海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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65.ウソを固めて

 ルフィがいとも容易くもぎ取った斜檣(バウスプリット)が、海賊たちを薙ぎ払う。

 

うおおああああ──!!!

うぎゃああぁあ──!!!

 

 なんとも愛らしいクロネコの船首像(フィギュアヘッド)が、悪名相応の凶悪な顔をしているように見えた。

 

「……ハハ。なんとか間に合ってよかったぜ……」

 

 乾いた笑いを浮かべながら、じんぺーはぽつりと言った。

 敵陣の奥に潜り込んでいたケンジとじんぺーは、ルフィの咆哮が聞こえた瞬間、一目散にウソップとナミの居る所まで走った。ゾロも無意識に退がっていた。

 

「催眠だか何だか知らねェが、アレがルフィのフルパワーってことか……?」

 

 ゾロの頬が引きつっている。

 

「どうかなあ?」

 

 ケンジは苦笑する。

 

「ルフィは例えば何か失敗したとして、気付いた時には克服してるから……ほら、『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うだろ。ルフィ程それにピッタリな奴はいねえと思うぜ」

 

 つまりはコレ(・・)以上の可能性もある、と。

 

 退避中に暴走するルフィとすれ違っている三人は、背筋が凍る思いだった。

 

「いや、ほら……あの催眠野郎、『強くなる』って、言ってただろ……?」

 

 ウソップも引きつった顔をしている。

 

「あは、分かんねーんだってば」

「……ハ、ハハハ」

 

 岸壁に叩きつけられ、あるいは遠くに飛ばされて、白目を剥く海賊たち。

 結構な距離があるにも関わらず、五人がいる方向へも、被害者の身体が飛んでくる。

 

「きゃああ!!」

「おっと」

 

 じんぺーとゾロは無慈悲に蹴り返し、ケンジはナミとウソップの前に星の砂で壁を作った。

 

「あ、ありがと!」

 

 ナミの頬が引きつっているのは、伸びて飛んでくる海賊たちではなく、ルフィのせいである。

 

「ね、ねえ……あれってさ、海賊たちが全員伸びたら、わたしたちも危ないんじゃない……?」

「……逃げるか」

 

 じんぺーが遠い目をしながらあっさり言った。

 

「お、おれは逃げねェ……村がアイツに襲われちまう……」

 

 青くなって言うウソップの脚が、まるで高速で揺さぶられているかのように震えている。

 最恐の脅威は味方だった。

 

 ははっと、じんぺーは楽しげに笑った。

 

「いいねえ。逃げんのやーめた。さあて、どーやってあのハジけきったゴムをとっ捕まえる」

 

 ぱしんと手のひらに拳を打つじんぺー。

 

「……あいつ、刀じゃあ斬れちまうんだよな?」

 

 と言いつつ、しまっていた刀の柄に手を掛けるゾロ。

 

「あいつに弾は効かねェよな……」

 

 ウソップは相変わらず震えている。

 

「わ、わたしは絶対近づけないわよ!! あんなの!!」

 

 ナミはぶんぶんと首を振っている。

 

「んー。砂に埋めちゃう? いや、あの様子じゃすぐ破壊されるかもなあ」

 

 ケンジは考え込んだ。

 

 ──その時。

 

ワン

 

ツー

 

ジャンゴ!!!

 

 くかー。

 

 斜檣(バウスプリット)を抱えたまま、ルフィが仰向けに倒れ込んだ。

 

ぎゃあぁぁ──!!!

 

 憐れな海賊たちが散り散りに逃げ惑い、幾人かは下敷きになった。

 片やゴム人間のルフィは、何の支障もなく気持ち良さそうに眠り込んでいる。

 

「……はは」

 

 味方の(はずの)五人は、ただただ引きつっていた。

 

「敵の敵は……いや敵だわ」

 

 肩をすくめたじんぺーは、そのまま拳を構える。

 

「さすがはリーダーってところか、倒れないねえ」

 

 ジャンゴと、その周りで少数残った敵たちを、ケンジは見渡すようにして眺めた。

 

 そして真の首謀者が現れ、幹部らしき数人も登場する。

 しかし、色々とあったものの、制圧に然程時間はかからなかった。

 

