モブプロデューサーの『初』   作:五月車

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新しい『初』

 汐入さんのスカウトが失敗してしまった結果、いきなり今回の周は手持ち無沙汰になってしまった僕は、学校内にあるベンチに腰掛けて失敗した要因を探していた。

 

 スカウトはいつも通り行っていた。いつもならまず間違いなく成功するのに、何故か今回だけは失敗してしまった。

 今回のスカウト失敗をただの偶然で片づけるのであれば、それより前の周のスカウトにおいて一度も失敗しなかった理由の説明がつかない。

 

 周回において、入学式以前に起きた事に変化はないはずだ。

 もしかすると以前の周回でも過去を細かく見ていけば、ほんの些細な違いはあるかもしれないが、それが原因で何かしらの影響があったということは、一度たりともなかった。

 だから過去の僕が知らぬ間にやらかしているということは無いはずだ。

 

 だったら、どうして失敗した?

 

 ……駄目だ。

 思考が完全にループしてしまっている。

 

 今の僕では、どうしてスカウトが失敗したのかという事すら分からないと結論付けるしかない。

 

 そう結論付けた時、最悪の想像が頭をよぎった。

 もしも、このまま次の周回に行ったとしても、スカウトに失敗してしまったらどうしようか。

 前回のがラストチャンスで、もう二度と汐入さんのスカウトが叶わないとすれば?

 そもそもループが前回ので終わりだったらとすれば?

 

 自分の足元が崩れ去ってしまうような感覚に襲われる。

 すべてを失い、真っ暗闇の中にただ一人で取り残されてしまったようなそんな気さえしてくる。

 

 前回の僕のプロデュースはどうだっただろうか?

 本当に全力を尽くしていたといえるだろうか?

 

 一回目や、二回目の時のように、次のチャンスはないかもしれないと考え、切羽詰まってプロデュースしていただろうか?

 

 そんな問いに対して、僕は首を縦に振ることが出来なかった。

 

 どこか慢心のようなものがあったかもしれない。

 今回が駄目でも次に活かせばいい、心のどこかでそんなことを考えなかったといえばそれは嘘になる。

 全身全霊で、汐入さんのプロデュースに取り組んだとは口が裂けても言えなかった。

 

 それは今を必死に生きる彼女に対する裏切りだ。

 

 アイドルという存在には、残念ながら消費期限がある。

 一見彼女達、アイドルは可憐で、永遠に輝く花のように見える。だがそれは、幻想に過ぎない。

 

 アイドルは見る人からすれば偶像ではあるが、アイドル本人は偶像ではない。彼女達はただの一人の女の子なのだ。

 年がたてば老いる、そうすれば基本的にアイドルとしての価値は落ちていく。

 例外はあるが、下手に老いに抗うよりも偶像のまま辞めたほうがファンのためそしてアイドル自身の為になるケースが殆ど。

 その結果として、二十五あるいは二十六程度で、ほとんどのアイドルが辞めていくというのが、その証明だ。

 

 つまり彼女達がアイドルとして戦うことの出来る期間は、長く見積もっても十年程。

 期間にしてみれば長いようにも思えるが、実際に軌道に乗るかどうかという勝負で考えればもっと期間は短いだろう。

 

 更に通常であれば青春を謳歌するはずの高校時代という期間を潰してまでアイドルという夢を追いかけるのだ。

 そんな少女達から一か月半という時間を適当なプロデュースで奪ってしまうというのは、それは大罪に違いなく、プロデューサー科の人間としては恥ずべき行為だ。

 

 だからこそそんな腑抜けた様子を見た神様が、神罰としてもう二度と汐入さんのスカウトを成功しないようにしてしまったのかもしれない。

 こうしてループをしている理由すら不明なんだ、神罰なんてものがあっても可笑しくはない。

 

 もしも汐入さんのスカウトが二度と成功しないとすれば……。

 

「どうしようもないな」

 

 正直に言ってしまえば、僕は疲れ切っていた。

 汐入さんを『初』に合格させる。

 その一心で今まで走ってきたが、最初の段階で躓いてしまった今、僕にはもう前に進むだけの理由は残っていなかった。

 

 そうとなれば決まりだ。

 屋上からでも飛び降りてしまえばいい。

 もしかすると死ねばもう一度ループするかもしれない、そうすれば本当に汐入さんをもう二度とスカウト出来ないのか知ることも出来る。

 死んだらループせずに本当に死んでしまうかもしれないが、プロデューサー失格のこんな男死んだほうがアイドル達の為にもなるだろう。

 

 一部の隙も無い完璧な案にほれぼれする。

 

 そうと決まれば話は早い、さっそく屋上に行こう。

 

 そう思った時だった。

 

「酷い顔」

 

 突然近くにいた女子生徒から声を掛けられた。

 

 初対面の相手に随分な罵声だなと思いながらも、顔をあげるとその声の主がそこにいた。

 

 篠澤広、実技0点で入学試験を突破した、天才少女がそこにいた。

 

「初対面相手に随分な言い方ですね」

 

 返事をしながらも、どうして彼女が話しかけてきたのか考える。

 この長いループの中で、彼女と話をする機会は一度もなかった。汐入さんが同じクラスである都合上、彼女から篠澤さんの話を聞くことはあったがそれぐらいのものだ。

 

「だって、事実だから」

「そんな酷い顔してます?」

「うん、今にも駅のホームから飛び込みそうなぐらい」

 

 自覚は無かったが、話したこともない相手に内面を悟られる程度には酷い顔をしていたらしい。

 

