「………ふふ」
ステージ用の衣装に着替えた篠澤さんは不敵に笑う。
彼女のステージ衣装は、薄緑を基調としたミニワンピースだが、スカート部分がティアードスカートとなっており、ボリューム感を産んでいる。
腕には風になびくようひらひらとした飾りの付けられたアームカバーを付けて、少ない動きでも大きな動きに見えるような衣装だ。
太陽の光が差す森の中で撮影でもすれば、妖精だと間違ってしまうような幻想的な少女がそこにはいた。
時はたち、既に今日は中間試験の当日だった。
「あのね、プロデューサー。こうやって控室で出番を待っていると……ちゃんとしたアイドルになったみたいで、わくわくする」
「何を言っているか分かりませんが、そもそも篠澤さんはちゃんとしたアイドルです」
「こんなに向いていないのに?」
「あなたはそう言うでしょうね。ですがあなたがアイドルを目指し、アイドルであろうとする限りあなたはアイドルです」
「そうだよね。うん……本当に、そう」
篠澤さんは頷く。
「プロデューサーは、いつも……厳しくて、正しい。……そういうところが好き」
「あなたのその言葉に深い意味がないのは分かっていますが、アイドルなら特定個人に対して、そういった発言をするのは避けた方が良いと思いますが」
「もしかして、照れてる?」
「いえ、ファンの方々のような不特定多数に向かって言うならともかく、特定の個人に向かってそういった誤解を招く可能性のある発言は避けた方がいいというただの苦言です」
今の世の中ではファンの人達が好きなだけ憶測を立て、それを好きに発言することの出来る社会だ。
そんな憶測だけで離れるようなファンはファンではないという声もあるかもしれないが、そんなファンであってもアイドルの人気が保てるのであればいてくれた方がいい。
ならば、アイドル側としては、コンプライアンスをしっかり守り、そういった噂を立てられる余地を出来るだけ無くすことが何よりも大切なのだ。
「そういうところは、治した方がいいと思う」
「はいはい、そろそろ出番ですよ」
投げやりに篠澤さんに返事をすると、ちょうどドアをノックされる音がした。
どうやら、順番がきたらしい。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ええ、他の生徒も見に来ていますが、楽しんできてください」
そういって僕は篠澤さんを送り出す。
そして自分も篠澤さんのパフォーマンスの様子を見るべく、外に出ると、心地よい風が頬を撫でる。
毎度変わらないむかつくほどに快晴な空、暑くもなく寒くもない気温。
パフォーマンスするには最適な日だと言えるだろう。
周囲を石階段で囲われた中央ステージ、その場所で一曲分のパフォーマンスを披露することになる。
審査員は三人の先生方。それと何人かの生徒達が観客として試験を見に来ている。
生徒によっては入学試験以来のトレーナー以外の人達に見られ、そして評価されるパフォーマンスという事もあり、緊張して本来の力を出し切れない事も多々ある。
実際、汐入さんはそのタイプだった。
しかし、アイドルというのは他人から見られる職業だ。
他人に見られている中で、パフォーマンスで他者を魅了し、虜にする必要がある。それは緊張をするなというわけではなく、緊張をしたうえでもそのレベルのパフォーマンスをしなければならないという意味だ。
だからこそ、こうして他人にも見られる形式で中間試験を行う事になっている。
もしかしたら篠澤さんも汐入さんと同じで本番で実力を出しにくいタイプかもしれない。
そんな不安は彼女が一礼した後に見せた、はにかむような笑顔を見て消し飛んだ。
あの顔が出来るなら、大丈夫だ。
そう確信した。
「よろしくおねがいします」
彼女がそう言ったのと同時に音楽が流れ始める。
その音に、一瞬観客がざわめくのを感じた。
流れ始めた音楽が『初』ではないと気づいたからだ。
流れ始めたのは篠澤さんが歌うために作られた曲、『惑星S』だ。
名前の由来としては、以前汐入さんの為に作った『ソルト・プラネット』のメロディーを応用して作成したものだからという非常に安直なものになっている。
元となった『ソルト・プラネット』は汐入さんをソルト星の姫、ソルト姫とキャラ付けをしてプロデュースした際に作った曲だ。
この曲は、いわゆる物語音楽と呼ばれるジャンルのもので、その名の通り曲の中で物語が進行していくもので、歌い手はその物語の語り部あるいは登場人物として歌うジャンルだ。