「あー、何か暴れ足りねェ」

「充分暴れまわったでしょ!!!!」

 

 ふんすと鼻を鳴らすルフィに、ナミが力の限り突っ込んでいた。

 

「でも腹は減ったな。肉食おうぜ肉」

「んだねえ。食堂もう空いてるかなあ」

 

 ぐーっと伸びをするケンジ。

 

 そして。

 

「おれは……」

「ウソップさん」

 

 もう仲間だと言うルフィに、さっさと乗れと言うゾロに、しかし村を守らなければと言うウソップ。

 カヤが、そんなウソップにしっかりと目を合わせ、真剣に言った。

 

「あなたに夢を諦めてまで守ってもらわなきゃいけないほど、私たちは弱くありません」

「カヤ……!」

 

 にこっとカヤは笑った。

 

「クラハドールが、わざわざ使用人全員に休みを取らせたのは、皆いると村を襲えないからです」

「それは……」

 

 面倒、なだけだったのでは、なんて言うのは、きっと驕りだ。

 

「だから、あなたも夢を叶えて下さい。私にも夢があるんです。一緒に頑張りましょう」

「……!!」

 

 ここまで言われて、引き下がる男ではなかった。

 

「……おう!!!!」

 

 そしてウソップ海賊団は解散し、荷物で家を壊したウソップは、ゴーイングメリー号に合流した。

 

「やったー! 毎日風呂入れるー!」

 

 喜んで小躍りさえするケンジに、数日おきで充分な面々はこてりと首を傾げる。

 

「うふふ、ほんと、素敵な船をもらっちゃったわね」

 

 嬉しそうに言うナミに、今度は全員が思いきり頷いた。

 

----------------------------------- in Marineford

 

 時は一年ほど前に遡る。

 

 ゼロとヒロが海軍本部に向かったのは、ルリが生死不明となってすぐのことだった。

 そしてガープによって、真っ先にその実力を測られる。

 何故か人払いをされた。その思惑は不明でも、二人は少し安心する。

 今ばかりは二人とも、手の内を隠す気はなかったからだ。

 

 結果、幼さ故にか『重さ』の欠如はあれど──。

 

 ガープは、笑った口の端が引きつっているのを自覚する。

 

「お前が子供じゃなければ、ワシは死んでいたかもしれんのう……」

「ご冗談を。それに……僕が何だろうと、誰も殺す気なんてありません。殺意を演じるのは得意ですが」

 

 ガープはゼロに腕を引かれながら立ち上がる。

 手加減と、無意識の油断が大いにあったとはいえ、己が仕込んだ拳でこうも詰められるとは。

 

「その『演技』は、どこで覚えた。いくらあのゴミ山に通おうと、そんな『目』はできん」

 

 ゼロは、ふっと目を細めて笑った。

 

 あのお転婆の捜索にかかる時間は、短い方がいい。

 大事な友人のためなら、形振りなど構わない。

 

「僕たち(・・)の頭の中には、妄想か否か、別の人間として生きていた記憶があります。そこでの僕たちは、巨大犯罪組織に長く潜入していた捜査官でした」

 

 特にとある組織の()力化にはかなりの時間と労力を要した。そのためもあり、潜入期間も通常の数倍になった。

 完全な潰滅は実現しなかったものの、最終的にはほとんどの力を削ぐことができたのだから、任務は成功と言えただろう。

 そしてその後も、内勤や作業班を勤めた時期もあれど、公安に留まり、いくつかの潜入任務をこなした。

 

「だから当時は、様々な闇に、どっぷり浸かっていたんです。……ただ」

 

 陰鬱の影が差していたゼロの目に、光が戻る。

 

「どうも今のこの現実とは、色々と噛み合わない世界のようでした。尚更、妄想と言われて当然です。だから、この世界でもその経験が通用する、なんて胸を張るつもりはありません。ですが──」

 

 ギラ、と、その光が剣呑なものに変わる。

 

「全く何も知らない子供、だとは、あまり思わないで下さい」

 

 少しの間、ガープは真顔でゼロの目をじっと見つめる。

 

 そしてやがて、彼はふ、と笑った。

 

「別の人間として生きた記憶、か……」

 

 何かあるだろうと人払いをしたのは、ガープである。

 

 どう扱われるかと、固唾を飲む二人。

 

