海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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69.信念、意地、覚悟。

「俺だってこの店が気に入ってんだ。無様に頼み込んでねぇで、てめぇで俺の『信念』ぶち破ってみせろよ」

「ぅがっ……」

 

 情に訴えれば行かせてもらえると思ったのは、この状況でレストランを守ろうと戦うような少年(こども)なら、などと無意識の甘えがあったのかもしれない。

 

「おい、グラサン野郎」

「あ?」

 

 サンジがゆっくりと歩いて来る。

 

「てめェの心意気は買った」

 

 フルボディの「店を守りたいのはサンジだけじゃない」という言は彼に響いた。

 しかしそれでも。

 

「だが放してやってくれ。おれにはこいつを巣に帰した責任がある」

「……フン」

 

 じんぺーは鼻を鳴らしながらも、拳は抜いてやった。

 

「ごほっ……サンジ、さん」

「来いよギン。煮ても焼いても食えそうにねェ意地なんか、このおれが蹴り潰してやる」

 

 はぁ、と小さく溜め息をついて、じんぺーはパッと腕を放した。

 

「とんだ物好きどもだぜ」

「君もだろ?」

 

 いつの間にか近くに退がっていたフルボディにサラっと言われ、

 

「あんたもだ」

 

 じんぺーは即そう返した。

 二人とも片方の口角を上げながら。

 

「どいつもこいつも、死にたがりめが」

 

 ゼフは言うが。

 

「「あんたらのメシが美味いせいだ」」

 

 フルボディとじんぺーの異口同音。

 赤の他人どころか海兵と海賊、二人自身がぽかんと顔を見合わせた。

 

「……馬鹿どもが。胃袋だけじゃなく脳ミソまでふん掴まれやがって」

「何処か不味いですか? 料理長」

 

 にこにこして言うフルボディに、ゼフは溜め息をつく。

 

「大尉、ウチの料理をヤバイヤクみたいに言わねェで下さいよ」

 

 カルネが苦笑いした。

 

「そんな低次元なクソと一緒にしたつもりはねェよ。料理は心身の栄養源なんだから、美味ければ美味いほど群がるのが正しい」

「今度は(俺たち)が虫みてぇだな」

 

 じんぺーが心底楽しそうに笑っている。

 

「悪ぃな。おれは周りが言うほど優雅じゃないもんでね」

 

 フルボディは肩をすくめた。

 

 そう雑談しながらも皆が横目で様子を伺っていたサンジとギンが、遂に戦闘の火蓋を切った。

 

 フルボディは皆から少し離れて壁に寄りかかり、懐から煙草一式を取り出した。

 

 原作の(フルボディ)が喫煙者だったかどうか、彼は覚えていない。ただ、殉職した同期にかつて押し付けられたものを、捨てられずにいた。

 そしてこうして、妙に待ち長い時に口にする事がある。なかなかの重さらしいにも関わらずだ。

 

 サンジが負けるとは思わないが、微塵も心配するなというのは無理な話なのだから。

 

 火を点け一口含んだ煙を捨てる。

 それから次をすぅっと肺の奥まで取り込んだ。

 これで咽ない所が何かに染まった証のようで、正体不明の苦味を憶える。

 吸うのが稀でも肺は真っ黒なのだろうか、と毎度頭に浮かぶのだから、旨く吸えている訳がない。

 本当は性に合っていないのだろう。

 

 と、隣で似たように壁に背を預ける者有り。

 

「それ一本くれよ」

「…………君、いくつだ」

 

 チッとじんぺーは舌打ちした。

 

 二人は、サンジとギンの戦いに視線を向けたまま、言葉を交わす。

 

「どうでもいいだろ」

「君からは煙草のにおいがしねェ。そして、くれってことは持ってもいねェ。つまりおれに不健康入門の片棒を担がせようとしてる訳だ。御免だね」

「頭固ぇなぁ」

 

 フゥーっと、フルボディは煙を吐き出した。

 

