時はたち、既に今日は最終試験の当日だった。
待合室で篠澤さんは目を瞑って瞑想をしている。
「篠澤さん、そろそろ出番ですよ」
そう声を掛けるが、何故か反応がない。
もしかして、座ったまま気絶しているのだろうか?
「篠澤さん、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、死んでない。ギリギリまで体力を温存してただけ」
「なるほど。なら一言だけ、自信のほどは?」
「わからない。実力が足りないのはわかってる。上手くいかない可能性は高いと思う」
珍しくしおらしい様子で、彼女は告げる。
「だけど……上手くいかなければいい……とは、思わない。それは、面白くないから。最後まで全力を尽くして、それでも上手くいかなかったとき。はじめて込み上げてくる気持ちがある。そう、信じてる。わたしは、それが欲しい」
ただそれも一瞬の事でいつもの調子に戻った。
「だから、ね。プロデューサー……わたし、がんばってくる」
そういって力強く意気込みを口にする。
……篠澤さんなら大丈夫だろう。
だったら、こちらも送り出すために、応援の言葉を掛けないといけない。
「ええ、あなたは最高のアイドルです。頑張っていきましょう」
「……ふぅ」
先ほどまでの様子はどこへやら、篠澤さんは大きくため息を吐く。
「え、自分、何か変な事言いました?」
「プロデューサー。本番前なんだから、変な事言わないで」
「……申し訳ありません」
何故だか、怒られてしまった。
僕が悪いのか?
いや、まあ僕が悪いんだろう。
相手は篠澤さんだし、余り褒めるというのも考え物だな。
そんなことを思った時、ドアが控えめにノックされる音が聞こえた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ええ、他の生徒も見に来ていますが、楽しんできてください」
そういって僕は篠澤さんを送り出す。
そして自分も篠澤さんのパフォーマンスの様子を見るべく、外に出ると、初夏の風が頬を撫でる。
飽き飽きするほどに見てきたはずの快晴な空だが、七月に入った今ではかなり暑い。
エアコンの無い屋外ではただ座っているだけでも、汗がにじむ。
少しぐらい雲があった方が篠澤さんの体力的にはよかったのになと、天気に文句を付けながらステージを見るべく石階段に座る。
最終試験も試験の方式自体は、中間試験と変わらない。
審査員は三人の先生方。それと何人かの生徒達が観客として試験を見に来ている。
ただ一つ最終試験と中間試験の違いを言うのであれば、順位が大切になってくるという事だろう。
この最終試験に合格したアイドル達は定期公演『初』でライブすることが出来るのだが、順位によってそのステージが変わってくる。
一位の生徒は今試験を行っているステージで、二位の生徒はアイドル科の教室の屋上、三位の生徒は校門付近にあるステージと言った形で分けられる。
更にその三つのサブステージとは別に、メインステージが用意されている。
そのメインステージに立つためには厳しい条件を満たす必要がある。ただただ一位になるだけでは駄目で、そのアイドルならばメインステージに立っても大丈夫だと、審査員の人達に見せつける程のパフォーマンスを見せないといけないというわけだ。
「隣、失礼しても?」
「もちろん」
篠澤さんの出番を待っていると、唐突に声を変えられた。誰かと思って振り返れば、そこにいたのは花海さんのプロデューサーだった。
花海さんのステージを実際に見たが、その完成度に舌を巻いた。
彼女の持ち曲となる『Fighting My Way』。彼女らしいあの曲は、見るものの心をつかんで離さない。
トップアイドルになる人物というのはきっと彼女の事を言うのだろうと、思い知らされるような完璧なステージだった。
「どうでした、最終試験?」
「そうですね、まだまだ反省点はありますが、よいステージだったと思います」
ただ、そんなステージであっても彼にとってはまだまだ改善点のあるものであったらしい。
いったいこのプロデューサーには、何処までの事が見えているのかと恐ろしく思う。それと同時におそらく彼のようなプロデューサーになることは出来ないのだろうなと思う。
