『何やってんだポーシェ、もうとっくにそこの上納は済んだはずだガオ』
電伝虫がフォックス型のサングラスを掛けているのは、彼の通話相手がペコムズだからだろう。
同僚とも呼べるこのミンク族の気苦労を思えば多少の同情を憶えるが、ポーシェにも譲れないものはあった。
「上澄みだけハネてたらいずれ破綻すると散々言っているでしょう」
『だからってなんでおめーがわざわざ現地で畑仕事してんだガオ!!!』
「故郷で毎日やっていましたので。畑仕事。ついでにお菓子含めた料理作りも少々」
『知らねェよガオ!!! おれにアレコレ言われるんだ、早く帰って来いガオ!!!』
「何かご用事でも?」
『分かってんだろおめーガオ!!! 逃亡疑われてんだよおめーガオ!!!』
ガオガオ言うの大変そうだな、とポーシェは思った。
(可愛いからいいけど。それに、ライオンの喉の構造上の問題とかかもしれない、か?)
「おれが逃げる訳ないでしょう。今までどれだけ試みたと思いますか? 悪あがきはもう疲れました」
実際彼は疲れていた。
決闘を挑んだこと34回。
逃亡を試みること981回。
自決を試みること124回。
反抗したこと数知れず。
すべてあしらわれた。
「だいたい、たった独りでビッグ・マム海賊団なんか、相手にできる訳がなかったんですよ」
『……お前が何を企んだのかは知らねェが、無謀としか言いようがねェなガオ』
「そうでしょう?」
フフッとポーシェは笑った。自嘲だった。
「ともかく、おれが居なくて
『だから、知らねェガオ!!! 帰ってテメェで言えガオ!!!』
「はは。まあ、これ以上君を虐めても可愛いだけですね。そろそろ帰ります、安心して下さい」
『安心できねェ発言混ぜるなガオ!!!』
「あは」
いたずら心で通話をぶった切ると、ポーシェは後ろを振り返った。
「という訳で、ジュレ、一旦帰りましょう。あっと、その前にエヴァンスさんの所の南西のハウスを、あと二棟見回りたいです」
「は〜い、分かったよ〜」
にこにこと答えたのはビッグ・マムと同じ桃色の髪に橙の瞳、それに白黒の兎耳が生えた少女だった。
シャーロット家三十六女、ドライフルーツ大臣ジュレ。双子の姉プリンとともにカカオ島に住んでおり、自身の島は持っていない。
それなのに大臣に任命されているのは、
縄張りのひとつにあった果物の産地をポーシェが弄り回したのである。
現地で元々はそう奮っていなかった果物の生産まで盛んにさせ、今やドライフルーツの一大生産地となっていた。
本人曰く、
「絶対一度は現地に来て生食すべきです」
とのこと。
……ただしもちろん、彼がこうまでしてビッグ・マムに
かぷりと自ら口枷を嵌めるポーシェを、ジュレはじーっと眺める。頭上の耳がいつもよりほんの少しだけ後ろに倒れていた。
「ね〜、
ふるりと彼は首を振った。彼は、
(心配ない。自決とお喋り防止にはなっても、涎が大変なことになるようなタイプじゃないから、普段遣いにはピッタリなんだよ?)
と見当違いなことを思っている。
そしてかぽっと、今度は水色な兎の着ぐるみを頭だけ被った。
無言で船を下りていくポーシェの背をジュレは小さな溜め息をつきつつ追い掛けた。
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「……何でこんな所に」
遠くに見えた巨大な船影に、とある
笑う髑髏の鼻下に弧を描く髭、X字でなく十字に交差する大腿骨。
どう見ても白ひげ海賊団のものである。
(今までこんなことなかったのに)
新世界に四皇の船が居たとて、特段不思議なことではないのだろう。加えてポーシェお気に入りのあの島は、ビッグ・マムの縄張りとはいえ飛び地であり、間の海を誰が通ったとて咎められるものではない。
とはいえ、まだ島に近すぎる。
偶然そういう
ポーシェの頭の中を、考えうる来島目的が次々に浮かんでは消えていく。
しかし考えても分からないものは分からない、と彼は早々に諦めた。
ここで二人が縄張りの島に引き返すのは、白ひげに不信感を表すようで躊躇われる。
無難なのは徐々に鼻先を変え、遠いまますれ違うことだろうか。
ポーシェは部屋に戻りジュレに警戒を促す。
「白ひげの海賊旗が見えました。かなり大きいので本船の可能性もなくはないと思います。念のため多少針路をずらしますね」
「は〜い」
ジュレは小さく手を上げて答えた。耳がヒョコリと動く。素直だなあとぼんやりポーシェは思う。
(何だ……? 舵が、利かない?)
