Previous Feast   作:サンタクララ

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 暦の上ではもう9月まで間もないというのに、暑さは弱まることを知らない。シャーレのオフィス内は冷房を効かせているので快適だけど、もし今ここで停電してエアコンが切れてしまったら……。

 

「"……縁起でもないね、やめておこう。"」

 

 ふと窓の外を見れば、熱された空気で外の景色が揺らいでいるようにさえ見える。いったい外気温は何度なのだろうか?

 そうして、溜まっている署名待ちの書類の山を意識しないために、他愛のないことを頭に浮かべ続けていると、プルルルルと甲高い音が聞こえてくる。

 

「"ん?電話?"」

 

 電話が鳴ったからには、取るしかない。これは決して書類から逃避しているわけではない。そう自分に言い聞かせて、受話器を取る。

 

「"もしもし?"」

 

『もしもし……よかった、ちゃんと繋がっとうね』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは、方言らしき独特な言葉遣いで明るい少女の声。

 

『シャーレの先生で合っとる?』

 

「"はい、シャーレの先生です。"」

 

 一瞬「人違いです」と答えてからかおうかとも思ったけれど、それはさすがに意地悪かと普通に答える。

 

『アタシは馬養(うまかい)アスハ、百鬼夜行連合学院の料理研究部で部長をしとうっちゃんね』

 

 馬養アスハ……初めて聞く生徒だ。これまで何度か百鬼夜行連合学院を訪れたことはあるけど、会ったことはないはず。

 もちろん百鬼夜行は三大校には及ばないまでも、結構な規模の学園だ。面識がなくても不思議ではないけれど。

 

「"うん、はじめましてアスハ。どういう用件なのかな?"」

 

『ああ、料理研究部の部長って言ったけど、今日相談したいこととあんま関係はないっちゃんね。アタシ個人のことやけん』

 

「"……と、言うと?"」

 

 私がそう尋ねると、アスハは一呼吸置いて話を続けた。

 

『アタシね、昔から変というか不思議な夢を見るとよね』

 

 そうして彼女が語った夢の内容は、炎に包まれる山林の中をひたすら逃げ惑うというもの。しかも自分の隣にはこちらを「ねえ様」と呼ぶ少女がいて、その子だけでもなんとか生き延びさせたいという気持ちがあると。

 

『すごくリアルで、実際に体験したみたいで……ちょっと怖いとよね。でもこれまではなんやろと思うだけであんま気にしとらんかったっちゃけど、最近急にこの夢を見る頻度が増えて、不安とよ』

 

 炎に包まれる、百鬼夜行……と来ると、この前にニヤに呼ばれて向かった「百鬼夜行燈籠祭」の時に花鳥風月部が引き起こした争乱が思い起こされる。あの時は生徒たちの尽力により混乱は鎮められ、解散しようとしていた百花繚乱紛争調停委員会も存続することになったけれども。

 

『せめてなんでこういう夢を見るのか知りたいけん、先生が良ければ手伝ってほしいっちゃんね』

 

「"うん、そういうことならすぐにでも向かうよ。待ち合わせ場所は向かう途中で大丈夫かな?"」

 

 それでもまだ、気に掛かることはある。例えば行方を眩ました花鳥風月部のシュロの行方とか、あの後百花繚乱はどうなっているのかとか。

 

『よかよ、先生!待っとるねー』

 

 そういったこともついでに確かめられればいいかなと思いつつ、アスハからの電話が切れたのを確認して席を立つ。

 

「あら、先生。お出掛けですの?」

 

 そしてちょうどそこに、今日の当番に指名していた赤髪の生徒が書類を抱えて戻ってきた。

 

「"うん、百鬼夜行自治区にね。しばらく掛かりそうだから、今日はもう上がって大丈夫だよ。"」

 

 彼女が日傘を差しながらシャーレから出るのを見届けたら、私も荷物を持って建物を後にし、最寄りの駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 しばらく電車に揺られて、百鬼夜行の中心から程近い駅で降りる。改札を通って東口に出ると立派な桐の大木が生えていて、ここがアスハとの待ち合わせ場所なのだけど……。

 

「"……アスハ?"」

 

 木の周りは人が通りすぎていくだけでそれらしき人物はおらず、周囲をオロオロとまるで田舎から上京してきたばかりの学生のように見回していると、突然目の前に木の上から人が飛び下りてきた。私は驚いて思わず後退りする。

