邪神ぽいのになったけど頑張って人間のフリするゾイ!   作:九条空

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茶飯 中

「ちょっと待ってね」

 

 電話帳から新しい連絡先を呼び出し、通話を開始する。

 彼とは連絡先を交換していないが、いつの間にかリストの中にあったのである。

 凄腕ハッカーはやることもおしゃれだ。

 

 1コールも経たないうちに、相手は出た。スマホを耳に当てる。

 

「やあ。さすがにはやいね、新人くん(ニュービー)

 

 彼は最近HLにやって来た、と言っていた。

 だから俺は親しみを込めて、新しい友達の彼をそう呼ぶのだ。

 彼からの返事は笑い交じりだった。

 

「面白い企画でも?」

「俺の友達を紹介したくてさ。今ここに来れる? きっと俺より、君の退屈を吹き飛ばしてくれるよ」

「アンタ、ホントに人をそそのかすのが上手だね。いいよ。デカメロンの連中が即座に屋敷を飛び出すくらい、アンタの言葉は魅力的だ。10分待ちな」

合点承知の助(oki-doki)

 

 通話を終了する。

 スマホから顔を上げて、俺は言った。

 

「来るってさ」

「Jってホントに……」

 

 レオが最後まで言わずに、ズズッとコーラを飲んだので、俺は突っ込んで聞いた。

 

「ホントに……なんだい? 名誉なセリフが続いてくれるのか?」

「人たらしっすね」

「ハ、ハ! いいや、そんなことはない。俺なんかでも好いてくれる、奇特な人が世界には多いってだけだ」

「う~わ」

「そのあとに、素敵な言葉が続かないことくらいは想像できるよ」

 

 なぜネガティブな感情を想起させてしまったのか、については理解できていない。

 注文したハンバーガーをあらかた片付けたところで、待っていた人物はやってきた。

 

「ガキ!?」

 

 開幕叫んだのはザップだ。

 限界まで片眉を上げた()()に、俺は静かに提言した。

 

「初対面で失礼な反応をされることは、後からむしろ己の有利に変えられるよ、アポロ」

「へーえ、Jがそう言うなら信じるよ。確かにそんな気がしてきた」

 

 少年は、俺の隣に座った。

 2人掛けを想定されているソファだが、彼もレオも小柄なのでなんとか座れた。

 真ん中にいる俺は、ちょっとだけ肩身が狭い。文字通りにね。

 

 彼はアポロ、と俺に名乗った。

 今インターネットを賑わせているウイルスソフト『ノーブル・ローレル』を作成した張本人にして、俺の新しい友人である。

 アポロはニヒルに口角を上げた。

 

「オレの弱点になりそうだから、こいつらオレよりアホだな、って煽るのはやめとくよ」

「やめれてねえだろ」

 

 アポロに食べかけのポテトとコークを押しやると、彼は大人しくポテトを口に運んだ。

 それをコークで流し込んだ後、自己紹介をする。

 

「オレはアポロ。てめえらがJの友人だって言うから、失礼な態度も大目に見てやってる」

「おう、俺は大目に見てやらねえぞ、クソガキ」

「ザップさん、大人げなさすぎますよ」

 

 この場合、たぶん俺って気まずくならなきゃいけないんだろうな。

 友達と友達が、友達になってくれればいいな、と思って紹介したのだが、思っていたよりも随分サツバツとしてしまった今、のことを考える。

 俺はアポロに言った。

 

「俺だって、君より頭が良くないと思うよ?」

 

 それから礼儀もあまり知らない。礼儀は常識より上位の知識で、俺は常識の時点で怪しいからだ。

 アポロは首を横に振る。

 

「Jはいいんだ。知能がすべてではないと、俺に信じさせることができるただ一人の男。アンタの寛容さはすべてに勝る」

 

 返事に迷い、首を傾げると、隣にいたレオが呟いた。

 

「信者じゃないっすか……」

「それは本人の意向を聞かなきゃね?」

 

 隣のアポロに話を振ると、彼の言い分はこうであった。

 

「アンタが宗教を作るなら、俺はその宗教団体をデカくするために全力を尽くしてやるよ」

 

 俺が何かを言う前に、レオが言った。

 

「信者じゃないっすか」

 

 今度は確信を持ってのことであった。

 俺はレオの言い分をあんまり否定できなかったので、アポロに対してそっとお伺いを立てた。

 

「俺は宗教をつくってないから、まだ、でいいんだよな?」

「気が変わったら連絡してくれ」

「いいよ」

 

 気が変わることはない。だからアポロが俺の信者になることはない。

 人に憧れて人間のフリをする人外が、人間のフリをしたままに神を名乗って宗教団体をつくる、というのは、少々高難易度エミュレーションである。

 俺にはまだ無理だ、そんな難しいことは。

 

 アポロは俺のコークを飲み干して、やはりニヒルに笑った。

 

「アンタが、オレに危害を加えない、とこいつらに約束させなかったら、ここに来てないぜ」

 

