海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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68.ガチ

 ボゴォン!!!!

 

 フルボディが頭から床に沈んだ。

 木材がめくれ上がる程の破壊力。彼はピクリとも動かなくなった。

 

 犯人は──ルフィ、である。

 

「てめえこのクソ野郎何しやがる!!!!」

「あいつとおっさんが喧嘩するよりマシだろ。絶対殺すまで追い掛けるぞ、このおっさん」

「!」

 

 甚だめちゃくちゃすぎるが、結果的には一時の穏便を得られた……のかもしれない。

 

「あとは……そうだ!」

 

 ルフィはぽふんと掌に拳を落とす。

 

「おれたちも海賊だし、おっさんの様子からして、帰る時絶対面倒なことになるだろ」

「……」

 

 この麦わらの男は、今思いついただけ、というのを隠す気があるのかないのか。

 

「……麦わらの人も、すまん」

 

 小舟に揺られながらギンが俯いた。

 

 そのうちゼフが現れ、フルボディの憐れな姿に激昂する。

 本当は少し前から様子を伺っていて、サンジの固い信条とルフィの『海賊らしさ(善悪無関心)』に思わず笑っていたりしたが。

 

 サンジは食器を海に捨てつつ、手を払う仕草でギンに出発を急がせ、フルボディの救助にかかる。その傍らで。

 

「ウチの大切な大口常連客に何してやがる!!! 魚の餌になるか海軍に突き出されるか選べ!!!」

「えー、嫌だ」

 

 ゼフは(形式上)怒鳴り続け、ルフィはのらりくらりと回避を試みる。

 

 ハアーとサンジは溜め息をついた。

 

「ジジイ、血圧上がるぞ。あと、そんなのよりフルボディさんの手当てだろ」

「……。おい小僧、せめて大尉を運べ」

「おう」

 

 ルフィは素直に従った。

 

 その後、雑用一年にまけてやると言われたルフィは、それでも「嫌だ」と言うばかりで、再びゼフの怒鳴り声が響くことになった。

 

-----------------------------------

 

 フルボディは歯噛みする。

 

 麦わらの一味と共闘している状況への喜びがないとは言わないが、さすがにそれで舞い上がれはしなかった。

 ギンを取り逃がし、〝見た目ただの少年(ルフィ)〞に昏倒させられ、更には、守るべき一般市民に三日も世話になってしまった。

 

 本調子でないのだから下がれと言われても、自分が敵の本体を呼び寄せたようなものなのだ。無理な相談である。

 

 展開された“ヒレ”に上がってこようとする海賊共を、彼は拳で薙ぎ払う。

 それと少し離れて。

 

義強(トリッキー)流星群(シャワー)!!!

 

 じんぺーと呼ばれていたサングラスの少年も、拳を武器に海賊共を押し返していた。

 

「……ケンジの奴どこ行った」

 

 じんぺーはふとそう言って周囲を見回したかと思えば、足元に現れた敵の頭を蹴り飛ばす。

 

(ケンジ……声がペドロに似てた少年か)

 

 少し伸びた黒髪を後ろで一つに纏めた二枚目だった。このサングラスの少年も彼も無名キャラとは思えないが、思い出せ(記憶に)ない。

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 ぼんやりした記憶にある通りゾロが大傷を負い、それを治療しながら、ウソップ、ヨサク、ジョニーは、小舟でナミを追って行った。

 

 クリーク一味は船と日誌を寄越せとバカなことを言いながら、次から次に這い上がって、あるいは跳んでくる。

 

 ルフィは、少し沖の方でクリークと対峙中。

 

(本来は……おれの仕事だろうに)

 

 彼の勇姿は眩しいが、自分の失態が招いた戦闘なのだから、喜んでなどいられない。

 

「おいおっさん! 何考えてんのか知らねぇが、あんたウチの船長のせいで重傷食らったんだ。あいつに任せたってバチは当たらねぇよ」

 

 読まれた。励まされた。……情けない。

 

「オラこの野郎、折角発破かけてんだ、余計凹んでんじゃねぇ、ここで押し留める気がねぇなら、ベッドで寝てな!」

「! すまない」

 

 フルボディの拳に勢いが戻った。

 

 戦局は流れて。

 

 血に(まみ)れフラフラのサンジに、じんぺーとフルボディはほぼ同時に動いていた。

 

「恩知らずが過ぎるってもんだろ、おっさん」

 

 じんぺーの足元で、グシャリと音を立てて二口小銃が潰れた。

 

