----------------------------------- side : the Wild Police
「お、帰ってきたみたいだな」
ケンジの言葉に皆は手を止め彼を見やり、海に向けられていたその薄紫色の目線を追う。
まだ遠く小さいが、確かに見慣れた船とその掲げる
「やっと、か……」
安堵のような声をこぼしつつ、特徴的な薄金の髪の下、不機嫌な表情を浮かべるゼロ。天パなじんぺーも似た様子だ。
もちろん二人が不満なのは帰ってきたことではなく勝手に決めて勝手に出発したことの方だが。
他の三人はそんな二人に苦笑するが、気持ちは分からないでもない。
何せルリと思わしき子供が新聞に載った。
デマだらけの世経とはいえ大ごとに変わりはない。
今後は何が何でも一人でどこかへ行かせたりはしないと固く決意する五人。
ゼロは危機感を捨てられなかった。他の皆も安心はしていないだろうが。
前の世界に於いて──。
配信でそこそこ名を上げ、界隈で『本物』の太鼓判を押されていた『
──結果、『夜白流理』は『降谷零』の『
----------------------------------- case : Zero (Rei.F.)
……ぼんやり霞がかっていた。思考、が。
床に転がってるらしいことは分かったけど、そのまま動けない。
気怠さと不自由さで自分の意思で寝ている訳じゃないことだけは分かった。でもなかなか頭が回らない。
……薬でも嗅がされたんだろうか。
そのうち着信音がけたたましく鳴り始めた。しかし暫く反応できないでいると切れてしまった。
自分のもののはずの溜め息が何故か少し遠く感じる。
……どれだけ朦朧としてるんだ……。
ピリリリリリリ、ピリリリリリリ……
そう経たないうちに再び着信。どうやらそれは胸ポケットで鳴っている。つまりスマホは奪われてないらしい。
しかしやはり指一本動かせない。焦りが募って脂汗まで浮いてきた気がする。周りもよく見えない。……が、視界が塞がれているとかではなく単に暗いんだと気付いた。
胸ポケットで着信音とともに振動を伝えてくるスマホは、いつも通り画面を身体の方に向けているはずだ。逆だったら着信で灯った画面の光が僅かでも助けになってくれたかもしれないが、さすがにそんな想定で動いてない。
着信音がまた途切れる。相手は……
段々と暗闇に目が慣れてきた。そして後ろ手に拘束されているのも把握した。足首が縄で縛られていたから手首も同じ物だろう。そしてそのどちらもが背後の何かに固定されているらしい。通りで動けない訳だ。
思い切り藻掻こうとしても全然動かないから、無駄にきちんとした結び方をしてるんだろう。でも動けない程がっちり固定されてるならやり様がある。支柱(仮)にかなり密着してるってことだから。
手首をギリギリと擦るように動かす。時間はかかるだろうが何かの繊維製と思しき縄だから絶対にいつかは摩耗する。
「……ッ」
手首に熱と痛みが走る。当たり前だ。
……ああ、昔、コンビニ強盗に結束バンドで縛られた時は、班長のそれを僕の靴紐で擦って焼き切ったっけ。
懐かしさに苦笑した所ではっとする。
あぁ、そうだ。僕は……友人を……夜白を、人質にされて、今こうして捕まったんだ。
──僕のせいで。
噛み締めた奥歯がギリっと嫌な音を立てた。
この拘束を解けるなら手首がどうなったって構うものか!!