 息を飲んだのは俺以外の3人だ。

 ――つまり、アポロは俺が通話をかける前から、ここの会話を聞いていたのだ。

 

 それは、俺の身辺を張り込んでいたからかもしれない。

 あるいは、アポロを探るレオたち3人を、最初から警戒していたからかもしれない。

 

 俺は、アポロの喉元を捉えようとするザップの剣を、握りこんで止めた。

 刃を握っても、俺の手から血がしたたり落ちることはない。

 特製のライターで着火しながら抜刀した刀は、鉄板の上に置かれたステーキのような音を立てて、俺の手を焼いた。

 

「今から言う、君の言い分はこうだな。『俺は約束してねェよ』だ」

「わかってんならさっさとどけ。治らねェ火傷になるぜ」

 

 俺がアポロをここに呼んだのは、ツェッドが「彼に危害は加えません」と約束したからだ。

 レオはその横で確かに頷き、ザップは()()()なにも反応しなかった。

 俺はザップを嘘つきと責めはしない。嘘はついておらず、彼には言い訳の必要もない。

 

「どくのは貴方だ。僕は確かに約束しました」

 

 俺が握りこんだザップの刃は、ツェッドのトライデントによって弾かれた。

 ザップは舌打ちをし、ツェッドを睨みつけた。

 

「くずもっちちゃんよォ……事態の深刻さをわかって言ってんのか?」

「貴方こそ何もわかっていませんね。友情に裏切られたJなら、世界くらい崩壊させられるでしょう」

「おおん、俺をダシにしないでくれるか?」

 

 ツェッドはハッとして、次の瞬間、本当に申し訳なさそうな顔で俺を見た。

 

「すみません、貴方をひとりの人間として尊重していないわけではなく……」

「ああ、そこまで後悔しなくていいよ」

 

 彼が誠心誠意、俺をひとりの人間として尊重しようとしてくれているのは理解している。

 そのうえで、俺が()()()()()()だというのが、彼にとって多大なノイズになっているのもわかる。

 レオやザップはうまいこと処理しすぎなのだ。ツェッドのこの態度こそが普通と思える。

 

 話を聞いたアポロは、先ほどのニヒルさが嘘だったかのように、輝く笑顔で俺を見た。

 

「なあ……正直オレ、アンタのこと買い被り過ぎかと思ってたよ。でも、まだまだだったな。オレも詳細を知らねェほど、アンタは()()()脅威と思われている。これほどワクワクすることがあるか?」

「あったほうが健全とは思うね」

 

 俺は肩をすくめ、なんでもない風を装ったが、すぐにそれをやめた。

 そんなことをしても、俺の得にはならないからだ。事態はきっと深刻だ。

 

「最終的な結論は君に任せるが、まだすべてを知る前の君だからこそ忠言しよう。君がすべてを理解する頃には、俺は君の目の前から消えなくてはならなくなっている」

 

 出来る限り真剣な顔をして、アポロの顔を覗きこんだ。

 

「それでも踏み込むかい?」

 

 まるで深淵を覗きこんだような顔をして、アポロは言った。

 

「……本当にダメ、となったときにアラートしてくれる親切なサービスは?」

「残念ながら、未対応だ」

 

 どこからがボーダーなのか、明らかではない。

 本当なら、もうだめなのかもしれない。

 だが甘ったれな俺は、すでにもうだめかもしれない、を一度乗り越えてしまった。

 

 もう二度、三度、と思ってしまってもおかしくはない。

 だが、事前にこれはだめだ、と予防しておくことは無意味ではないだろう。

 

 つまり俺が今のところ決意していることと言えば――ライブラ以外に身元が割れたら、宇宙に帰る。

 たった今、そう決断した、ということだ。

 アポロは俺の目をまっすぐに見た後、ひとつ頷いた。その後、レオたちに向き直る。

 

「友達の友達、そのよしみで今やってる()()()はやめてやるよ。オレは全力で、他にできる暇つぶしを見つけることにする。その内容に心当たりがあるんなら、ここに連絡しな」

 

 レオたちに対し、名刺をテーブルに滑らせたあと、アポロは、ニヒルに笑った。

 

「暇が潰せんなら、肩入れするのが世界滅亡でも世界平和でも構わねえ」

 

 それ以上は言いもせず、聞きもせず、アポロはその場を去った。

 

 やっぱり、彼は面白い人間だった。

 きっと彼の面白さを十分に堪能するには、映画やアニメや小説があると、もっと良いのだろう。

 またいろんな議論を、平和的に彼とかわしたいものだ。

 

 ツェッドとザップは、同時に席を立った。

 スマホで通話をかけながら、ツェッドは軽くお辞儀をして去り、ザップは無言で険しい顔をしながらズンズンと店を退出した。

 そのどちらにも、座ったままの俺では干渉できない。

 

 Jはただひとり、普通の人間だからだ。

 

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