26.黒船
ヴィント・グランマ号は大忙しだった。
翌日に世界政府の視察団がやって来るのが確定している島である。人目のない海岸に停泊しながら町や村で医療品などを怪しまれない程度に買い込み、都度補充し、救助した人々の手当て等に奔走していた。
「頼む、ごの子を助げでぐでえ……」
ボロボロと涙を溢れさせながら、意識のない子供から離れようとしない男性の肩に、イワンコフはぽんと掌を置く。
「大丈夫よ、ウチの船医たちはとっても優秀……この子はヴァナタの子供?」
「滅相もね゙ェ! 崩れるゴミ山がらおれを庇ってぐれ゙だ天使だ……」
「……!! なんて気骨あるボーイなの!」
「い゙や、ブルージャムが嬢ぢゃんっつっでだ……」
「んまあ! ヴァターシとしたことが!!」
イワンコフは "あやふや" を自負する者以外の性別を間違えてどっちでもいいとする気はない。
その実ルリは自身の性別をあやふやにしている愉快犯だが。
「さぁさ、せっかく助けてもらっチャブル命よ? ヴァナタだって消耗しちゃっティブルから、そろそろ休みなさい? この子が心配しチャブルわよ」
「……ウゥ」
(……この子も本当は……まだ、油断できナブルけど……)
船が予定より長く島に留まっている理由の一つでもある。
怪我自体も酷いが、ルリをこうも傷つけたもののほとんどがゴミ山のゴミ。
多くの処置が必要だった。
一刻も早く船上でなく専門の施設に移したい所だったが、
停泊して医療物資を補充しつつできるだけのことをするしかない。
(生きるのよ、勇気あるガール)
必死の救護に努めながら時は過ぎていき、天竜人が現れる日が来てしまった。一行はより一層船ごと身を潜める。
全員が気を揉んでいると患者が一人増えた。
どこからかドラゴンが連れて来たのだが、ルリに負けず劣らずの重症である。
「様子を見て出港するぞ。多少遠いが、もっと治療環境がマシな島に心当たりがある……」
「「了解」」
斯くて、ヴィント・グランマ号はドーン島を後にした。
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夜に北の空が不吉な橙に染まった日、ルリは帰ってこなかった。
ダダン一家の家を尋ねたが誰も居なかった。明らかな異常事態。
天竜人が島に来た日も、ルリは帰ってこなかった。
ダダン一家はあの日の明け方には帰ってきていたらしい。全員ボロボロだった。特にルフィ。
そしてエースとダダンがいなかった。ルフィは泣いていた。
ルフィによればルリはあの夜
──完全に燃えて面影もなくなってしまったあの場所に。
ただし、怪我はしていたものの大人が抱えて逃げてくれたため、ブルージャムとの戦闘には巻き込まれなかったようだ。
「……ハハ。エースが『一人で来んな帰れ』っつっても聞かなかっただろうってのが目に浮かぶぜ……」
じんぺーがルフィが寝かされた布団の横で胡座をかきながら言った。
「そうだな。だから、あいつについてはそう謝らなくていいんだ、ルフィ」
「だっでよぉ゙、ひぐ……」
ゼロがしゃりしゃりとリンゴの皮を剥きながら微笑んだが、ルフィの目にはますます涙が浮かぶ。
「そんなに泣いたら今は身体に悪いぞ。早く治してエース探しに行くんだろ?」
ワタルが穏やかに言うがルフィはポロポロと泣き続ける。
「ほら、エースがよく言ってただろ? 泣くなーって」
ケンジがふわりと微笑んで言う。
するとルフィは「ふぐっ」と頑張って涙を引っ込めた。
「みんなで肉持ってきたよ。たくさん食べて、早く良くなってね」
ヒロは優しくそう言って、頭の包帯で覆われていない部分をそっと撫でた。
友人が帰ってこないのだ。彼らだって気が気でないはずだ。
それがこうも落ち着いて一つ上の子供を宥めている。
深く考えればどこか不思議なのかもしれなかったが、五人の子供が一人を慰めている光景というのは、こんな状況にあっても微笑ましく思えた。
一家の恐々とした不安が少しずつ癒されていく。
五人が村に帰って真っ先に走ったのは当然ヤシロ家で、憔悴しきっていたアオイとデリックは知らせを聞いて多少落ち着いたようだった。
「大人が助けてくれたんだって」
「きっと手当てが終わったら帰ってくるよ」
小さな子供たちにそう言ってにこっと笑われて、ヤシロ夫婦はぎこちないながら微笑んだ。
「そうね。帰ったら叱ってあげないとね」
そう言ったアオイは涙声で、目尻にも雫が溜まっている。
(……親泣かしてんじゃねえよバカ)
五人はにこにこを崩さず内心でルリに毒づいた。
(絶対生きてる。そうだよな)
不安に潰されそうになりながらも、彼らはその精神年齢がために表に出すことができなかった。