「十六、七、ってところか」

「ハァ?」

「タッパも膂力もあるようだが筋肉に厚みがねェ。グラサンで隠してようが顔はガキそのものだ」

「……てめぇ」

「おっと、気に触ったか」

「…………まあ、事実だろうよ」

 

 じんぺーはムスッとむくれたようだった。

 思わずフルボディはくすっと笑う。じんぺーはギロッと睨んだ。

 

「あいつは吸ってんじゃねぇか」

 

 じんぺーの言う「あいつ」は、戦いの最中も紙巻きを咥えたままのサンジだろう。

 

「サンジ君は十九だ」

「変わらねぇだろ」

「変わるさ。その差はかなりでかいぞ」

 

 元日本人的には、二十歳からという文言が頭にこびりついているが。

 フルボディは細くのんびり紫煙をくゆらせる。

 

「そんな年で背伸びしてこんなモンに手ェ出したら、成長は止まるわ身体は弱るわ、ロクなことにならん。そして負けた時の口実にするようになる」

 

 再び彼は煙を宙に吐く。今度は輪っかを作った。

 

 じんぺーはしかめっ面になる。

 

「大体、サンジ君のあれが本当に煙草かどうか、おれは知らねェぞ」

「は?」

 

 ぷかり。

 

「ああやってしょっちゅうナニカを吸っちゃいるが、煙草のにおいがしたことはねェ。

 彼は生粋の料理人だからな、舌がバカになるようなマネをするとも思えねェ。下手したら料理にもにおいが移るしな」

「随分買ってるな」

「分かるだろ?」

「……」

 

 じんぺーは黙ったが、その口元は笑っていた。

 

「……おれは、そのへんの海賊が煙草で自滅しようが、知ったこっちゃねェんだ」

「……」

 

 つまりは、わざわざ諭しているのは、少なからずじんぺーも買っているから、ということだ。

 じんぺーは渋面になった。

 

 じんぺーはフルボディを容赦なくKOしたようなルフィの仲間だ。あまつさえ自称海賊だ。

 何故かそのルフィにさえ厚意的に接する彼の思考は、一体どうなっているのだろう。

 ナミが言った“お人好し”だけでは片付けられない気がした。

 

 フルボディの中でバラティエがそれだけ大事ということだろうか。

 ほんの少し共闘した程度でここまで言われて、これ以上は強請れない。

 

「そもそもこれは少し重すぎるから、おれも滅多に吸わねェんだよ」

 

 それでもフルボディはぷかり、と煙の輪を作る。

 じんぺーは、絶対にやらんと重ねて言われている気がした。

 

「君のこの先なんかおれには知り様もねェが、重いのはやめておけとだけ言っておく。あとは知らん」

 

 彼らの道は、この先どんどん険しくなって行くだろう。だからこれは、推し一味に対するフルボディのお節介。

 

 じんぺーはチッと舌打ちしつつも。

 

「おっさんこそ禁煙しろよ。身体が資本の海軍将校サマだろ」

「余計なお世話だ、クソガキ」

 

 何故か、ハッ、と二人して笑い合った。

 

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「まあ、俺だけだったら、余計な手出しせず帰らないと、むしろ島壊す原因になりかねないんだろうけど……」

「……何よ」

 

 断固として伏せたりぼかしたりするはずだったことでさえ、誘導尋問紛いに、あるいは圧を掛けられて、ほとんど洗いざらい吐かされた。

 ナミはぐったりしていた。戦闘より余程疲れたかもしれない。

 

「君はメリー号を連れてきちゃったからね」

「!」

 

 ナミはがばっと身体を起こした。

 ケンジは終始変わらず、少し離れてあのまま余裕そうに手すりにもたれていた。癪だ。

 

「この子は俺たちにとって……特にウソップにとって、何ものにも代えがたい大切な仲間だ。だから、ルフィが必ず追ってくる」

 

 あいつもメリー大好きだしな、とケンジは進行方向を見たまま言う。

 

