邪神ぽいのになったけど頑張って人間のフリするゾイ! 作:九条空
今のJという人物において、俺は考えすぎないことを意識している。
前回の人間のフリでは、あんまり普通であることを意識しすぎたせいで、うっかり生存率70%の道路を渡って死んだ。こうして生きている以上、死んだふりをしたというのが正しいわけだが、人間だったら確実に人生を終えていたわけである。
そして前々回の人間のフリでは、あんまり貧乏だったせいで、うっかり医療費が支払えなくて死んだ。もちろん同じく死んだフリだが、お金って結構あった方がいいっぽいなというわけで、今回の人生ではお金を稼ぐことにちょっと集中してみたわけなのだ。しかし俺は人間初心者なので、ちょっとやりすぎた。資産家のランキングに載ってしまう程度には稼げてしまった。
人間に出来ることしかしなかったはずなのにおかしいな……しかし資産家は全員人間(異界人も含む)であるため、このくらいは俺的に許容範囲だ。ギネスに載りそうになったら世界的な能力上限にひっかかるためやばいと思おう。
俺はダイアンズダイナーの常連だが、他にも当然行きつけの店がある。
ホッピンポップドーナツのイートインスペースで、もちもちのドーナツと、サクサクのパイを交互に食べながらカフェオレを嗜んでいると、向かいの椅子に男が座った。
この店は相席を採用していないので、こういったことは初めてである。
「
「Jって呼んでよ。気に入ってるんだ、この呼び名」
Jは友人が多いが、この男は見覚えがなかった。仕事上でも見た覚えがない。
記憶力の良い人間程度には記憶容量を持っているはずなので、少なくとも今までに会話をしたことはない、とはっきり言える。
俺の本名は彼が言った通り城ケ崎純で、これは英語圏の人間には非常に記憶しにくく、発音もしにくいらしい。ジョンとかジェーンとか間違って呼ばれることが多いし、ジョウガサキは全然違う発音に化けがちだ。俺はそういった問題から、じゃあJって呼んでくれよ、と己でこのあだ名を考えたわけだ。アルファベット一文字はどんな種族からでも比較的呼びやすいようで、これが浸透している。
そんな中久々に本名をしっかりと正しく発音されたので、彼は俺のことをしっかりとリサーチしてから来てくれたようだ。俺もしっかり対応しなければ、と襟を正す。
「それで何の用?」
「サザンアイランドコーポレーションの株を買え」
「めちゃくちゃインサイダーかも。犯罪に手を染めない方針で人生を運用しているからお断りなんだけど、そういう返事は想定済みかい?」
返事は、銃口を向けられることで返ってきた。
どうすっかな、とひとまずカフェオレの入ったマグを持ち上げたが、マグは無残にも男に撃ち抜かれて粉々に割れてしまった。
音に驚いた人々がこちらを振り返るが、「失礼」と俺が言うと、皆ショーケースの中のドーナツに視線を戻した。
「次は額だ」
「まいったな。ドーナツは好きだけど、ドーナツになりたいと思ってたのはエレメンタリースクールまでなんだ」
「サザンアイランドコーポレーションの株を」
割れたマグを見て、店員が「お怪我はありませんか?」と慌てて駆け寄ってきた。
大丈夫と返すより先に、男の銃口が店員に向こうとしたので、俺はわかったよと言おうとした。
言う前に、目の前の男の頭が蹴られた。
男が椅子から転がり落ちる最中、拳銃が暴発し、天井に向かって銃弾が放たれる。
男の両腕を後ろに回して確保しながら、「とっとと応援寄越せ!」と無線にがなるダニエル・ロウ警部を見て、銃声に振り返った人々は、やっぱりショーケースの中のドーナツに視線を戻した。
目を白黒させる店員に、俺は「ちりとりを貸してくれるかい? 自分で掃除するよ」と提案した。
「一応聞いといてやるが、怪我は」
「ないよ。ああいや待って……やっぱりない。血じゃなくてトマトソースだ」
