フォンテーヌの便利屋さんの日常   作:元ジャミトフの狗

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第三話

 俺が思うに、誰にでも他人に言えない秘密はある。俺の場合、それは――

 

「御機嫌よう」

 

 陰りのある銀色の髪に、どこまでも暗く吸い込まれるような瞳。そこに居るだけで異質な圧力を放つ妙齢の女性。名をペルヴェーレ、或いは悪名高きファデュイ執行官「召使(アルレッキーノ)」。

 俺の雇用主にして、協力者。ある一点において利害関係にある人物。

 

 ノックは聞こえた。返事もした。だが俺の目には、忽然と彼女が現れたように映った。

 ここはジャンク屋の工房を兼ねた俺の事務所だ。だが、だというのに、世界が狂って反転したかのように、まるで俺の知らない部屋へと変貌してしまった。

 無論、そんなものはただの錯覚だ。しかし恐ろしいという感情に嘘は付けなかった。

 

「……どうもこんにちは」

「君を怖がらせるつもりはなかった。すまない」

「いや。感性が鋭いのはこちらの都合です。どうも血には逆らえないようで」

 

 圧倒的強者を前に本能が警笛を鳴らす。なまじ実力差が分かってしまうから、恐怖を覚えてしまう訳だ。だがそのように納得してしまえば、あとは理性のお仕事だ。うん、よし落ち着いた。

 

「ご配慮痛み入る」

「どうぞ席に座って。先日、公爵から良い茶葉を頂いたんですよ。いかがでしょう?」

「頂こう。その代わりという訳ではないが、私もお茶菓子を用意した。君の口に合うと良いのだが」

 

 席に座るよう促しながら、彼女の手土産を受け取る。マカロンだ。チョイスがかわいい。

 しばし時間を頂いて、紅茶の準備をする。正直なところ、賓客をもてなすのには慣れている。

 というのも、水神様がよくアポなし訪問をするのだ。お陰様で彼女に及第点を貰える程度には、紅茶を淹れられるようになった。嬉しいんだか悲しんだか。

 

「……良い香りだ」

「ですね。紅茶狂いが勧めるだけのことはある」

「それに加え、君の腕前も上がったようだ。努力を感じられる」

「はは、ありがとうござます」

 

 言い回し的にまだまだ改善の余地がありそうだ。聞けば律儀に答えてくれるのだろうが、まぁ流石に本題に移ろうか。

 

「で、本日はどういった用件で? あ、マカロンおいしい」

「気に入ってもらえたようで何よりだ。だが仕事の話の前に、改めて感謝を」

「ん?」

「スネージヴナが快復した。君のおかげだ」

「おお、それは朗報です」

 

 スネージヴナ。数年前、大怪我を負い道端に倒れていた女性ファデュイの名前である。

 当時、偶然にもその場に居合わせた俺は彼女に応急処置を施し、彼女の言う『家』にまで送り届けた。その『家』こそが、アルレッキーノが院長を務める『壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)』。

 

 それは俺がファデュイと接点を持つきっかけになった出来事である。

 スネージヴナの傷はあまりにも深く、正直なところ彼女が助かる見込みはないと思っていた。しかしどうやらそれは俺の思い違いだったらしい。あの容態から助かるとは、全く大したものだ。

 

「後遺症は?」

「……ファデュイとしてはもう活動できまいよ」

「何だか嬉しそうですね」

「さてな」

 

 ヌヴィレット氏といい、目の前の彼女といい、どうにも超人は感情表現が下手糞であるらしい。それとも相応の地位を得るからには、感情を犠牲にしなければならないのだろうか。難儀な話である。

 

「さて、仕事の話に戻りましょうか」

「ああ」

「ロシの件ですね?」

 

 俺が問いかけると、アルレッキーノは頷いた。

 

 表向きは孤児院として運営されている『壁炉の家』だが、その実態はファデュイの育成機関である。そんな裏ありきの組織と薄汚いジャンク屋に過ぎない俺が、どうして協力関係にあるのか。

