再び、篠澤さんの担当になることが決まり一夜明け、自分は久しぶりに学校に向かった。
あさり先生に無断欠席をした事で随分と怒られてしまったが、誠心誠意謝ることで何とか事なきを得た。
こういう時普段の授業態度などが良いと、信用が取れやすくていい。
そして一通り授業が終わり、活動教室で作業をしていると、何故か怒った様子の篠澤さんが、部屋に入ってくる。
「……どうしたんですか、そんなに警戒して」
「プロデューサー、どうして、ふうかをスカウトしないの?」
「ああ、それですか」
どうやら、今日汐入さんにスカウトをしなかったことを怒っているらしい。
「汐入さんのスカウトは『初』が終わった後ですね」
「どうして?」
「どうしてって、今彼女をスカウトしても、手を回す時間がありませんし、『初』という大きな舞台に繋がる、篠澤さんの方で手がいっぱいだからです」
自身が器用でない事は理解している。
だからこそ、今は彼女をスカウトする時期ではないと思ったのだ。
それに、これは篠澤さんは言わないが、篠澤さんは多分他人の足を引っ張るという行為が好きじゃない。
いや、元々そんな行為を好んでいる奴はいないだろうと思うのだが、わざわざこちらの事を考えて、もうプロデュースしなくてもいいというぐらいだ。おそらくその気持ちは他の人より強い。
そして、今の篠澤さんの体力では確実に汐入さんの足を引っ張る。汐入さんは体力お化け……というわけではないが、少なくとも人並みには体力はある。幼稚園児なみの体力しかない、篠澤さんでは足を引っ張ってしまうだろう。
だから、アイドルとして最低限の水準まで今回の『初』までで成長してもらい、その後汐入さんと、まだ決まっていないもう一人の候補をスカウトするというのが、ここから先のプロデュース計画となっている。
つまり、篠澤さんにはアイドルとして成功するためにも体力づくりをしてもらわないといけないわけだ。
担当になった当初と全く同じ課題であることに、この一か月半はいったいなんだったのか? と嘆きたくもなるが、その原因の所在を考えてみると自分であることに気づけば、出来ることは自分で自分の顔を殴ることぐらいだ。
「プロデューサーなりに考えがあるんだね」
「はい、ですのでとりあえず、今はそちらの心配をせずに篠澤さんは自分の事の心配をしてください」
「……わかった」
渋々といった感じではあったが彼女は納得してくれたようだ。
「それで、最終試験はどうするの?」
「どうするとは?」
「もう一度『惑星S』? それとも『初』?」
「ああ、それですか。……それなんですけど、すいません。一つお願いしたいことがあるんですが、いいですか?」
「わたしに?」
「作詞してみませんか?」
「……わたしが?」
まだ何も書かれていない新品のノートを手渡すと、困惑したように篠澤さんは首を傾げる。
「やったことないよ」
「ええ、ですがそれでいいんです。今の篠澤さんの思っていることはただ書いて下さい。歌詞という形に整えるのはこちらでやりますので」
まだまだ僕は、篠澤さんと言う人間の事を知らなすぎる。
だとすれば、こうして作詞をしてもらうというのは、彼女を知る一歩になるだろう。
コミュニケーション不足、それは花海さんのプロデューサーからも言われた言葉だ。
僕も、そしておそらく篠澤さんもコミュニ―ケーション能力は低いと思う。
だからこそ、中間試験後のようなすれ違いが発生してしまったわけで。
それなら、もっとコミュニケーションをと思いはするのだが、苦手なもの同士が無理に頑張ってもあの時のように空回りする可能性は高い。
それなら別の方向性で、彼女を知ろうとするほうがより効果的に思えたのだ。
「プロデューサー、そんなこともできるの?」
「……どうでしょう? やったことはありませんが、まあ出来ればよし、出来なければ『初』でという形で行こうと思っているので」
長いループの間でも、相手から言葉を貰ってそれを曲にするなんてことはやったことは無い。
汐入さんらしい曲というのは以前作ったことはあっても、それは本人から意見を取ったものではなかったし、客観的にみた汐入さんにピッタリな曲だった。
こうしてアイドル本人からの言葉を、歌にしたことは無い。
とはいえ、正直に言ってしまえば曲を作るというよりも、これは篠澤さんという存在を理解するためという側面が強い。
正直に言えば駄目で元々の作戦ではある。
「わかった、いつまでに作ればいい?」
「そうですね……最終試験に間に合わせるなら一週間程度で、それでも間に合うかは分かりませんが」
「短いね」
「今までやったことないですからね、こんなこと」
汐入さんの事は何でも知っている……いや、多分きっとそれはただの思い上がりだっただろうけども、そう思っていたからこそアイドル自身の言葉を利用した作詞というのはしたことは無かった。
