沈みかけた太陽が溶けたように空に滲む。
「このゴミ山を燃やす!!?」
エースが驚愕の声をあげる。
「バカ野郎大きな声出すんじゃねェ……ゴミ山の連中に聞こえちまうだろ」
ブルージャムはただ淡々と答えた。
「何でそんな事すんだよ!!!」
「大変だ、ゴミ山のおっさんたちに知らせねェと!! コイツやっぱ悪ィ奴だ!!!」
「騒ぐなと言ったろう……オイ、押さえろ!!」
敢えなくブルージャムの手下に捕らえられるエースとルフィ。
奪った金品の場所を問われて突っぱねるが──。
「連れて来い」
「へい」
ブルージャムの一言に頷いた手下が一人、奥へと姿を消す。そして──。
「寄越せ。……丁重にしろよ、女のガキは高く売れるんだ。しかも中々の上玉とくればな」
「!?」
「ルリー!!?」
エースとルフィは戦慄した。
ブルージャムに手渡されたのはよく見知った小さな子供。
二人の嵐のような胸の内を知りもせず、くうくうと健やかな寝息を立てている。
「こいつを売り飛ばされたくなかったら、素直に答えろ」
両手でとはいえ抱っこでなくただ掌の上に乗せられているルリの扱いはまるで人形のそれに見えた。
「離せよ! そいつは関係ねェっつっただろ!!!」
「ルリを返せ!!!!」
「ならとっとと財宝の在り処を言え」
「……!!!」
二人は恐ろしい形相で睨みつけたが、ブルージャムは意に介さない。
ルリは帰れと言ったのに帰らなかった。だから巻き込まれた。しかし。
(あの金のせいで積もり積もって、こうなった)
ギリ、とエースは奥歯を噛みしめる。
「バカいえ、あの宝はなァ! エースとサボが……」
「……分かった教える」
「……! エース!」
ルフィは目を丸くした。
「あれはエースとサボが長い時間かけて」
「サボも分かってくれる!! 今はルリの……俺たちの
ブルージャムはニヤリと笑った。
「最初から素直に吐いてりゃ良かったんだ」
エースはギロッと睨み付ける。
「……とっとと紙とペン持って来いよ。口じゃ説明できねェ」
エースは素直に財宝の位置を印したが、再びブルージャムの手下に押さえつけられ拘束された。
「っ、ちゃんと教えただろ!!! 全員開放しろよ!!!」
「お前らの様子じゃ計画を言いふらしかねねェ。ゴミ山が燃えだしたら開放してやるさ。それまで大人しくしてろ」
「っ!!」
ニヤニヤ笑うブルージャム、思い切り睨み返すエースとルフィ。
三人とも縄で縛られたまま、ブルージャムと手下たちは外に出て行った。
「クソ……っ」
エースが毒づいていると、ミノムシのようにぐるぐる巻きにされ目の前に転がされていたルリがすっと立ち上がった。勢いではらはらと縄が解けて落ちていく。
エースとルフィはぽかんと眺めていた。
ルリが二人の縄を掴んだ瞬間、それらもはらりと解けて落ちる。
何だかエースはいらっときた。
「……お前、わざと捕まってたな……」
ルリはロプロプの実の能力者。縛るも結ぶも解くも引っ張るも自由自在だ。
「お前が隠すからだろー。まあブルーベリーの目的知らないまま手伝ってたみたいだけど」
「ブルージャムだっつの!」
「あはは、そうだっけ?」
緊張感の欠片もないルリにエースは溜め息をついた。
「なあなあ、ここのおっちゃんたちに燃やされるの知らせないと……!」
ルフィが必死に訴える。
「燃えてないうちに闇雲に言っても信じてくれないだろうなあ……あたしたち悪童とか呼ばれてるっぽいし?」
ニヤリとしながら揶揄うように言われたエースはぐっと言葉に詰まる。
「そういやさっきから……ルリ、女だったのか?」
ルリはアハハと笑った。
「性別とかどーでもいーよ。ルフィが思う通りでいい」
「?」
ルフィはコテンと思い切り首を傾げた。
