時間が足りない。
それが正直な感想だ。
牛歩よりもゆっくりなスピードではあるものの、篠澤さんの体力問題は改善されている。
それでも、今のままだと中間試験には間に合うかどうかは怪しい。
中間試験では曲を一曲、披露する必要がある。
基本的に中間試験で披露することになるのは、最終試験の合格者達がライブをするステージの名前と、同じ名前の『初』という曲だ。
『初』は、篠澤さんにとっては都合のいい事に、そこまで激しい曲というわけではない。
ただそれでも、今の篠澤さんの体力では一曲分のパフォーマンスをする前に倒れるか、後半部分で体力切れになりダンゴムシの徒競走を見ているような見ていられない惨状になってしまう。
そのためには篠澤さんに体力をつけてもらわなければならないのだが、そこで最初の感想に戻るというわけだ。
明らかに時間が足りていない。
中間試験まではあと一か月程しかない。
こんな短期間で劇的に体力をつける方法なんて、もはやドーピングしかないのではないかと考えてしまう程だ。
ただそんな愚行を担当のアイドルに提案するほど腐り切ってはいないし、そういった行為が篠澤さんが嫌うものであることはこの二週間でなんとなく理解していた。
何とか正当な方法で中間試験を突破できないかと頭を回す。
まず思いついたのは、『初』の振り付けをより簡略化することだ。
これが上手く行けば篠澤さんの体力の消耗を抑えることが出来るはずだ。
ただこの際に問題になるのは、この中間試験の方式だ。
中間試験において、アイドル達が披露するのは基本的に『初』だ。つまり、殆どすべてのアイドルが同じ曲でパフォーマンスをすることになる。
その中で、分かりやすく簡略化したダンスをしていれば悪目立ちすることは避けられないだろう。
僕に上手く、振付をより簡単に、それでいて元のものと引けを取らない程のダンスの振り付けに変更できるというなら話は別だが、残念ながらそんな才能はない。汐入さんのプロデュースの際に必要に駆られ、振り付け自体は勉強したことはあるが、それだけだ。
完成された『初』の振り付けに勝てるようなものが作れるとは到底思えない。
次に思いついたのは、新しく篠澤さんの為の曲を作るというものだ。
基本的に『初』を披露することになるとはいったものの、中間試験において別の曲を披露することは、禁止自体はされていない。
その別の曲を披露する条件がそのアイドルの持ち歌となっており、この制約のせいで、元々アイドル活動をしていた内部進学組はともかく、外部から進学したアイドル達は殆ど不可能になっているというだけだ。
新しくそのアイドルの為の曲を作るとなれば、何といっても期間が足りない。
入学試験から一か月半という期間では、作詞や作曲を依頼し、その振付の作成を依頼、その後アイドルにその曲のレッスンをしてもらうという三工程を踏むには、余りにも時間が足りなすぎる。
ただ実はたった一つだけ、この時間の問題を解決する冴えた方法が存在している。
その方法が何かと訊かれれば、答えは簡単だ。
他を頼ると時間が足りないのであれば自分で作ってしまえばいい。
作詞や作曲に関しても汐入さんをプロデュースしていたころにあらかた勉強した。
プロからみれば子供の遊びのようなものかもしれないが、最低限聞くことの出来るレベルにはなっていると自負している。
この際に問題になってくるのは、どのような曲を作れば勝負出来るのかが分からないということだ。
まず最低限の条件として『初』よりも、体力の消費が少ない曲というのが前提となる。
それだけでも作れる曲の幅が狭くなるというのに、その上で篠澤さんを中間試験に合格させるための曲となるという条件が足せられると、どうすればいいのか今の僕には分からない。
三つ目に思いついたのは、中間試験の時までに篠澤さんの体力がついていることを祈り、体力をつける事に専念するというものだ。
最初の時間が足りないという思考とは矛盾している考えにも思えるが、正直に言えばこれが一番現実的な路線だと言える。
現段階では到底間に合うとは思えないが、正しくトレーニングを積めば、篠澤さんの体力が持つことは以前までの周回から痛い程よくわかっている。
ただそれは正しくトレーニングを積めばという、前提になりたっている話だ。
