだ……これは……予想できなかった。アイドルにちっとも向いていないわたしが……わたしの曲を歌うんだ…………嬉しい」

「自分程度が作った曲で満足させてもらっても困りますがね。作詞や作曲の歴こそありますが、所詮は素人ですから」

「それでも、嬉しい。ありがとう、プロデューサー」

 

 自分のためにつくられた曲、それはわたしの心を躍らせた。

 昔の曲を引用して作っただとか、ちょっと無駄な一言もあったけど、それを無視できるほどわたしの心は踊っていた。

 

「わたしの曲……さっそく聴いてみる、ね」

 

 ワクワクしながら、その曲を訊き始める。

 

 随分と明るく元気いっぱいな曲だ。

 歌っているのがプロデューサーのせいであんまり楽しそうには聞こえないけども。

 

 ただそれを加味しても、わたしが歌うような曲ではないと思う。

 

 プロデューサーの中で私のイメージはこんな子なんだろうか?

 そうだとするなら、プロデューサーの目は節穴なのかもしれない。

 

 一応一番の終わりまで聴いてはみるものの、その印象は変わらない。

 

「プロデューサー、これ本当にわたしが歌う曲?」

 

 もしかしたら騙されたのかと思いながら、彼を見る。

 

「はい、間違っていません。騙されたと思って、最後まで聴いてみてください。そうすれば言っている意味が分かるはずですから」

 

 ただ、やましい所なんて無いとばかりに平然とした様子で彼は答えた。

 

 そういうことならと、騙されたと思いつつ曲を聴く。

 

 二番までは印象は変わらなかった。

 やっぱり何か間違っているんじゃないかと思っていたら、突如雰囲気が変わる。

 

 絶叫。

 

 その後メロディーは戻ってくるがわざとらしく下手に歌う。

 

 わざわざ下手に歌う意味とはと考え、そこでようやくこの歌を理解した。

 

 この曲はあの絶叫の部分で、わたしの体力がなくなることが前提の曲だと。

 

「プロデューサーは……すごいね。確かにこれは私が歌うための曲」

「気に入ってもらえたようで良かったです。この曲で問題ありませんか?」

「うん、問題ない。けどこんな曲を歌わせようとするなんて、プロデューサーはひどい。鬼。悪魔」

 

 これほどわたし向けの曲はないだろう。

 体力が尽きた後も、歌わされるなんてすごくわたし向きだ。

 

「気に入ってもらえたようで何よりです。でしたら、次はこちらを見てください」

「これは?」

「この曲の振り付けです」

「これもプロデューサーが?」

「ええ、外注したいのは山々ですが、どうしても時間が足りませんので」

「わかった」

 

 振り付けを作ることまで出来るなんて、このプロデューサーに出来ない事なんて無いのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら振り付けを見る。

 簡素なもので作られており、大きな動きは殆どない。

 そして最後の絶叫の後は座り込むだけという、わたしの事をよく考えられた振り付けになっている。

 

「ふふ、プロデューサー、わたしのこと……よくわかってくれてる。なんにも心配、いらなかった」

 

 少しでも、曲が間違いだったと疑っていたわたしを罰したい。

 

 これほどわたしに合った曲はない。

 

「このダンスなら、中間試験に間に合うと思う」

「それは良かったです」

「わたしの歌……早く歌いたい。ありがとう、プロデューサー」

「いえ、自分にはこれぐらいの事しかできませんから」

 

 そう彼は謙遜するが、作詞作曲、更に振り付けまでをこれぐらいで片づけられてしまったら、世の中のプロデューサーは殆ど仕事をしていない事になってしまいそうだ。

 

「この曲、名前はなんて言うの?」

「名前ですか? ……あー、そういえばまだ決めてませんでした。何か名前つけますか?」

「プロデューサーに付けて欲しい」

「……そうですね、なら『惑星S』っていうのはどうでしょう」

「うん、良い名前」

 

 

 貰ったデモ音源を、自分の部屋で聴きながら思う。

 

 この『惑星S』は私の事を歌った曲だ。

 

 まずは『惑星S』という名前がいい。これはわたしの苗字のイニシャル。

 そして語られる物語も、わたしの今までの人生のメタファーだ。

 

 

 学問の世界で失敗なしだったわたし、そこを進めば何かあると思ってた。

 そこではわたしは自由で何でもすることが出来た。それこそ歌う事も、踊ることも出来る。

 だって、そこはわたしの得意分野だったから。

 

 けど、どんなに探しても、先に進んでも、その世界では結局わたしが満足できるものはそこにない事に気づいて、あの少女が慟哭をあげたのと同じようにわたしは絶望した。

 

 だけど、わたしはそんな中で次の希望を見つけた。

 

 それが、アイドル。

 わたしに向いていない世界では、以前のように満足に踊ることも歌うことすらも出来ない。

 

 だけど、その中でも必死にアイドルになるために、リズムに合わせようと必死に何とか言葉を紡ぐ。

 自分に向いていない世界では、必死に紡いだ言葉すらも歌にもならない、だけどそれは諦める理由にはならない。

 だって、後ろで希望の音が流れているのだから。それがわたしの求めていたものだから。

 