「そんな相手に何の用です?」

「私でも話ぐらいなら聞ける」

 

 右手を左手の肘に置き、何処か縮こまったような様子で篠澤さんは話す。

 緊張や人見知りをしているような様子は見受けられない、おそらくそれは彼女の持つ癖のようなものだろう。

 

「それに、知らない人相手なら話もしやすいはず」

 

 つまりは、今にも死にそうな顔を見て、心配して話を聞きに来てくれたらしい。

 

 今までの自分なら適当に話をでっちあげてこの場を避けていただろう。

 他の人に同じ時間をループしていることを話しても、理解してもらえるとは思えないし、ただの異常者として思われるのが話のオチだ。

 ただそれすらも今の僕には面倒だった。

 

 作り話をせず、ただただ今まであった事を淡々と説明する。

 流石に汐入さんの名前は出さないが、何度も同じ時間を繰り返していること。

 その時間の中で毎回同じアイドルをプロデュースしていること、毎回中間試験で不合格になってしまう事。

 

 そして今回はそのアイドルにスカウトを持ちかけて失敗したことまで、話してしまった。

 

 口にしてから、篠澤さんがやろうと思えば汐入さんの事を特定できることに気づいたが、今更気にしたって仕方ないだろう。

 

「とまあ、そういうわけです」

 

 話している最中、篠澤さんは一度も口を挟まなかった。

 こんなとんちきな話を聞かされて開いた口が塞がらないと言ったところだろうか?

 

「なら、わたしをプロデュースして」

 

 だが、目の前の少女はさらに斜め上を行く反応を示すのだった。

 

「いやいや、普通こんな怪しいやつにそんなこといいますか?」

「普通の人は言わない、かも?」

「ならどうして、そんな怪しいやつにこんな提案を?」

「わたしのプロデューサーになってくれそうな人、他にいないから」

 

 自身の耳を疑わずにはいられなかった。

 

「プロデューサーになってくれそうな人がいない?」

「うん。ちっともアイドルに向いていない、わたしなんかをスカウトしてくれるプロデューサーなんていないから」

 

 ……どういうことだ?

 

 篠澤さんにはプロデューサーがいたはずだ。そのプロデューサーから鞍替えしたいという事なんだろうか。この短期間で?

 いや、流石にそれは考えにくい。

 

「いや、君にはプロデューサーがいるはずで」

「いないよ?」

 

 真っすぐとこちらを見る瞳からは嘘を吐いているようには見えない。

 それならこのあと篠澤さんがスカウトされるんだろうか?

 

「今までと、何か違う?」

 

 困惑している僕のようすから、何かを察したように篠澤さんは問いかける。

 

「ええ、まあ。篠澤さんには優秀なプロデューサーがつくはずです。何度か試験で煮え湯を飲まされているので間違いありません」

「そうなんだ……ふぅ」

 

 何故だか篠澤さんは、その事実を聞いて面白くなさそうにため息をついた。

 優秀なプロデューサーがつくと言ったことが、その場しのぎの嘘だと思われているのだろうか?

 

「いえ、本当につくんです」

「そこは疑ってない、安心して」

 

 まだ初対面ではあるが、正直に言えば僕は篠澤さんに苦手意識を持っていた。

 つかみどころがなくて、どうにもやりにくい。

 

「やっぱり、わたしはプロデューサーにプロデュースして欲しい。この後、他のプロデューサーにスカウトされるとしても」

「それはどうして?」

 

 このまま待っていれば、彼女は成功するというのにわざわざその道を拒否して、僕のような不穏因子に賭けようとする理由がわからない。

 僕の話を信じていないというなら、まだ理解出来るが、それならそれで、こんな与太話を話すような人物にプロデュースして欲しいと言うのかという疑問が残る。

 

「わたしがアイドルを目指した理由が、いちばんわたしに向いてなさそうだから、かな」

 

 なんなんだこの子?

 向いていないから、アイドルを目指す?

 

「プロデューサー……ちっともわからない、って、顔してる」

「ええ、そうですね。初めてのパターンで困惑してます」

 

 向いてそうだから目指すなら分かる。

 自分にとって天職だと思ったから、アイドルの志望動機としてはよくあるものだ。

 向いてなくても、子供の頃に輝いていたアイドルの様になりたくてというのも志望動機としてはよくあるものだ。

 

 だが、向いていないからという理由でアイドルを目指すというのは今までで聞いたことがない。

 IQが二十違うと、会話が成立しないという話もあるが、そういった理由で理解出来ないわけではないのだと思う。

 

「しばらく一緒にいれば、わかるかも?」

「それは、そうかもしれませんが……」

「それにお目当ての子をスカウト出来ないなら、今回はわたしでもいいはず」

 

 そういって胸に手をやり、したり顔で篠澤さんは話す。

 

 確かに汐入さんのスカウトを失敗してしまった以上、今回の目的は何一つ存在していない。

 

「……わかりました。ですが上手くいく保証はありませんよ? 言った通り、私はプロデューサーに向いていない人間だったようなので」

 

 

 その諦めの悪さに思わず首を縦に振ってしまう。

 

「ふふ、なら向いていない同士、一緒にがんばろう?」

 

 普通ここまでいえば、諦めるものだと思うのだが、どうやら篠澤さんにとってはそうではなかったらしい。

 

 屋上から飛び降りるのは、彼女のプロデュースが終わった後で良い。

 別に急ぐことなんて一つもないのだから。

 

「あのね。わたし……アイドルに、ちっともむいていないけど。本気で、全力で、がんばるよ。それはきっと、楽しいから」

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