スマホの画面を何度見てみても、表示されている日時が入学式のあの日であるという事実は変わらない。
汐入さんのレッスン予定、それに中間試験の予定などが書かれていたはずのカレンダーの予定表は全て白紙に戻っており、入学式の項目を残しただけとなっていた。
入学式の後、そこそこ交流を深めたはずの学友達に声をかけてみるが、その全員が初対面の様に振舞っている。
明らかに演技なんかではない、プロデューサー科に演技の指導なんてものはない。もしも何の指導もなしに、これほど自然な演技が誰でも簡単に出来てしまうのであれば、大根役者だなんて存在は産まれなかっただろう。
現実的にありえそうな可能性として、考えられることとすればそれは学校規模の大掛かりなドッキリぐらいのものだ。
アイドルという職業柄、将来バラエティー番組でドッキリを掛けられることもあるだろう。
その予行練習、あるいはアイドルの卵にドッキリを掛けてみるという番組があるのかもしれない。
ただ、僕はただのプロデューサーであって、アイドルではない。アイドルの卵ですら、あまり需要の薄そうな内容なのに、プロデューサーなんかにドッキリを仕掛けるだろうか? それも、こんな大がかりなものをだ。
答えは否だ。
なら、この状況は何か?
すべての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる。
世界一有名な探偵の言葉を借りるわけではないが、こうなってしまった以上、僕が何かしらの不思議な力に巻き込まれてタイムスリップした。それが真実としか考えられない。
ただこの状況は僕にとって好機であることは変わりない。
なぜこうなったのかは分からない。だけど、今度こそ汐入さんを中間試験に合格させることが出来る。
時間が戻った事に気づいた際に、もう一度花海咲季のスカウトを行うことも考えたが、僕は自分自身の成績よりも汐入さんを勝たせてあげたかった。
汐入さんをプロデュースしたのは一カ月半と、正直に言えば長い期間とはいえない。
ただそれでも僕は彼女と頑張りたいと思っていたし、彼女がステージの上で輝く様子を見たいと思っていたのだ。
それほどまでには、僕は彼女のアイドルとしての才能に惚れこんでいた。
入学式が終わり、僕はすぐに汐入さんをスカウトしに向かった。
「すみません、ちょっといいですか?」
入学式終わり、汐入さんの姿を見て声を掛ける。
こちらをみて、一瞬警戒するような素振りを見せた事にショックを憶えたが、彼女はあの一カ月半の事を何も憶えていないんだ。
それは仕方ないことだろうと自分に言い聞かせることで、何とか平静を保つ。
「あなたをプロデュースさせてくれませんか」
自分で言うのもなんだが、一か月半という短い期間ではあるがそれなりの信頼関係を気づくことが出来ていたと思う。
それがリセットされてしまったことに対して思うところがないわけではないが、それよりももう一度彼女のプロデュースをやり直せることの方が僕にとっては大きかった。
「本当に私で良いんですか?」
突然の提案に対して、汐入さんは驚いたような表情を見せる。
それはおそらく彼女の自己評価の低さによるもののせいだろう。彼女に才能はある、だがその才能を彼女自身が信じ切れていない節があるのは前回のプロデュースの中で分かっていた。ついぞその自己評価を改めさせることは出来なかったが、今回は違う。
なんせ僕はスカウトをする前から彼女の事をよく知っている。
「あなたでいい、ではありません。あなたではないと駄目なんです」
わざとらしくクサイ台詞を口にしてみせる。
彼女は少女漫画が好きで、こういったシチュエーションが好きだと、いつかの雑談で聞いたことがあった。
「そんなこと、他のアイドルの方達にも言ってるんじゃないですか?」
口だけは否定的な言葉を言っているが、その真っ赤に染まった顔と表情を見ればまんざらでもないのが目に見える。
あと一押しするだけでいけると確信する。
「そんなことはありません。私は本気であなたをプロデュースしたい。汐入ふうかというアイドルが輝くところをプロデュースしたいと思っているんです。あなたと私ならそれが出来ると思っています。どうかこの手をとってもらえませんか?」
正直かなりキザったらしい言葉だと思う。
僕がこんなことを言われたら、正直相手の正気を疑う。本当に大丈夫か、こいつと。こんなことを言う相手なんて信用できないだろう。
「分かりました」
だけど、彼女は違う。
やっぱり、こういったアプローチが有効であるらしい。
彼女はこちらの手を取る。
「プロデューサーさん、一年間よろしくお願いします」
こうして、僕と汐入さんの二度目の初星学園での生活が始まった。
前回のプランでは、欠点が大きく分けて二つあった。
一つは彼女の良かった部分であるボーカルを伸ばすことを意識しすぎて、他の部分がおざなりになっていたこと。
二つ目は、彼女の自己評価の低さを見抜くことが遅かったことだ。
特に二つ目が致命傷だった。
もちろん彼女の自己評価の低さが上手く機能したこともある。汐入さんが厳しいレッスンを一切の泣き言も言わずに乗り越えたのは、自分は劣っているのだから頑張らないといけないという焦りによるものが大きいと思う。