「二兎を追う者は、一兎も得ねぇぜ」

 

 無表情にギンの胸倉を掴み、そのまま片腕で吊し上げている。

 

「おれは、別に……っ」

「見え見えなんだよ」

「……っ!!」

 

 そしてサンジは。

 

「何のマネですかフルボディさん……! これはおれの戦いです」

「うるせェ、ボロ雑巾はすっこんでろ。それに」

 

 ガチン、とフルボディは両の拳を突き合わせた。

 

「てめェの戦いだあ? この店を守りてェのはサンジ君だけじゃねェ」

「!」

「大体、おれだって譲れねェよ。そもそもギンはウチの檻に居たんだ」

 

 もう散々抑えて雑魚の相手に徹していたのだ。

 いい加減、ちっぽけなプライドが限界だった。

 

「それは……」

「黙って休憩してろ。おれが勝てるとは限らねェ」

「な」

 

 それは弱気と言うよりは、サンジを退がらせるための方便。

 そして。

 

「戦場じゃぁ、何が起きても可笑しかねェんだ」

 

 フルボディはこの妙ちきりんな盾男を知ら(覚えて)ないのだから。

 

「て訳で、選手交代だ、真ん丸仮装人間」

「アァ? 貴様、この鉄壁な美しさが分からんらしいな?」

 

 相手──鉄壁のパールはどこか腹の立つ笑みを貼り付けながら、ガチンガチンと両手の盾(?)を忙しなくカチ合わせた。

 

 他方、じんぺーは大人しくなったギンを地面に降ろし、腕を後ろに捻り上げる。

 ギンは思わず呻いた。

 サンジと同じく、ジャケット姿は細身だというのに、力は尋常ではないらしい。

 

「さぁて、お前はここで見学だ」

「……! クソ……」

 

 ギンは色々言い返したかったが、どう足掻こうがびくともしない腕に、無駄を悟った。

 

-----------------------------------

 

 愉快な見た目ながら、フルボディの拳は盾で弾かれてばかりだった。

 

東の海(イーストブルー)最強の海賊団、か……)

 

 結果負けようが、サンジが再度舞台に立つ。彼なら勝つ。

 たが、休憩時間稼ぎだけで終わる無責任さも、持ち合わせない。

 

 間合いを取って、すぅ、とひとつ呼吸を整える。

 

「ハァーッハッハッハァ──!!! 弱い、弱いぞ優男〰〰〰〰〰!!!」

 

 テンション高く笑うパールに、フルボディは眉根を寄せる。

 

「……てめェも一発入れれてねェだろうが」

「タテ男でダテ男のおれには! 優男程度のお前は! 勝てねェんだよ〰〰〰〰!!!」

「……」

 

 フルボディの呟きは聞こえていないのか無視したのか、気が狂ったようにガチンガチンと両手の盾を叩き鳴らすパールに、フルボディは閉口した。よくいる(・・・・)訳がわからない系の人間だ。サンジとの戦闘中に燃え始めてからは特に。

 

「慈悲だ! そろそろ終わらせてやるゥ!」

 

 パールが構えて地を蹴った。

 

「……ああ、終わりだ」

 

 フルボディは重心を落として迎え撃つ。

 

「鉄壁パーーール・プレ」

 

 ドゴォン!!!!

 

 砕け散ったのは、パールの胴を覆う巨大な円。

 

「確かに鉄壁だったかもしれねェが──」

 

 白目を剥いて倒れていくパールとすれ違いながら、フルボディは呟く。

 

「無敵じゃあ、なかったな」

 

 武装色を纏い殴った拳から余韻を払うように、フッと小さく吹く。

 

 芝居がかったセリフも仕草も、威圧の内だ。

 実際海賊共が息を飲んでいる。

 

 ウオォォオ! とコックたち(と、恐らく避難し損ねた客)が沸いているが、フルボディが元凶だというのは忘れているのだろうか。

 

「縄かなんかねェか。……結局出番奪っちまったな」

 

 サンジの元へ歩み寄ると、彼はふっと苦笑した。

 

「さすがは海軍本部大尉。お見事です」

 

 ワインの時と似たようなことを言うサンジに、フルボディは苦笑いする。

 

「大尉、大尉、って、おれは東の海(ここ)の基地長たちとそう変わらねェ。いや、下手すりゃ劣る」

 

 昨年壊滅的被害を受けたあの支部が、真っ先に頭に浮かぶ。

 あそこの基地長はなんとか存命で、実質フルボディのひとつ上な地方支部准将だ。

 

「……サングラスの人」

「あ?」

 

 ギンが俯きながらぽつりと呼び掛けていた。

 フルボディとサンジは思わず目を遣る。

 

「恩人と……サンジさんと、戦わせてくれ」

「ハァ? お前、怪我人をボコりてぇってのか? 放す訳ねぇだろ」

「アンタも分かってんだろ!!!」

 

 ギンが叫び、じんぺーは口を噤む。

 

「これは信念のぶつけ合いだ。できねぇくらいならおれは舌を、ゴファッ!!?