 それこそが俺の秘密であるが、理由は単純だ。全てはフォンテーヌを守るため。その一点において俺とアルレッキーノの利害は一致している。

 彼女は子供たちの居場所を守り、俺は第二の故郷を守る。全く麗しい協力関係だ。

 

「一応、色々調べてみたんですけどね。あ、これ調査資料です」

「ありがとう」

「そこにも書いてあるんですけど、ロシの提供元はやはりカブリエール商会である可能性が高いです」

 

 ロシとは主にポワソン町で流通している密造酒のことだ。飲用すると多幸感と幻覚作用を齎す上、中毒性もあるという酷くタチの悪い酒だ。因みにカブリエール商会は、フォンテーヌの民間組織(ギャング)棘薔薇の会(スピナ・ディ・ロースラ)の下部組織である。

 で、このロシというお酒なのだが、とある事件現場においても同じ成分の液体が発見された。事件の名を連続少女失踪事件。警察隊はこの事実をそこまで重要視しなかったが、他に手がかりも無かったため俺は独自に調査を続けていた。冤罪の恨みは深いという事だ。

 

 そしてその過程でアルレッキーノと本格的に知り合うようになったという次第だ。

 アルレッキーノら壁炉の家も連続少女失踪事件を追っていた。というか、彼女たちはフォンテーヌを取り巻くありとあらゆる事件を調査している。

 その理由はフォンテーヌで最も有名な伝承、滅亡の予言に抗うため。毎年海面が上昇する異常気象が滅亡の予兆であると彼女たちは考えており、とにかく関係がありそうな事件を片っ端から調査している。俺もそれに同調して今に至る。

 

 閑話休題。

 

「……では黒幕は棘薔薇の会だと?」

「どうかな。俺も最初はそう考えてたんですけど、ナヴィアがそういう事をするとは思えない」

「友人を疑う気持ちになれないのは分かるが」

「分かっています。ただ結論を急ぐ必要もないでしょう」

「そうか。君の判断を信じよう。他には?」

「連続少女失踪事件、その最初期の事例と思われるものを見つけました」

「ほう」

「興味深い話ですよ。冒険者の女性が水中を探索中、仲間の目の前で溶けてしまったのだとか」

「……なるほどな」

 

 そうして得られた成果を報告する。確証に至るものは未だ何もつかめていない。しかし着実に真実に近づいている。その実感がある。

 

「――報告は以上です」

「了解した。いや、しかしよくぞここまで調べ上げたものだ。君の能力はファデュイの諜報部にも引けを取らないようだ」

「……となると、やはり大部分は把握していたのですか?」

「いや、ロシと連続少女失踪事件の件は全て君に委任している。誇ると良い、君は確かに私の信頼を勝ち取っている」

 

 それは光栄なこった。

 

「で、最後に一つ報告することがあるんですけどね」

「何かな」

「多分なんですけど俺、カブリエール商会に目をつけられてます。()()()()()()()()

「――ああ、成程。道理で邪な視線を感じる訳だ」

 

 アルレッキーノの形の良い唇が狂気に歪む。やっぱり恐ろしい。彼女が敵でなかった事に安堵する。つまり何が言いたいのかと言うと――

 

「――貫こう」

 

 目の前にいた筈の彼女が消えた。すると何とも鈍い音が外から聞こえてくる。音源へと視線を送ると、窓が割れていた。

 どうやらアルレッキーノが下手人を無力化したようだった。

 

「弁償してくれるんだろうけどさぁ」

 

 悪態をつきながら外にでる。そして彼女の元へ行くと、そこには異様な光景が広がっていた。

 アルレッキーノの足元に水に濡れた衣服が転がっている。ただそれだけ。しかしそれはまるで――

 

「まさか」

「ああ。今しがた目の前で人間が溶けた」

「……マジですか」

 

 

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