「で、だ。お前らここに仲いい奴いないのか? そういう信じてくれそうな人らからこっそり声掛けてって、少しずつ避難を進めよう」
「でも、それで間に合うかあ……?」
ルフィはしゅんとした。
「大声で知らせて回るのはおすすめしないかな。ブルーベリーに気づかれないほうがたくさん逃がせると思う」
「そ、そうなのか……!」
真剣な顔でルフィは頷いた。
「……だからブルージャ……もういい……」
エースは諦めた。
-----------------------------------
ゴミ山の中、三人はブルージャムたちに気付かれないようコソコソと伝えて回るが、大抵の人間は半信半疑で戸惑っていた。
「こんなだだっ広いとこが燃やせるもんか」
「大体、燃えねェもんだらけだぞ」
「ガキの言うことだしよォ」
「ガキだが、エースはこんなタチの悪い嘘つく奴でもないし、利もねェぞ」
「ブルージャムならやりかねんが……」
そこで三人はこっそり例の箱をくすねてきて、抉じ開けて見せる。
「油と……こっちのは爆薬だ」
「ひっ」
エースが淡々と言うと息を呑む物数名。
「この赤い旗のついた箱の中身は全部こうみたいなんだ。ここ数日かけて奴らが
「だからみんな逃げよう!!!」
落ち着いた声と真剣な顔で説明するルリと、必死に訴えるルフィ。
「けどよォ、逃げるっつったって……」
まごつく大人たち。
ルリはあたりをぐるりと見回す。ゴミ山だらけで視界は悪いが。
「
森の向こう側を目指すのはいいかも。燃え移るかもだから一直線に離れることだな。
海は……船で出られるならともかく、油が使われる以上おすすめできない。火のついた油が流れ込めば水より軽いから海面で燃え続ける。海水が沸騰してぐつぐつ茹でられるよ」
「ヒィッ!? 嬢ちゃ……坊主? 落ち着いた声で怖ェこと言うなよぉ……」
ビビる者数名。
「冗談でも驚かして遊んでる訳でもないんだからな。その怖ぇことが起きないように、こっそりとっとと逃げるんだ。ブルージャムに見付からないうちに……」
「お、おい、何か焦げ臭くねェか」
「!!! 始まったか!!?」
エースは焦りながら周りを見回す。少し遠くでオレンジ色の明かりが広がろうとしていた。
「っクソ、悠長に説明してる暇はなかったか……」
その不吉な明かりを睨みながらルリが顔をしかめる。
「す、すまん坊主……」
「いいよ普通信じらんないもん。それより逃げよう!」
走り始める一同。
「ちきしょー、まだ全員に伝えられた訳じゃねェのに」
走りながら悔しそうに言うルフィに大人たちは心を痛めた。
ゴネていなければもっと多くに知らせられたかもしれない。
こうなってはブルージャムがどうのこうの言っていられない。
「火事だーーー!!!」
「おい起きろ!!」
「家なんか捨てて逃げろ! 死ぬぞ!!」
走りながら周りに叫ぶ。
だが──。
ドンッ!!!
ひとつ爆発すればそれはたちまち──。
ドドンッ! ドゴオォン!!!
「うわあぁあ!! 爆発しまくってるウゥ!?」
「狼狽えるな!! 煙吸うなよ! きれいな空気は下の方に残るからしゃがめるだけしゃがめ! あと布があるようなら鼻と口に当てるんだ!」
ルリに凛と通る声で具体的な説明を並べられ、集団はハッとある程度落ち着きを取り戻した。
「……おい皆、おれたちはこいつらの言葉疑って逃げそびれたんだ。学べよ。ガキの言葉と侮るな、どうしてもってんなら、めでてェ頭にでも何にでもなって、神が遣わした救いの天使とでも思っとけ」
「うるせェこいつらが救いの神だ!!」
「ハッハッハ、そりゃいい」
「訳わからん冗談言ってねェで走れ!!!」
子供三人は怒鳴った。
ドンッ!! ドォンッ!!!
