フルボディと淑女の席と料理は予約によるもの。
そして彼は、部下たちに店の営業に支障がない程度の席を確保した。30分交代制でフルボディの奢りである。
淑女をエスコートしながらも、フルボディにとってこの場で一番興味を惹かれるのは、麦わらの一味だった。淑女にそれが
今回、彼女とフルボディには面識もない。
だから彼女にしたって、親だかその上司だかの紹介があっただけだろう。彼も上官からの紹介(圧)だ。
会うだけ会って帰るだけの行事である。
(一味が仲良くテーブルを囲んでる……眼福)
人数が人数なためか、彼らは二組に別れていた。
こんなに居ただろうかと、やはり内心で首を傾げてしまう。
もし転生者だったら羨ましいな、などとも思う。
そこへ、にこにこしながらサンジが料理を運んできた。
「フルボディさん、いつもありがとうございます」
「何、君たちの料理が美味いからさ」
内心ワクワクしながらも、努めて軽く微笑む。
「いえいえ、とんでもございません」
言いながら優雅にお辞儀をしてサンジは一度下がったが、トレイにグラス二つとワインボトルを載せて戻ってきた。
既に注文したものを一本空けてある。フルボディは首を傾げた。
「こちらはサービスでございます」
「何だって? 気を遣わないでくれ」
「私の本日のオススメでございます。宜しければぜひ」
「サンジ君のオススメか……」
迷ったが、断るのも悪いし、チップを多めに置いて帰ればいいか、と決めた。
「じゃあ、いただこうか」
にっこり笑ったサンジがゆったりとグラスにワインを注ぐが、フルボディはラベルを意図的に見えないようにされていることに気づく。
(ああ、この子はまったく……)
フルボディは内心で小さく溜め息をついた。
にこにこしながら下がらないサンジに、フルボディはその予感の的中を悟る。
淑女と軽くグラスを合わせて乾杯すると、くるりとグラスの中身を回すようにしてその香りを確かめ、小さく口に含み、じっくりと味わう。
「サンジ君、サービスで出すには、これは少し大物すぎるだろう」
「そうでしょうか。私は間違えていないつもりですが?」
今度は本当に、小さくため息をつく。
「イテュルツブルガー・シュタイン……辛口で、軽い酸味とコクが特徴の、北の大地ミュッキオ生まれの逸品だ。しかも一体何年物だ? さすがにそこまでは詳しく分からんよ」
サンジが拍手してきてフルボディはむず痒くなる。
──サンジは、淑女の前でフルボディがいい格好をできるように計らったのだ。
淑女の気をあまり惹きたくない彼にとっては、余計なお世話なのかもしれないが。
「お見事です、さすがはフルボディ大尉。私は、大尉にピッタリの銘柄をお選びしたつもりです」
店内がフルボディを持ち上げる声でざわついている。
この旨いメシを前に、他のテーブルの会話に聞き耳を立てている場合じゃなかろうと、彼は少し渋面になった。
「騒がしいのは嫌いなんだ。ゆっくり料理を楽しませてくれよ」
「これは失礼いたしました」
サンジは優雅にお辞儀をして、今度こそ去って行った。
淑女がふふっと小さく笑った。
「ウェイターさんと仲が良いんですわね」
「旨いのでよく通ってるんです。あと、彼は副料理長です。どうも人手が足りないようだ」
あらそうでしたの、とまた彼女は笑った。
「ワイン、お詳しいんですのね」
「自分の名前がワイン由来でしてね。それで興味が湧くだけです」
「まあ。とても優雅なお名前ですわ」
妙な気を引いていなければいいが、とフルボディは内心で顔をしかめる。
この世界ではパートナーに夢を見る年でもないのだろうが、お貴族様でもあるまいし、名家のお嬢さんとの見合い紛いの会食など肩がこる。失礼だろうが、町娘をナンパした方がまだ気が合う気がした。
と。
「余計なことしてんじゃねェぞチビナスゥ!!」
奥でそんな怒鳴り声と、パリンと何かが割れる音がした。
フルボディは目のあたりを指で掴むように覆い、天を仰ぐ。
「どうかしましたの?」
「……いや、何でもありません」
にこりと笑った。
怒鳴り声はゼフのもの。恐らくサンジが制裁を食らったのだろう。
遠かったのと、恐らくゼフが客に聞こえないよう抑えていて、一般人の耳には届かなかったようだ。
淑女と当たり障りなく言葉を交わしながら料理に舌鼓を打っていると、額や頬にガーゼを貼ったサンジが、麦わらの一味のテーブルに向かったのが見えて、フルボディは複雑な思いで苦笑する。
当のサンジは元気にナミにサービスし始めたため、またどやされるのかもしれなかった。
そんな時である。
「大尉!! フルボディ大尉……た、大変です!!」
部下の一人が店の入り口に走り込んで来て、フルボディは思わずバッと腰を浮かせた。
「何事だ、店に迷惑だぞ!」
「も、申し訳ありません!! 船の檻から……逃げられました!!!」
フルボディの心臓がどくりと跳ねる。
「何だと……」
「一体何があったんです、フルボディさん」
サンジが駆け寄ってきた。
「サンジ君……」
フルボディは呑気に店を訪れたのを後悔した。
「捕縛はおれ一人でも事足りたから、油断していた……部下たちはもっと鍛え直さなきゃな……」
フルボディはテーブルに三倍以上の料金を置いて、店の入り口に向かい走り出す。
(これでは足りん! ことが終わったら改めて詫びを入れよう……!)