 

「"……!?"」

 

 ツーサイドアップにした栗色のロングヘアを風にたなびかせるその少女の姿は、髪が反射する夏日の煌めきも相まって、映画のワンシーンのような印象を受ける。

 その頭頂には馬のような耳が付いていて、瞳は薄青色。ヘイローは細い円の中に五枚の花びらが広がる黄色のもので、服装は振り袖の付いた百鬼夜行らしい和風な紫のセーラー服に足袋と草履。よく見ると腰から髪と同じ色の尻尾を垂らし、少し古っぽい機関銃を背負っていた。

 

「ずっと上におったのに気付かんかったと?」

 

「"普通は木の上にいるとは思わないよ!?"」

 

 私がそう反論すると彼女はクスッと笑い、それから歩み寄って来て言う。

 

「ふふ、それもそうやね。改めて……アタシが馬養アスハ、そっちは先生でよか?」

 

「"はじめまして、アスハ。私がシャーレの先生だよ。"」

 

 自己紹介を終えたら、アスハはそれじゃ早速と言わんばかりにくるっと踵を返して歩き出し、私も慌てて付いていく。

 

 

 

 

 

 

 結局そのままアスハの後に続いて、百鬼夜行の中心部へと向かう。

 

「"そういえば、夢のことを知りたいって言ってたけど、具体的には何をするの?"」

 

 歩きながらそう問いかけると、アスハは振り返って答える。

 

「そうやね、夢のことが実際にあったことと仮定して、山火事の記録を探すとかかな……あ、そろそろ着くけん」

 

 そう言われて前方を見上げると、そこには何度見てもその壮観に息を呑む城郭がそびえ立っている。

 

「"陰陽部の本館?"」

 

「うん、ここやったら百鬼夜行の資料とか色々あるし、なんか手がかりも掴めるっちゃないかなって」

 

「"なるほど。"」

 

 私もニヤたち陰陽部とは、百鬼夜行の近況確認も兼ねて話がしたいと思っていたところでちょうどいい。訪ねる旨を連絡して、そのまま陰陽部の部室に向かう。

 

 

 

 

 

 

「にゃはは、お久しぶりですね先生~。そちらは料理研究部の部長ですか、珍しい」

 

「"ニヤ、それにカホも久しぶり。チセは用事かな?"」

 

 陰陽部の部室にはニヤとカホがいて、チセは席を外していた。

 

「ええ、お久しぶりです先生。チセちゃんは公演の練習ですね。お話したいのであればしばらくしたら戻ると思いますが……」

 

「"そっか。急に訪ねてごめんね、今日来たのは……"」

 

 そうして、アスハの見た夢について本人と一緒に説明すると、ニヤは少し考え込んで言う。

 

「……なるほど。確かにそれは不安ですねぇ、この前の事件のこともありますし」

 

 この前の事件、というとやはり「百鬼夜行燈籠祭」のことだろうか。私が推測している間も彼女は言葉を続ける。

 

「して、陰陽部にできることはなんでしょう?私もこの前のことは反省していまして……何らかの事件の予兆かもしれないと考えると、注意は払っておきたいと」

 

「そうやね……過去の火事の記録とかはどうやろ、調べられる?」

 

 アスハがそう言うと、ニヤは即座にカホに資料を調べてくるよう指示を出す。少しだけ暗い顔をして、やれやれといった様相で退室していった彼女に申し訳なさを感じつつも、残された二人と共に座布団に座り座卓を挟んで百鬼夜行の最近の様子について話す。

 

「──ええ、そうですねぇ。百花繚乱は一時は結構なメンバーが抜けて大変だったようですが、今ではだいぶ安定してきているようですよ~」

 

 この調子で我々の分の仕事も減らしてくれると助かるのですがね、ととぼけて見せるニヤ。まあ、彼女なりに百花繚乱の再興を喜んでいるのだろう。

 

「解散する、って言っとった時はどうなることやらって思っとったよ。アタシからしたらあの人たちのお陰で暮らしやすい百鬼夜行があるって感じやけんね」

 

 観光業で栄える百鬼夜行は、当然観光客に来たいと思ってもらえるような場所を保つ必要があるだろうけど、百花繚乱は治安維持や揉め事の調停といった、まさに場所を保つ為の組織だ。そんな組織が長らく活動停止状態に陥り、解散令まで出されたとあっては一般生徒たちの不安も募るはず。

