海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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41.出立

 とある日。

 フーシャ村にやって来たガープさんの表情がとても硬い。

 

「……少し良いか」

 

 その顔で連れ出されたのは自分。

 え。え??? 今度は何。

 いや何もしてなくない!?

 

 着いた場所は毎朝剣で舞ってる場所。

 ひと気がないから、内緒話するのに良い所ではある。

 

 ガープさんはじっと海を眺めていた。

 

「……赤髪海賊団が四皇になった」

 

 ガープさんはぽつりと言った。

 へーこの時期だったんだとぼんやり思った。

 

「よんこう?」

 

 すっとぼける。

 

「今における四大海賊といったところじゃ」

「ふーん。そんな強かったんだ」

 

 ちょっと忌々しそうな雰囲気を感じたので、テキトウなことを言う。

 

「エレジアの件で、お前が新聞に載ったことは覚えておるか?」

「……とても良く」

 

 げっそりしながら目を逸らす。

 

「お前、『赤髪の娘』と書かれておったな」

「……デマだよ?」

 

 まさか何か飛び火してる?

 

「ガープさんうちの両親知ってるじゃん」

「明かせん。平気で赤髪に養子に出した親、なんぞという言いがかりをつけられかねん」

「ええー……」

 

 嫌な世の中ですこと。

 

「てか、『RUBY』が誰かなんて分からないでしょう?」

「いつかは辿り着かれる。少なくともエレジアでは、顔も名もバレバレじゃからな」

 

 うっ。

 

「……海兵になれ、ルリ」

 

 ……うん?

 

「言ったじゃん。そんな覚悟ない」

「覚悟なぞ、後からいくらでも着いてくる」

 

 そういうことも、あるかもしれない、けど……。

 

「今はもう、お前の自由意思を尊重しておる場合ではない。海兵であれば、海賊の身内がなる訳がないとなる」

 

 それはそうなんだろうけど……。

 

「……エースにまで海兵になれって言ってるのってさ、そういうことだよね」

「……」

 

 ガープさんは答えなかった。

 だけどこれが、彼なりの家族愛なんじゃないかな。

 ルフィもドラゴンの息子だからとか。

 自分と同じ仕事に就かせたい、っていうのもあるんだろうけどさ。

 

「ガープさん、ありがと。こんな見ず知らずの子供にまで、気を遣ってくれて」

 

 心がふわふわと温かい。

 でも、でもね?

 同じくらいきゅっと苦しい。

 

「……けどさ、この近くに海軍支部ないじゃん? ……おとうさんと、おかあさんと……少し、考えさせて……」

 

 既に人生の半分は家を出てた。

 自分の中身がどんだけ大人だろうと、まだ、あの人たちから離れたくない。

 

 ……あいつらとも離れたくない。

 

 ははっとガープさんは笑った。

 ……今日初めて、雰囲気が解れた。

 

「子供らしい所もあるんじゃのう」

「……人のこと一体なんだと思ってるの」

 

 子供モドキではあるけどさ。

 

-----------------------------------

 

 時は流れて。

 

「おれ今日出るわ」

 

 毎朝の場所。

 エースはいきなりそう言った。

 

「は?」

 

 十七で島出るって言ってたから、そろそろだろうとは思ってた。

 だからこれは分かってないふりなだけ。説明くらいちゃんとしろ?

 

「海賊になる。行ってくる」

 

 にぱっとエースは笑った。

 最初の頃に比べて随分と目付きが柔らかくなったのは、きっとルフィという可愛い弟と長く過ごしたからなんだろう。

 

「お前、着いてこないか?」

 

 そんなこと言ってくれるのは嬉しいけどさ。

 ふわりと首を振る。

 

「自由になりたいんだろ? わたしは色々口うるさいぞ。ほら、食い逃げすんなとかさ」

 

 一瞬エースはきょとりとして、噴き出すようにして笑った。

 

「そうやって歯止めになってくれる奴が必要な時も、あるんじゃねェか」

 

 今度はこっちがきょとりとする。そしてふっと笑う。

 

「似合わねーこと言うなよ。わたしはお前の手配書眺めて笑ってるくらいが丁度いい」

「笑うのかよ!?」

 

 あはは。笑うってのには、意味が色々あるだろ?

