篠澤さんをプロデュースすることが決まって、翌日まず初めに向かったのはプロデューサー科の同期に声を掛けに行くことだった。
篠澤さんのプロデューサーには憶えがあった。
篠澤さんは良い意味でも悪い意味でも有名人であり、ただ無関係に過ごしていても彼女がスカウトされたという噂が流れてくる程であったため、その人物の事は記憶にあった。
どういった経緯で、同期の彼があの不思議生物、篠澤さんをプロデュースすることを決めたのかは分からない。
だけど、僕には未だわからない何かしら彼女に惹かれる部分があって、スカウトしたに違いない。
入学試験の実技試験で0点を取るような生徒を中間試験合格まで持っていくことの出来るプロデューサーだ。
自分なんかとはきっとアイドルの見方も違うのだろう。
その目利きをもって、篠澤広という宝石の原石を見つける事に成功したわけだ。
もしかしたら彼にはまだその自覚はないかもしれないけど、結果的に言えば僕は彼から篠澤さんを奪ってしまったことになる。
だから、せめてもの罪滅ぼしとして、何か協力できることはないかと探りを入れようとしたのだった。
それに彼の悩みがもしも担当探しということであれば、協力が出来る。
なんせこちらは中間試験を何度も経験しているのだ。今年の新入生で才能のある子というのは、大体わかっている。
もちろんこの学園に入学している時点でアイドルとしての才能が有るのは当然なのだが、その中でも上澄みというのは残念ながら存在する。
その上澄みの中で、入学試験や中学アイドルコースでは余り芽が出ていなかった子が数人いる。
藤田ことね、葛城リーリヤ、倉本千奈、花海佑芽の四人だ。
前半二人はともかく、後半二人は外部進学で一番下の成績で入学した生徒と補欠合格した生徒だ。
中間試験までで、どうしてあそこまで伸びたのかは不明だが、実際に何度も汐入さんの合格を阻んできた面子なのは間違いない。
何人かは既にスカウトを受けているかもしれないが、まだ入学式からそこまで時間はたっていない。
まだスカウト前の人達もいるだろう、そんなことを思いながら元篠澤さんの担当に声を掛ける。
「スカウトは上手くいってます?」
適当に挨拶をした後、雑談代わりとばかりに本題の質問を投げかける。
「ええ、花海咲季さんのスカウトが成功しました」
だからこそ、その答えが返っていた時は思わず固まってしまった。
「どうかしました?」
「い、いえ。凄いですね、花海咲季さんというと外部生主席の生徒ですよね?」
「ええ、その通りです」
その後、プロデューサーと多少の雑談をして帰ったはずだが、何を話したのか正直記憶に残っていない。多分、どうやってスカウトしたのかだとか、『初』を目指してお互い頑張りましょう的な話をしたのだとは思うけど、その確証がない。
彼が花海さんをスカウトしたという事実が頭の中でグルグルと回り続けていたからだ。
一体、何が起きているんだろうか。
本来彼は篠澤さんをスカウトしていたはずだ、彼女のスカウトに失敗して花海咲季にスカウトの対象を切り替えたにしては、時期が早すぎる。
それに篠澤さんはプロデューサーを欲しがっていた、こんな怪しい存在にスカウトして欲しいと願う程には。
それならば、彼が篠澤さんのスカウトに失敗したというのは説明がつかない。
彼が僕よりも、変な奴だから断ったという仮説も、あの花海咲季がスカウトを受け入れている時点で消える。
花海さんは半端な人物をプロデューサーとすることを良しとはしないだろう。
僕はその事を身をもって知っている。
つまりそれは、彼女に認められるほどの実力が、彼にはある事の証明となる。
上記の事から、そもそも篠澤さんにスカウトをせずに、花海さんのスカウトに向かったという事になる。
だけど、どうして?