『ソルト・プラネット』では、ソルト姫がアイドルになるまでの前日譚をイメージとした曲となっている。
ソルト星の姫である汐入さんが、単身で地球を訪れて自分の星とは違う地球の文化に驚く。そして、この星で頑張っていくしかないというサビに入るのが一番。
実際の地球の人達とふれあい、周りから勇気をもらい頑張っていこうというサビに入るのが二番。
来る前に抱えていた不安はいつのまにか無くなっていたという大サビを経由した後、この星一番のアイドルになるとソルト姫が決意するというラスサビに繋がるという形だ。
この曲の失敗した理由の一つとして、物語音楽にしてしまったことでソルト姫というキャラ付けを強くしすぎてしまったことになる。
キャラ付けを濃くするために選んだことが、一番の失敗になるとは何という皮肉だろうか。ただ、こういったソルト星などといった不思議キャラで売っていく場合狙いとなるのは、バラエティーなどの場で笑いに変える事や、掴みとして利用できることだ。
そこの設定をキッチリしすぎてしまうと観客側としても笑っていいのか分からなくなってしまうし、演者側としても弄っていい場所なのかが分かりにくくなってしまう。
ゲームやアニメのオープニングとしての曲なら悪くはなかったが、ことアイドルの持ち歌と考えると重大な問題点となる。
キャラ付けを意識して作るのなら物語音楽などではなく、いわゆる電波ソングとして売り出すべきだったのだ。
その方が観客や演者に対してもキャラが伝わりやすい。
ちなみに別の周でこの失敗点に気づきソルト星を舞台とした電波ソング『shioアリエン』という楽曲も作ってみたが、無事失敗している。
話を戻すが、失敗したもう一つの理由としては、そもそも汐入さんのキャラ付けとしてソルト星のソルト姫というのは失敗だったという事になる。
汐入さんはバラエティー番組などの平場などで活躍できるようなタイプのアイドルではなかったし、いじられて輝くようなキャラでもなかった。明らかにこちらのミスだ。
そもそも苗字にしおという文字が入っているからソルト星、というのは安直すぎだ。
体重も塩三粒分とかいうどこの世界的な有名キャラクターだとツッコミたくなるような設定にしていたのも今思い出せば痛々しい。
実際にこういったアイドルとして売り出していこうと提案をした時の汐入さんは、随分と顔が引きつっていた。
正直に言ってしまえば、汐入さんをキャラ売りをしようと思っていた時期は長いループの中でも黒歴史の一つに位置する記憶ではある。
ただ、黒歴史であろうと使えるものは使うしかない。
さて、そこで語られる物語からも分かるように、『ソルト・プラネット』は希望を歌っている。
そのため全編にわたり明るく、楽し気なメロディーで作られている。
最初は、ピアノやギターなどの音も使って作曲していたのだが、もっと幻想的に非日常感が欲しいという事で全編にわたり分かりやすい電子音だけを使用して作り変えた。
そんな曲を元にして作られた『惑星S』もまた曲が進むことによって物語が進んでいく、いわゆる物語音楽として作られている。
『惑星S』では、『ソルト・プラネット』の物語とは逆にソルト星に迷い込んでしまった一人の少女の物語が語られる。
『惑星S』のイントロが流れ始めるが、それに対する振り付けは簡素なものだ。
フラフラと篠澤さんが歩く、ただそれだけだ。
殆ど動きはないながらも、ヒラヒラな衣装が風になびいて動くことで、ほんの少しだけではあるが動きがある様に見える。
あまり風は強くないのだが、その風に飛ばされそうなほどに篠澤さんの歩きはひどく不安定だ。
イントロが終わり歌唱部分が始まる。
電子音のみで構成された、楽し気で希望に溢れているメロディー。
そのメロディーにのせて、何もない荒野の中で、さあ今日も北に進もうと、陽気な音の上で楽しそうに篠澤さんが歌う。
ただ彼女本来の声質、そして抑揚の薄さにより、平坦な曲に聞こえてしまい、お世辞にも楽しそうには聞こえてこない。
その時点で、審査員の教員が顔を顰めたのが僕の位置からはよく見えた。
歌の中では何か周りを探すような振付の後、何処か町のような場所を見つけ、そこに駆け寄る。
しかしその場所に誰もいなかったことを歌う。だがそれでも楽しそうに次の場所には良いことがあるはずといい、ここに来た証として壁に大きな丸印を残して北に進む。
人のいる場所に行ったら何をしよう?
