邪神ぽいのになったけど頑張って人間のフリするゾイ! 作:九条空
理論なんかはどうでもいいな、というのが、人間のフリを長く続けて思ったことだ。
これがこうしてこうなって、というのはあんまり深く突き詰めてはいけない。
多くの人間たちが、物理だとか科学だとか、なんなら四則演算でさえ、きちんと認識していなくとも生きていっていることから学んだ。
あんまりすべてを知っていると人間らしくない。人類は全知全能ではないからだ。
だから俺は何をどうなっているか深くは考えないまま、ブラッドブリードを己の体の中に溶かした。
これは人間に例えれば消化というやつだが、俺は人間ではないので詳しくはわからない。
わからない方が人間らしいので、わからないでいいかという気分だ。
「クソッ、クソッ、クソォッ」
悪態をつきながらもう何もできない彼に、Jとしてのいつもの癖で、わかっているような適当なことを言った。
「君らブラッドブリードが死ねないというのは欠点じゃないか? 上位存在だからって皆が不老不死ってわけじゃないんだよ。終わりを設定した方が存在としての格が上がる場合について考えてみたことはある?」
人のフリをあきらめた今となっては、本当にわかってしまうこともできただろうけれど、それはやめた。
「まあいいか。せめておやすみ。死を失った君にとって、せめてもの安寧は、なにも考えないことでしか与えられないだろう」
ともかく、このHLで暴れるブラッドブリードがいなければ解決するはずだ。
ブラッドブリードをひとまず消し去ってしまってから、俺はこれからどうするか考えた。
なんつーかさ……まず瓦礫をどかして下にいるかもしれない生存者を捜して……とかを考えなきゃいけないのかもしれないし、それより先に、俺が来るまでブラッドブリードと戦っていた人たちに対してかける言葉を考えなきゃいけないのかもしれない。
俺は未練深く、Jであったときのように、あまり常識というやつを考えない振る舞いをした。
つまり、ちょっと呆然と、あるいは俺を大層警戒している人たちに向かって、親指を立てた。
「おつかれ!!」
ついでにウインクもした。
ウエストコートを着た紳士だけが、ぺこりとお辞儀を返してくれた。
「お疲れ様です」
「おい!? いや、おいでいいのか……?」
向こうも混乱しているようだ。俺も混乱しているのでおあいこだ。
人間のフリができなくなったのだから一刻も早くこの場を去るべきだと考える己と、どうせバレてしまったのだからできる限りのことをしてからでもいいんじゃないかと考える己がいる。
わからない。とにかく今にでも瞬間移動して消えてしまいたい気持ちがあって、俺にはそれを実行する能力があるから、今にそうしてしまっても後悔しないように、これだけは言っておかなければ。
「友達でいられて本当に良かった、レオナルド」
「何、言ってんすか。過去形じゃないでしょ」
「だが……」
思いのほかすぐに返ってきた言葉に、俺はやっぱり困惑して、続きを言えなかった。
ヤジが飛んでくる。
「アホかオメー、どうみてもその辺の異界人とは格が違ェ邪神クラスのクソヤバ概念だろうが、とっとと逃げろや陰毛野郎」
「アホなのはあなたですよ、レオくんの覚悟を少しは想像したらどうですか」
どっちも言っていることはもっともなので、もっともだったので、俺はやっぱり困惑した。
「ええと、俺が今まで学んできたところによると、嘘というのは嫌われるもので、俺は君にずっと嘘をついてきたということになると思うのだけれど」
「俺がアンタに一度でも人間ですかって聞きました?」
「聞かれてないなあ……」
「じゃあ俺は嘘つかれてないですよね?」
「ついてないかもォ……」
「じゃあそういうことっすよね?」
「そういうことかもォ……?」
かなり適当なことを言われているような気がするが、これは俺がJとして、ずっと適当なことを言ってきたことへの意趣返しだろうか。
「それなら私も、不可視の人狼だって話をしなかったから嘘つきになるよ」
「チェイン」
存在希釈でその場に現れたチェインに、俺は両手をあげて降参した。
友人を嘘つきと糾弾するのは心が痛む。つまり彼らもそうだという話だ。
俺はレオの顔をむんずと掴んだ。
人に出来る限界くらいのスピードで、ザップとツェッド、それからウエストコートの紳士と、顔に傷のある紳士が戦闘態勢を取る。遠くでスナイパーライフルの銃口がこちらに向いたのもわかった。
このリアクションは正しい。
手のひらから人間を食べるとか、やろうと思えば普通にできるし。
いや、やっぱり正しくないかもしれない。
俺への対処として正しいのは、戦闘の意思を見せることではなく、真っ先に逃げ出すことな気がする。それをやったのはチェインだけだった。彼女は正しい。
もちろんレオを食べちゃったりしない。ちょっと人外仕草すぎるし。
さっきブラッドブリードを食ったやつが言っても説得力がないので、やっぱり戦闘態勢を取られるのが普通だ。
片手でレオのほっぺを両側から掴み、目をのぞき込む。
「君、人間にしては
「
俺は人間についてよく勉強してきたからわかる。
筋肉のこわばり、体の震え、血圧、そういったものから判断して、間違いなくレオナルド・ウォッチは今現在恐怖を感じている。
だが、俺は彼を嘘つきだとは思わなかった。
彼は恐怖を感じてなどいないと、俺に信じてほしいのだ。
「ちょっとグロいことするから無事でいたくて素直な人は一瞬だけ目を瞑っててね~」
俺はそう言ってレオの目を手で覆ってから、指パッチンをした。
目を瞑っていて欲しい目安の時間としててそうした。