おそらく以前の周回であのプロデューサーは篠澤さんの体力という問題に頭を悩ませ、何かしらの解決策を行使しているというのは想像に難くない。
ただ、それと同類、あるいはそれ以上の効果を持った解決策を今僕が実行出来ているかと聞かれた際に、頷ける自信はない。
アイドルの貴重な時間を貰っている以上、失敗することは許されない。
どの選択肢を選んだとしてもだ。
「いつも通り、難しそうな顔をしてますね」
食堂で昼食を食べながら思考を回していると、花海さんのプロデューサーから声を掛けられる。
「ええ、まだ辺りを石に囲われているダイヤモンドの原石のようなアイドルをプロデュースすることになりましたので」
「また担当について悩んでいたんですか。プロフィールを見た段階から、彼女の担当プロデューサーは苦労すると思っていたんですが、どうやら私の見立ては間違っていなかったようですね」
そういって何処か他人事のように苦笑を浮かべるが、お前が彼女を担当する時間軸だってあったんだと心の中でツッコミを入れる。
そこまで考えてから、一つの事実に気づく。
「これはもしもの話しですが、もしもあなたが篠澤さんをプロデュースするとすればどのような方針を建てますか?」
そうだ、答えがあるなら、本人から聞いてしまえばいいではないか。
この時間軸の彼は篠澤さんのプロデューサーではない以上、彼女のデータを正確には知らない。
そのためその時と全く同じ方針が出てくるとは限らない。ただ、答えに近い意見は出てくるはずだ。
「どうしたんですか、急に」
「いえ、自分でもどうしたらいいのか分からなくなりまして、他の人からの視点を入れればまた何か新しい発見があるのではないかと思いまして」
「では貸し一つという事で良ければ話しましょう」
僕はその話に大きく首を縦に振った。
貸し一つというのが、少し怖い気もするが、彼ならそこまで無茶な注文をしてこないだろう。
「方針を建てる前に聞いておきたいんですが、彼女の実技はどれほど壊滅的なんです? 実技試験で初星学園始まって以来の点数を叩き出したことは知っていますが」
「体力が壊滅的ですね。通常のレッスンはまず間違いなくやり遂げれませんし。最初期に比べれば、体力はついてきたほうだとは思いますが、それでも他のアイドルと同じメニューをしていれば準備運動をしている段階で倒れると思います」
「……思った以上に重症ですね」
篠澤さんの実情を話すとプロデューサーが引きつったような表情を浮かべた。
まあ、そうだよな。普通準備運動の段階で倒れるような人物が初星学園にアイドルとして入学しているとは考えにくい。
「そうですね、体力増強をまず第一の目標にするでしょうね。高齢者のリハビリ程度の低負荷の物でもいいので、まずは倒れずに、レッスンをやり切ることを第一に考えると思います。それと、出来るだけ体力を使わずに出来るレッスンをするべきでしょう。リズム感を鍛えたり、イメージトレーニングなんてものもいいかもしれませんね」
「イメージトレーニングですか」
確かにそれは盲点だった。
通常のレッスンよりは当然体を動かさない為効率は落ちるが、それでも体力を使わずに出来るレッスンと考えれば、篠澤さんにとってピッタリなトレーニングだ。
「後は、そうですね。篠澤さんでしたら座学の免除申請も通るでしょうし、その空いた時間を休養などに回すというのもいいでしょう。体力がない分、ちょっとした負荷でも他の人より体力を消耗しているでしょうし、休養する時間は多ければ多い程良いはずです。あとはその質を高めるために体力回復に適した食事を食べさせるとかですかね」
「そうか、座学の免除申請。それがあった!」
思わず立ち上がり、大きな声に出してしまう。
その様子を不審に思った食堂にいた他の生徒達の視線が突き刺さるのを感じ、おずおずと席に座り直す。
篠澤さんは既に大学を卒業している、その経歴を利用すれば座学の免除申請は通るだろう。
彼女にとって座学の時間は大した意味を持たないだろうし、その時間をアイドルとしての時間として有効に活用できるのであればこれに越したことはない。
高校生である以上、授業という名の束縛の時間が発生するのは仕方ないと考えていたのだが、先入観に囚われ過ぎていたらしい。