「フルボディさん!!?」
背中にサンジの声を聞きながら、彼は部下に指示を出す。
「避難誘導だ! 店にも人にも絶対に被害を出すな!!」
「「ハイッ!!」」
メシを食っていた部下たちもビシッと敬礼し、行動を開始した。
しかし──
ドン!
知らせに来た部下が破裂音と共に床に倒れた。
その向こうに銃を構えた影がある。客からもあがる悲鳴。
フルボディは扉を塞ぐようにして立った。
倒れた部下を、他の部下たちが引っ張って退避させる。
「人間の心があるなら檻に戻れ。ここは一般の店だ」
顔をしかめながら言うと、相手はニヤリと笑った。
げっそりと痩せこけた顔には、むしろ凄みがあった。
「ここはレストランだろう……?」
「……」
フルボディは眉間にシワを寄せる。
(メシ抜きは体力を奪う意味もあったが……)
ぼんやり、サンジがメシをあげたのがかっこよかった記憶があった。
だからそれが見たくて飯抜きにした部分もある。
しかし、よく覚えていないのにあまりにも浅慮で、無責任だったのではないか?
そもそも彼は、空腹でなければ、檻で大人しくしていたのではないか?
「フルボディさん!」
「サンジ君!? 危ないから来ないでくれ!」
「ここはおれたちの店です!」
「っ、しかし……!」
意志の強い目をした少年に、フルボディはたじたじとなる。
「それにこいつは、腹を空かしてるんでしょう?」
「!」
そう言ってにこりと笑うサンジに、フルボディは目を丸くした。
「お席で少々お待ちください、お客様」
サンジは優雅にお辞儀をしながら腕を伸ばし、ギンを店内に誘う。
思わずフルボディは道を空けてしまう。ギンはふらふらと扉をくぐった。
「サンジ君!? そいつは
「フルボディさん」
にこりと彼は笑った。
「ここじゃ海賊だろうと何だろうと、腹を空かせた奴は皆客です」
「っ!」
サンジはゆったりと歩き、厨房に消えていった。
フルボディはその姿を見送りながら、海賊──ギンがどかりと座ったテーブルの横に立つ。
「今はサンジ君の顔を立てるが、暴れるようなら即刻処刑する」
フンとギンは鼻を鳴らした。
何の騒ぎだと奥からゼフが姿を現した。
フルボディは思わずがばりと頭を下げる。
周囲がざわざわした。構うものか。
「料理長、申し訳ありません! ウチの檻から海賊を逃してしまいました……!」
ゼフはフンと鼻を鳴らした。
「そんなチャラいスーツで、まさか仕事中じゃあるまい? 客は大人しくメシ食ってろ」
「いや、これは……」
「うるせェ、おれの店で騒ぐな」
無理やり有耶無耶にしようとしているゼフの優しさに、胸中でむせび泣いたり恥じたりと感情を渋滞させていると、テーブルにスッと、コックの一人であるパティが近寄ってきた。
「いらっしゃいませイカ野郎」
それから──
ギンはボコボコにされて店外に締め出された。
「……すまない。パティ君一人でできたことを我々はできなかった」
「いや、海兵さんたちがボコッた後だからつまみ出せただけですよ」
ニイッとパティは笑った。
「さーどうぞ『お客様』どもっ!! 食事をお続け下さーい!!」
歓声とともに席に戻っていく客たちを尻目に、フルボディは店内へ一礼した上で、ギンを追って店の外に出た。
「本部大尉ってあんなにペコペコするもんなのか? 大失態だとは思うけどよ」
じんぺーはそう言って焼き飯をかき込む。
麦わらの一味は最初から避難などしていなかった。
「さあ? 人によるんじゃない? でも多分、あいつお人好しだわ」
ナミはちぅー、とサンジがサービスで持ってきたジュースを飲んだ。
「あの物腰で大尉にまで上り詰めたんなら、相当な実力者なんじゃねェか?」
ウソップが肉野菜炒めを頬張りながら言った。
「アァ? 海兵ってのは性悪じゃねェと出世できねェのか?」
「あはは、多分、優しいとサクサク点数稼げないんじゃないかな。それでも、な訳だから」
ゾロの疑問にケンジが答える。
「……ルリみたいな奴ってことか?」
行動は突飛で
「分かってんだろ、あんな例外持ち出すな」
じんぺーは口をひん曲げてゾロに突っ込んだ。
「あれ? ねえ、ルフィは?」
キョロキョロするナミに、皆はハッとして同じく店内を見回す。
「あの野郎、また何かしでかすのか……?」
ゾロは片方の手で頭を抱えて、大きく溜め息をついた。
一味とヨサク&ジョニーは、頬を引きつらせて苦笑した。