焦りや痛みで呼吸が荒れて口元に違和感、猿轡まで噛まされていたのを把握する。随分念入りだ。
……これも、当たり前、なんだろう。
僕が狙われたのは恐らく、例の組織の『幹部』として交渉の席に居たせいだ。目的は嫌がらせか戦力の切り崩しか人質か何かだろう。
ただ実際は簡単に切り捨てられる駒でしかないんだけど……それは僕に限らず多くの幹部に当てはまることで、一人消えたところで奴らは痛くも痒くもないだろう。
相手はこちらの組織が
思わず苦笑する。
その程度の相手にしてやられたんだ。
相手はどうもこちらの組織を潰したいみたいだけど……正直規模も層も比較にならないから、十中八九近い内に返り討ちに遭う。
ともかく、『
夜白が
友人であれば一緒にいておかしくないし、危険が迫れば守れる──はずだった。
結果、『
ブチィッ
暫らくして縄が千切れた音がした。手首が訴える痛みも熱もどうでもいい。
猿轡を外しながら着信履歴を確認すると、直近にいくつもあった番号は件の夜白のものだった。
アプリでGPSを追ってみると比較的近くには居るようだが、果たして所持しているのは本人だろうか。
そして同時に把握した現在地にも苦虫を噛み潰す。電波が届いているのが不思議なくらいの僻地だ。応援を要請してもすぐには合流できそうにない。逸早く駆けつけられるとしたら
そして夜白の番号に
『安室!? 無事か!?』
聞こえた声に思わず吐いたのは安堵か溜め息か。
「君こそ何もされてませんか」
『今の所はな……』
「……何か問題でも?」
明らかに苦みの混じった声音に気を揉みながら、足首の縄も解いていく。
『出口が見当たらない。あとカチカチ時計みたいな音する箱を見付けた』
途方に暮れたというよりは諦めの混じった声だった。
歩けるようになってまず明かりを探したが、それらしき壁のスイッチを押しても無駄だった。そう甘くはないらしい。
『まあ、もし
投げ遣りな声に絶句する。火って……爆発前提で話すなよ。
「ゴイちゃん……君の、『仲間』ですか」
『うん』
「そうですか」
毎度のこと、こうすんなり納得してる自分に苦笑する。全く現実的じゃないっていうのに。
……実際、中には未だに、映画で描かれるような凄腕の
『それに……問題はこっちだけじゃない』
「はい?」
『どうやらお前のとこにも
「……探します。君は明かりの確保を。できるだけスマホは温存すべきですから」
『あー……うん、了解』
こっちの電気は点かなくなってたけど向こうもそうだとは限らない。
スマホの明かりもあるし目も暗闇に慣れてきたしで、耳を澄ませながら辺りを探ると、音のおかげですぐに見付かった。
秒針の音だけ聞くとアナログ趣味のようだが果たして。
「できたら君は
こういう時は本職に頼るに限る。
もし盗聴されてたとして『組織の爆弾魔か?』くらいにしか思われないだろう。それはそれで夜白が、僕を犯罪組織の幹部と知りながら友人を続けてる逸脱した人間、と認識されかねないけど……そこはもう些細なことだろう。
『……お前の所にあるヤツには特に指示とか表示されてないのか?』
「え、ええ。そちらには何かあるんですか?」
嫌な予感がした。
『内部構造はそっちと全く同じらしい。んで、同時に同じ罠をクリアしていかないと両方爆発するってさ。お前なら解体くらい習ってるんだろ?』
絶句する。
「……全く……! 手の込んだことをしてくれますね……!」
僕とタイミングを合わせなきゃいけないなら、松田と萩原に聞くのは逆に手間か……。
僕たちは夜白の手元が画面に映るよう通話を切り替えた。成程本当に瓜二つらしい。添えられた手紙のようなものを除けば。
『〖友人同士一蓮托生、せいぜい仲良くしてろ〗とか書いてあるんだけど。うける』
どこか呆れたような声でトントンと挑発部分が示される。でも僕が目で追ったのは全体だ。夜白が隠すか見落とすかした危険は──見当たらないが、指示がこれ一枚だけとも限らない。
僕の方にはこういった指示書きが何もないのは……何か碌でもない意図がないといいが。
ふと、数百万、あるいは数千万の人々のために我が身を捨てようとしていた松田が思い出された。……縁起でもない。
『なあ、ご丁寧に工具と、スマホのモバイルバッテリーまで置いてあるだろ? むしろ必死こいて解体させるのが目的ってことか? スマホだけとられてなかったのもこのためなんかな』