 

「そうそう、だから彼女たちが再起するとなってホントーに良かったと思ってるわけでして~、っとカホ?」

 

「はい、ニヤ様。種々の資料をざっと確認してみたのですが……」

 

 話の途中でカホが戻ってきたものの、その表情は浮かない様子で。この暑い中資料探しに駆け回って疲労が溜まったのだろうかと思ったけど、そうではないらしい。

 

「200年ほど前まで火事の記録を遡ったのですがそれらしき事件はなく、200年前より過去の記録は連合学院成立以前の戦乱の最中で散逸してしまっていて……」

 

「ありゃ、手がかりなしってことかねぇ」

 

 正直なところ、私としてはここで解決するとは思っていなかった。陰陽部を訪れて資料を調べただけで終わるのであれば、多分アスハが私に相談する前に答えにたどり着けただろうから。

 

「"まあ、そういうこともあるよ。気にしないでね、カホ。"」

 

「あ、ありがとうございます……先生」

 

 一先ず陰陽部での用事も済んだことだし、チセによろしく言っておくように伝えて退室しようとしたところで、ニヤが引き留めた。

 

「そうだ、ここで耳寄りな情報を一つ。今日から郊外の方でお祭りがあるんですよ。シズコさんたちが色々と協力してるみたいですし、話を聞いてみては?……なーんて、にゃは」

 

「"お祭りか……。"」

 

 ニヤは掴み所がない感じがするけれど、こういう時に伝えてくる情報は重要度が高いものであることが多い。少なくとも、本当にどうでもいいようなことは言わないというか。私はその勘を信じて、記憶に留めておくことにした。

 

「"うん、落ち着いたら行ってみようかな。"」

 

「……にゃはは、それでは。百鬼夜行をごゆるりとお楽しみくださいな」

 

 今度こそ陰陽部を後にして、次の目的地は……先ほどの会話でも話題に上がった、百花繚乱紛争調停委員会にしようか。様子も見ておきたかったし、そうしよう。

 そうアスハに話して、私たちは百花繚乱の拠点に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 ……はずだったんだけれど。

 

「"ちょっと疲れてきた……。"」

 

 陰陽部本館の階段の登り降りは予想以上にダメージが大きかったらしく、まだそんなに離れていないのにどこかで腰を下ろしたくなってきた。どうやら最近書類仕事ばかりでしばらく外に出ていなかったせいか、体が鈍ってしまったみたいだ。

 

「ええ?そんな歩いとらんのに?しょうがなかね、どこか休めそうなところあるっちゃろか」

 

「"確かこの辺は……。"」

 

 休めそうなところ、と聞いて思い出した場所。そこには何度訪れたことがあるから、この辺りの街並みが近所だと言うことはすぐに分かった。

 

「心当たりがあると?」

 

「"うん、百夜堂って知ってるかな?"」

 

 私がそう尋ねると、アスハは合点が行った様子だった。百夜堂の看板娘であるシズコが委員長を務めるお祭り運営委員会は、百鬼夜行どころか他の地域でも知られている存在だ。彼女が知らないはずもないだろうけれど。

 

「そういえばこの辺りやった気がするね。アタシが住んどるところからちょっと遠いけん、あんまり来たことはないっちゃけど」

 

 百夜堂は人気のお店だから当然人も集まっているし、何か手がかりを得られるかもしれない。それに先ほどニヤに言われたことも気になる。そういうわけで、私たちは人で賑わう商店街の中を進み、新たな目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「……で、なんこの集団?なんばしようと?」

 

 百夜堂に到着したのはいいのだけれど、入口が騒いでいる生徒に塞がれて入れない。しかもその集団というのが、以前にも見たことがある祭りにこだわりがあるらしい魑魅一座だ。

 

「伝統の祭りを守れ!」

 

「外部からゲストを呼んで大々的にやるなんて聞いてないぞ!」

 

「カラカラ祭はこじんまりとした祭りだからいいんだ!」

 

 ……なんだか見慣れてきたなぁ、この風景。しょうがないから陰から様子を窺っているけど、全く立ち退く気配がない。シズコたちは大丈夫なのだろうか?