 今は踊れもせず、歌も満足に歌えないわたしだけど、アイドルの世界でプロデューサーと共にこのままならない日々を進むのだ。

 

 

 

 そしてそんな夢のような時間は、唐突に終わりをつげる。

 

 

 きっと、プロデューサーがわたしのプロデューサーであってくれるのは今回の周回だけだろうから。

 

 次の周回ではきっと、彼はふうかの担当に戻ってしまう。

 

 きっと今回のわたしは中間試験を突破できないだろうし、中間試験が終わればわたしは彼にプロデュースされた記憶も無くし、今までと同じ何も知らない篠澤広として過ごすことになるのだろう。

 

 本当は分かっている。

 『惑星S』のSは多分ふうかの苗字のイニシャルあるいはそれをもじった何かだろうし、プロデューサーがわたしの事を意識して作っていないことも。

 ただただ偶然わたしの境遇に一致しただけ、あるいはこじつけでわたしの事だと思って解釈しているだけだということも。

 

 だってわたしはプロデューサーに、海外にいた時代の話はしたことはない。

 

 それに本当にわたしの為に作った曲なら、最後の部分は途中でぶつ切りにしたりしない。その後も続くようにと、ちゃんと最後まで作りこむだろう。

 わざわざ中間試験を不合格を前提とした曲を、あのプロデューサーが作るとは思えない。

 

 そこまで分かっていても、『惑星S』が自分の為に作られた曲だと勘違いすることぐらいは許して欲しい。

 だって自分の為に作られた歌を歌うだなんて、まるでアイドルみたいだから。

 どうせ一月半の短い夢なんだから、きっと許されるだろう。

 

 

 

 

 

 それからレッスンに明け暮れる最高の毎日は瞬く間に過ぎていき、わたしは中間試験の本番で『惑星S』をやりきった。

 

 意識は朦朧として、気を抜けば今私がどこに立っているのかすら分からなくなる。

 

 ただプロデューサーが言っていた、

 

「ステージから降りるまで倒れないでください。倒れなければ、絶対大丈夫ですから」

 

 そんな言葉を支えに、朦朧とする意識の中なんとかステージを降りる。

 

 ステージから降り切ったところで遠くから、プロデューサーが駆け寄ってくるのが分かる。

 

 良かった、ちゃんと無事にステージから降りれた。

 

 そのことを認識した時、一気に疲れがくる。

 

 やりきったことを伝えたい。

 

 ここまで、プロデュースしてくれたことに対する、感謝の言葉を伝えたい。

 

 ……きっとこれが最後だろうから。

 

 けど

 

「うう………………だめだ…………きゅう」

 

 結局言葉にならず、わたしは気絶してしまった。

 

 

 

 次に目を覚ましたのは、慣れ親しんだ保健室のベッドの上だった。

 

 辺りを見渡してみるが、近くにプロデューサーの姿はない。

 他のアイドルのステージを見に行ったのかもしれない。

 

 思い返すのは先ほどのステージだ。

 拍手の音からして、わたしのステージは成功だったんだろう、きっと。

 まさかここまでの事が出来るとは思わなかった。

 

 ……成功した?

 

 もしかしてわたしは中間試験に合格してしまったのではないだろうか?

 

 プロデューサーのループの原因は分からない。

 ただ一つ分かっているのは担当のアイドルが、中間試験に失敗したときにループすること。

 『初』の試験に不合格になったらと考えることもできるけど、不確定要素が大きい。

 

 それならわたしが中間試験に合格してこの場にいる今、もうループが起こらない可能性がある。

 それは、プロデューサーがふうかの担当になれないことを意味している。

 

 彼のふうかに対する執念は本物だ。

 

 どれほど長い間ループしているのか、正確には知らない。けど、きっと途方もなく長い間、ループしているはず。

 そしてその中で彼はそのループの間一度も担当を変えようとしたことがないことは知っている。

 

 いくら何でも異常。

 ふうかの事を悪く言いたくないけど、何度もループしてたら、ふうか自身に何か問題があるのではないかと考えるのが普通。

 別のアイドルをプロデュースしようとするのが当然だろう。

 

 だけど、彼はふうかの可能性を信じて、自分が悪かったのだと愚直なまでに信じている。

 

 それほどまでにふうかのアイドルとしての才能に恋焦がれているのだ。

 

 そんなふうかに恋焦がれている彼が、もう彼女をプロデュース出来ない事に気づいてしまったら、何をしでかすか?