明らかにげんなりした様子の声に内心で同意する。
けど、さっき温存するように言ったら少し間があったのは、バッテリー見つけてたせいだったんだな。
「……こっちにもありました。簡易ですが設計図まであります。役割分担ってことですかね……はあ……まったく、いい趣味です」
確かに、爆弾解体にそう縁なんてないはずの
時限爆弾の構造や
余程二人仲良く解体作業させたいらしい。……その意図は一体何だ? 第一に考えられるのは時間稼ぎだけど……組織と交渉するためとか、『敵対組織の幹部』である僕の足止めとか。
『この状況監視か想像かして笑ってるってことだよな? キモ』
「こら、こういうのには遠隔操作って保険も付き物ですよ。……まあ……まずは慎重に開けていきましょうか。右下のネジからいきます」
『了解』
そして、二人で淡々と解体作業を進める。
……もともとの性格もあるにしろ、夜白が慌てたり緊張したりしてる様子がないのが居た堪れない。こんな危地に慣れさせたくなんかなかった。
僕を『安室透』として扱うべき時を完璧に察してみせる所も、その時の僕の人物像の変化に全く動じない様子も、不本意中の不本意だ。
「……ところで夜白君、何か隠してませんか」
『んー……?』
心底思い当たらなそうな声。
だけど知ってる。この類に関したこいつの演技力には、現役潜入捜査官である僕でも勝てる気がしない。
「こうやって離されてるからには、
『ふうん……何か見つけたら知らせるよ、ってか、ああ、さっきも言ったけどここ、出入り口がない』
「見つからない、訳じゃなくそもそも存在しない訳ですか? ……爆弾放置して逃げるのを防ぐためですかね……?」
いやでも、スマホを残した時点でGPSアプリで居所を特定できるのは想定内だろうし、僕が先に部屋を出て夜白が閉じ込められてるとこに向かったとして……出入り口がないなら入れない訳だよな。僕より先に夜白が動けるようになってたのは、そうならないよう夜白に状況説明させるためか? どうしても一緒に解体させたいみたいだし。
しかし……閉じ込めた後で扉を潰すのはなかなかの手間だ。騒音だってあったはずだから夜白なら気付いただろうに。
……僕たちは意識のない間に一体何をどこまでやられてる?
『息苦しいとかないからきちんと換気口みたいなのはあるんだろうけど、』
ふ、と小さな溜め息が聞こえた。
『窓無いしドアも見つからない。色々雑多な倉庫みたいだから棚か何かで塞がれてるだけかもしれないけど……いやそれだと塞いだ奴も今この部屋に残ってることになるから勘弁だわ』
今度は、はあ、と少し大きな溜め息。
『問題は、普段なら力技で壁ぶっ壊せちゃうくらいの『仲間』がここに来れないみたいなんだよなあ』
「それは……ここには、君がたまに張ってたような
『そんな感じはしないけど……場所的に相性が悪い奴らはいる、のかも?』
「……そうですか。……まあ、あんなもの張れる人間がそう簡単にいたらたまりませんからね」
『正規の
「………………そうですか」
世界は広い。
できれば夜白みたいな無害な奴以外に遭遇したくないから、そのまま遠くに在ってくれ。
夜白がどうにも危うい奴とはいえ、こう会話を挟めるくらいには
一番の懸念は本当、夜白が何か隠してないかだった。
しかしそれとなく聞いてみても何もなさそうな受け答えにしかならない。
……本当に他に何もないのか?
いや、出入り口がないだけでも大問題だけど……。
今は呼吸が危うくなくても、これからどうなるかわからない。本当に通気口はあるのか? 単に『まだ』酸素等が潤沢というだけで、完全に壁で固められていたら減るばかりな訳で……。
「……夜白君、息苦しくなってきてませんか」
『ん、全然……まさかそっち何かあったのか?』
こっちが心配してるのに焦った声で心配し返された。もういっそ腹立たしい。
「あなたの話です」
『? ……ああー、呼吸に問題なさすぎてそっちのことかと思ったじゃないか。通気口みたいなもんがあるかもって言ったろ』
君は自分の置かれた状況にもっと危機感を持ってくれ……。
「……君の『仲間』も入れないほど完全に出入り口ないんですよね? ……そう楽観しちゃだめでしょう」
『いやその来れないのもさ……たとえば、ちょっとよろしくない死に方した動物の死骸がいるとか、前いた、とかだと来れない子は来れないんだよ。デリケートなんだ』