その空いた時間で休養をしてもいいし、彼が先ほど述べていたイメージトレーニングをするのもいいだろう。
「すみません、ちょっとやるべきことが出来たので失礼します」
残っていた昼食を一気に掻きこみ、席を立つ。
「貸し一、忘れないでくださいね」
背中からプロデューサーのそんな声が聞こえたため、それに手をあげることで答えてから、職員室へと急ぐ。
座学の免除申請書類は簡単に貰え、想像の通り提出さえすれば免除申請は認められるだろうとのことだった。
後は篠澤さんがこの書類にサインをするだけで、今後篠澤さんは一部の授業に出席せずともよくなる。
アイドルの活動のために使える時間が増えるのは、彼女の成長という意味では非常に大きい。
ただその一方で、こんな簡単な事さえ思いつくことの出来なかった自分の実力の無さが嫌になる。
彼が篠澤さんのプロデュースについて考えたのはあの一瞬だけだろう。
座学の免除という少し特殊な措置とはいえ、その一瞬で分かるようなことを僕は二週間もの間、思いつかなかったのだ。
その結果としてアイドル活動に当てることが出来た時間を、彼女にとっては殆ど意味の無い形で浪費させてしまったのだ。
「今日は、一段と酷い顔」
いつの間にか、篠澤さんは活動室に来ていたようだ。時間の浪費が終わったため、こちらに来たのだろう。
「すいません、篠澤さん。自分のプロデュース計画は甘かったようです」
「なにか、あった?」
篠澤さんの頭の上にはハテナマークが浮かんでいるようだった。
「友人のプロデューサーの指摘で気づいたのですが、篠澤さんの成績であれば座学免除の手続きを行うことができます。これにより一部の授業には、出席せずともよくなり、空いた時間を別の事に使えます」
そう告げると、篠澤さんは目を見開いた。
自分を担当しているプロデューサーはそんな簡単なことすら気づけない人なんだと、内心でショックを受けているに違いない。
そうだよな。
通常、プロデューサーであるならばそのアイドルにとって有効そうな制度については知っておかなければならない。
例えばお金に困っている生徒であれば奨学金の申請をすることによって、その心配を取り除くことが出来、その結果レッスンなどに集中することが出来るだろう。
このように知っていれば得する制度もあれば、むしろ知らない事によって損するものもある。
損する例としては、篠澤さんにとってはかなり先の話しになるが、三年生が参加できる自由参加の夏合宿サマースクール。これは最終日に浜辺の特設ステージでライブを披露出来る。もしもこの夏合宿の事自体を知らなければせっかくの大舞台に立つという担当アイドルのチャンスをみすみす逃すことになる。
それにこういったものを調べる能力というのは、そのまま仕事を見つけてくる能力に直結する。
初星学園と提携している企業からのものなど、学生の内に行うことの出来る仕事というのも数多くある。
そういった仕事で経験を積む、あるいは顔を売るということは、アイドル活動としては重要な事の一つだ。
出来るだけ好条件の物を選ぶために、常にアンテナを張り続ける事はプロデューサーの能力としては非常に重要だ。
つまり、先ほどの僕の発言は自分はその能力に欠けていますと、自白しているのと同義だ。
自身のプロデューサーが、そんな足りていない人物であったことに驚き、失望するに違いない。
「プロデューサー、友達がいたの?」
ただ、篠澤さんから返ってきた答えは失望の声などではなく、想定外のものだった。
「それ、今重要ですか?」
「うん。すごく、大切」
そう力強く返事する篠澤さんに毒気を抜かれてしまう。
僕の情報収集能力の無さなんて彼女にとってはどうでも良かったのか、そもそも僕なんかに期待すらしていなかったのかもしれない。
「いますよ、友達の一人やふた」
そこまで言って、言葉に詰まる。
友達と呼べる人物が花海さんのプロデューサー以外にいるだろうか?
高校までの友人は確かにいるが、ここに入ってから連絡も取ってない。
他のプロデューサー科の生徒ともほとんど話してない、話しをしているのはそれこそ花海さんのプロデューサーぐらいの物だろう。
ループが始まった頃ならともかく、時間のほとんどは担当のプロデュースの事に回してるし……。
そうなってくると、友達と呼べるような相手は一人しかいないのではないだろうか?