離れられない。
彼は嫌な予感に駆られて、少しだけ舵をあちこち動かしてみた。
(……利かない訳じゃない。あの船から離れようとする方向にだけ進めない)
彼はイラッとした。
いかに白ひげ海賊団が有名であろうと、その一人一人の能力を外野がすべて把握できるはずもない。だから中にはもしかしたらこの謎の事態を引き起こせるような存在があるのかもしれない。だとしても。
(何考えてるんだ。こっちだってちゃんとマムの旗掲げてるのに……)
わざわざ面倒が起きそうなことをする意味が……いや、白ひげも海賊。
(彼らにはどちらかといえば紳士的なイメージがあるけど、海賊ってのは基本ハチャメチャなもんだよな、多分)
彼がはぁ、と溜め息をついた所で、ジュレが甲板に顔を出した。
「ポーシェ、夜ご飯の仕込み終わったよ、操舵交代しよ」
「いや……面倒なことになりそうなんです。君はそのまま部屋の中にいてください」
「え? あ、そ〜いえばさっき……なあに? 追い掛けられてるの?」
ヒョコリと動く耳。
このふわふわした雰囲気のジュレに荒事を熟させたくないのに、とポーシェはげんなりするが、それは単なるエゴなのかもしれなかった。加えて、元は敵だったはずの相手である。絆されすぎだろう。
「何と言うか……離れられない、んです」
ぴんっと彼女の耳が立った。
「……ん〜? とりあえず、面倒、なんだね?」
「はい」
本当に素直だな、と彼はしみじみ思う。
「……このままではすれ違う時には横付けになります。準備をします」
そう言って部屋に向かい始めるポーシェに、ジュレは少し膨れた。
「ねえ。やっぱりあれ被るの?」
「ええ。顔も声も知られたくないんです。──特に彼らには」
「……そっか」
耳をほんのり後ろに倒しつつ不満そうな顔で着いてくるジュレに、ポーシェはどことなく気まずさを憶える。
(彼女が気に入ってない部分は、果たしてどこなんだろう)
ポーシェは自身でも突っ込みどころまみれだとは思っているらしい。
ただし。
(設計してくれたのは、彼女お気に入りのデザイナーなんだけどなあ)
ポーシェが頼んだのは『顔を隠したい』ことだけだった。
断じてファンシーさは求めなかった。
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「私たちの縄張りに勝手に入ってきたのは、そっちじゃない」
「やめましょうジュレ。おれたちが敵う相手じゃありません」
お冠のジュレに、ポーシェはさらさらと筆談を送る。
「あと、海は誰の縄張りでもありません」
「正論じゃ語れないこともあるのよっ」
小さく溜め息をつきつつも、ポーシェは内心では頷いていた。
ジュレにはいっそ部屋に居てもらいたかったが、二人の存在を知っている人間には『シャーロット家の赤青兎』とセットで認識されているらしいため、無駄だと断念した。
「ここはおれが話しに行けばいいだけです」
「それがまずいんでしょ! ポーシェは隠したいから隠してたんじゃない!」
「彼らは言いふらすような小さい器じゃないはずです」
「……もう。あなたが帰って来なかったら四皇同士の戦争が起きるわよ?」
「そんなことにはなりませんよ」
「グラララララ……おれたちはただ、面白そうな奴らと話してみたいってだけなんだがなあ」
相手はモビー・ディック号、白ひげ海賊団本船そのものだった。
白ひげはただ穏やかに笑っているようだった。ただ船体の大きさに差がありすぎて姿がよく見えない。
向こうは白ひげ含む複数人が望遠鏡を使っているようだった。ポーシェはといえば、ひとつしかない望遠鏡はジュレに渡してある。
了承もなしに相手の船に乗り込む訳にはいかないための、面倒なやり取り。
この船体差でその面倒を無視しないのは、ある意味誠意なのかもしれない。
そんなこんなでポーシェは、ひとりモビー・ディック号に上って行った。
手土産は酒と菓子。今はそれくらいしかなかった。
モビー・ディック号の一室で根掘り葉掘り聞かれて彼がそれに答えたあと、ジュレもモビー・ディック号に上げて宴となった。
最初ジュレが置いて行かれたのは、まだ幼い婚約者を敵船(一応)に上げるのだけは面子が潰れるからやめてほしいと、ポーシェが強めに願ったためだった。
しかしそのジュレも今や機嫌よく歌って踊って周りも巻き込み、宴の主役となっていた。
宴もたけなわ、月夜の船上をふらりと歩き出した四番隊隊長・サッチの背をポーシェがくいっと掴んで引き止める。
「うおっ、……何だお前かあ、どうした」
根掘り葉掘りぶちまけることになった一室に彼も居たため、ポーシェはヤケクソ気味に多少気安い。
「何か作るんですか?」
「ああ。ツマミの追加だ」
「やはり。実は下ごしらえの済んでいた色々がありまして」
「ほう。って、ああ、いきなり招いちまったから……晩飯作るとこだったのか」
「そうです。せっかくジュレも頑張ってくれましたから」
「はいーはい、お熱いことで」
ポーシェはげんなりした。
「うおっ何だそのウサヘル、いま嫌そうな顔したぞ」
「高性能でしょう」
彼らの中でポーシェのコレは、兎頭の"ヘルメット"となったらしかった。
「ああ。その状態でパクパク飯食うわ酒飲むわ、びっくりしたわ」
「でなければやっていけませんからね」
「その筆談もダルくねェのか? 速ェからこっちは気にならねェが」
「慣れていますので」
「どんな慣れだよ」
二人はそうわいわいしながら一度ポーシェとジュレの船へ降り、冷蔵庫などの中から色々と回収して、モビー・ディック号のキッチンに向かった。
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同じコック服にコック帽、体格も似た二人がキッチンで腕を奮っていた。
「いやあ別に着替えなくても良かっただろ」
「衛生に気を配らなくて何がコックだ」
「にしてもお前はさあ」
「うるさい唾が飛ぶ」
「ひえっ、手厳しいなあ」
随分と仲が良さそうだ。
こんな奴いたか? と思いつつ彼は二人に──
「!? っぐうぅ……!」
「ゼハハハハハ!!! サッチ、こいつはいただいていくぜ」
「ティー……チ!? く、そ……」
「ゼハハハハハハハハ!!!」
「え、……は!? サッチ!? っ、マルコ!!! キッチン来い!!! ──ティーチが、ティーチがやりやがった!!!」
ゼハハ、二人も殺したんだ、いい奴が釣れてくれよ?
