海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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11.懸念

「お帰りィ! 今回はどんな冒険してきたんだ?!」

 

 フーシャ村に帰り着くなり目をキラキラさせたルフィがすっ飛んできた。

 余程赤髪海賊団の皆が恋しかったんだろうなあ。

 彼らが村に滞在してる間は、毎日酒場に会いに行ってたっぽいしね。

 

「ああ、飲んで食って歌ってきたぜ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてベックマンが言うと、ルフィは目を輝かせた。

 

「何食って来たんだよ、聞きてェ!」

「おいおい、おれたちはいま帰ったばっかりだぜ?」

 

 ベックマンはせめて酒場まで行かせろと笑った。

 

「うおー! 冒険してェ! シャンクスー! シャンクスどこだ!?」

 

 シャンクスはまだウタと一緒に船上にいた気がする。船長親子は全員降りたのを確認してたりするんだろうか。

 

「いつも賑やかだなあルフィはー」

 

 船上からシャンクスとウタがひょこっと顔を出していた。

 

「おれも船に乗せてくれよ! 世界中のうまいもん食いてェんだ!」

「帰るなりそれかよ」

 

 シャンクスがケタケタと笑っている。

 

「ウタ! お前、帰ったらおれが強くなったか見てやるって言ってただろ!」

 

 ああ、出発するときに言ってたなあ。

 強くなってたら、ウタからも船に乗れるように頼んであげるよ、みたいなこと。

 

「いいよ、見てあげる」

「おいおい、こちとら長旅だったんだぞ、少しはウタを休ませろ」

 

 シャンクスはそう言って苦笑したんだけど、ウタは大丈夫と強気な顔で胸を張った。

 

「ルフィ相手なら充分だよ」

「何だとー!?」

 

 ぷんぷんに怒るルフィ。可愛い。

 

 ──しかしその時、ふと脳裏に浮かんだものがあった。

 

『強くなりてェ……!』

 

 今と違ってぼろぼろに泣きながら真剣に訴えるルフィ──。

 

 はっとする。

 

 もしここで失うものが無かったとして、ルフィの成長が欠けるかもなんて侮るもんじゃないんだろう。

 だけど彼らは、常にギリギリの世界を生きていくんだ。

 何が命取りになるか分からない。

 

 ここにもしもがあったとしたら、それは自分のエゴのせいだ。

 その責任はどう果たせばいい──!?

 

「……なあルフィ、ウタの前にさ」

 

 できるだけ不敵にニヤリと笑ってみせる。

 

「赤髪海賊団の一員ですらない、ただ送り迎えしてもらっただけのお客さんと」

 

 ファイティングポーズまで取ってみせる。

 

「先に決闘してみるっていうのはどう?」

 

 今この幼少期の、覇気をまだ知らないルフィになら、引けを取らない自信がある。

 そんな程度が『ウタが帰らなかったこと』に匹敵なんかしないけど、何もしない訳には、いかない。

 

 素直なルフィは「お、望むところだー!」とすんなり受け入れてくれたんだけど、

 

「……ルリ?」

 

 シャンクスが怪訝な顔をした。

 

「あんたそんなに暴れたがりだっけ?」

 

 ウタも不思議そうにしてる。赤髪海賊団の皆もだ。

 部外者がここで出てくるのは少し可笑しいかもしれない、けど。

 

「……ああ(・・)言った張本人がまず(ハードル)になるべきだろ」

 

 シャンクスの方を振り向いてそれだけ言った。

 説明不足すぎるその意図をシャンクスはすぐに理解してくれたみたいだった。

 

『あんなバカ強いのあんたら以外の誰が抑えんだ!! 家族だろ!! とめてやれよ!! あんたらが!! 家族だろうがッ!!』

 

 ウタのそばにいる皆がとめろなんて、そんな高慢ちきな、他力本願の押し付けかもしれないことを言った。つまり船に乗りたければとルフィにも押し付けてる。

 