そこにいる人と遊んで友達を作るんだ、などと人里についた時にしたい事をサビで歌いながら少女は進む。
あたりを見まわしてみるが、最初のイントロの部分で興味を引いていた生徒達の殆どは石段に腰を下ろし、つまらなそうに篠澤さんのステージを見ていた。
審査員の先生なども、もう見る価値はないとばかりに評価を纏めているであろう紙に何かを記入している。
曲のチョイスを間違っている。
ここにいる僕以外の全員がそのように評価していることをヒシヒシと感じる。
事実、この曲の前半部分だけを聴けば、篠澤さんが持っている声質とは絶望的なまでにあっていない。
本来ならもっと元気な声、それこそ他のワーストスリーのメンバーである倉本さんや花海佑芽さんにでも歌ってもらった方が声質的には合っているだろう。
だけど、この曲は間違いなく篠澤さんが歌うための曲なのだ。
二番も大筋は変わらない。
山を越え、谷を越え、町を見つける。
そして何もない町を探索し丸印を残して、次こそは良いことがあるさと、明るく北に進もうと歌う。
サビでは人里を見つけた時にしたいことを歌っているのも変わらない。
一つ違うところがあるとすれば、一番では電子音のみだったのに、二番ではメロディー部分にピアノが入っていることだろう。
この頃には辺りの生徒達はスマホを見ていたり、この後に試験するアイドルの話題に花を咲かせているようだった。
先生方も、期待外れだったなという心の声が聞こえてきそうな目で、彼女を見ている。
ここまではおおむね想定通りだ。
二番のサビ終わり、何時ものように少女は町を見つける。
辺りを見渡すような振付の途中、篠澤さんの動きが止まる。
わざとらしい電子音が消え、ピアノのソロ。
大きく曲調は変わり、不穏を煽るような旋律が流れ始める。
何かが変わったと、先ほどまでスマホを見ていた生徒達も、視線だけは篠澤さんのステージに向けた。
そして観客たちは知る。
星を探索していた彼女は、壁に書かれた丸印を見つけてしまったのだと。
篠澤さんは立ち尽くすのをやめ、その場に座り込んだ。
それと同時にピアノの長く、力強い不協和音。
一瞬、あたりの観客からどよめきの声が聞こえてくる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
そのどよめきをかき消すような、慟哭。
彼女の声以外の音が全て消え去ったかのような錯覚に陥る。
声量自体は、そう大したことはない。
だがしかし、先ほどまでの声とのギャップで、見ている人にはその何倍も大きな音に聞こえただろう。
慟哭の後、篠澤さんが再び立ち上がる前に、音楽は元へと戻ってしまう。
二度繰り返された、サビと同じメロディー。
楽し気で、希望に満ち溢れたメロディーが流れる。
篠澤さんはそのメロディーに乗って希望を歌おうとするが、声は今まで以上に薄く、音は外れ、息が持たないのか半端なタイミングで息継ぎを入れようとするせいでタイミングすらずれてしまう。
かすれて、今にも消えてしまいそうな、希望の曲。
見る人によっては痛々しさすら感じてしまうそれは、歌っているとはお世辞にも言えない。
だけど、それでいい。
この場面ではこれ以上に正しい歌い方は無いのだから。
物語の少女はもう歩けない。
いくら歩みを進めようとしようとも、いくら希望を歌おうとしても、その希望がどこにも無いという現実を知ってしまったから。
幻想の消えてしまった荒野で、歩く意味を見失ってしまった少女の気持ちを表すのに、これ以上の表現の仕方はないだろう。