「やってみる」
そういって篠澤さんは机に向かって座り、ノートに何かを書こうとする。
ただ、しばらく待っていても何か書いているような様子は見受けられない。
立ち上がりノートを覗き込んでみても、やはりそこは空白のままで一ページも進んでいない。
「……難しそうですか?」
「何を書けばいいか、分からない」
「うーん、歌詞と思うからいけないかもしれませんね。ただ思ってることを書いてみてください、そうですね。アイドルを目指した理由とか、そういったものでいいので」
「そんなのでいいの?」
「ええ、まあ書いてもらったことを全部歌詞入れることは出来ないでしょうけど、とりあえず思ったことを乱雑にでいいので書いてもらえると助かります」
そういうと彼女はノートに
『Qアイドルを目指す理由。
A一番、向いていないから』
と記入した。
「そういえば、今更なんですがどうしてアイドルが一番向いていないんですか?」
「話すのが下手で、伝えるのが下手で、身体が弱くて、すぐ倒れる。そんなわたしに、いちばん向いていないと思ったから。どんなに成功しても、安定も、安泰もない仕事だから」
「その条件を満たす職業はまだありそうですが?」
「それは……………秘密」
そういって顔を真っ赤にして、拒否されてしまった。
秘密と言われたならこっちとしても深掘りするわけにはいかない。人には触れられたくない場所もある。
コミュニケーションを取れと言われたわけだが、そういったところに 無遠慮に突っ込んでこいという意味でないことぐらい自分でも理解している。
「そうですか、何時か話せる時が来たら話してください。まあ、そんな感じで思っていることを書いてくれればいいですから」
「分かった」
そう返事をした後、篠澤さんは何か考え込むような仕草を見せる。
「まだ何か分からないことでも?」
「……プロデューサーは、どうしてプロデューサーになろうと思ったの?」
「え? あー、そんなに大した理由じゃないですよ」
「聴きたい」
そうこちらを真っすぐに見つめる彼女から逃げれないことを悟った。
いや、元から逃げるつもりなんて無いのだけど、本当に大した話ではないし。
「……ただ綺麗だと思ったんです、偶然テレビに映っていたアイドルが。とても綺麗でそれをもっとも間近で見て支えたい。そう思ったからです」
ありきたりな願いだ。
おそらく似たような理由で、プロデューサーを目指している人物は一人や二人ではないだろう。
「それだけ?」
「それだけってなんですか、それだけって。別にそんな劇的な理由なんてないですよ。昔アイドルのプロデューサーに命を救われたからって言われれば納得します?」
「ううん、しない」
篠澤さんは首を横に振る。
「ならただのプロデューサーにそんな劇的な過去なんて求めないでください」
「それなら、アイドルになろうとは、思わなかった?」
「アイドルにですか? 思ったことないですね」
アイドルを出来る程見た目は整っていないし、歌も上手いわけではない。運動神経が上手くない自分が目指すというのは最初から考えていなかった。
ただ、篠澤さんはそういった理由で目指さないのは理解できないかもしれない。
なんせ、一番向いていないという理由で、アイドルを目指すぐらいの人物だ。それなら正直に答えて、わざわざ自分を卑下するのも馬鹿らしい。
「だってほら、自分が輝いても鏡を使わないと見れないなんて面倒じゃないですか」
「ふふ、それはそう」
彼女にノートを手渡してから、一週間がたった。
その間に何度もノートを前に格闘している篠澤さんの姿や、ワーストスリー仲間の生徒を代表とする生徒達から話を訊いている姿を見ることがあった。
話を訊くために学園長室までに入っていた姿を見た時は、正直肝が冷えたがそのことで呼び出しを食らうような事もなかったので何事もなく終わったのだろうと思う……というより、そうだったと信じたい。
「書けた」
篠澤さんは、自分が渡したとノートをこちらに手渡す。
「それじゃあ、わたしはこれで」
こちらの返事を聴くよりも早く、彼女は早足で部屋を出て行った。
レッスンの時間にはまだ余裕があったはずだし、ワーストスリーの内の誰かと約束でもしたいたのだろうか?
それか先生から呼び出しをされていた?
そんなことを考えながら、どんなことが書かれているのか確認するべく、ノートを開く。
「ああ、なるほど。だから、すぐにどこかにいったのか」
そしてその理由はすぐに分かった。
ノートの一ページ目にはこう書いてあったのだ。
『Qアイドルを目指す理由。
A一番、向いていないから』
その向いていないからの後の部分に、消え入りそうな小さな文字で、こう付け加えられていた。
『かわいくなりたかった』