そこで思考が止まる。
どう考えても説明できる理由が見当たらないのだ。
「また、酷い顔してる」
活動教室でウンウン唸っているところをどうやら篠澤さんに見られてしまったらしい。
「何か、悩みごと?」
「ええ、まあ、今後の篠澤さんのプロデュース方針をどうしようか悩んでいた所です」
ただ、これはあくまで僕の問題だ。
そこに篠澤さんが介入させてしまってはいけない。
プロデューサーとしてこんな些細な問題で担当アイドルの時間を使わせてしまうわけにはいかなかった。
篠澤さんのプロデューサーになってしまった以上、彼女がアイドルになるために全力を尽くす事は当然の義務だろう。
「そんなに難しい?」
「ええ、難しいだなんてものではありません。なんせ一曲踊り切ることも出来ないどころか、ウォーミングアップすら出来ないアイドルなんて見たこともありませんし、そんな人をプロデュースした前提資料なんてありませんからね。今の段階では、アイドルに向いていないということすらおこがましいレベルです」
「ふふ、そうなんだ」
どうしてそこで上機嫌になるのだろうか。
普通、ここまで言われたらショックを受けるか怒りをあらわにするかのどちらかだと思うのだが、上機嫌になるというのはよくわからない。
「本当に出来るプロデューサーであれば、この時点で貴方にあうプロデュース内容をビシッと提供することが出来るのでしょうが、残念ながら私にその才能はありません。私はまだ篠澤さんの事を知らなすぎる。だからといって時間は待ってくれません。篠澤さんの事を知ってから、計画を立てるのでは中間試験に間に合いません」
レッスンの効率というのは本人のモチベーションが大きく影響してくる。
自身の目指しているところと離れれば離れてしまうたびに、分かりやすくレッスンの効率は落ちるし、本人に対するストレスも非常に大きいものになる。
汐入さんの場合は、ループのおかげでもはや彼女の事で知らない事の方が少ないと言えるほどに彼女の事を知ることができていたため、気にする必要は無かったが、今回はそうはいかない。
そのためまずは、篠澤さんのことを知る必要があるのだが、十四歳で大学を卒業し、日本有数の頭脳を持つ神童というだけでもお手上げなのに、そのうえで自分が向いていなそうだからという理由でアイドルを目指す不思議生物の事を理解するなんて到底不可能そうに思える。
ただそんな中でも時間は平等に過ぎて行く。
そんな中で一か月半後にある中間試験で合格しなければいけない。
体力も、ボーカルも、ダンスも何もかも足りていない篠澤さんが合格するためには、時間は一分一秒たりとも無駄にすることが出来ないというのにだ。
「なら、どうするの?」
「貴方に選んでもらいます。そのために何個かプロデュース計画を練ってきました。出来るだけ分かりやすくまとめておきましたが、もし不明な点があれば随時質問してください」
昨日の夜の間にまとめておいた資料を、篠澤さんに手渡す。
枚数は三十枚、三十通りのプロデュース方法がそこの資料には書かれている。
「これ、全部昨日のうちに考えたの?」
複数の資料を見て、彼女は目をパチパチさせる。
「まさか、これほどの案を一晩で思いつけるのなら、もっと優秀なプロデューサーになれたでしょうね。昨日の内に考えたのはせいぜい三つ程度、残りは以前のプロデュース計画で使ったものを篠澤さん向けに改変したものです」
汐入さんとのループのおかげでプロデュースについて考える時間というのは、それこそ腐るほどにあった。
その時間の中で頭によぎったもの、あるいは汐入さんで実際試したものを纏めるだけだ。
それほど大変な作業でもない。
「そうなんだ」
そういって資料に目を通し始めた篠澤さんを尻目に、再び考えごとに戻る。
どうして、篠澤さんの元担当は彼女をスカウトすることなく、花海さんをスカウトしにむかったのだろうか。
別に篠澤さんではなく花海さんの方をスカウトするという行為自体は可笑しくない。
明らかに、花海さんの方がアイドルとしての才能が有る様に見えるし、どちらでも好きな相手をプロデュース出来ると言われれば百人いれば九十九人は花海さんをプロデュースするだろう。
ただ、篠澤さんの元プロデューサーはその一人の側であるはずなのだ。その特異な人物が、わざわざ今回はスカウトをしなかった理由。
もともと他の周回では花海さんのスカウトが失敗していたとしたら?
そして今回僕が汐入さんのスカウトが失敗した代わりに成功したとすればどうだろう。
説明はつくような気もするが、因果関係を全く理解できない。
そもそもループだなんて非現実的な事に巻き込まれている時点で、そんなことを考える意味があるのかとどこかで考えている自分がいるのも確かだが、何か引っかかる自分がいるのも又確かだった。
何かがちょっとずつ変わっていっていたのだろうか?