 ウタは不思議そうにこてんと首を傾げて(可愛い)、シャンクスはふっと笑った。

 

「……気の済むようにするといい。お前たちにはお前たちの信念があるだろうからな」

「お頭……」

 

 何人か心配そうだったり戸惑ってそうだったりな顔をしてたけど、シャンクスと二人してにかっと笑ってみせると、苦笑したり肩をすくめたりした。ひとまず見守ってくれるらしい。

 

 暴れても海に落ちないような少し開けた場所へ移動し、ルフィと対峙する。

 

 一緒にガープさんのシゴキを受けた仲だ。お互いただの子供って訳じゃないことを知ってる。

 

「お前いつもは木の棒振り回すだろ、なくていいのか?」

 

 真剣な顔で構えを取ったルフィが聞いてくる。

 

「あんなのリーチに差がありすぎて不公平だろ。そもそもガープさんからは同じ拳骨習ってるんだしさ」

 

 拳骨も別に押し付けられてとかじゃない。

 ガープさんは自分の持てる最高を、ルフィやエースだけじゃなく、我々のような他人(しかも本当に海軍になるかも分からない)にすら教えようとしてくれてるんだ。

 ガープさんの技術自体を受け止めて伸ばせるような自信はそうなくても、精神(こころ)は精一杯学んでるつもりだ。

 

 それに、物騒なことなんか『想定してないはず』のエレジアへは木刀は持って行かなかった。つまり今も持ってないし、かといってわざわざ家に取りに帰る気もない。

 ロプロプの能力も、同じく不公平だから使う気はない。

 ただ覇気は……負ける訳にいかないから使うべきであれば使う

 それでも、できるだけ、学んだ経験が近いものでぶつかりたい。

 

 ざり、と地面を擦って重心を落とす。

 

「じーちゃんの訓練では手合わせしたことなかったからな! おれもルリとは決闘してみたかったんだ」

 

 にっと不敵に笑うルフィ。幼気(いたいけ)なそれはとても可愛く見えてしまう。ミーハー心をなんとか鎮めてこちらも表情を引き締めた。

 

 開始の合図はウタに任せてある。

 ルフィと彼女が何らかを競う時の早口なあれだ。勢いがあっていいと思う。

 

 ──そして。

 

「いくよー! ── 3・2・1!」

 

 ルフィと二人してほぼ同時に地を蹴った。

 

-----------------------------------

 

 ころりと大の字に転がるルフィがひーふーと一生懸命酸素を貪ってる。

 対して転がした体勢のまま見下ろすこちらはふう、とひとつ息を吐く。

 

「……ちくしょー……!」

 

 悔しそうな声に少し胸が痛むけど、こちらがそんな素振りを見せるのは失礼だろう。

 

「降参ってことでいいのか?」

「……」

 

 ルフィは何も言わなかったけど、動かないことは肯定を示してるんだと思う。

 こちらが臨戦態勢を解いて普段通りに立っても、彼は変わらず起き上がらなかった。

 

 怪我するのも怪我させるのも嫌だから、ひたすら避けて流してふわっと転がした。

 ルフィは目線とか構えとかめちゃくちゃ素直だから見聞色なんかなくても意図がすごく分かりやすい。だから避けたりはそう大変じゃなかった。

 でもふわっと転がすのはルフィが弱い訳じゃないせいでなかなか大変だった。

 

「……これでも自分も周りも守れなかったんだ。今のルフィは船に乗せてもらうには足手まといだと思うよ」

 

 ぼそりとルフィにしか聞こえないように囁く。

 新聞に載った以上のこと(あれも間違いしかないけど……)は知らないメンツも居るかもしれないし。

 

「……っ! くそぉ……!」

 

 ごめんね。でもルフィは反骨精神で頑張れる人だと思えるから。

 