 

 エースはぽすんと頭に手を乗せてきた。

 むぬぅ。手ーでかいな。思わず目を細める。撫でられるの好き。

 けど。

 

 わしゃわしゃわしゃ、と乱暴に髪をかき回される。

 

「むえー! やめろ!」

「あははは! ……忘れんなよ、おれのこと」

「忘れられるかあぁ! やめろって!」

「だってお前、変な所でいきなりバカになるだろ」

「お前こそバカかっ、やめ、やめろって、わー! 離せコラ! ハゲさす気か!」

 

 逃げらんねえ!

 こいつもムキムキしやがって!

 寄越せその筋肉!!

 

 あははとエースは笑う。

 

「お前は友達だし、妹みたいなもんだと思ってる」

「意地悪な兄ちゃんだな!! やめろっての!」

 

 まだ笑ってやがる! 離せ!

 

「目ェ離すとすぐなんかやらかして、放っといたら……知らんうちに死んじまいそうだ」

「ぶえぇぇ、お前こそだよ、ざっけんな、やーめーろー!」

 

 またぽすんとして、やっとエースの手はとまった。

 ……振りほどいてやろうと思ったのに、何か温かい。

 

「お前、撫でられるの好きだろ。だからってほいほい着いてくなよ」

「えー!?」

 

 バレてんの悔しいけど、実際、ふわふわ撫で始めた手から逃げる気は起きなかった。くそー!

 

「ブルージャムなんかに着いてったと思ったら、六年もどっか行きやがって」

「そ、それは、別に……だいたい、里帰りしたじゃん!」

「短ェっての」

「えー……」

 

 しょうがなくない???

 

「勝手に死ぬんじゃねェぞ」

 

 ……だから海賊に誘ったのか?

 せめて見えるとこで死ねって?(違)

 

「お前こそだよ死に急ぎ!! 熊から逃げなかったのまだ根に持ってっかんな! 死ぬ暇あったらとっとと海賊王になりやがれ! 知らせ待ってんぞ!」

「……はは」

 

 エースは何だかくすぐったそうに笑ってる。

 

「まあ、一番はお前が自由になることだからな。そんでどっかで楽しくやってろよ」

 

 生きることを諦めないでくれ。

 諦めないでいいんだよお前。

 

「簡単に死ぬのだけは許さん」

 

 あははとエースは大きく笑った。

 

「お前の『名声』、ずっと待ってるよ」

 

 お前のことは忘れないけど、わたしのことは忘れてくれたって構わない。

 どこかで必ず生きてくれ。

 それだけでいいから。

 

 エースはまた頭を撫でて、そしてぽんぽんした。

 目を細めて享受する。

 撫でられるの好き。

 

 だけど。

 

 さすがに思惑も何もなしに、知らん奴に着いてったりしねーかんな!!

 

-----------------------------------

 

 エースは本当にその日のうちに出発してった。

 たくさんの人に見送られながら。

 

 ロジャーとルージュは何故か一緒に見送ってる。眩しそうにしながら。

 

「なんで着いてかないの?」

 

 周りに聞こえないように問うと、二人は苦笑した。

 

〖おれたちはここまでだ。いい加減子離れしねェとな〗

「あいつ、守ってやらないとすぐ死にそうじゃん?」

 

 二人は噴き出した。

 あいつ守護霊さん抜きでやってけるんだろうか。

 幸薄そうじゃん。

 

〖お前こそ着いてってやらねェのか〗

「前言ったじゃん」

〖はは、頑固だな。てめェがしねェことを人に押し付けんなよ〗

 

 ウッ。

 いやでも立場が違いすぎるよ!?

