邪神ぽいのになったけど頑張って人間のフリするゾイ! 作:九条空
「ハイ、待った?」
「全然」
待ち合わせのバーに到着すると、すでにカウンター席でチェイン・皇が酒を飲んでいた。
俺はよく酒場にいる。お酒を飲んでいる人間を観察するのは中々飽きないからだ。
彼女とはお互い一人で飲みに来ていた時に出会い、それから何度か別のバーで出会っている。3度目に偶然出会った時に、ここまでくるともうずっとどこかで会うだろうから、と連絡先を交換したのだ。
それからは、予定が会えば一緒に飲んでいるというわけである。
「おいおいあんちゃんよ、オレが目に入ってねえのか」
「もちろん見えているとも。視力検査は間に合っているよ、健康診断の結果はオールAだ」
俺の確かな視力によれば、チェインはナンパされていた。
彼女にはこういった事態を単独で解決する力があることは十分承知の上だが、俺は彼女を守るためにチェインと男の間に入ったのである。
なにしろ悪いのはチェインを待たせた俺だ。例え待ち合わせの時間はまだ過ぎていないとはいっても、チェインが稀代の美女であることを考慮すれば、彼女を1人にしないように俺はもっと早くここにいなければならなかった。
ガラの悪い男はチェインと俺を見比べると、鼻で笑った。
「ハッ。HL有数の資産家とあっちゃ、こんだけの美人を侍らせることもできるってわけか。ゴシップが怖くねえのか?」
俺のことはご存知のようである。
見かけによらず経済新聞やニュースをしっかり見ているのかもしれない。感心だ。
「大丈夫だよ。ゴシップ雑誌が一番売れた時よりも高い値段を俺が記者に払うから。そうすると不思議なことに、俺の写真が載った記事は掲載されないんだ。それで、君もお金が欲しいの?」
男はくそったれ、と吐き捨てて店を出ていった。
お金が貰えるチャンスを自らふいにする人間は珍しい。
彼の背を眺めながら、チェインの隣に座った。
「変わった人だったねえ」
「君ほどじゃないよ、J」
チェインとは飲み友達だ。
お互い日系だし、それなりの酒豪という共通点もある。
「悪いね。もっと早く着く予定だったんだけど、ドーナツ屋でドーナツにされかけるハプニングに遭って」
「面白そう。その話もっと聞かせて」
「ご期待に沿えるかわからないけど」
一日署長の話あたりでチェインは大笑いした。
「予定が立ったら絶対に教えてね。翌日のニュース番組全部予約しておく」
「それなら期待に沿えそうだ。マネージャーに頼んでおこう」
HLPDの一日署長になるべく、スマホのメッセージアプリを開く。
チェインとするのはいつも取り留めのない話だ。
仕事について詳しく話せるほど俺と同じ職種ではないようだし、お互いに恋人なしの一人暮らしで家庭環境について話すことも特にない。
彼女と話していて心地よいのは、踏み込まない会話ができるからだ。
チェインがふと思い出したように話す。
「プロスフェアーできる?」
「苦手だ。友達にボコボコにされたことあるから」
「プレイできるだけ優秀だね。ちょっと本読んでみたけどルールはさっぱり」
「練習相手を探しているなら協力できるよ。負けるのなら得意だからね」
「どうかな。アプリで出来る?」
「できるとも。今やってみようか? 酒のつまみにいいかもね」
「負けてもお酒のせいにできるし?」
「おっと。俺はプロスフェアーで負けることより、酒に飲まれた方が恥だと思うタイプだよ」
「奇遇だね、私も」
アプリをダウンロードして操作を確認し、ルールを確認しつつプロスフェアーを打ち始める。
「Jって
「考えたことがないな。ということは、そういったことに興味がないってことなのかもしれない。名乗ったつもりはないが、君がそう思うのならそうなのかもね」
「へえ、意外だよ。君は何事にも哲学があるタイプだと思ってた」
「それこそ意外だ、俺が哲学者に思われていたとは。それよりチェイン、男女で恋愛の話はしない方が身のためだって聞いたのだが。友情が崩壊する一歩目らしい」
「その心は?」
「恋愛の話を始めた方が相手に気があるって」
「J、それって今までのジョークで一番面白い」
男女の友情は続きそうで何よりだ。
「長年友人のいない人生を送ってきてね。友達を作る方法をいくつか試したんだが、今のところ最も効果があったのを実践してる」
「ふむ。参考にしたいね、なに?」
「つまりこれさ」
俺は人差し指と親指の指先を擦り合わせるジェスチャーをした。
「お金があると人が寄ってくるんだ」
「良い奴より悪い奴の方が寄ってくるんじゃないの?」
「それが意外にそうでもない。あるいは俺が良い人に甘いから、悪い人も良い人の振りをしてくれるんだよ。俺に金のある限りはね。善人のフリをする悪人は、バレない限り善人だ」
人のフリをする俺が、バレない限り人であるのと同じことである。
「恐ろしくはない? 自分からお金がなくなった時のことを想像したら」
「死ぬのは恐ろしいか、と聞いているのと同じかもね。失うのは誰でも怖いだろう。金を失えば友人も同じだけ失うかもしれないが、その時になってみなければわからない。なにしろ金はまだいっぱいある」
「羨ましい話だね。J、もし君がホームレスになったら、記念に一杯奢ってあげるよ」
「ではその時を楽しみにして、明日も稼ごう」
俺とチェインは軽くグラスをあわせ、同時に杯を煽った。
「いつも通り、帰りのエスコートは必要ないのかい?」
「タクシーに乗ったら吐きそうだもの」
それから俺がプロスフェアーでボコボコに負けるなどして、宴もたけなわとなったところで解散の流れとなった。
この程度の飲酒量でチェインが嘔吐するほど酔っぱらうわけがないので、彼女なりのジョークだった。
「家に着いたら連絡してくれ。俺と飲んだ後事件に巻き込まれでもしたら一生のトラウマになる」
「君が今日の帰り道で事件に巻き込まれるほうが可能性ありそうだけど」
「うん。それは当然、そうだね」
「既読がつかなかったら通報しといてあげるよ」
「ありがとう。俺がこのあと事件に巻き込まれてもまた飲んでくれるかい」
「それでトラウマになるほど繊細じゃないからね」
それでこそチェイン・皇であった。