そう考えてはみるが……正直これに関しては確証を持つことが出来ない。
ループがまだ始まった頃はまだ周りを見る余裕もあったが、後半からは汐入さんをアイドルにすることしか考えていなかったため、学園で起きていた事などについては殆ど知らないのが実情だ。
学園の話は、雑談で汐入さんから話を聞いて知るぐらいしか情報源がなかったしな。
一年二組はこの学園のワーストスリーと自称している三人組がいるだとか。
リトルプリンスと呼ばれる寮長がかっこよかっただとか。
そのワーストスリーの内の一人だけがプロデューサーが決まってしまい、そのプロデューサーのことを訊く流れで同じくプロデューサーがついている自分も質問攻めにあっただとか。
生徒会長が同じ一年生のアイドルとユニットを組もうと、誘いをかけていた事。
ワーストスリーの内二人がレッスン中に倒れてしまった事。
秦谷さんが不良を自称していた事。
ワーストスリーには結局一人しかプロデューサーがつかなかったなどと、その他さまざまな話を聞いたことがある。
ただ、そのどれも毎回同じタイミングで同じように聞いており、内容は変わっていなかったはずだ。
流石に一言一句同じとまでは言わないけども、おおよそ同じことを言っていた……と思う。正直に言えば自信はないけども、大きく離れたことは言っていないはずだし、反対に話を聞かなかったことも無かったはずだ。
もしあれば、その原因について探していただろうから。
……うん? 待てよ?
「篠澤さん、すみません。少しいいですか?」
「いいけど、どうかしたの?」
「初星学園のワーストスリーというのは、篠澤さんと倉本さんと花海佑芽さんで間違いないですか?」
「そうだけど、どうして佑芽だけフルネーム?」
「花海さんにはお姉さんがいますから、彼女と区別するためです。すみません、資料を読む邪魔をしてしまって」
「大丈夫」
それだけ言って再び、資料に目を通し始める。
汐入さんや篠澤さんが嘘を吐いているというわけではないだろう。
ワーストスリーというのは先に挙げた三人の事を示す言葉であるはずだ。
そしてその三人のうちの一人だけがプロデューサーが決まってしまった。つまり、ここまでの真実から考えればその一人というのは篠澤さんという事になる。
だが、花海さんにも、倉本さんにもプロデューサーはついていたはずだ。
だれがプロデューサーなのかと言うところまでは調べなかったが、ついていたことに間違いはない。
……もしかして、あの篠澤さんの元プロデューサーはループごとに別の子を担当している?
そう考えれば、すべての事に説明がつくような気がした。
だが今更気づいてしまってももう遅い。
このループの間でそれを調べる方法はないのだから。
どうして自分以外にもループで行動が変わっている人がいることに気づかなかったのかと、自分で自分を責めたくなるが、汐入さんの事で精一杯で他の事に手が回らなかったことは自分自身が一番わかっているので責めるに責めきれない。
彼がこのループの何かを知っている、そう考えた方がいいのだろうか。
「決めたよ、プロデューサー」
どうやら、資料をもう見終わったようでこちらに一枚の紙を篠澤さんは付き出してくる。
ループに関して考えるのは後でいい。
思考を切り替え、今彼女に提示された資料に目をやる。
「……これは、本気ですか?」
思わずそう訊いてしまう。
プロデューサーとしては、訊かなければならない資料を彼女は提示したのだった。
「うん。本気、だよ」
行ってしまえば、このプロデュース計画というのは何の飾りつけもせず、篠澤広の強みである過去の経歴も一切使わずにただの一人のアイドルとして、勝負するというものだ。
いわゆる、みんながイメージする一般的なアイドルとしての道を目指すことになる。
そしてそれは篠澤さんにとって一番遠く、険しい道を彼女は本気で歩こうとしている。
「この方針でいくとなると、かなり厳しいメニューになりますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫。むしろ限界まで厳しくして」
……なんで彼女は体力がないのに、こんなにストイックなんだろうか?
これも向いていないからこそ、アイドルを目指したという理由なのかもしれない。
篠澤さんがアイドルになる前の功績についてそれが偶然才能があっただけだとでも言われて、その評価を見返そうとでもしているのだろうか?
「わかりました、そういう事であれば協力します」
そんな疑問を抱きつつも、担当したアイドルがその道で進みたいというのであれば、僕として止めることは出来ない。
そもそもプロデュース方針を選んでもらったのは自分だ。彼女が決めた以上もう僕にできるのは、篠澤さんが成功出来るようにサポートする。
ただそれだけなのだから。