 

〖ま、あいつが独り立ちするってんだ。親は黙って見送るもんだろ〗

「……そういうもん?」

〖ああ〗

「……そっか」

 

 ロジャーはにっと笑った。

 

〖嬢ちゃんのことも心配だが、先客がいるからな。大人しく還るわ〗

 

 ……先客。

 自分の守護霊さんって、視れたことないんだよな。いない人はいないもんだから、そうかと思ってたけど、いるってことかな。

 ありがたいことだ。

 

〖元気でな〗

 

 ふわりと笑うロジャーとルージュ。

 

「どこに行くかは知らんけど、エースのこと見ててやれよ。あんたより有名になるってさ」

 

 がははと彼は笑った。

 

〖そりゃおれの息子だからな〗

 

 ふふっ。

 なあエース。

 お前の親父さんはお前が大切で、大好きなんだよ。

 それがこの先届くかは分からないけど。

 

〖そんじゃな〗

 

 すっと二人は消えてしまった。

 

 名残惜しくて眺めていると。

 

「……なあルリちゃん……誰と話してたの……?」

 

 ケンジの怯えた声がして噴き出す。聞こえてたんかい。

 

 くすくす笑いながら、しーっと人差し指を唇に当てると、ケンジは表情を引きつらせた。

 

 すまんな、だって言っていいのか分からんもん。

 

「本当は着いて行きたかったんじゃないのか?」

 

 ん?

 何言ってんだゼロ?

 

「君、エースたちとすごく仲良かっただろう? ……彼、サボの分も有名になるって言ってたし」

 

 あはは。そうだね。

 だけど。

 

「着いてくだけが応援?友情?じゃないだろ。それにさあ」

 

 肩をすくめてみせる。

 

「あいつらは、あれこれすんなって常識押し付けるより、好きにさせとかないと寧ろ前に進めない気がするんだ。でもわたしはお節介せずに見守る自信ない」

 

 いつの間にか集まってた五人が顔を見合わせてる。

 ……何なん?

 

 やがて五人ほぼ同時に噴き出した。

 マジ何なん!?

 

「そっか、自分のお節介癖は自覚してるんだ」

「ああ? disってる?」

 

 くすくす笑いながら言うケンジをジトリと睨む。

 

「ううん。それで無茶しないでくれたらもっといいんだけどねえ」

 

 ……。

 

「お前たちのほうがお節介だよ!」

 

 どいつもこいつも心外そうにした。

 人のこと言えんの自覚しろ!!

 

-----------------------------------

 

 とある日。

 村に帰ってきたガープさんの表情がとても怖い。

 

 そしてどすどすと歩いてきたのは自分の所。

 だから、なんで!?

 

「エースの奴、海賊なんぞになりおって……!」

 

 う、うん?

 まだ手配とかされてないのにどこで知ったんだろ。

 あと、なんでこっちを見つめながらそれを言うの?

 

「感化されん内にお前は連れて行く! いつ勝手に出て行くか分からん!」

「え、えええ!? 海賊になんかならないよ!?」

「ええ? ルリ海賊にならないのか〜?」

 

 ルフィいぃいい!!?

 

「それ見ろ! 放っておいたら連れて行かれる!!」

「ない! ないってば!! ルフィの自由を邪魔したくないもん!」

「こいつを自由にさせたら海賊になるじゃろうが!」

「ええぇ?」

 

 もう支離滅裂のめちゃくちゃだ!!

 

 わっしとガープさんに抱えられてさすがに慌てる。

 

「ちょ、ちょっとガープさあああん!! やだやだ、おとうさんおかあさあぁん!! ……ゼロー! じんぺー! ワタルうぅ! ヒローーー!! ケンジいー!! たすけてえぇ!!!」

 

 硬直して見守ってた連中が、はっとしたように駆け寄ってきた。

 ……ルフィ呼んだら逆効果かもしれないし?(拗ねた)

 

「ガープさん! ルリをどこに連れて行くんですか!」

「海軍本部じゃ」

「!?」

 

 わたし含めみんなまた硬直した。

 

「ルリは、海兵になるんじゃ」

「っ! じゃあ僕も連れてって下さい!」

「ほう?」

 

 ゼロの声。ぴくりと震えてじたばたをやめる。

 

「……駄目だ」

「ルリ?」

 

 怪訝そうな声。だけど。

 

「お前と、特にヒロには、もうあんな顔(・・・・)させたくない」

「え?」

 

 ヒロも怪訝な顔をする。

 

「自分の信じる正義に、背かなきゃならない時の顔」

「……ルリっ」

 