ギリギリ非科学的なナニカだとは明らかじゃない言い方を心掛けてる、はずだけどこれは少し危ない気がする。
「……それは衛生的にも心配ですね」
『ただの例で事実じゃないからな? ああ、よろしくない曰く付きのブツがこの土地にある、とかかもしれない。だったら衛生面は関係ないだろ。なんにしろ、分からないものは分からない。脱出は、解体できたらあとはお前が何とかしてくれるだろ。コレもうあとちょっとじゃないか?』
「……簡単に言ってくれますね」
頼りにされてるようで一瞬くすぐったくなってしまったけど、たるんでる場合じゃない。
ただそろそろ解体が終わるのは本当だ。早く片付けて夜白の救出に向かいたい所、だけど……。
「他に怪しいところはありませんか」
『心配症だなあ』
そう言ってくすくすと笑う声からは特に緊張も不安も感じられないけど、夜白だからなあ……。
『さっきから言われるたび色々確かめてはいるけど、自分で見付けろってことならちょっと自信ない。ただの一般市民には荷が重いって……』
疲れた声音を聞いてほっとするなんて謎の事態に、僕は独りで渋面になる。夜白が普段からなかなか負の感情を表に出さないのが悪い。
まあ、爆弾解体に加えて部屋の状況確認までしてたらさすがに手一杯にもなるか……。更に、僕に何かを悟らせないよう気を張ってるとしたら、尚更だ。
「……次で、最後です。慎重にいきますよ。さっき弄った塊の左上に、少し飛び出たコードが四本あるでしょう。……ええ、そこです」
切るべきものとその順番を伝え、タイミングを合わせる。
同期された警告信号を見るに通信のラグを配慮してか五秒程の猶予はくれていて、妙な優しさに余計に懸念を煽られる。
仕掛け主は相当趣味が悪そうだし、解体して安心した所を遠隔操作で爆破する気だったりされたら、僕たちにはもうどうしようもない。それを危惧して手を止めたとして、いつかはカウントがゼロになる。
最後の一本を前に、はあ、と溜め息をつく。
『……どうした? 珍しく自信ないのか?』
「……解体はともかく、他の罠がないなんて楽観はできませんよ」
煽るような言い方で背中を押されるのはいつものこと、だった。
『あはは、そんなもんあったらどうしようもないなあ。ただ何にしろ制限時間付きだ』
「君はもう少し悪あがきを覚えてください」
『もう散々やっただろ、どんだけ色々確認したよ』
「まあ、そこはそうですが……」
解体の合間に思い至っただけ全てに目をやったし夜白にもやらせた。確かにもう他にどうしようもないのかもしれない。
不安は残るが、覚悟を決める時か。
「みすみす拉致を許してすみません。もし解体の甲斐無く爆破されたら、僕を恨んで下さい」
夜白が吹き出した。
『何不吉なこと言ってんだよ。拉致られたのこっちの不手際だし。本当なら見捨てるべきだったはずだ。……まあ、ここまで来たら……中二病愛好家的には〖一緒に死んでくれ〗とか言ってほしいんだけど』
今度は僕が吹き出した。中二病──夜白独特なその言い回しの、以前教えてもらったややこしい意味を思い返す。本人はネットスラングだと言ってるけど、僕は見たことがない。
「そういう芝居がかったセリフは映画とかに求めてください」
しかしふと、最も警戒している幹部の口調が思い浮かんだ。まあ、彼はまるで映画に描かれそうな立場にあるから是非もないのかもしれない。
『はは、連れないなあ。まあお前が中二病台詞使う時は命がいくつあっても足りない状況だろうから、できれば言わせたくないかもしれんけど』
「……今みたいな、ですか?」
『あはは、ほんと勘弁してくれ』
……この気の抜けた会話は、夜白なりに緊張を解そうとしてくれてる、ような気がする。
『……なあ、安室。お前の
「僕は君にそんな覚悟求めてないんですよ……」
『あはは、お優しいでちゅねぇ透君は。甘い世界じゃないことくらいパンピーにだって分かるよ。やれることはやり尽くしたんだ。その上で肉片になるなら、そう格好悪くないだけマシじゃね?』
「……君がポジティブにエンジン吹かす先って何でだいたい崖なんですか?」
『おっ、今のいいなあ、中二病愛好家的には十点』
特に意識して言った訳じゃないんだけど、自称中二病愛好家の琴線には触れられたようだ、が……。
「……それ何点中です?」
『……百点?』