地鳴りがするほど一気に連鎖したというのに、小規模な爆発が未だに続いている。
「あああ!!! 森の方向が火で塞がれたあぁあ!!」
「!! くそ! 火の回りが早すぎる!!」
「四方八方から火の手がァ!」
「
正真正銘地獄絵図。
「泣き言言う奴は置いてくぞ!!!」
「ウ!! あ、あつくねえ!」
「いじめんなよこんな時に」
「こんな時だからだろ! おいルフィルリを見習え、お前の方が兄ちゃんだろうが!」
「!!! おれが、にいちゃん……」
ルフィがぐうっと唇を噛んで涙を引っ込めたのを見て、ルリはへにゃりと苦笑した。
だが──。
ガラガラガラガラッ
「うわぁああ!!!」
「ゴミ山が崩れる!!!」
「避けろおぉお!!!」
懸命に走り抜ける者、退がる者。
逃げ遅れる者。
そして案の定──。
小さな影がその者に突進して無理矢理跳ね飛ばした。
崩れ切った残骸の間をカラカラと残り屑が滑り落ちていく音。
「あああ゙ぁあ゙!!! 坊主うぅう!! 何で!! とろぐぜえおれなんか置いて行げよおぁ!!」
俯せに倒れる子供は足が完全にゴミに埋まってしまっていた。
つき飛ばされた者を含め近くに居た者たちが救出にかかる。
騒ぎを聞きながら、退いて避けた者たちも崩れたゴミをのぼって合流した。
「バカ野郎!! 助けたかったんならお前、縄使えよ!!!」
「…………はは……こんな状況じゃ、縄なんかすぐ燃える」
「!!」
ルリが今頭を悩ませている弱点がまさにそれだった。
かと言って武装色で硬化するとただの頑丈な棒になってしまう。今はまだ縄の性質を保ったままの硬化はできていなかった。この点はルリ個人の"イメージ"の問題なのだろう。
「ゔっ、だめ、やめろ、それ今抜かないでくれ!!」
ぐったりしていた本人に強い口調で言われて、
「いやけどこれ抜かないと、汚えし、治療できないだろ?」
「あはは、ありがと……でも、これは……こんなじゃ、今抜いたら、一気に血が出て死んじゃうんだ」
左の脇腹のあたりに何かの棒が突き刺さっていた。今でさえじわじわと血だまりが広がっているのにこれ以上の出血など考えられない。
「!!! そうなのか、すまん、わかった」
「んーん、助けようとしてくれて、ありがと」
こんな状態でにこりと笑うルリに全員が苦しくなる。
「……っよし!! 足出たぞ! 早く逃げて洗って治療だ!!」
ここは譲らないと、ルリに助けられた者が小さな身体を抱える。
「っ、こんな小さな身体でよぉ……!」
ぼろぼろに泣くその人に、ルリは苦笑した。
とにかく火の手の薄い方へと全員で走る。
「へ、へ……これ、でも……毎日、鍛え、て……」
「!!! もう喋るなルリ!!」
朦朧としてきたらしきルリにエースが叫ぶ。
そんな時。
「──見つけたぞエース!! 誰が逃げていいと言った悪ガキ共がァ!!!」
「ブルージャム!!!?」
横手からいきなり現れた複数の人影に、全員が恐れ慄く。
しかしエースの判断は早かった。
「こいつらが用があるのはおれだ。お前たちは関係ねェ! 怪我人連れてとっとと走れェエエ!!」
「もうガキにまか」
「だから用があんだよ!! お前らじゃ代われねェ!!! これはおれの問題だ!!」
「っ!!」
大人たちは迷いを見せる。
「ハハ、嬢ちゃんは死んだか。だがエース、お前だけで済む訳ねェだろ、そっちのチビにも散々面倒かけられたからなァ?」
「っっっ!」
エースは色々言い返したかったが状況がそれを許さない。
「走れっつってんだよォオオ!!」
死んでねェ。死んでる訳がねェんだ。だから早く運んでくれ。
「……っ!」
大人たちも、押し合い引き合いしている場合ではないと判断し踵を返す。
その背中を見送ってふっと笑い、エースはブルージャムに向き直った。
「で? 今更おれたちに何の用だ。だいたい何で火事の張本人まで炎に巻かれてやがる」
「……ヘッ」
鼻で笑い飛ばしたブルージャムの表情には狂気があった。
「……」
その狂気を呑み込んで、ブルージャムは言葉を絞り出す。
「この惨状だ、紙の地図なんて燃えちまってよ。だから、この石版にでも描いてくれや」
「生命が危ねェ時にまだあんなものを……!!!」
「あァ?」
「……」
ブルージャムの顔に狂気が戻ってきたのを察知してエースは顔をしかめる。
素直に描いてやった方が良さそうだと判断し、彼は石版とペンを受け取る。
そうして、赤橙渦巻く闇の中で、攻防は続く──。