俺が食べていたパイはミートパイだったので、一瞬血に見えてしまった。
紙ナプキンで手を拭きながら、顔なじみの警部に礼を言った。
「いつもありがとう。お金いる?」
「毅然と犯罪者に立ち向かった口で賄賂の提案してんじゃねえ」
「そうか、警察って大変だな……」
公務員にはお金を渡せないらしい。
俺はロウ警部に報いる方法を考えた。
なにしろ命を救ってもらったのは今日だけの話ではないのである。
HLでは貧乏も金持ちも等しく命の危機にさらされるものだが、金持ちの方が比較的救いの手が間に合う場合の方が多いという体感だ。
「なにか君にお礼をしたいんだけど……」
「いらねえよ。囮になってくれてるだけで十分だ」
「おお。なった覚えはなかったけれど、役に立てていたようならなによりだよ」
「皮肉だアホが! 狙われすぎなんだよ犯罪者に! 暇なときはお前のところに張っといたら犯罪者が釣れるって噂が立つくらいだ!」
「それは褒められている? それともたしなめられている?」
「どっちもだ。金があんなら警備を雇え」
「うーん、仕事中には警備がいるんだけど。プライベートまで常にだれかがいると息が詰まりそうでね。だが警察に迷惑をかけたいわけではないし、検討しておくよ」
店員がちりとりを持ってきたので借りようとしたが、手際よくマグの破片は片付けられてしまった。チップを渡すと店員はにこやかに業務に戻って行った。
ロウ警部は頭をがしがしとかきながら言い直した。
「あー、別に警備はいい。新人の点数稼ぎの役に立ってるしな」
「そうかい?」
「即死さえしねえなら」
「それはHLにすむ全生命体にとって不可能だろう」
このHLでの生存率すべてに言えることだが、ほとんど運が良いか悪いかで決定する。
だが、運以外の要素もしっかり整っていなければ運命の女神は微笑んではくれない。そしてその運以外の要素、というのに彼らHLPDは大きく寄与している。
日々市民の安全を守ってくれているHLPDには感謝が絶えないし、その中でもめっぽう迷惑をかけているロウ警部になにかできること、と俺はしばし考えた。
「いいこと思いついた」
俺はレジの一番前に「失礼」と言って割り込んだ。当然並んでいた人には文句を言われるが、構わずレジに札束をポンと置いた。
「俺がこの店のドーナツ全部買うから、ここにいるみんなにおごるよ!」
途端文句は消え、大喝采が巻き起こった。
ドーナツは世界を平和にする。
「警察も市民ではあるんだし、みんなのうちに入る分なら賄賂じゃない。詭弁チックだが見逃してくれる?」
「あのな、そういうことしてっから犯罪に巻き込まれんだぞ」
「ドーナツとインサイダー取引に関係があるかな」
とはいえ、犯人の確保にやってきたロウの部下はドーナツに諸手を上げて喜んでいたため、強く言うつもりはないようだ。
「手を煩わせんな。品行方正にしてろ」
「してないように見えるのかい?」
「ちげえな。ほどほどに悪いことしてろ」
「おお。それは難しいお願いだが、君のためなら努力しよう。ちょうどやろうと思ってたし、悪いこと」
「……一応聞いとくが、犯罪じゃねえだろうな」
「バーで飲酒」
ロウは煙草をくわえ直して、俺にしっしと手を振った。
事情聴取は免除してくれるらしい。あるいは後から聞かれるのかな。
「いつか君とも、被害者としてでなく喋ってみたいんだけどね」
「手錠かけられんのが趣味なら風俗街に行けよ」
「いや当然、犯罪者側として喋ってみたいというわけではない」
「HLPDはいつでも新人募集中だ」
同僚、というか部下としてなら喋ってくれるということか。
そういうわけで言ったわけでも当然なかったわけだが。
「俺ってそういうの案外本気にするよ」
「せめて一日署長とかにしとけよ」
あるいは上司としてなら喋ってくれるということなわけか。面白そう。