僕は、溜め息を、つく。
「……精進します」
『すんな。愛好家じゃない奴に無理強いはしないよ』
くすくすと笑う声がする。
『さ、いい加減ぶった切って次行こ。これだけやること指定されてんだから、まーだ続きがあるかもしれないだろ。全部クリアしてやろうぜ。悪あがきしろっつったのお前じゃん?』
はは、と思わず乾いた笑いが漏れる。
「……そうですね。……もし爆発したら、僕を恨んでください」
『だーかーらー、人を勝手に怨霊にしようとするなって。人は死んだら神様になんの。仏様になるって宗教もあったっけな。んで人助けすんの。お前恨むとか御免だし、第一そん時ゃお前も一緒に死にそうなんだから恨みようがないっての。あ、どうせ一緒に死ぬんならさ、神様になって一日一善しつつ、
「……ほんと、妙なところだけポジティブですよね」
『だけってなんだよ。人生楽しいに越したことないって、いつも思ってるけど?』
はは、と、僕は笑う。
断じて巻き込みたくなんてなかったけど、最期が一人じゃないかもしれないというのは、この立場にとってはなんて甘美な誘惑なんだろう。
『おい、いい加減最後の一本切ろうぜ。さすがに残り時間が心許なくなってきた』
確かに、あんなにあった猶予は既に残り十分を切ってしまっている。
本当に、いい加減にしなければいけないだろう。
はあ、と大き吐いた息はため息ではなく深呼吸だ。
「……そうですね。いきましょうか。最後のコードは──」
夜白が正しいコードにペンチの刃を当てているのを確認し、タイミングを合わせて──。
二人、ほぼ同時に断ち切った。
瞬間。
『悔いはないよ、相棒』
「……は?」
くぐもった鈍く重い音と僅かな振動が部屋を襲ったのは画面の向こうじゃない。
だけど、夜白の手元を映していたはずの画面が一瞬真っ白に輝いてブラックアウトした。通話自体途切れていて、掛け直しても繋がらない。
沸々と腹の底から燃え上がった衝動に任せて絶叫する。
あのバカ!!! やっぱり何か隠してた!!!
僕はドアを蹴破って屋外を目指した。幸か不幸か邪魔者が現れる様子はない。
外の明るさの中に飛び出して、空を上る黒煙に背筋が凍る。爆発の規模はやはり生易しいものじゃない。
敷地内は妙な設備がごちゃごちゃしてて、悠長に地面なんかたどってられず、よじ登ったり跳んだりで構造物の上を走った。
ようやく着くと燻る炎でまだ熱い。『ゴイちゃん』とかがどうにかしてくれるって言わなかったか?
「夜白君!! どこですか!! 夜白く……ッ夜白──!!」
必死に名を呼んでいると、カラリと軽く石が転がる音がした。思わず目を遣ると、瓦礫にぐったりともたれた夜白がいた。
「あむ、ろ……」
「──!」
声にならない何かを叫んで駆け寄り、抱え上げてできるだけ現場から離れる。
水道の蛇口を見かけて、流して水質をある程度確かめた。使える。
「……っ、冷た……」
「そうじゃないでしょう」
……痛いだろうに。
「……ありがと?」
「……違います」
「えー……」
力無く笑うのは痛々しい。僕は手当てに使うために自分の袖を裂いていった。
「この寒いのに服なんか破るなよ……」
どう考えてもハンカチだけじゃ足りないから仕方ないだろ。あちこちボロボロなんだから……!
「……蛇口から水をかけてほしかったですか?」
「風邪ひく」
「勝手に僕を嫌な奴にしないで下さい」
「あはは、冗談だって」
けほっと夜白は咳込んだ。
「……喉は、無事ですか」
「ちゃんと息止めてたから気道熱傷とかはないはずだよ。少し埃っぽい感じなだけ……」
「……君は自分の方が爆発するのを知ってたんですね」
「……まあな」
少し気まずそうに笑う夜白の顔を濡らしたハンカチで丁寧に拭く。……煤と血で酷く汚れていた。
「時限爆弾以外にもそれぞれの建物に一つずつ爆弾が仕掛けられてたらしくてさ……時限爆弾解体せずにお前が部屋を出たらお前のいた建物は吹き飛ぶ。解体完了したらこっちの建物は吹き飛ぶ。んで、吹き飛ばなかった方の爆弾は解除される、ようになってた、らしい。ほんと趣味が悪い」
仕掛けた連中は仲間割れが見たかったのかもしれないな。
「……何で隠した」
丁寧語すら忘れて思わず低い声が出る。
「二人で生き残るために決まってるだろ」
「……!」