当然ながらこんな無茶苦茶な歌い方、篠澤さんが意図的にやっているわけではない。
ただ彼女の体力が尽きただけだ。
その結果として、こんな歌い方になっているに過ぎない。
それでも、その歌唱がどれほど効果的だったのかは、辺りの生徒と先生方の様子を見ればよくわかる。
おもわず息を呑む生徒。
目を限界まで見開き、ステージでのことを何一つ見逃さないとばかりに視線を向ける生徒。
ついあげそうになった声を押し殺すために、右手で自分の口を覆う生徒。
前のめりにステージの様子を見つめる先生。
誰もかれもが、篠澤さんのステージに釘付けだった。
やがて篠澤さんの歌唱部分は終わる。
それでもピアノだけは軽快にメロディーを鳴らし続ける。
さあ、歩こう。きっと次は良いことがあるはずだと言いたげに。
だが、そのメロディーに乗る人物はもう誰もいない。
そして最後に希望のメロディーは、誰が聞いても明らかに不自然なタイミングで停止した。
突然の音の終わりに、観客たちも先生もどうしたらいいのかわからず戸惑っている。
そんな中で篠澤さんがフラフラとしながらも立ち上がり観客たちに一礼する。
それに呼応するように割れんばかりの拍手が、試験会場で巻き起こった。
成功だ、もし今のパフォーマンスをしたのが普通のアイドルだったならそう思うだろう。
ただ、一番の懸念事項はここからだ。
おぼつかない足取りで篠澤さんはステージを後にしようとする。
そう、このプロデュースの最大の懸念点、それは篠澤さんが途中で倒れてしまうことだった。
歌唱に、座り込んだ以降はしていなかったとはいえダンス、その上であの絶叫。
もはや、彼女の体力は無いに等しいだろう。
その足取りが何よりもそれを証明している。
だが、ステージの上で倒れるなんてことをすれば、アイドル失格の烙印を押されてしまう。
そうなれば、問答無用で不合格になってしまうだろう。
ここまで上手くいった時点で試験の合格は、彼女が倒れないかどうかに掛かっていると言ってもいい。
頑張れ、篠澤さん。
あなたなら、ちゃんとステージを降りる事も出来るはずです。
そんな願いが届いたのかどうかはわからないが、彼女は無事ステージから倒れることなく降りることが出来た。
「やりましたね、篠澤さん!」
先程のステージの感想を言い合っているのか、色めき立つ観客席を離れ、彼女の方に走り寄るが、彼女はこちらの方を見ているようで見ていない。
目の焦点が全く合っていない。
体力的には相当限界なのようだ。
「うう………………だめだ…………きゅう」
そう言うが早く、篠澤さんはこちらにもたれかかるようにして倒れる。
それを受け止め、彼女を保健室に連れて行くべく、背負う。
ステージから降りるのは本当に彼女の最後の力を振り絞ったのだろう。
このパフォーマンスは彼女でなければできなかった。
体力の無さもそうだが、今にも消えてしまいそうと思える程、神秘的な見た目に、透き通るような声。
どこか作り物のようなに思えてしまうようなはかなげな雰囲気。
何か一つでも欠けていれば、これほどのパフォーマンスにはならなかっただろうと断言できる。
「よく頑張りましたね」
聞こえていないと分かっていながらも労いの言葉を口にしてから、僕は篠澤さんを保健室へと運ぶべく歩みを始めたのであった。
『惑星S』、『ソルト・プラネット』、『shioアリエン』については、オリジナルの名称です。一応同じ名前の曲がないか簡単に確認はしましたが、もし他のアーティストさんが同じ名前の曲を出していてもそれは、この作品の物とは関係ありません。