 納得行かなそうな声。

 

「もう天竜人の犠牲になる奴は見たくない」

「……それ、は……」

 

 言葉に詰まるゼロ。

 ガープさんもぴくりとした気がした。

 

 ……サボだけの話じゃないもんね。

 じいちゃんのことだって、あるんだから。

 

「お前は犠牲になってもいいっていうのか」

「違う。これ自業自得なんよ。……新聞覚えてる?」

「!」

「海兵になったら、疑われない」

「……じゃあ、前から決まってたのか?」

「ううん。まだ村から離れたくなかった。ゆっくり心決めたかった」

 

 ガープさんだってそのつもりだったはず。

 今だって、話す間も与えずに連れてこうとはしてないんだもん。

 

「あぁ、お前たちに『一生言うこと聞かせる』こと思いついたわ」

「!?」

 

 皆が息を飲んでいた。

 

「自分の人生は自分で決めろ。わたしに左右されるな」

「っ! ……くそ」

 

 はははゼロ、そんな言葉、可愛い顔が台無しですよ。

 

「……いっつもずるいんだよ、ルリちゃんは」

 

 ケンジ、なんでお前が泣きそうな顔してんだ。

 

「……ふふ。一緒に行く、じゃなくて、引き止めてほしかったなあ」

「!」

 

 あはは。

 

 ……だから、来るな。

 

「行くしかなくなっただろー?」

 

 ぺらぺら喋っちゃったもん、自業自得だって。

 にーっと、苦笑する。

 

「なあ」

 

 これは聞いてよね?

 

「帰る場所とっといてよ」

 

 皆が眉根を寄せる。

 

「そしたら帰ってこれるからさ」

「……君は」

 

 俯いてたゼロが顔を上げた。お前の無表情って怖いんだぞ?

 

「嘘つきだ」

「えぇー?」

 

 なんで?

 

「六年も帰って来なかっただろ」

「それは、里帰りしたじゃん」

 

 じんぺーも顔怖いよ。

 

「ちゃんと帰って来いよ」

「そうだな。お前のお守り作らないと」

 

 ヒロがくしゃっと表情を歪ませる。

 

「っ! ……あぁ、そうだよ、君がいないとオレ、どうなるか分からないんだからな!」

「……あーあー。ヒロちゃんにこんなこと言わせて」

 

 そうだなケンジ。ヒロはこんな人任せにする奴じゃない。

 自分で抱え込もうとする方だ。

 だから勝手にこっちから世話を焼くんじゃん。

 

「ったく、あんま振り回してくれるなよ。案外デリケートなんだぜ、俺たち」

「あはは……知ってるよ」

 

 今はワタルの言を茶化せない。

 

「知ってるなら、勝手にどっか行くな」

 

 ワタル、お前に真顔で注意されると心にくるんだ。

 

「なんか今生の別れみたいじゃん、やめろよ」

「うるせえお前は信用できねえ」

 

 じんぺーめ。

 

「……おれ、じいちゃん嫌いだ」

 

 ルフィがぽつりと言って目を丸くする。

 

「誰もルリに行ってほしくないのに、勝手に連れてこうとして」

「ルフィ、それは違う」

 

 こんなことで家族を嫌わないでくれ。

 

「ガープさんはわたしを守ってくれようとしてるだけだよ」

「……何だよ、それ」

「ルフィのじいちゃんは、内緒で人を助けるのが好きなんだ」

「……ルリ」

 

 あは。さすがに当てつけ入りだって気付かれたみたい。

 

「……行くぞ」

 

 言って歩き出すガープさん。

 はは。皆ごめん。

 

 ……せめて父さんと母さんに、挨拶したかったなぁ。

 これも自業自得か。

 

「……ねえガープさん」

 

 彼の歩幅は広いから、ずんずん軍艦が近づいてくる。

 

「せめて東の海(イーストブルー)に留めてよ。たくさん帰れるようにさ」

 

 本部なんて行きたくない。

 

「……」

 

 ガープさんは少し沈黙して、

 

「……考えておく」

 

 淡々と言った。

 そこは承諾してくれよお……。

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