……しかしありゃ誰だったんだ。おれの友達とあんな楽しそうに……。
まあもう、両方殺しちまったけどなァ。
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小さな二人用の船は、のんびりと
白ひげが興味本位で船に上げたポーシェが、ティーチの手に掛かり負傷したこと。
狙われたのは本来サッチ一人であったこと。
それらで以てこの日の『宴』は無かったことになった。要は『お互い全て口外禁止』という訳である。
一見ポーシェが折れただけのようだがそうでもない。彼は結果的にであれ白ひげに大いなる弱みを握られることになったのだから。
白ひげにしたって「リンリンの所に縄張りで汗水垂らすウサギ頭の愉快な奴がいるらしい。しかも強ェとか」という、本当に単なる興味で呼び込んだだけであり、地雷を踏むとは思っていなかったのだが。
「……も〜。ほんとは大怪我でしょ。
「何のことですか?」
ポーシェが知らばっくれると、ジュレは大いに膨れてそっぽを向いた。
「……ふふ。まあまあ。いいじゃないですか。
ポーシェがヘラっと笑うと、ジュレは膨れっ面のままギョンッと彼を睨みつけた。ポーシェは一瞬竦む。
「死ぬことだけが酷いことじゃないわ! ……死ぬより酷いことがなかったとしてもね」
ジュレはまたそっぽを向いた。
ポーシェは少しの間ぽかんとしていた。
「……ふふ。まあ、そうですね。……すみません」
「絶対分かってないんだから」
ジュレの耳がぴんっと立ちっぱなしで、ポーシェは微笑ましくてクスクスしてしまい、余計に怒られる。
(プリン、君がジュレに実を偶然食べさせたことをずっと気にしてる理由のひとつは、絶対
ジュレも気にされていることを気にしているが。
感情が耳に素直に現れすぎる、とポーシェはしみじみ思う。
ビッグ・マム海賊団にしてみればあまり有益ではないだろう。
所謂ヒト型の耳がなくなり頭の上に細長い耳が二つ、丸い尻尾も出っ放し。
そして任意で手足の先を肉球プニプニのもふもふにすることができる。
その手足の先を巨大化させて踏む人踏む人気絶させるという謎の効果をポーシェは見せつけられたことがあるが、それだけなのだ。残念ながら、それだけだった。
見た目からウサウサの実の中の何かだと考えられているらしいが、正体は未だによく分かっていない。
(……お互い、能力に振り回されているな)
思わず苦笑しながら彼女の耳と耳の間に掌をぽふんと置くと、ジュレはムキィと口を引き結んだ。
「ねえっ、また子供扱いしてるでしょ〜! 私と二つしか違わないのに」
ハハ、とポーシェは笑う。
「二つも、ですよ。それにほら、身長なんてこぉーんなに」
「なっ、なっ! 成長期なんだからすぐ追いついてみせるわ!」
「おれも成長期ですよ」
「ムキィ〜!」
シャーロット・ジュレ。14歳。身長156センチ。
シャーロット・ポーシェ。16歳。身長182センチ。
二年後二人は、姉とその婿とともに、ホールケーキアイランドの茶会において結婚式を挙げる予定となっている。
(……それになあ)
彼は転生者、である。
(あんま覚えてないけど、精神年齢がなあ……きっと君の二歳上どころじゃないだろう)
ロリコンにはなりたくないなあ、と、只今絶賛、死ぬ以外での逃げる方法を模索中。
本編で出てくるのはかなり先です。
→「55.暗雲」あたりから出ました。