 

 初めて会ったときの事を思い出す。

 

 スカウトが失敗したというだけで、あそこまで追い詰められていた。

 いなくなってしまってもおかしくない。

 

 学校でいなくなるならどこかと考え、すぐに屋上という結論をだす。

 

 結論を出すよりも早く走り始めていた足で、屋上へと向かう。

 

 息は苦しいし、足はいうことは効いてくれない、だけど今だけは動いて欲しい。

 

 わたしが中間試験に合格する可能性はあると気付いていた。

 

 ただわたしが目を逸らしていた。

 

 彼とのままならない日々は楽しかったから。

 

 わたしの事をわたし以上に考えていて、必死にどうするべきか考えているプロデューサーと、それに応えることの出来ない貧弱なわたし。

 そんなわたしを見て、多少呆れながらも次の方法を考えるプロデューサー。

 そんな彼と歩む、ままならない日々は楽しかったのだ。

 

 彼と一緒にアイドルを目指したい、そんなふうに思ってしまうほどに。

 

 きっとこんなことを言ったら、彼は困ったように笑みを浮かべて、

 

「篠澤さんにはもっといいプロデューサーがいますよ」

 

 と言うだろう。

 

 彼に言うところによると、別の時間軸ではわたしをプロデュースする奇怪な人物がいるらしい。

 

 きっと、わたしがその人にプロデュースされているということはその人とわたしは馬が合うのだろう。

 今彼に持っている感情と似たような感情を、その別のプロデューサーに持っているのかもしれない。

 その人物とはその人物とで、ままならない素晴らしい日々を送るんだろう。

 

 けど今のわたしは、彼と一緒が良かった。

 

 だからわたしは盲目に、気づかないふりをした。

 自分はどうせ不合格になるって、言い聞かせて。

 不合格になれば、この想いも消えてなくなってくれるなんて思い込んで。

 

 これは、その気づかなかったふりをした罰なのかもしれない。

 

 

 重い足を無理やり動かしながら屋上に上がると、そこに探し人の姿はあった。

 

「プ、プロデューサー……よかった、いた」

 

 彼の姿を見て一瞬安堵するが、その表情を見て悟る。

 やっぱり想像通り彼はいなくなるためにこの場所に来たんだろうと。

 

 何とか、止める為の言葉を思い浮かべるが上手く声が出ない。

 

 それどころか、意識まで遠のいていく。

 

「……もうだめ……きゅう」

 

 初めて、わたしはわたしの体力の無さを恨んだ。

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ました時、そこは保健室のベッドの上だった。

 

 

「お疲れ様です、篠澤さん」

「……そっか。プロデューサーを、見つけて倒れちゃったんだ」

 

 ひとまず、わたしが気絶している間にプロデューサーがいなくなってしまうという、最悪の結末を回避できたことに安堵する。

 

「ええ、その通りです。目を覚ますなり、あんなに急いで屋上に来るなんて、何かあったんですか?」

「プロデューサーに伝えないといけない事、あったから」

「伝えないといけない事ですか?」

「その前に、どうだった? 中間試験の結果」

「合格です。最高の結果でしたよ」

「…………あ……ああ…………」

 

 やっぱり、やっぱり、そうだったんだ。

 

 わたしがふうかとプロデューサーの仲を引き裂いてしまったんだ。

 

「……まだ、アイドルになりたいですか?」

「うん。わたしは、アイドルを目指したい」

 

 そう即答できたわたし自身に驚く。

 彼女達の仲を引き裂いてしまったが、いまだにアイドルを目指したいらしい。

 

「それならよかったです」

 

 そういって、無理して笑うプロデューサーの顔を見ていられなかった。

 

 彼にはわたしのプロデュースをしている暇なんてない。

 彼はふうかのプロデューサーであるべきだ。

 

 彼女と共に中間試験を突破するという夢はわたしが奪ってしまったが、今からでも遅くない。

 

「……あのね……もう、わたしのプロデュース、しなくていいよ」

 

 だから、これはわたしが言わないといけないこと。

 

 彼の方を見ることができない。

 

 見てしまえば、きっと女々しくいかないでと、声を掛けてしまうだろうから。

 

「……分かりました。ただ今すぐにというのは難しいので、少し時間がかかりますが大丈夫ですか?」

「うん、だいじょうぶ。わたしは一人でやっていくから。わたしはわたしで。あなたはあなたで。やりたいこと、やろう。したいこと、しよう」

 

 これは彼に言っているようで違う。

 ただ自分に言い聞かせた言葉。

 

「……今までありがとうございました。篠澤さん」

「それを言うのは、わたしのほう。いままでありがとう。これからは、お互い頑張ろ」

「ええ、そうしましょう。すみません、まだやらないといけないことがありますので、自分はこの辺で」

 

 プロデューサーが去っていく。

 多分ここが最後の分岐点だ、優しいプロデューサーのことだ。

 

 ここで待ってほしいと言えばきっと、わたしのプロデューサーを続けてくれる。

 

 だけど、そんなことは出来ない。

 それはふうかから彼を奪う行為であるし、彼の想いの邪魔をすることになるとわかっているから。

 

 わたしが足を引っ張られるのは楽しいけど、わたしが足を引っ張るのは嫌。つまらない。

 

 だからせめて、彼の重しにならないよう、努めて明るくいう。

 

「じゃあね。プロデューサー」

 

 わたしはこの時口にした言葉を一生後悔して生きていく、そんな確信を持ちながら外に声が漏れないよう枕に顔を埋めた。

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