「……次はウタの番だな。おれよりウタの方が強そう」

「えっ、それはないでしょ」

「おれはウタみたいに、岩肌をぴょーいぴょーいって軽く登れたりしないし、近海の主からあんな速く逃げられる気もしない」

 

 あの登り方はどう鍛えた結果なんだろう。可愛いけど、まるで魔法か何かみたいだ。

 ……単に筋力やばい可能性も否定できないけど。なんせ既にゴリラ並なゼロたちやエースたちもふくふくとした(既述のため以下略)。

 

 それにウタは決闘的な力技とは違うところでも強そうだって思う。

 ルフィがずっと負けてるくらいだしね。

 

「ルリはやってみなきゃ分かんない系でしょ絶対」

「いや、ちゃんと掴まってよじ登らないと無理だったよ。あと桶漕いであれは無理(※泳げなくなったからどうしても慎重さが勝つ)。何回ガープさんに崖から落とされたと思う?」

「……あんたらの修行おかしいと思うよ」

 

 ……そっか。この世界の住人から見てもおかしいか(遠い目)。

 でもね?

 

「おかしいくらいじゃないとさ、海に出たらもっとおかしいのごろごろしてるんだろ?」

「それはそうだけどさ……」

 

 納得いかなそうに眉を寄せるウタだけど、そんな表情も可愛い。さすが世界の歌姫。

 

「……いや、もういいよ、おれ、分かったからさあ……!」

 

 またルフィの悔しそうな声が聞こえてはっと彼を見る。

 彼はまだ地面に転がっていた。そして片方の掌で目元を抑えている。

 

 な、泣かしたか……!?

 い、いや、ルフィの反骨精神煽らなきゃって思ってはいるけどさ……!

 うぅっ……!

 つ、努めて口を噤む。

 

「……強くなりてェ……!」

「……!」

 

 思い出したあの一瞬と同じ言葉。

 必死さじゃなくて悔しさが滲んでる、けど。

 

 少しは、煽れたのかなあ……。

 

「……なーに腑抜けてるの。そんなんじゃ一生海に出れないぞ」

 

 ウタの声にルフィはがばっと起きあがった。

 

「そんなことない! おれは海賊になるんだ!」

 

 意志の強い真剣な顔。

 ふふ、彼はずっと沈んでる性質(タチ)じゃないもんな。強いなあ眩しいなあ。

 

「ほら酒場まで競争! 3・2・1!」

「あっ、待てよウタ! ずるいぞ!」

 

 いつものようにキャイキャイ走ってく二人を目を細めて見送る。

 

「お前時々保護者みたいな目するよなあ。……なんか、ジジ臭ェな?」

 

 背後から聞こえたシャンクスの声(何でどんな目してるか分かるんだ)に一瞬びくっとしつつ。

 

「失礼すぎるだろ、まだ六歳なんだけど。どこがジジイだよ」

 

 むすっと膨れてみせる。

 

「褒めてるんだよ。大人っぽいってな」

「絶対嘘だ。酷い。シャンクスなんて知らない。エレジアは楽しかったよありがとう。でも今は怒った。もう帰る。じゃあな!!」

 

 ぷりぷりしながら逃げるように走り去る。これ以上観察されるのはちょっと嫌だ。

 背後ではシャンクスの豪快な笑い声がしていた。

 

「ゆっくり休めよー! ありがとうなー!」

 

 何でお礼言われるのか分からない。

 どう反応するべきかも分からないから、ただただ家を目指して走った。

 

----------------------------------- side : Red Force

 

「ふん、全然強くなってないじゃん」

 

 ぷいっと背を反らすウタ。しょんぼりするルフィ。だははと豪快に笑うシャンクス。

 

「こんな短い間に強くなったら苦労しねェよ。ま、これからも頑張れ」

「ウゥ……連れてってくれよシャンクスー!」

「頑張れっつったの聞こえなかったか? これじゃ足りねェなあ。だってのに飛び出すだろうし?」

 