「だいじょうぶ。心配ない」
篠澤さんは慈愛に満ちた目でこちらを見る。
「なろう、友達」
「結構です。アイドルとプロデューサーの関係はそう言うのではないので」
「がーん」
何故だかショックを受けたような表情を浮かべる。
別に僕なんかと友人になれなくても、良いだろうに。
「ともかくです、これによって篠澤さんは空いた時間を手に入れたわけです」
このまま話を進めているとどんどん変な方向に行ってしまう気がしたので、無理やり話題を元に戻す。
「その時間は、どうすればいい?」
「イメージトレーニングや休養に当てるのがいいでしょう」
「いめーじ、とれーにんぐ?」
「はい、目をつむって、頭の中でレッスンするんです。お手本を思い浮かべて真似をするのがいいでしょう。これなら体力を消費せずに済みますから」
「……合理的。わたしに合ってる。お手本はアイドルの動画?」
「それよりも、近くにいる他のアイドルを参考にするべきでしょうね。お手本になる人物はたくさんいますから」
花海咲季さんや月村さんなどのアイドルはその筆頭だろう。
「確かに……目の前で観察した方が効果的。やってみる」
「後は、休養の方法も考える必要があるでしょうね。今より質の良いものにするべきでしょう。これも友人からの受け売りではありますが」
「寝るだけじゃ、だめ?」
「駄目ではありませんが、効率の良い休息は効率の良いレッスンに繋がります」
「具体的に、どうすればいい?」
そこで僕は言葉に詰まった。
最初は、花海さんのプロデューサーの言っていた通り、食生活を疲労回復に適したものに変えようと思っていたのだが、トップアイドル養成ごはんが既にその問題を解決していることに、彼女が来るまでの間に調べていた時に気づいたのだ。
あのごはんを作っている人物は、飾りつけのセンスこそないものの、栄養学に造詣の深い人物が作っていることが分かる。
事実、あのご飯を食べるようになってから篠澤さんの体力はようやく牛歩よりもゆっくりなスピードで進み始めたという実績もあるのだから。
汐入さんの時は、食事を制限することによるストレスの方がメリットよりも大きいと思い、栄養学については最低限しか勉強してこなかったが、ここまで効果があるなら、次の周回に備えて勉強しておいた方がいいかもしれない。
「すみません。まだ思いついていないので、明日までには具体的に指示できるようにしておきます」
結局、何も思いつかず正直に謝ることにした。
他の疲労回復についての篠澤さんが来る前に軽く調べてはみたのだが、それ以外は適切な運動や寝る前のストレッチなど、もうすでに行っている事ばかりだったのだ。
「なら、マッサージは?」
「マッサージですか?」
「うん、佑芽のマッサージ。すごく痛いけど、とても効果的」
マッサージか。
確かにやり方によっては疲れが取れそうなイメージがある。
それに篠澤さんが経験をして、効果があったというのなら実際に効果もあるのだろう。
「篠澤さんがマッサージされている様子を見せてもらうことは可能でしょうか?」
「わかった。佑芽に頼んでみるね」
言うが早く翌日、マッサージの様子を見せてもらえるということで、トレーニング終わりにトレーニングルームに向かう。
そこには篠澤さんと花海佑芽さん。それに倉本さんの姿があった。
花海さんのほうは、マッサージを行う人物だからここにいるのは理解できるが、どうして倉本さんの姿もあるのかと疑問に思いつつも三人に挨拶をする。
「まあ、あなたが篠澤さんのプロデューサーですのね」
目を輝かせながら、両手を頬に添え若干頬を赤らめた様子で倉本さんはこちらを見る。
自分はそこまで注目されるような人物では無いと思うのだが、やはり友人のプロデューサーということで気にかけているのだろうか。
それとも何か篠澤さんから変な形で情報が伝わっているのか。
多分その両方だろうなと当たりを付ける。
「ああ、いけませんわ。まずは自己紹介をしませんと。はじめまして、篠澤さんのプロデューサー。わたくしが倉本千奈ですわ」
その挨拶一つ一つにも気品のようなものを感じるのはおそらく気のせいではないのだろう。
本邦有数の大財閥倉本グループ。その令嬢だ、幼少のころからの厳しい教育によるものに違いない。
一つ一つの所作の美しさを見ていれば、入学試験の結果で篠澤さんを超えるワースト1の称号を手に入れた人物とは到底思えない。
「あ、広ちゃんのプロデューサーさん! はじめまして、あたし広ちゃんの友達の花海佑芽っていいます!」
元気よくこちらに挨拶をしてくるのは花海佑芽。