「あのステージを見てそこまで言えるんですね」
「ええ、彼女が目指すのはトップアイドルいえ、その先ですから」
「凄い話ですね。自分からすれば雲の上の話ですよ、本当」
トップアイドル、それはアイドルなら誰しもが憧れる場所であり、プロデューサーからすれば担当したアイドルがその立ち位置になることを夢見て、プロデュースする。
ただそのほとんどの夢は叶わない、狭き門。それがトップアイドルというものなのだ。
だというのに彼等はその先を目指しているという。
僕も最初の頃はトップアイドルを育成するという夢に向かって走っていたような気がするだなんて、どこか懐かしく感じてしまう僕にはきっとその夢をかなえることは出来ないのだろうと自覚する。
ただ、今も尚その夢に真っすぐと走っていく彼の事を羨ましく思う。
「始まるようですね」
彼の言うように、ステージの上に篠澤さんが上がった。
「よろしくおねがいします」
彼女がそう言ったのと同時に音楽が流れ始める。
そんな中、隣に座った彼が神妙に頷いたのに気付いた。
流れ始めた曲が『惑星S』ではない事に気づいたのだろう。
この曲は彼女の体力を考慮して作られていない。
とはいっても派手なダンスや、デスボイスなどの彼女では厳しそうな演出はない。
最終的に乗り切れるかどうかは、純粋な体力勝負になってくる。
ただ、こちらだって、何も準備していなかったわけじゃない。
体力をつけるトレーニングを基本として、最後までやり遂げるだけの体力をつけてきた……はずだった。
曲の後半、明らかにばてている。
明らかにダンスの切れが無くなってきているし、変なタイミングでの息継ぎが増えている。
中間試験の時と違って、これは演出ではない。
おそらく、この暑さによるものだろう。
この暑さが知らず知らずのうちに、篠澤さんの体力を消耗させ、あの演出に繋がっている。
ただそれでも、中間試験の時と違って、ちゃんと彼女は歌い続けているし、踊り続けている。
曲が終わるその時まで立ち続け、一曲分見事にパフォーマンスをしきったのだ。
「ありがとうございました」
以前とは違い、ちゃんと目の焦点が合っている状態で、一礼をする。
「……なるほど、こうきましたか」
隣の彼はそう言いながら拍手を送る。
あたりを見渡してみれば、他の人達も数人拍手を送っている姿が見えるが……まばらだ。
成功とは到底言えないだろう。
事実パフォーマンス中、審査員の先生方は何故中間試験の時と同じ曲をやらなかったのか不思議そうに首を傾げていた。
「今のパフォーマンスどう思いました?」
「どう見ても失敗でしょう。あの曲をパフォーマンスするには体力が足りていませんでしたし、中間試験の方がよいパフォーマンスだったと言えるでしょう」
彼の指摘する通りだとは思う。
ただ、それでも僕はこの曲で篠澤さんに最終試験を挑んで欲しかったのだ。
「というのが、客観的に見た時の意見です。俺個人の意見を言わせてもらえるなら、良いステージでした。良いものを見せてもらいました」
そういって彼は用事は済んだとばかりに、立ち上がる。
「最終試験の結果訊きに行きますよね? 一緒に行きましょう」
「そうですね。おおよそ予想はついていますが、行かないといけませんよね……」
正直に言えば、あの見慣れたあの三文字を見るのは辛いものがある。
篠澤さんの実力を疑っているわけではないが、合格は厳しいだろうなというのが正直な所だ。
「どうですかね。案外、いえ、憶測で話すのは辞めておきましょう」
なんだか意味深に彼は言っていたが、僕にはよくわからなかった。
成績の手渡しは一人ずつということで、先に花海さんのプロデューサーが中に入り結果の書かれた紙を手渡される。
出てきたときの表情を見れば、まず間違いなく一位での合格だっただろう。
それどころか、メインステージでのライブすらありえる程の出来だった。
あさり先生の待つ教室に入ると、今回の試験の結果が書かれた紙を手渡される。
「最終試験お疲れさまでした。どんどん良くなってきましたね」
そうして受け取った紙には合格と言う文字と三位と書かれた文字がでかでかと書かれていた。
思わず目を疑う、合格?