「悪魔の実が転生するんじゃ。なら、人間がせんとは言い切れんじゃろう」

 

 ガープはふと、ルリが夢で剣術を習ったと言っていたのを思い出した。

 前世も夢も、証明のし様もないこと。

 しかしこの世には、そうでもなければ出処が分からないことがあるらしい。それもこうして、複数の実例を目にしてまでいる。

 鵜呑みにしないまでも、否定もできない。

 

 二人は胸を撫で下ろしていた。ただ慎重の姿勢を完全には捨てず、ガープの様子を覗う。

 

「むしろ合点もいく。お前たちはちと、子供らしくなさすぎるからのう」

 

 ゼロとヒロは思わず顔を見合わせた。

 彼らはガープの常識を狂わせたと思っていたが、もしかしたらあれは、ルフィの特訓を始める言い訳に使われただけかもしれない。

 

「あの、ガープさん。悪魔の実が転生するって、どういうことですか?」

「ああ……まだ詳細が分かっとる訳ではないがのう」

 

 ヒロの問いに、ガープは記憶を探るようにして視線を上に遣る。

 彼の口から簡潔に語られたことは。

 

 そして二人の頭に一瞬過ぎる不安。

 

 

 ──もし、新しくロプロプの実の能力者が現れたら──

 

 

 しかし二人はすぐにその考えを振り払う。

 

「ともかくじゃ。お前たちが望むのは、結局、ルリの捜索じゃろう」

「……はい」

「でも、海兵としての仕事を、疎かにする気はありません」

 

 引き締まった表情でヒロが言う。隣でゼロも同じ顔をしていた。

 

 ふ、とガープは笑う。

 

「お前たちの生真面目さは、よく知っておる。……じゃがな」

 

 ガープは目を伏せた。

 

「先を急ぎ過ぎれば、すぐに潰れかねん」

 

 サカズキの言ったことは教訓として、しっかりガープの中に抱かれていた。

 二人の実力は、消えてしまったルリを遥かに凌駕する。それはよく分かった。それでも世を甘く見てはならない。

 

 しかし。

 

「……海兵というのは、入隊した時から命懸けでしょう」

「!」

 

 ゼロの言に、ガープは目を丸くする。

 

「……はは」

 

 小さく笑い始めて、そして。

 

「ぶわーっはっはっは! そりゃそうじゃ」

 

 赤犬に言われたことは図星だ。忘れる気もない。

 しかし尻込みだけしていれば──

 

 海賊(アウトロー)の相手など、務まらない。

 

「じゃが、お前たちの身体が子供なのは事実じゃ。それを埋められるとは思えん」

 

 ぐ、と二人は唇を噛む。

 それはよくよく自覚していた。

 

 二人は既に前世の己の身長を超えている。しかしだからこそ、この世界には、上には上、どころではない領域が存在することを、ヒリヒリする程に感じていた。

 この海軍本部でも、ガープ並どころかそれ以上の体格を持つ者を、嫌というほど目にする。

 

「……あやつ(ルリ)のことじゃ、気が逸るのも分かる。それにお前たちが『大人に任せておけ』と言うには、役不足なことも分かる。じゃが……まだ早い。ワシの勝手で潜り込ませることのできる相手でもない。……ただな」

 

 もどかしさに表情を暗くしていた二人は、思わず顔を上げた。

 

「同じ相手に対して、既に持ち上がっている計画はある。ワシも、お前たちがそこに加われるよう、計らうくらいならできるじゃろう」

「!」

 

 二人は目を丸くした。

 

 ガープはふっと笑った。

 

「お前たちの気質を考えても、そこに居たほうが本来の力を発揮できるじゃろうからな」

 

 ぐっと、二人の目に力が戻った。

 

「ありがとうございます!」

 

 真剣な表情で敬礼する二人。

 当然かもしれないが、それはルリのはじめの頃より凛々しく、既に様になっていた。

 

「じゃからそれまで、振り落とされんよう、一層気を引き締めて鍛えるんじゃ!」

「「はい!」」

 

『厳しい上官』の顔と声で叱咤するガープに、二人は再び力強い敬礼を返した。







✦ウソップとカヤのやりとり
 第14支部の壊滅で無法者がはっちゃけてるせいです。
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