自分は甘く見ていたというしかない。
まず、ループの事から言えば、何の進展もないというのが実情だ。
おそらく、篠澤さんの元担当がプロデュースしている人物をループごとに変えているという推測は立ったが、それを証明することは出来ない。
それならと、彼が自分と同じようにループの記憶を引き継いでいるのかと思い、これから先の未来で起こる事でかまをかけてみるが、彼がそれらしい反応を見せたことはない。
記憶が無いと考えるべきか、それとも演技なのか、正直判断に困るというのが実情だ。
演技にしては反応が自然すぎる気もするが、彼一人なら演技が上手いだけという事もありえる。
その結果進展なし、そして汐入さんからスカウトを断られた理由も未だに分からないままだ。
この時間がループしている事の調査について何も進んでいないのなら、篠澤さんのプロデュースの方はどうかと言えば……
「……それ、本当に言ってます?」
「ああ、こんなことで嘘を言っても仕方ないだろう」
「いえ、すいません。そうですよね、トレーナーさんが嘘を吐く必要が無いのは分かっていたのですが……」
先ほど聞いた事があまりにも信じることが出来ず、ダンストレーナーさんに懐疑の視線を送ってしまう。
だって誰が、普通にストレッチをした結果倒れただなんて報告を聞いてすぐに信じ切れるというのだろうか?
篠澤さんが準備運動でへばっていたところを過去見たことがあるが、あれでも相当体力がついた後の話だったのだろう。
「まあ、そう思う気持ちは分かるがな」
ダンストレーナーは、今も尚保健室のベッドの上で気絶している様子の篠澤さんを見ながら、同情するかのように言った。
「なあ。プロデューサー。こう言っちゃなんだが……、彼女をアイドルにするのは無理じゃないか? まったく見込みがないと思うぞ」
「確かに今のままなら、その通りだと思います」
「何か含みがあるような言い方だな?」
「いえ、こうしたアイドルを上手くプロデュースするのもプロデューサーの腕の見せ所だなと思いまして」
「そういうなら止めはしないが、勝算はあるのか?」
無いと言えば、嘘になる。
なんせ僕は彼女がアイドルとして輝いている姿を見ているのだから。
僕が正しくプロデュース出来れば、その未来は現実となる。
「どうですかね」
ただ今の段階では机上の空論にも甚だしい。
なんせ、どうやって彼女をあの領域まで持っていくことが出来たのか、僕には見当もつかないのだから。
理論上可能というのと、現実的に可能。
この二つの間には乗り越えようのない大きな壁がある。
「ただ篠澤さんのプロデュースをすると決めた以上、自分の持てる全力は尽くしますよ」
「全く、彼女も随分と難儀な性格をしているように見えるが、君も相当だな」
呆れたようにダンストレーナーさんは、肩を竦めた。
篠澤さんの方はともかくとして、僕の方は呆れられるような要素は無かったと思うんだけど。
「君達がどう這いあがってくるか、楽しみにしているよ」
それだけ告げると、次のレッスンがあるのかダンストレーナーさんは、保健室を出て行った。
「這い上がるねえ……」
何度もチャンスがあって一度も中間試験に担当アイドルを合格させてあげれなかったプロデューサーに、一曲を踊り切るどころか準備運動で倒れてしまうアイドル。
その二人が中間試験を突破することが出来れば、確かにそれは這い上がると呼ぶにふさわしいだろう。
「ん……んん……………」
そんなことを考えていると、どうやら篠澤さんが目を覚ましたようで呻くような声が聞こえてくる。
「……どこ?」
「保健室です。篠澤さんがレッスン中に倒れたところを、ダンストレーナーさんが運んでくれたんです」
「そうなんだ、ふふ」
どこか満足気に笑う、篠澤さんの姿を見て前の担当はどうやってこの自然界では絶対に生きていけないであろう虚弱体質を一曲披露出来るところまで持っていったのか疑問に思う。
何かの間違いで無人島に流されたら一日と言わず、二分で死んでしまいそうな儚さが彼女にはあった。
「レッスンメニューの練り直しが必要ですね」
他のアイドル達に比べれば軽いレッスンにするように、ダンストレーナーさんには頼んだのだが、それでも倒れられるとは思わなかった。
「ふふ、失望した?」
「そうですね。あなたの体力を高く見積もってしまっていた自分に失望しました」
もっと篠澤さんの体力に見合ったレッスンメニューを考える必要がある。
といっても、これより軽いものってどうすればいいんだ?