 

 じんぺーは空いていた方の拳を、躊躇なくギンの口に突っ込んだ。

 

「グラサン野郎!?」「じんぺー君!?」

 

 サンジとフルボディがギョッとするが、じんぺーはニヤリと笑う。

 

「噛み切ってみろよ。できるもんならな」

 

 彼は前世、無謀をとめるために、包丁を素手で掴む無謀を敢行したことがある。

 だが今は、覇気や鉄塊のお陰でケンジにもルリにも無謀なんて──

 

 じんぺーはふっと笑った。

 

(どっちもどこ行きやがった、ったく……)

 

-----------------------------------

 

「一体どういうつもりだ? ナミちゃん」

 

 後ろから首に突きつけられたのはマイナスドライバー。

 ナミは息を飲んで固まった。

 

「……あんた、何でここにいるのよ」

 

 後ろでくすっと笑う声がする。

 

「俺は昼寝してただけだぜ。何で気付かなかったんだ?」

 

 ナミは黙り込んだ。

 本当にそれだけだろうか。

 必死だったし急いだし、しっかり確認した訳でもない。

 しかし、呑気に寝ている人間がいたら、さすがに気配があったはずだ。

 

「まあ、手配書の束見てた時から様子おかしかったし、泣きながら気になること言ってるし……この際全部吐いてくれない? じゃないとふん縛ってレストランに戻るよ」

「っ!」

 

 ナミはマイナスドライバーを打ち払い、ケンジと距離をとった。

 腿に仕込んであった棒を展開し、今度は彼女がケンジに武器を突き付けた。

 

「ふっ、やっぱりね。あんたも……仲間だと思ってた奴には甘いのよ」

 

 ケンジは取り落とすことのなかったドライバーを、ペンを回すようにした上で、ホルスターにあった小物入れにしまっていた。

 

 そして彼も、ふっと似たように笑う。

 

「仲間だよ」

「っな、何を言って……!」

「君は好きでこんなことしてる訳じゃない。さっきの迂闊な独り言でバレバレだ」

「……!」

 

 悔しさと恥ずかしさで、ナミは唇を噛む。

 

「あと……俺は問答無用で連れ帰るって決めたら、少々乱暴になろうが実行するくらいには、優しくないよ?」

 

 彼はにこっと笑ってはいるが、ゾワリとする程目は冷たかった。

 

 そのまましばし膠着。

 そして。

 

 はぁー、とナミは細長く溜め息をついて、その場にへたり込んだ。気圧されたなんてものじゃなかった。

 

「……なんて目をしてんのよ……分かった、あんたには敵わないわ……でも」

 

 ふぅ、と彼女は今度は、小さく溜め息をついた。

 

「簡単に話せる気がしない……少し時間を頂戴……」

 

 既に聞かれてまでいるのだ。負け確で連れ戻されるより、話して口止めするなりした方がマシな気がした。

 

「分かったよ」

 

 にこっとケンジが普通に笑い、ナミは少しホッとした。

 

 しかし逃さないと言わんばかりにずっとそのまま居られて、落ち着くことはできなかった。







✦本部大尉=地方大佐
 フルボディさんはモーガンとかネズミ大佐とかと同じくらい、ということになるようです。
 しかしこの彼は精神的年の功等々(「若い頃もっと〜」な思考を経験済とか)で、より力をつけている模様です。

✦戦局
 細部が結構原作と違う…つもりです。
 しかしカッコイイシーンは変わってほしくないため、描写省略部分で行われていると思ってあげて下さい(強欲)。
 結局は原作沿いに落ち着いてってますが、それは彼らの性格や信念等が特に変わらないためでして、原作の修正力が働いている訳ではありません。
 本文中で説明しきれず…orz

 …原作と変わらない部分は省略、を心掛けている訳ですが、その分か否か、くどい文のダイエットには失敗しているような…。
 精進、精進…。
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