フォンテーヌの便利屋さんの日常   作:元ジャミトフの狗

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第二話

 

 父は尊敬に値する人物だった。

 

 警官として誠実に職務を遂行し、多くの人に慕われる。

 そんな父の事が好きで、誇らしかった。

 

 夜更けに帰宅する父を母と共に待つ事が好きだった。

 街中で頑張る父を応援することが好きだった。

 いつか私も父のように正義を貫く。

 漠然と、そんな夢を見ていた。

 

 ある日のこと。

 父は自らの正義を全うすべく罪を犯した。

 対価は父の名誉と前途、そして家族の平穏だった。

 

 恨みはない。

 だが父の行為を肯定するつもりもなかった。

 如何なる理由があろうと罪は罪だ。

 その事実は変えようもない。

 

 ともあれ犯罪者の父はメロピデ要塞に収監され、その妻と娘は生活に困窮しサーンドル河、すなわち貧民街に転居する運びとなった。

 

 サーンドル河はお世辞にも治安の良い場所とは言えない。

 棘薔薇の会、ギャングによって一定の秩序は保たれているとは言っても、それは彼らの目が届く範囲でのみ。

 税をまともに払えない者が主な住人のせいか、執律庭がサーンドル河に干渉する事は滅多にない。自分の身は自分で守る。それがこの土地の常識だった。

 

 そして劇的な環境の変化は、母に大きな負担を強いた。

 元より身体の弱い人だったというのもある。 

 しかし日光が当たらない地下という環境は、想像以上に母の身体に悪影響を与えた。

 故に母の疲労が致命的な段階に到達するのも、そう時間はかからなかった。

 

「君がシュヴルーズだね」

 

 そんな折に現れたのが、決闘代理人を自称する男だった。

 何やら父と親交があったようで、「これで借りを返せる」と告げた彼はサーンドル河で暮らしていくために必要な知識や荒事に対する()()を私に授けてくれた。

 

 それだけでなく。彼は定期的に生活必需品を提供してくれたため、最低限人間らしい生活は担保されていた。

 また父の功績は貧民街においても一定以上の影響力を有していたようで、かつて父の世話になったというサーンドル河の住民たちも私たち母子を気にかけてくれた。

 

 私は恵まれている。

 少なくとも死に怯える必要はない。

 この劣悪な環境にあって、私は多くの人に支えられて生きることを許されている。

 

 だから私は彼らの温情に応えたいと思った。

 そのためには、鷹の子は鷹であると証明する必要がある。

 

 犯罪者の娘である以上、執律庭の警察隊員にはなれないだろう。

 しかし何も警察隊だけが法の番人という訳ではない。

 

 特巡隊、凶悪犯を逮捕する執律庭の実行部隊。

 法律上では経歴は不問。ただ自らが優秀である事さえ示せばよい。

 そしてこの新たな住居ではあらゆる問題が山済みで、特に悪徳に満ちている。

 全くもって笑えないが、当時の私にとってはこれ以上ない程お誂え向きだった。

 

 日銭を稼ぎつつ、サーンドル河に蔓延る数多の問題を解決しよう。そう思い至った。

 

 最初は子供達の間で生じる日常の些細なトラブルを地道に解決していった。

 決闘代理人の男から学んだ多くの知恵と力は、その解決に大いに役立った。

 そしてその子供達からの信用を糧に、次は隣人間の問題に介入し、その次は業務上のトラブル、果てはギャング同士の抗争の調停役まで務めあげてみせた。

 

 だが法の目が届きづらい地下で正義を成すには、多くの手段を覚える必要がある。その中には決して褒められない代物もあった。

 どうやら血は争えないらしい。嬉しいやら悲しいやら。親子の繋がりは確かにあったのだ。

 

 そうしていつしか、私はサーンドル河の住民から信用を勝ち取り、地下のトラブルシューターとして名を馳せる様になった。

 だがそれはトラブルを飯の種にする者たちの顰蹙を買うことと同義でもある。

 要するに私は上手くやり過ぎたのだ。

 

 一人で出歩いていた時のこと。

 私は暴漢に襲われた。

 相手が単独かつ生身の人間相手ならまだ抵抗の余地もあっただろう。しかし複数のクロックワーク・マシナリーを連れた荒くれ共に対処するのは、当時の私では少々荷が重かった。

 小娘一人に差し向けるには些か過剰な戦力。あるいはそれだけ悪党に恨まれていたということなのかもしれない。

 

 そこで偶然通りかかったのは、あの決闘代理人の男。

 彼は神の目の所持者だったようで、対話の通じる相手ではないことを悟るや否や、雷元素を操り暴漢を瞬く間に鎮圧してみせた。

 それでいて――

 

「大丈夫?」

 

 だなんて、何事もなかったかのように尋ねてくるものだから、思わず笑ってしまった。

 

「ああ、お陰様で」

「なら良かった。でもここ、あんまり治安良くないから一人で出歩かない方が良いよ」

「……ご忠告痛み入る。全くもってその通りだ」

 

 そこで己の不明を恥じる。

 身の丈に合わぬ事に手を出し、あまつさえ人を助けるつもりが逆に助けられてしまった。

 

