「どうしたの、これ?」
一日で様相を風変りさせた僕のデスク回りを見て、困惑した様子で篠澤さんはつぶやく。
「買いました。これからのプロデュースに必要だと思ったので」
昨日、篠澤さんのレッスン終わりに楽器店に走り、購入してきたMIDIキーボードがパソコンの前に鎮座している。
それ以外にも作曲に必要なもろもろを昨日の内に購入したのだった。
資金源として幼少の頃からお年玉としてもらっていたお金を下ろすことになったが、過去のループでも何度も購入していることもあり、特に思うところはない。最初の頃は結構躊躇していたような気もするが、慣れというのはおそろしいものだ。
結局のところ、僕が閃いた中間試験を突破するための策というのは彼女が歌う為の曲を作るというものであった。
「プロデュ―サー、作曲できるんだ」
「ええ、運よく時間だけはあったものですから」
そんな長い時間の中でも何故か一番伸びて欲しかったはずの、プロデューサーとしての力は全く伸びなかったけども、と心の中で悪態をつく。
「ループの間に身に着けたの?」
「そうですね。入学する前はまさかプロデューサーに作詞作曲の能力が必要だとは思いませんでしたし」
最初の頃はこのキーボードの使い方も知らなかったし、正直作曲のさの字も知らない状況だったと言っていい。
曲を作るなんてどうすればいいのか想像すらできない程だ。
この作曲用のソフトだって最初は使い方も全く知らなかったというのに、今では手足のように扱うことが出来る。
膨大なループの間に作詞作曲についての本は図書館にあるものに関しては全て目を通している。正確に数えてはいないものの汐入さんの為に作った曲の数は三桁は超えているだろう。
「そんなことまで、してたんだ」
「ええまあ、きっと自分が優れたプロデューサーであればこんなことせずに済んだんでしょうけどね」
正々堂々戦うことが出来たのなら、きっとその方法で良かっただろう。
ただ自分の力では、正々堂々と戦っても勝てない事はループの中で分かってしまった。
だからこそ、自分だけが持っていた時間という特権をどうにか利用できないかと考えた結果が、こういった飛び道具を利用するというものだったというだけだ。
その特権を利用し続けた結果、実年齢よりも作曲歴の方が長いという、日本語的に明らかに間違っているとしか言えない状況になってしまっているのだけど。
「プロデューサーはどうして、ふうかのプロデュースを辞めようと思わなかったの? ループした時、他の子を担当するという選択肢もあったはず」
「うーん、そうですね。一番はただ純粋に汐入さんがステージで輝く姿を見たいと思ったからですかね。彼女のアイドルとしての才能に惚れたんですよ」
「それだけ?」
「後はまあ強いて言うなら、彼女は自分なんかのスカウトを受けてくれたアイドルでしたからね。そんな彼女の思いに報いたい、そう思うのは当然のことでしょう」
と、そこまで語ってから気づいた。
「あれ? 篠澤さんにループの間、自分が担当していたのが汐入さんだって事話しましたっけ?」
「わたしとふうかはクラスメイト。話ぐらいする」
汐入さんから、僕からスカウトを受けて断ったという話を訊いたわけか。
別に汐入さんを口止めしているわけでもないし、その話が篠澤さんに回ってくるというのは何らおかしい事ではない。
「スカウトを断った理由については、何か言っていました?」
篠澤さんが汐入さんと仲がいいなら都合がいい。
今回のループの最大の謎である、汐入さんのスカウトが失敗した理由についてようやく何か分かるかもしれない。
「怖かったから、って言ってたよ」
「怖かったからですか?」
「うん。私を見ているようで私を見ていなかったから怖かった、って」
想定外の答えで困惑する。
汐入さんを見ているようで見ていないって、何かのなぞなぞだろうか?