「船長が来るとなれば、俺はあいつに従う」

「ふざけないで!」

 

 ナミはバンッと床を叩いた。

 

「確かにあんたたちは強かったわ! でもアーロンは別格すぎるの! 手を出さないで!!」

「だって君は、メリー号を一緒に、連れてきたからね?」

 

 二回目。

 そして、意味有りげな強調。

 腹が立つ。

 

「っ、この!」

「事と次第によっては最悪、俺は君を海に叩き落としてでもメリー号を奪還して帰ったよ。そうしなくて良さそうで安心した。けどなあ」

 

 また、あの冷えた目を向けられた。

 

「意図してじゃない、あるいは無意識なだけ、だとは思うけど、この状況で島に着いたとして、ルフィが暴れない訳ねぇよな?」

 

 眉根を寄せ、唇を噛み、力いっぱい睨んで懸命に対抗する。

 

「うちの船長にとっての航海士は、もう君しかいないんだから」

 

 ナミはこれ以上ないくらい目を見開いた。

 

「フザケないでって言ってるでしょう!? どんだけおめでたい頭なのよ!!」

「何もふざけてねーよ」

 

 瞳孔の開いた眼で淡々と言われる。

 

「君の話を聞いてなかろうが、ルフィは君の足枷をぶっ壊しに来るぜ」

 

 ナミは、ギリ、と奥歯を噛んだ。

 

「メリーさえ居なけりゃ、俺に君を見失ったフリをさせたり、いっそ海に落として殺したり、色々手もあっただろう。君にできたかはともかくな」

「……」

 

 最後の部分は敢えての威圧。相手の思い通りに腹が立ってしまい、更に腹が立った。

 

「だから、もう止まらねぇんだよ、この流れはさ」

「……! もう、もう……! ウザいのよ! 迷惑なの!!! あと少しなんだから邪魔しないで!!!」

「俺たちは、泣いてる君を捨て置く程冷たくないんだ。諦めろ」

「そんな一時の同情でわたしたちの島を滅ぼさないで!!!」

 

 ケンジが、はぁ、と小さく溜め息をついて目を伏せたことで、視線から開放されて再びナミはへたり込む。悔しかった。

 あの凍える程に圧倒する目を持ちながら、冷たくないなど、どの口が言う。

 

 ふと、シュシュとじゃれていた彼らや、赤の他人を助けようと戦う彼らの姿が浮かぶ。

 ナミは払いのけるように頭を振った。

 

「……まあ、俺からあいつらのケツ叩く真似はしねぇよ。勝手に話すこともしねぇ。だけどほんとに」

 

 にこっと、普通の笑顔。

 

「絶対止まらねぇから。うちの連中」

「ッ! じゃあ、勝手に死ね! 島を巻き込むな!」

 

 怒鳴るナミだったが。

 

「ああ、それは良いかもなぁ。ナミちゃんも島の人々も関係ない所で、腕試しだかでつっよい海賊に挑む……そんな打ち合わせ通りに行けば、だけど」

「もう船室に引っ込むか海に落ちろ! あんたの顔も声も沢山だ!!!」

「おやぁ、嫌われちまったなあ」

 

 へにゃりと笑って、彼は手すりを離れた。船室に引っ込むらしい。

 

「海はちょっと勘弁。知ってるだろ? 俺本当にあっさり死ぬっぽいからさ」

「うるさい!!」

「はぁーい」

 

 ぱたりと扉が閉まった。

 

 ナミは大きく、長く、溜め息をつく。震えながら。

 ぽつり、ぽつり、と、床を打つのはもちろん雨ではなく。

 

 分かっていた。

 

 普段誰もに優しく穏やかなケンジが、あんなに圧を掛けてきたのは、ナミの意地を打ち破ろうとしたためだ。……最初から、助け出そうなんて、思ってしまっていたためだ。

 しかしナミのこれは、単なる意地なんかじゃないのだから。

 

(何なのよ……ほんっとに……)

 

 ナミは膝に顔を埋めた。

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