体力をつけるのが優先であることは確かなのだが、そもそものその体力をつけるためのレッスンをするための体力がないとすれば?
……答えはすぐに出そうになかった。
そして、どうして篠澤さんがこちらを恨めしそうな目で見ているのかについても答えは出せそうにない。
「とりあえずは体力の必要のない分野から、せめていくことにしましょう。リズム感のトレーニングであればそこまで体力を使わずに済むはずです」
「どうするの?」
「よくあるものとすればメトロノームを使った練習でしょう。四分音符、八分音符、三連符、十六部音符、裏拍のみを正しくとれるようにするなどが有名だと思います。後は音楽ゲームもトレーニングとして良いと聞いたことがありますが……詳しくは、トレーナーから聞いた方がよいでしょう」
「わかった」
「リズム感のトレーニングですが手拍子だと体力がそこを尽きる可能性があるので、人差し指で机を叩くぐらいの座って出来るようなものにした方がいいでしょう」
普通の人なら手拍子ぐらいで、体力が尽きることは無いと思うが相手は篠澤さんだ。
常に最悪の想定をしながら、レッスンの計画は立てておくべきだ。
「……もっと厳しくしてもいいよ」
不服そうな目で、篠澤さんはこちらを見つめる。
「疲れなくてもいいトレーニングで、わざわざ体力を減らす理由は無いと思いますが? 貴方にとって厳しいレッスンをする前やした後にも継続して行う必要がありますので、出来るだけ体力を使わない様にして欲しいのですが」
「……わかった」
不服そうではあるが、何とか了承の返事を聞き出せたことに、一安心する。
次からは倒れないようにしてくれと、駄目元で念押しをしてから、僕は活動教室に戻りトレーニングメニューを考え直す。
体力づくりと聞いて、パッと思いつくのはやはり走り込みだが、篠澤さんにその方法を勧めたところで毎回途中で倒れるだけで、非常に効率の悪い練習方法になるのは間違いないだろう。
毎日グラウンド一周の走り込みであっても、それは彼女にとって毎日フルマラソンを走れなんて言われているようなものだ。
確かに実行できれば体力は増えるだろうけども、その前に体が壊れるのが先だ。
ならできるだけ負荷を減らすために、器具を使えばどうだろうか?
サイクリングなら、そこまで負荷がかからず……いや、篠澤さんは自転車に乗れるのだろうか? 吹けば飛んでしまいそうな彼女のことだ、自転車に乗れなくても何らおかしくない。それどころか、自転車から転げ落ちて、何故だか満足気に笑って「ふふ、ままならないね」と言っているところが想像出来てしまう。
エアロバイクというのはどうだろう。これなら転倒の恐れもなく篠澤さんに負荷を掛ける事が出来るはずだ。
そこまで考えて、何故だか体力の限界までペダルをこぎ、エアロバイクから落ちた上で、運ばれた保健室で「ふふ、ままならないね」と想像の中の篠澤さんが言う。
……これも駄目か。
それなら体に負荷がかかりにくいと言われる水泳なんていうのはどうだろう?
だめだ、何故だか沈んでいき、プールの指導員に救出された挙句、満足気に「ふふ、ままならないね」と言っている姿が何故か想像出来てしまった。
ウォーキングならどうだろう。歩くぐらいなら、大丈夫だと信じたいが……いや、でもストレッチをして倒れるぐらいだ。下手に外に出して、外で倒れられると困る。出来るだけ人の目がある場所となると室内ウォーキングになるが……ルームランナーを使えば可能だろうか?
いや、その場合でもコンベアの動きについていけず、機械の外に弾き出され、「ふふ、ままならないね」と何処か満足気に篠澤さんが言っているような気がする。
想像以上に難しいぞ?
どんな方法を考えても、想像の中の篠澤さんが何かしらの失敗をした後、あの満足気な表情で「ふふ、ままならないね」と笑い掛けてくる。
「ままならないね」と満足げに笑う、篠澤さんのせいでノイローゼになりそうだ。
そうして他の方法を模索している時、ある一つの疑問が僕の頭の中によぎった。
そもそも、篠澤さんがレッスン中に倒れる原因は何だろうか?
体力が少ないから?