 

「……あ、そこの二人!何見てんだ!」

 

「見世物じゃないぞ!」

 

 どうやらこちらに気づかれたらしく、20人近くはいるだろう中から3人がやって来る。

 

「アタシらは百夜堂で休もうと思って来たっちゃっけど……」

 

 アスハは暗に邪魔で入れない、というニュアンスを声色に含めて言うが、相手は知ったことかと言わん様子で返答する。

 

「私たちは要求が受け入れられるまであの店に人を入れるつもりはない!それとも邪魔する気か?」

 

「邪魔するならお前も敵、うぉごっっ!?」

 

 魑魅一座の一人がそう言いかけたと思ったら、その生徒は宙に浮き綺麗な放物線を描いて十数メートル先の地面に衝突、倒れ伏していた。一体何事だろうと思ってそれと反対方向を見ると、蹴り上げたかのように右脚を伸ばすアスハがいて。

 

「しゃあしい*1。くらされな分からんと*2?」

 

 その凄みのある声で、彼女が蹴飛ばしたのだと私は瞬時に理解した。それにアスハが人一人を蹴り上げて宙に浮かせるほどの脚力を持っていることも。

 そして彼女の一声で場には一瞬で緊張が走り、一触即発の空気となる。

 

「なっ……お前ら!やるぞ、ウチらの怖さを思い知らせてやる!」

 

 一人がそう号令すると、百夜堂の前に屯していた生徒たちは立ち上がってこちらを完全に包囲した。アスハは物怖じせずに呟く。

 

「ふっ、数だけやね」

 

「なんだと!」

 

 しかし、よく見ると脚はわずかに震えていた。虚勢とまでは言わないけど、さすがにこの人数を相手にするのは厳しいと考えているのだろう。……ならば。

 

「"アスハ、指揮は私に任せて。"」

 

「……うん、それじゃあお願いね」

 

 商店街の真っ只中での銃撃戦。おそらくすぐに百花繚乱が来るだろうから、それまで耐えればいい。

 

「"アスハ、右に50cm避けて!後方5mに3人!"」

 

「わかった、はあっ、そこっ!」

 

「助太刀、しマス!!」

 

 しばらく交戦していたところで、金髪に気崩した着物風制服の少女が、こちらに掛かりきりで塞ぐ者のいなくなった百夜堂の入口から勢いよく登場し、加勢してくれる。

 

「あ、クソッ出てきやがった!」

 

「"フィーナ、助かるよ!"」

 

 さらに手榴弾を両手一杯に持ってシズコも加わり、相手の数的有利はみるみるうちに崩れていき、なおも抗戦していた最後の一人も無力化する。

 

「はぁ、本当に懲りないわねこいつら……あ、いけないいけない」

 

 一瞬心底呆れた表情と声を見せたシズコだったけど、すぐに百夜堂の看板娘の顔に戻る。

 

「少々騒がしくなってしまいましたが、百夜堂へようこそ♪」

 

 ようやく落ち着けると思いながら、アスハやお祭り運営委員会のみんなと共に百夜堂の中へと入っていった。

 

*1
うるさい、の意

*2
殴られないと分からないのか、の意




さて、本当に久しぶりですし、後書きで色々書きたいことはあるのですが、短編なのに作品にあまり関係ないことで埋めてもしょうがないので全部割愛させていただきます。
その代わりと言ってはなんですが、アスハのプロフィールの簡略版でも置いておきますか。簡略してないバージョンは明日の18時半予定の後編の後にでも出しますかね。あと、活動報告でアスハのイメージ図も出す予定です(ティーパーティーの田舎令嬢とほぼ同じ形式)。



名前    アスハ
フルネーム 馬養(うまかい)アスハ
武器種   MG(九六式軽機関銃)
学園    百鬼夜行連合学院3年生
部活    料理研究部
年齢    17歳
誕生日   3月2日
身長    159cm
趣味    料理、レシピ開発


基本情報:
百鬼夜行連合学院に所属している、料理研究部の部長。

方言が特徴的な明るく人懐っこい性格の少女で、百鬼夜行の各地に知人がいる。
料理研究部の部長だけあって料理の腕はとても高く、お祭りの際に部員たちと出す出店はいつも好評だという。


固有武器:
来福のまかない
詳細:
アスハが持ち運んでいるマシンガン。

銃より先に足が出る彼女には、いささか過ぎた代物かもしれない。
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