あの花海咲季の妹であり、補欠合格というワースト1を超える成績を出した生徒だ。
この二人にも何度煮え湯を飲まされてきたか分からない。
二人に軽く自己紹介を返した後、当初の予定通りマッサージの風景を見せてもらう。
「いたぁ!!!!!」
花海さんが篠澤さんの足の裏を指で押したとき、今までの篠澤さんから聞いたことも無いような声が漏れる。
「ひいい……何時もの事ですが見ているだけで涙が出てきますわ」
「いつもこんな調子なんですか?」
「ええ、花海さんのマッサージはとっっ………………ても、痛いのです。ですけど、その分効果はありますわ」
こうして篠澤さんだけではなく倉本さんも効果があるというからには、実際効果があるのだろう。
やはり、トレーニング後のメニューとしてマッサージは組み込むのはありかもしれない。
「それにしても、マッサージをしている様子が見たいだなんて何かありましたの?」
「ああ、それですか。効果があると聞いたので、トレーニング終わりのマッサージを日課にしようと思っていたのですが、流石に花海さんの手を毎回煩わせるわけにはいきません。ですから、自分が代わりにマッサージを行うことが出来るか確認しにきたというわけです」
僕が今回の目的を口にすると、先ほどまで和気あいあいとしていた雰囲気が凍り付く。
何か変な事を言ってしまっただろうか……。
「いたたたたたたたたた!!!!!!」
凍り付いた空気の中、本当に篠澤さんから発せられたのかと疑問に思う程の大きく張り上げた声があがる。
こんな声を出すことも出来たんだなと、どこか冷静に分析している自分がいた。
「あ、ごめんね、広ちゃん!」
どうやら、花海さんが足裏を強く刺激しすぎてしまったらしい。
篠澤さんの足から手を離すと、花海さんは何処か怒った様子でこちらに振り返る。
「え、えっちですよ! プロデューサーさん!?」
「そ、そうですわ! 破廉恥ですわ! それに、そんなことしてたら、風紀委員の皆様にしかられちゃいますわ!?」
顔を真っ赤にして、二人から非難の言葉を受ける。
言われてから気づいたが、年頃の女子高生をマッサージ目的とはいえ、異性が直接触れるのはセクハラに当たりかねない。
失敗した、中間試験の合格の事ばかり考えてそういった世間一般的な常識の事を全く考えていなかった。
「……確かにお二方の言う通りですね、申し訳ありません。思慮の足りない考えでした」
「ふふ、プロデューサーなら、いいよ?」
「その誤解を招きかねない発言は辞めてください。先に配慮し忘れていた自分が言うのもなんですが、あなたはアイドルであるという自覚をもつべきです」
自分でやるのがむりとなると、そういったマッサージを受けれる店を探すべきだろうか。
「私が間違っていますの? プロデューサーとアイドルというのは、あそこまで気を許した関係にならないといけないんですの?」
「千奈ちゃん、正気に戻って! 広ちゃんが特別なだけだよ!」
二人は二人でよくわからない事を言っているし。
「すみません、邪魔をしてしまいましたね。ただ一応どういった風に行っているのかは見ておきたいので、続きをお願いしてもいいですか?」
「わかりました! 任せてください!」
このまま放置していると変な方向に話が行くことを危惧し、本題に戻るよう促す。
マッサージの間、篠澤さんはずっと苦悶の声をあげていたが、マッサージが終わると倒れたままどこか満足気な笑みを浮かべる。
「ありがとう、佑芽。また、よろしく」
と、お礼の言葉を口にする。
あの絶叫している様子を見ている限り、僕なら絶対受けたくないマッサージではあるが、篠澤さんにとってはそうでもないらしい。
才能のあるアイドルというのは、こういった苦痛や苦境を楽しめる人物の事を指すのだろうかと、一瞬考えて、倉本さんは余り乗り気ではなかったよなと気づき思い直る。
二人にお礼の言葉を述べてから、トレーニングルームから退出する。
近くのマッサージ店を探そう、花海さんのような施術をしてくれるような場所が見つかるかは分からないけど、出来るだけ痛くても効果が有りそうな場所を。
しかし、本当に痛そうだったな、篠澤さんからあそこまで声が出るなんて。
遠い昔にテレビのバラエティーで見た、足つぼマッサージを受けて絶叫する芸人のようだった。
そんなことを考えたときだった、天啓のようにある一つの考えが僕の頭によぎる。
この方法であれば、中間試験も突破できるかもしれない。
携帯の画面で現在の日にちを確認し、中間試験の日から準備に掛かる期間を逆算するが、ギリギリ間に合うはずだ。
それに気づいた瞬間、いつの間にか僕の足は目的地へと駆けだしていた。