思わず渡された書類が間違っているのではないかと思いつつ、渡された紙の部分の名前を見ると篠澤広と書かれており、間違った書類を渡されているわけではないだろう。
「そんなに意外ですか?」
「ええ、まあ。まさか合格出来ているとは思わなかったので」
「あー、そっちの方でしたか」
何故だかあさり先生はホッと一息をつく。
そして、コホンとわざとらしく咳をする。
「素晴らしいステージでしたよ」
「本当ですか?」
「ええ。それにそこを疑ってしまうのは担当アイドルに失礼ですよ?」
「……そうですね」
確かにそうだ。
三位、これは彼女の力でとったものだ。
それなら僕は担当のプロデューサーとして、この結果を諸手を挙げて喜ぶべきだろう。
「さあこの後は、ふたりで頑張った証のライブです。ステージで頑張るアイドルの姿を、しっかり見てきてください!」
それだけ告げられて、僕は教室の外に出る。
正直に言えば、今でも夢を見ているような気分だ。
「……その様子を見る限りやはり合格だったみたいですね」
どうやら待ってくれていたようで、外に出るなり花海さんのプロデューサーに声を掛けられる。
「ギリギリの結果でしたけどね。そちらは」
「合格でしたよ。メインステージでのパフォーマンスも認められました」
「流石ですね」
「咲季さんのおかげですよ。これでようやく中間試験の借りを返して、貴方達に並べました」
「並べたってそんなこと」
「謙遜も過ぎるとただの嫌味ですよ。さて、それではライブの準備もあるので俺はこの辺で」
そういって、彼は控室の方へと歩いていく。
別に、謙遜してるつもりはないんだけどな……。
「って、そうだ。こっちもライブの準備しないと」
サブステージとはいえ、ライブが出来るのだ。
そのことを、篠澤さんに伝えなければない。
つい気が緩んでしまうと、スキップしてしまいそうな気持を抑えて、彼女が待っている控室へと足を進める。
控室の前の扉に立ち、はやる気持ちを抑える。
二度も同じようなミスをするわけにはいかない、篠澤がこの結果を喜んでくれるとは限らない。
普通のアイドルであれば、今回の三位で合格という結果に不満を持つとき、それは順位が低いと思っている時だろう。
ただ、彼女の場合順位が高いと不満に思う可能性は十分にありえる。
それなら、あれほど圧倒的なパフォーマンスを見せた花海さんに対して、まだ反省点はあると言ってのけた彼女のプロデューサーのように、厳しい態度で彼女に接するべきだろう。
一度、深呼吸をしてから控室に向かう。
どうやら試験で体力が尽きて倒れているという事もないようで、篠澤さんは控室に腰を掛けている。
彼女がこちらを視認したことを、確認してから話始める。
「お疲れ様でした。篠澤さんは……合格です。ギリギリの結果でしたが」
あくまでその結果に満足していないという風に告げる。
「おおぉ…………」
ただ、想定外にその結果に対して、彼女は目を輝かせた。
てっきり合格してしまった結果に対して、失望するものと思っていたのだが、少々当てが外れた。
「合格した」
「嬉しそうですね」
「うん……ふふふ、プロデューサー……わたし、すごい?」
その質問に頭を悩ませる。
この質問はほとんどの場合すごいと答えるべきだと思う。
ただ例えば負けん気の強いアイドルの場合や、この順位に納得が言っていないアイドルの場合はすごくないと答えるのが正解だろう。
それに試験の前、篠澤さんを最高のアイドルだと褒めたところ、やる気を削いでしまった前例だってある。
それならこの場で答えるべきは……
「すごいです」
そこまで考えて、結局は自分の気持に従う事にした。
最終試験三位、それは間違いなく素晴らしいことで、僕と汐入さんではその土俵に一度も立つことの出来なかった偉業だ。
その偉業に対して凄くないだなんて、口が裂けても出来なかった。
「どんなところが?」
こちらを覗き込みながら、彼女が言う。
「そうですね。正直に言ってしまえば篠澤さんをプロデュースした当初は、自分ではどうしようもなく手のつけようのないアイドルだと思っていました。こんな人を本当にアイドルに出来るのか、と毎日のように悩むほどでした」
「的確な評価」
「ですが、あなたはそんな状況から、盛り返した。僕のようなプロデューサーのプロデュースに従って、最終試験三位という、偉業を成し遂げた。それはすごい事です」
「それは違う」
「違うとは?」
「プロデューサーが、プロデュースしてくれたから、ここまでこれた。わたし一人だったら、無理だった」
その言葉に、思わず彼女から目を逸らす。
今の表情を彼女に見せるわけにはいかない。
「ありがとう、プロデューサー」
「いえ、それをいうならこちらの方です。次からはユニットでの活動になる予定ですが、又ライブをしましょう。奇跡をもう一度起こしましょう」
「……わたしより、プロデューサーの方がうれしそう。わたし、それがうれしい。ライブ、見てて。奇跡、起こしてみるから」
篠澤さんは、力強くそう宣言した。