「こっちは爆発しても生きられる手段を持ってた上に、爆発したら出口ができる。でもお前は反対して勝手に一人で吹き飛びかねない。だから……痛っって! うわあ、ちょっとしくじったかな……壁になってくれた子までいたんだけどなあ……」
右目の周りの傷が一番酷い。痛いだろうけど、できるだけ綺麗にしないといけない。
「い……ッ、ご、ごめん、ちょっと、きつい……っ」
「我慢してください。耐えられないなら気絶して構いません」
「自発的に気絶する器用さとかな……っ、いッた、いッ、ううぅ……っ」
舌を噛んだりしないようにと指で歯を押さえると、夜白は酷く動揺した。いくら旧知の友人だろうと口に指を入れられたらそりゃびっくりするだろう。だけど。
「っ、やら」
「大人しく治療されて下さい。黙ってた罰です」
「……っ!」
僕は、怒ってるからな。
生き残る意志はあったにしても、生存の確実な自信があったなら、『悔いはない』なんて言い残そうとしなかったはずだ。
気をつかうなら枝でも折ってきて水で洗って噛ませるとかすべきかもしれないが、そんな手間掛けてやらない。かといって僕の手首は縄と擦れたせいで噛ませるには不適切だ。指なら、夜白に噛み切られないよう押さえるくらいの握力もある。
夜白は腕や脚に折れてるとこがあるからか禄に抵抗もできないらしい。こいつは屈辱くらい憶えればいいんだ。
「うー……!」
ひたすら唸られたけど構うものか。
ある程度傷口を綺麗にした頃には夜白は気を失っていた。
折れた手足のために添え木を見繕おうとしたところでプロペラ音が聞こえてきてより身を潜める。
どんどんその音は近づいてきて──。
ガガガガガッ!!
上空からの激しい銃撃が始まった。
僕は溜め息をつく。襲ってるのは僕の潜入する組織のほうだろう。
スマホが着信音とともに震えた。
『hi,バーボン、生きてる?』
相手は先程僕がメッセージを送った幹部だ。僕のスマホのGPSを追って来たんだろう。
「……銃撃する前に聞いていただけませんか、それ」
『やぁねぇ、撃ったのは私じゃないわ』
下手したら彼女は場所を周りに知らせただけで来てない可能性もあるけど。そうなったら夜白をすぐに病院に運ぶ望みが消えてしまう。
「少しヘマをしまして。病院に連れて行っていただけませんか」
『……へえ?』
銃撃の合間に悲鳴が聞こえ始めた。とうとう人的被害が出始めたらしい。気が進まなかった理由の一つだが、背に腹は替えられなかった。
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組織の息がかかった病院の、手術室前廊下にて。
カツ、カツ、とヒールの音がゆっくり近づいてくる。
「……あなたってそういう怖い顔もするのね? しかも、お友達のために」
僕はふっと笑った。無意識にそんな顔になってたらしい。
「残念ですが本当は友人じゃありません。知ってます? 僕は親しい人はファーストネームで呼ぶことにしているんです」
『安室透』はそういうキャラだ。
「僕の子飼いの情報屋の一人ですよ。よく働いてくれる可愛い駒をこんなにされて……貴女なら、怒らずにいられますか?」
目を細めて笑われる。
「そんなに優秀に育てたのなら私にも使わせて貰えないかしら?」
「使い潰されるのが目に見えてるのに貸す訳ないでしょう」
本当に嫌な借りを作ってしまったものだ。
「失礼ね? 期待に応えてくれたらちゃんと可愛がってあげるわよ?」
「……貴女の遊びに付き合える器じゃないのでお断りします。あいつは働きの割に
「本当に失礼ね? ……そんなに大事な子猫ちゃんなら、むざむざ拐われないで頂戴。それだけじゃなくあなたまで……失望したわよ」
「……言ったでしょう、潜り込んだ、って」
「それを信じる人間がどれだけ居るかしら」
もちろんそんな甘い話はないと知っている。
むしろ、本当に意図して潜り込んでたとしても、難癖でヘマ扱いして消しにかかられるような
「必要ない人間は始末されるだけ。面倒を見てあげてる私まであなたの不始末に巻き込まれるのは御免なの。次はないわ」
「……肝に銘じます」
こっちこそこんな状況、二度と御免だ。
なのに、この後も幾度か夜白に爆弾の解体を任せる羽目になった。
ここまでの危険が迫ったことはなかったけど、それでも冷や冷やすること多々。
そしてあの最期だ。
もうあいつを『
この世で再会したからにはって、五人でそう決めたんだ。