違う、それは理由であって原因ではない。
先ほどの例えを引用するが、自分がアイドルだったとして、プロデューサーに毎日フルマラソンを走れと無茶なレッスンメニューを渡されても僕は倒れない自信がある。
フルマラソンをやり切る自信があるというわけではない。倒れる前に止める自信があるからだ。
もちろん猛暑などで知らず知らずのうちに体力が消耗していたとかなら話は別だが、大会でもないただの練習で自分をそこまで追い込むことはできない。
無理そうに思ったら、そのたびに休憩するだろう。それにフルマラソンなどというふざけたレッスンなら、途中で辞めるだろうし、そもそもそんなことをしないとアイドルになれないというなら、そもそもアイドルになることを諦める。
なら、篠澤さんの倒れてしまう原因は何か?
それは自分の限界を超えて追い込んでしまうからに他ならない。
自分の限界を理解出来ていないのか、それとも理解していながらもわざと超えているのか……おそらく後者だろうなと推測はつく。
その結果として、ゾウリムシレベルの体力の生物がレッスンを頑張りすぎて倒れるという、何ともまあ迷惑極まりない事になっているわけである。
練習で自分を限界まで追い込めるのは美点だ。
そういった人物の方が、ただ努力している人より伸びはいいだろう。
だが倒れるまで追い込むとなると話はまた別だ。
解決するべき課題になる。
ただ原因を見つけたところで、結局どうすればいいのかという問いに今の僕では答えがない。
篠澤さんに無理はするなと言ったところで無駄だろうし、かといって無茶をしないために彼女のレッスンを常に見張るというのも現実的ではない。
専属トレーナーを付けるなどすれば話は別だが、そんなものを用意出来るはずがない。
正直、答えは見えないが、無駄に時間を浪費するわけにもいかず最低限の負荷のレッスンメニューでも考えるべく、図書館へと向かった。
そのメニューを翌日実行した結果再び、レッスン中に倒れてしまったことはもう見なかったことにしよう。
……とまあ、こんな調子で篠澤さんのレッスンについても殆ど進展はないと言っていい。
汐入さんのプロデュースの時とは逆で、何をすればいいのかは明瞭なのに、どうすれば解決することが出来るのかわからないという現状だ。
ただそんな全く上手くいかない日々の中でも、上手く行ったことが何個かある。
一つ目は、彼女はリズム感に優れていた事だ。
トレーナーから聞いて驚いたことだが、リズム感に関して言えば一流の人達と殆ど変わりない程良いらしい。
ただ、彼女のレッスンなどを見ていると、明らかに曲から遅れていたり、ダンスのテンポが遅れている時があると指摘すると、
「それは、ただ単に篠澤の動きがついてきていないだけだな。ダンスの場合はそれが顕著だ。歌の場合は、息苦しくなり無駄なブレスが入っているため、リズムが遅れているように聞こえるだけだ」
との答えが返ってきた。
つまりは、ただの体力の問題であるらしい。
何処まで行っても彼女の問題は一つに収束していってしまう事に若干の気疲れを感じつつも、久々に前向きになれる話題であり、気が楽になったのを憶えている。
二つ目は、ワーストスリーはかなり仲がいいということだ。
入学試験ワースト1、2と補欠入学の三人組ではあるが、その二人とは篠澤さんは随分と仲良くやっているらしく、三人で切磋琢磨している様子が伺える。
実際、食生活の改善などでは、花海佑芽さんの協力があったことを篠澤さんから聞いた。
何でも彼女協力のもと、トップアイドル養成ごはんなるものを食べているらしい。実際にそのおかげか、体力もほんの少し増えたような気がする。
一度実際にそのトップアイドル養成ごはんを見たことがあったが、ペースト状の物体達と、チキンに生野菜、それとサプリがワンプレートに盛り付けられた物体。そして、謎の色に発光している液体と、口が裂けても食欲を誘うとは言えない見た目のものだった。
正直自分は食べたくないが、篠澤さんは味に関しては不思議な味と言っていたが、何処か満足気に食べていたのでよしとしよう。
その他もろもろ、三人で切磋琢磨しているらしい。
明確な競争相手、あるいは協力できる友人というのはモチベーションを高める効果があるはずだ。
そして三つ目は、元篠澤さんのプロデューサー。つまり現花海さんのプロデューサーと仲が良くなったことだ。
ループ関連の事で、情報を聴き出そうと思い話す回数が増えたおかげである。
これは篠澤さんのプロデュースには関係はないが、ループの事を知るためには役立つだろう。
そのほか篠澤さんがゾウリムシレベルの体力からミジンコレベルの体力になったりと、紆余曲折ありながら、既に彼女をプロデュースすることに決まってから二週間が経とうとしていた。