 最終的に、男は事務的に暴漢を棘薔薇の会に引き渡した。

 法の番人たる決闘代理人がギャングの力を借りている様子はどこか奇妙だったが、しかし同時にそれが最適解であることは私にもわかった。

 

「なんでそんなに焦ってるの?」

 

 手続きを終えた男は、私にそう問うた。その時、私は――

 

 

 

 

 

 

 決闘代理人を辞した俺は、現在薄汚いジャンク屋を営んでいる。

 お得意様は懐に余裕のある好事家から棘薔薇の会を始めとした地元ギャングまで様々。

 当然ながら法は遵守している。可能な限り。後ろめたい事はバレないように。

 

 結果、収益は好調である。官民問わず発明が盛んな文化背景を持つ我が国において、ジャンク品は一定の価値を有するらしい。

 元より俺は決闘などという血生臭いことより機械弄りが好きだった。何ならその趣味が高じてスメールの教令院妙論派の門戸を叩いたこともある俺にとって、ジャンク屋は天職と言える。

 好きなことをして食い扶持を稼ぐ。俺の人生は正に順風満帆だった。

 

 さて、そんなある日の早朝。フォンテーヌ廷、カフェ・リュテスにて。

 

「おはよう。相席いいかな」

 

 眼帯が特徴的な中背の女性だった。

 俺の返事を聞くよりも先に、彼女はこちらと対面するように席に座る。デジャブを感じる。

 一応補足すると、他にも空いている席はあるし、何なら俺は朝食中だった。

 

「おはようシュヴルーズ。本日はどういったご用向きかな」

 

 シュヴルーズ。フォンテーヌが誇る少数精鋭部隊、特巡隊の隊長を若くして務める女傑である。

 特巡隊の業務はいたって単純だ。凶悪犯の鎮圧およびその逮捕。

 前世でいうところのSWATやSATのような特殊部隊もとい法の番人である。

 善良な市民にとって、彼女はこれ以上ない程頼もしい存在だろう。

 もちろん俺としても探られて困る腹はない。そもそも彼女とは旧知の中だ。自然体で接する。

 

「話が早くて助かる。このパーツに見覚えは?」

「いや、ない」

 

 彼女の懐から取り出されたパーツを見て即答する。

 捜査の一環なのだろう。特巡隊に協力するのはこれが初めてではない。

 

「何か分かる事はあるか?」

「触っても?」

「勿論だ」

 

 シュヴルーズからパーツを受け取る。

 

「対消滅エネルギーの集約装置に使われるパーツかな。市販の物によく似ているけど、恐らく個人の工房で作成された品だと思う。ああでもその割には随分と材質に妥協がみられる。これ、使ったらエネルギーが暴発して大惨事になるぞ」

 

 ジャンク屋としての所感を述べる。手の込んだ欠陥品、そんな印象を受けた。

 

「そうか。協力に感謝する」

「他に手伝えることは?」

「結構だ。ただ明日の紙面は見逃さない方が良い。面白いものが見れるぞ」

 

 なるほど。どうやら事件の解決は秒読みらしい。

 相変わらずおっかないことで。

 

「……ああそれと。明後日の昼は非番になるんだ。予定を空けておいてくれると嬉しい」

「構わないよ」

「そうか。ではそのように」

 

 話は終わりだとシュヴルーズは席を立った。本当に必要最低限のやり取りで恐れ入る。

 

「毎度のことだけど忙しそうだね。よければコーヒーの一杯でもどうだろう。なんならご馳走様するけど」

「ふふ。私もそうしたいところだが、ホシに国外逃亡でもされたら面倒だ。今日は遠慮させてもらう」

「それは残念。頑張って」

「ああ」

 

 シュヴルーズの毅然とした背中を見送る。

 彼女が幼い時分、サーンドルにいた頃から並外れて逞しい子だった。しかし昨今の彼女はそこに更に磨きがかかっているように見える。

 己の信ずる正義を貫く様は、文字通り法の執行者と言えるだろう。

 それでいて公務員よろしく融通の効かない堅物とは程遠く、むしろ清濁併せ呑む気質の持ち主なのだからまったく強かである。

 

 ――私も、私に出来ることを頑張りたいんだ

 

「……そうだね。俺も頑張らないとな」

 

 カップに残ったコーヒーを一気に飲み干してから立ち上がる。いつしかの問答を思い出したからだ。彼女たちの献身によって保たれている平和な日常を噛み締めながら、今日も一日頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

「なんでそんなに焦ってるの?」

「分からない。けれど」

「けれど?」

「私も、貴方たちの様に、正義を貫きたいんだ」

「……俺、そこまで高尚な目的で働いてる訳じゃないんだけど」

「いいや。貴方たちの献身によって、フォンテーヌの平和は保たれている」

「……」

「私も、私に出来ることを頑張りたいんだ」

 

 




・シュヴルーズ
 幼い頃から苦難の道を行く正義の求道者。
 かつて主人公の庇護を受けていたこともあり、その関係は良好。その時に主人公から必要な知識と武力を学んだが、主人公がいようがいまいが彼女は立派に育ったことだろう。
 主人公が冤罪を掛けられ、世間から大バッシングを受けてもあまり腐らなかったのは、彼女の言葉を覚えていたから。幼い少女が頑張っているのに、自分が頑張らない訳にはいかない。一番影響を受けていたのは、主人公の方だった。
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