これならまだなんだか嫌な予感がしたからとか、生理的に無理だと思ったからみたいな答えの方が納得できるぞ。
「もっと、詳しく訊いてこようか?」
「いえ、その気持ちだけで十分です。ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
おそらくこれ以上訊いても、汐入さんから何か情報は出せないだろうし、篠澤さんをこちらの都合に巻き込むわけにはいかない。
「少し話が脱線しましたが、こちらがあなたが歌う為の曲です。早速ですが、聞いてもらえますか?」
「もうできてるの?」
篠澤さんでも、まさか昨日の今日で曲が出来ているとは思っていなかったらしい。
「はい。昔作った曲の一つのメロディーラインの大部分を引用して作っているので、そこまで時間がかからず作ることが出来ました。とはいえ、この曲があなたが歌う為の曲であることは間違いありません」
ここまで早く曲が出来たのは、別に自分の仕事が早いわけじゃない。
以前汐入さんをプロデュースしていた際に作った曲を少し改変することによって、今回の篠澤さんが歌う為の曲が作られたため早く作れたというだけのことだ。
その大幅なリードがあってなお、昨日は家に帰ることなく一日ここでパソコンと格闘することになったし、今日の出ないといけない講義も一日サボる事にはなってしまったけども。
アイドルのプロデュースの為だ、一日ぐらいのサボりは甘く見てもらえるだろう。それに今日の講義の内容は既に知っている、気にするほどの事ではないだろう。
「そうなんだ……これは……予想できなかった。アイドルにちっとも向いていないわたしが……わたしの曲を歌うんだ…………嬉しい」
「自分程度が作った曲で満足させてもらっても困りますがね。作詞や作曲の歴こそありますが、所詮は素人ですから」
「それでも、嬉しい。ありがとう、プロデューサー」
篠澤さんは頭を下げる。
「わたしの曲……さっそく聴いてみる、ね」
そう言って、曲を聞いていたが、曲の一番の部分が終わった所で篠澤さんは再生を止める。
「プロデューサー、これ本当にわたしが歌う曲?」
眉をひそめ、不信感を隠そうともせずに彼女は言う。
「はい、間違っていません。騙されたと思って、最後まで聴いてみてください。そうすれば言っている意味が分かるはずですから」
ただその反応はおおむね想像通りだ。
釈然としない様子ではあったが、篠澤さんは再び音源に耳を傾ける。
しばらくの間、こちらを不信感たっぷりの目で見ていたが、あるタイミングを境にその表情が変わる。
そして最後まで曲を聴き終わると、何処か満足気な笑みを浮かべてこちらを見る。
「プロデューサーは……すごいね。確かにこれは私が歌うための曲」
「気に入ってもらえたようで良かったです。この曲で問題ありませんか?」
「うん、問題ない。けどこんな曲を歌わせようとするなんて、プロデューサーはひどい。鬼。悪魔」
話している言葉こそこちらを罵倒するような言葉ではあるが、その声の弾み具合から彼女が喜んでいることは想像に難くない。
流石は向いていないからという理由で、アイドルを目指した人物だなと心の中で称賛を送る。
「気に入ってもらえたようで何よりです」
篠澤さんであれば今回の案を受け入れてくれるという見込みはあったものの、彼女が気に入ってくれるかどうかは正直聴いてもらうまで分からなかった。
ひとまずは方針が決まった事に一安心する。
「でしたら、次はこちらを見てください」
「これは?」
「この曲の振り付けです」
「これもプロデューサーが?」
「ええ、外注したいのは山々ですが、どうしても時間が足りませんので」
「わかった」
僕が振り付け通り躍っている動画を、篠澤さんがじっくりと見る。
その様子に妙な気恥ずかしさを感じるが、これも彼女の為だと自分に言い聞かせる。
「ふふ、プロデューサー、わたしのこと……よくわかってくれてる。なんにも心配、いらなかった」
満足げに、篠澤さんは笑った。
「このダンスなら、中間試験に間に合うと思う」
「それは良かったです」
「わたしの歌……早く歌いたい。ありがとう、プロデューサー」
「いえ、自分にはこれぐらいの事しかできませんから」
花海さんのプロデューサーであれば、このような飛び道具を使わず『初』で勝負をして、正々堂々と中間試験を突破することが出来るというのに。
こんなものはただの苦肉の策でしかない。
自身の非力さを責められる事はあっても、決して褒められるようなことではない。そのことは自分が一番よく分かっていた。