つまり、俺が指をパチンと鳴らし終えるくらいの時間で事は済んだ。
瞬く間に、瓦礫になっていたダイアンズダイナーは元に戻り、削れていた道路は平らになり、瓦礫の下で死んでいたクリスティアーノとジェーン、道路の反対で道路標識に突き刺さっていたケイコが息を吹き返した。
その最中は、とっても名状しがたい過程を踏んで、まさしく邪神的な行いであった。目が良ければ触手とか見えたかもしれない。つまり俺の本体の体の一部などが露出したりした。
建物の修復はともかく、命の再生はとても繊細な作業なので、俺も
俺がレオの目から手をどかすと、彼は信じられないものを
「ま、マジで何も
「リガ=エル=メヌヒュトの施術は見事だが、悪趣味だ。覗き見ているやつらはもっとね」
神々の義眼について言及すると、レオは息を呑んだ。
視覚に関して全能ともいえる神々の義眼であっても、一時的に何も見えなくすることくらいなら俺にもできるのである。
この場で面白いことが起きているということには同意するし、見たいと思うのも共感するが、己の目で見るべきだ。
しかし俺のような存在がホイホイとHLに現れては混乱が起きるってのもわかるので、この上位存在専用中継カメラみてえな神々の義眼についての存在意義は悩みどころである。
素直でなく、動体視力の良かった数名が、俺がこの場を元通りに復元した様を見て「もうだめだ世界は終わりだ……」「窓に、窓に!」「おかあちゃーん!」と発狂しているのが聞こえる。
たぶん一時的発狂だろう、数時間もすれば多少は正気に戻るだろうから放置した。
「君と君の妹の目をどうにかすることもできるけど、俺は君が目をどうにかしたいと思っていることを知ろうとしなかった」
俺は人ではないので、知ろうと思えばすべてを知ることができる。だがそうしなかった。
「死にゆくすべての人を救うことができるし、ブラッドブリードを消し去ることもできる。だがそれをしなかったのは、俺がただの人間みたいになりたかったからという、つまらない理由からだ」
「つまらなくないでしょ。人間って楽しいですよ」
「うん」
心からそう思っていたので、俺はレオにそう言われて素直に頷いた。
「まだ人間でいたいんすよね」
「うん」
そう思っていることに言われて初めて気づいたので、俺は素直に頷いた。
「友達の嫌がることはしないもんっすよ」
例えば――例えば俺が人として以外の力を存分に使用すれば、レオの本来の目を取り戻し、レオの妹に視力を取り戻すことができるかもしれない。
レオがこの街に来てから、ずっと追い求めてきた解決の糸口が、俺という形になって目の前にあるのだ。だが彼は、俺が人間でいたいと思っていることを優先しようとしている。
それでいいのかな、と俺は疑問なわけだ。
レオの目の問題を俺が解決するとしたら、人間としてこの場に居続けることは難しい。もしかすると他の上位存在と喧嘩になって、もう二度とここには戻ってこれなくなるかもしれない。
それでもいいか、と思ったくらいには、俺は彼に友情を感じているわけなのだが。
俺は最後に言った。
「困っているのを助けるのも、友達ってもんじゃないかい?」
「自分の問題は、自分で何とかするんで。これまでと何も変わらない」
簡単に言えるわけがないのに、レオは言ってのけた。
それでも俺と友達でいたいと思ってくれているのなら。
俺は自分のやりたいことをやるのをあきらめた。
もっとうまく人間に擬態するために、バレるまで人間のフリを続けるのは、しばらくの間お預けだ。
これからは、人間でないとバレたうえで、どこまで人間のフリができるかという、新しく面白そうなことをやってみよう。無茶な気もするけど、人間っていつでも無茶なことをしているし。
明日はHLPDの一日署長になる予定で、リスケも申し訳ないしな。
まだJのままでいる覚悟を決めたところで、俺は後ろにぶっ倒れた。
「うわあ、Jー!?」
「人は腹に穴開いたら大体死ぬってこと忘れてた……」
ゴボゴボと血反吐を口からこぼしている俺をレオが揺さぶる。
「ここで死んだらさっきまでのいい話全部なかったことになるじゃないすか!!!」
「ほんとに忘れてたんだって……さっき治しとけばよかった……」
レオが「医者ー!」と叫びながら飛び出して行った後、再び現れたチェインが、死にかけの俺の顔を覗きこんでくる。
「今治せばよくない?」
「チェイン、知らないなら教えてあげるけど、それは人間にはできないんだ」
「真面目だね」
ついさっきは邪神ボーナスタイムで死者蘇生とかやったが、もう人間のフリを続けると決めたのだ。こういう約束を何度も破ると、存在が揺らいでしまう。人間風に言うなら、信念を失うとかそのあたりか。すでに一度破った後だから尚破れない。
己で建てた誓いを何度も破ったことがないのでどうなるか実際わからないが――繰り返せば俺は本物の邪神になるという予感がする。
「死んだらお墓にザ・グレイドモルトの12年を供えてあげる」
「君が罪悪感と戦わなくて済むよう死ぬ前に言っとくけど、供えた後はチェインが飲んでいいからね」
「バカ。そういう時は生きて一緒に飲もうって言うもんだよ、J」
「不勉強だったな。これからも教えてくれ、先輩」
俺はその後入院し一命をとりとめたが、医者に「いやあ人にしてはすごい回復力でしたね~!」と言われ、「ギネスに載るくらい……?」とおそるおそる確認した。
うんと言われていたら泣きながら宇宙に帰るところだったので、医者が「ギネスって何?」と言ってくれてよかった。知っていたらアウトだった可能性がある。
俺のヘルサレムズ・ロットでの人生は、しばらく続くようだ。
おしまい