だが、その自己評価のせいで自分の歌なんかに価値があるのかと悩んでしまい、自慢のボーカルすらも霞んでしまったのは致命的だった。
結局、そこを改善することが出来ないまま挑んだ結果があの惨敗だ。
例えそれが無かったとしても、あの三人に勝てていたかは怪しいが、それでもあそこまで分かりやすい歴然とした差がある結果にはならなかっただろう。
だからこそ彼女の自己評価をあげるために、出来るだけ汐入さんの事を褒めることにした。
あなたの歌は素晴らしいと、あなたはアイドルとして才能が有ると口にする。
それは一切偽りのない、僕の本心だ。
そのおかげもあってか、汐入さんの自己評価が上がっていっているのがよくわかる。しかしだからといって自惚れることもなく、熱心にレッスンを行ってくれる。
ボーカルレッスンだけでなく、ダンスもビジュアルも決して手を抜くことなく全力で取り組んでくれた。
この調子なら中間試験を突破できる、そう確信していた。
「不合格……ですか?」
中間試験の結果を聞くまでは。
「はい、今回は残念な結果になってしまいましたね。ですが少し期間は空いてしまいますが、まだ次回の定期公演があります。そこでの合格を目指して担当アイドルと二人三脚で頑張っていきましょう!」
あさり先生が何か言っているようだったが、僕の耳には入ってこなかった。
今回の中間試験で汐入さんはそこまで悪いパフォーマンスはしていなかった。いや、悪いどころか今できる限りで最高のパフォーマンスをしていたと言っても過言ではない。
だが、それでも届かなかった。
おそらく合格したのは花海咲季、月村手毬、そして篠澤広の三人だろう。
花海さんと月村さんの両名と同じグループになった時点で、厳しい戦いになるとは思っていた。それでも三位は取れると思っていた。
だが、届かなかった。
篠澤広、その名前はよく覚えている。
座学満点、実技試験が0点という異質な点数配分で入学試験を合格した少女だ。
前回、他のアイドルを探している際にレッスン室でチラリと見た際に、彼女が準備運動の段階でへばっている姿を見て、スカウトしなかったのは正解だったと確信したはずの彼女だ。
中間試験で見てもまだ体力には難ありといった様子だったが、それでも人を引き付ける不思議な魅力があるパフォーマンスだった。
篠澤さんにはたしかプロデューサーがついていたはずだ。
準備運動で体力が尽きるような相手を一カ月半で最低限パフォーマンスは出来る状態にする。
正直に言えば、どんなことをすればそんなことが可能になるのか想像も出来なかった。だが、一つ分かる事とすればそれを可能にしたのは、そのプロデューサーの力によるものが大きいだろう。
もちろん篠澤さん自身が努力してないとはいわない。だがこの短期間で彼女だけの力で改善できるような問題であれば、そもそも入学試験で実技0点だなんて点数を取るはずがない。
つまり先の二人はともかくとして篠澤さんに汐入さんが負けたのは完全に僕が、彼女のプロデューサーよりも劣っていたからだ。
二度目というアドバンテージがあっても尚、僕は劣っている。
その事実を、僕は理解せざるをえなかった。
「お疲れさまでした、汐入さんは……今回不合格でした」
今にも自分自身の無力さを嘆き、泣き叫びたい気持ちをぐっと抑え、汐入さんに不合格の報告をする。
「そうでしたか……」
前回とは違い、明らかな落胆していることが彼女の表情から見て取れる。
「申し訳ありません、私の力不足です」
「プロデューサーさんの力不足だなんてことありません! プロデューサーさんは全力を尽くしてくれました。合格できなかったのは全て私のせいです」
「そんなことありません、私がもっとしっかりしていれば……」
項垂れる僕に対して、汐入さんはそっと頭に手をおいた。
「でしたら、次の試験では絶対に合格できるよう、一緒に頑張りましょう。私をアイドルとして輝かせてくれるんですよね? プロデューサーさんから言われたことは、ちゃんと覚えてるんですよ?」
一番悔しいのは汐入さんのはずだ。だというのに、彼女はこうして僕を気遣ってくれている。
三つも下の女の子にここまで気を使わせてしまうなんて、自分が自分で情けなくて仕方がない。
「ああ、絶対だ。次は絶対に君をメインステージに立たせてみせる!」
だから、こそ僕はそう断言した。
「メインステージって、随分と大きく出ましたねプロデューサーさん。流石に目標として大きすぎる気がしますが」
「いえ、汐入さんなら絶対に出来ます」
「なら、私を信じ込ませてください。私なら次のメインステージに立てるって。そうしてくれたら、きっと私頑張れますから」
「ええ、任せてください。それもプロデューサーの仕事ですから」
そう言って二人で笑いあう。
今回は駄目だった、だけどきっと次回の試験では良い成績を残すことが出来るに違いない。
そう確信した時だった。
あたりの景色が途端に入れ替わる。
そしてどこかで聞いた言葉が、耳に届く。
「『アイドル』それは私たちの永遠の憧れ。夜空に輝く星のように。大地に咲く花のように。みんなの心を熱く振るわせて、悲しさを優しく包み込んで、いつも笑顔にしてくれる、そんな素敵な人になりたくて。私は『初星学園』の門をくぐりました」
どうやら僕はまた、戻って来てしまったらしい。