 肩をすくめるシャンクスに、ぐぎぎと歯を食いしばるルフィだった。

 

 その後、ルフィが帰宅し、ウタも就寝した夜。

 

「なあお頭、ルリも喧嘩っ早いのかなあ」

 

 グラスをゆるりと回して酒を眺めながらホンゴウがぽつりと言う。

 

 治療のためそこそこ長く看ていた間も、普段ルフィたちとじゃれている様子も、ただただ穏やかで物分りのいい子供に見えていた。それが周りにも五人いるものだからすっかり馴染んでしまっているが、本来あの年齢にしては珍しいのだろう。

 

 だが今回、ルリは自ら決闘を申し出た。

 どうしても、シャンクスが常日頃ルフィを「お前は血気盛んすぎて乗せられねェ」とあしらっていることが頭を過る。

 それなのに、ルリたちを船に誘っている。

 

 ハハ、とシャンクスが笑う。

 

「ルリとルフィの扱いが違うってか? ……ルフィと違ってルリたち六人は、弁える時に弁える。大人顔負けにな」

 

 お前もよく知ってるだろう? とシャンクスはまた、笑う。

 

「今日のあれも、自分が言ったことに対する責任感の賜物だ。エレジアの件で好戦的になった訳じゃない」

 

 シャンクスはルリの『自分の言ったこと』については詳しく話す気はないらしい。ホンゴウが追いつかなかった間の会話なのだろう。

 

「そしてなあ、実は喧嘩っ早かったとして、本音を言えば保護したいお節介なんだよ。あいつら海軍になる気はあんまなさそうだったし、あんな能力持ってこの小さな村にいたら、何が狙ってくるか分かりゃしねェ。それで潰されるには色んな意味で勿体なすぎる。

 ……ありゃあどいつもこいつも人助けが性分だ、身を挺すことに躊躇がねェ。おまけに危機回避能力も高い。当然、自分たちで力を誇示しなくとも話は勝手に広がる」

 

 シャンクスは時折直接酒瓶を煽りながら言う。

 彼は軽薄なようでいて物を広く深く考えている所がある。

 

「いっそ海賊(おれたち)が掻っ攫ったほうがマシかもしれん、ってな。絶対将来かなりの戦力になるし、第一面白ェ気のいい奴らだ」

 

 ホンゴウはふっと苦笑した。

 

「お頭、たまにあいつら尾けてるよな。大人気なく気配隠して」

「人聞きの悪い言い方すんじゃねェ。あいつらが鋭いせいだ」

 

 シャンクスは拗ねたような声音とは裏腹にだははと笑う。

 

「まあ、船にウタの同年代が欲しい、もうから覇気使ってる期待、それらが誘った理由に入ってるのも本当だ。

 よく歌うわ、真面目に鍛錬してるわ、バカ話してからかい合うわ……子供らしくねェのは気になるが、それについては環境か……何かの特殊な能力だとしても不思議はねェしな」

 

 空になった酒瓶の中を名残惜しそうに見つめると、シャンクスは新たな酒瓶と、今度はお猪口も手に取った。

 

 ホンゴウは理解したという様子でそれ以上は何も言わず酒を楽しむ。

 

 シャンクスは内心ではまだ色々と考えていた。

 

(ロジャー船長の息子は……ロジャー船長を良く思ってねェなあれは)

 

 初めはその子供を探してコルボ山を歩いていた。そして偶然ルリたち六人の姿を見かけて興味を引かれ、現在に至る。

 

(だからロジャー船長の息子だからって理由で近づくのは最悪だ。おれの顔も見たくねェくらいだろう。なら押し付ける訳にはいかねェ)

 

 クイ、とお猪口の酒を煽る。

 この島に辿り着く前に手に入れた戦利品のことを思う。

 

(あれを託せそうな奴は……)

 

 ニィと彼は笑う。

 

(新しい時代、か。見てみてェなあ)

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