ふっと薄っすら青い瞳が覗いた。
船医たちはハッとして麻酔や鎮静剤を準備する。
酷い傷なのだ、苦しみや混乱を与える訳にはいかない。
ただし、まだ小さな身体に無闇に薬を打つわけにはいかない。痛み止めがまだ効いていればそれで済む可能性がある。
ぼーっとした様子を医師たちは固唾を飲んで見守る。
茫洋とした瞳がぎこちなく辺りを見回す。
「……ここ、は……」
弱々しい声に痛ましさが増す。
「我々の船だよ。もうすぐ治療できそうな島に着くからね」
少し瞳が見開かれたようだった。
そしてくしゃっと表情が歪む。
「……おうち、かえしてぇ……」
「!」
「かえして……かえしてよぉ」
瞳がじわあっと潤んでいく。
医師たちは顔を見合わせて、鎮静剤を打つことに決めた。泣くと大きく体力を奪う。
「大丈夫だよ、良くなったらきちんとお家に送ってあげるからね」
「……うぅ……」
子供はふと隣のベッドに視線が向いたようだった。そして今度ははっきりと大きく目が見開かれた。
「サボ、サボぉ……! な、んで……!」
「! 君はこの子を知ってるのかい?」
「うん……友、達……なんで、あ、んな、傷、だらけ……」
名前も何も分からなかったのだ、少しでも情報が欲しかった。
「分からない……この子を運んで来た人なら何か知ってるかもしれない。誰かドラゴンさんを呼んできてくれるか?」
「自分行きます!」
一人が足早に病室を出て行った。
やがて顔に大きく入れ墨の施された男が病室を訪れる。
向かう中で、ドラゴンは呼びに来た者からルリの言を聞いていた。
「君はこの子の友達だったのか」
「うん……」
子供はぼんやりとした様子ながらきちんと会話が成り立つようだ。
「君の名前は? どこの子だ?」
「ヤシロ・ルリ、です……フーシャ、村……」
「……ヤシロ」
ドラゴンは小さく反応したが、呟きは小さく聞こえた者はいない。
「……うぅ、おうち、帰るうぅ……」
出身を言って恋しくなったのかそう繰り返す子供に医師は思わず頭を撫でた。
これはルリが子供のフリをしている訳ではない。
薬の影響と、身体が発熱等の様々な症状を訴えかなり朦朧としており、幼児退行のような状態になっていた。
のちにはっきり意識を取り戻した時には船上の記憶はさっぱりなくなっており、サボが一緒だったことも忘れてしまう。
「……友達か。この子もフーシャ村に帰すべきかな」
船医がぽつりと独りごちていると、一瞬間を置いてルリが反応を見せた。
「サボ、家に、連れ戻され、て……うぅ……サボに、本人、に、聞いて……」
そう言うとルリはすうっと眠りに落ちた。
「ど、どういう、ことかな……?」
「……そうか、家を出ていた時期があったんだな」
ドラゴンが呟く。
「何かご存知なのですか?」
船医がきょとりと聞く。
ドラゴンは一部始終を伝えた。
船医は眉間にしわを寄せて表情をくしゃくしゃにした。
「……!! それは……この子が本人に聞いてと言う訳ですね……」
「……フ」
ドラゴンが小さく苦く微笑んだように見えた。
「友達なら一緒に帰せと言いそうなものだが……余程サボの家は酷かったのだろう。そこに気を遣えるルリも……余計に痛ましい」
「……そうですね」
船医も苦しそうに、苦く笑った。
ルリは道中たまに、友達の名前と思われるものや両親のことをうわ言のように呟いて、船医たちは更に胸を押しつぶされる思いがした。
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一月ほど何も無く、フーシャ村のルリを知る者たちはどんよりと沈んでいた。
両親は必死に倒れまいと踏ん張っていたが、それも限界に近かった。
そんな時である。
ニュース・クーが新聞とともに手紙を運んで来た。
ルリからの物だった。
誰も彼もが安堵して、気を張っていた者たちはへたり込んだ。
助けてくれた人たちが医療設備の整った島に運んでくれたこと。
少しの間安静にする必要があること。
しかしドーン島へ繋がる航路を行く船が通常存在していないため、帰島にはしばらく時間がかかりそうだということ。
心配をかけてばかりでごめんなさいという謝罪。
(全くだよ大バカ野郎ーーー!!!)
村でルリと特に仲の良かった五人によって、ダダン一家にもルリの無事は伝えられた。
サボを失ってルリもまさかと沈んでいた皆は、やはり安堵してへたり込んだ。
「はあぁああああ!!! バッカ野郎がああああ!!!」
戻ってきていたエースとダダンは似たように叫んだ。
安心して気が抜けたついでに悪態をつくのは、ルリの無茶をよくよく知っている者たちの共通点なのかもしれない。
「お互い苦労するね」
五人が苦笑すると、エースは大きく頷いた。
「まっっっったくだ!!!」
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ヴィント・グランマ号が補給やルリたちの更なる治療のために寄ったのは、とある島のシモツキ村だった。
ルリは破傷風や感染症や化膿等、様々な心配があるためしばらくこの島の医療施設を出る訳にはいかなかった。
しかし彼らは立場上一刻も早く、はるか遠いバルティゴに帰還する必要があった。
頭を強く負傷しているサボも、できればそこまで連れて行きたかった。
そして彼らは苦渋の決断を下す。
ルリの様子からあまりドーン島を離れさせたくないのもあった。
シモツキ村の者たちもルリに良くしてくれるだろう人間たちだ。
だから、彼らはルリをこの島に置いていくことにした。
「ヴァナタ、随分あの子を気にしちゃっティブルけど、本当に一緒に残らなくて良かったの?」
ルリに庇われた男性はふっと苦笑した。
「おれは……あの子の側にいたら、どこまでも付きまといかねねェ。そんな迷惑かけるくらいなら、この救われた命で……子供が怪我なんかしなくて済むよう、あんたたちの活動に参加させてほしい」
決意の目でそう言う彼に、イワンコフは眩しげに笑った。
「ヴァナタも、強いわね」