「俺だってこの店が気に入ってんだ。無様に頼み込んでねぇで、てめぇで俺の『信念』ぶち破ってみせろよ」
「ぅがっ……」
情に訴えれば行かせてもらえると思ったのは、この状況でレストランを守ろうと戦うような
「おい、グラサン野郎」
「あ?」
サンジがゆっくりと歩いて来る。
「てめェの心意気は買った」
フルボディの「店を守りたいのはサンジだけじゃない」という言は彼に響いた。
しかしそれでも。
「だが放してやってくれ。おれにはこいつを巣に帰した責任がある」
「……フン」
じんぺーは鼻を鳴らしながらも、拳は抜いてやった。
「ごほっ……サンジ、さん」
「来いよギン。煮ても焼いても食えそうにねェ意地なんか、このおれが蹴り潰してやる」
はぁ、と小さく溜め息をついて、じんぺーはパッと腕を放した。
「とんだ物好きどもだぜ」
「君もだろ?」
いつの間にか近くに退がっていたフルボディにサラっと言われ、
「あんたもだ」
じんぺーは即そう返した。
二人とも片方の口角を上げながら。
「どいつもこいつも、死にたがりめが」
ゼフは言うが。
「「あんたらのメシが美味いせいだ」」
フルボディとじんぺーの異口同音。
赤の他人どころか海兵と海賊、二人自身がぽかんと顔を見合わせた。
「……馬鹿どもが。胃袋だけじゃなく脳ミソまでふん掴まれやがって」
「何処か不味いですか? 料理長」
にこにこして言うフルボディに、ゼフは溜め息をつく。
「大尉、ウチの料理をヤバイヤクみたいに言わねェで下さいよ」
カルネが苦笑いした。
「そんな低次元なクソと一緒にしたつもりはねェよ。料理は心身の栄養源なんだから、美味ければ美味いほど群がるのが正しい」
「今度は
じんぺーが心底楽しそうに笑っている。
「悪ぃな。おれは周りが言うほど優雅じゃないもんでね」
フルボディは肩をすくめた。
そう雑談しながらも皆が横目で様子を伺っていたサンジとギンが、遂に戦闘の火蓋を切った。
フルボディは皆から少し離れて壁に寄りかかり、懐から煙草一式を取り出した。
原作の
そしてこうして、妙に待ち長い時に口にする事がある。なかなかの重さらしいにも関わらずだ。
サンジが負けるとは思わないが、微塵も心配するなというのは無理な話なのだから。
火を点け一口含んだ煙を捨てる。
それから次をすぅっと肺の奥まで取り込んだ。
これで咽ない所が何かに染まった証のようで、正体不明の苦味を憶える。
吸うのが稀でも肺は真っ黒なのだろうか、と毎度頭に浮かぶのだから、旨く吸えている訳がない。
本当は性に合っていないのだろう。
と、隣で似たように壁に背を預ける者有り。
「それ一本くれよ」
「…………君、いくつだ」
チッとじんぺーは舌打ちした。
二人は、サンジとギンの戦いに視線を向けたまま、言葉を交わす。
「どうでもいいだろ」
「君からは煙草のにおいがしねェ。そして、くれってことは持ってもいねェ。つまりおれに不健康入門の片棒を担がせようとしてる訳だ。御免だね」
「頭固ぇなぁ」
フゥーっと、フルボディは煙を吐き出した。
「十六、七、ってところか」
「ハァ?」
「タッパも膂力もあるようだが筋肉に厚みがねェ。グラサンで隠してようが顔はガキそのものだ」
「……てめぇ」
「おっと、気に触ったか」
「…………まあ、事実だろうよ」
じんぺーはムスッとむくれたようだった。
思わずフルボディはくすっと笑う。じんぺーはギロッと睨んだ。
「あいつは吸ってんじゃねぇか」
じんぺーの言う「あいつ」は、戦いの最中も紙巻きを咥えたままのサンジだろう。
「サンジ君は十九だ」
「変わらねぇだろ」
「変わるさ。その差はかなりでかいぞ」
元日本人的には、二十歳からという文言が頭にこびりついているが。
フルボディは細くのんびり紫煙をくゆらせる。
「そんな年で背伸びしてこんなモンに手ェ出したら、成長は止まるわ身体は弱るわ、ロクなことにならん。そして負けた時の口実にするようになる」
再び彼は煙を宙に吐く。今度は輪っかを作った。
じんぺーはしかめっ面になる。
「大体、サンジ君のあれが本当に煙草かどうか、おれは知らねェぞ」
「は?」
ぷかり。
「ああやってしょっちゅうナニカを吸っちゃいるが、煙草のにおいがしたことはねェ。
彼は生粋の料理人だからな、舌がバカになるようなマネをするとも思えねェ。下手したら料理にもにおいが移るしな」
「随分買ってるな」
「分かるだろ?」
「……」
じんぺーは黙ったが、その口元は笑っていた。
「……おれは、そのへんの海賊が煙草で自滅しようが、知ったこっちゃねェんだ」
「……」
つまりは、わざわざ諭しているのは、少なからずじんぺーも買っているから、ということだ。
じんぺーは渋面になった。
じんぺーはフルボディを容赦なくKOしたようなルフィの仲間だ。あまつさえ自称海賊だ。
何故かそのルフィにさえ厚意的に接する彼の思考は、一体どうなっているのだろう。
ナミが言った“お人好し”だけでは片付けられない気がした。
フルボディの中でバラティエがそれだけ大事ということだろうか。
ほんの少し共闘した程度でここまで言われて、これ以上は強請れない。
「そもそもこれは少し重すぎるから、おれも滅多に吸わねェんだよ」
それでもフルボディはぷかり、と煙の輪を作る。
じんぺーは、絶対にやらんと重ねて言われている気がした。
「君のこの先なんかおれには知り様もねェが、重いのはやめておけとだけ言っておく。あとは知らん」
彼らの道は、この先どんどん険しくなって行くだろう。だからこれは、推し一味に対するフルボディのお節介。
じんぺーはチッと舌打ちしつつも。
「おっさんこそ禁煙しろよ。身体が資本の海軍将校サマだろ」
「余計なお世話だ、クソガキ」
何故か、ハッ、と二人して笑い合った。
-----------------------------------
「まあ、俺だけだったら、余計な手出しせず帰らないと、むしろ島壊す原因になりかねないんだろうけど……」
「……何よ」
断固として伏せたりぼかしたりするはずだったことでさえ、誘導尋問紛いに、あるいは圧を掛けられて、ほとんど洗いざらい吐かされた。
ナミはぐったりしていた。戦闘より余程疲れたかもしれない。
「君はメリー号を連れてきちゃったからね」
「!」
ナミはがばっと身体を起こした。
ケンジは終始変わらず、少し離れてあのまま余裕そうに手すりにもたれていた。癪だ。
「この子は俺たちにとって……特にウソップにとって、何ものにも代えがたい大切な仲間だ。だから、ルフィが必ず追ってくる」
あいつもメリー大好きだしな、とケンジは進行方向を見たまま言う。
「船長が来るとなれば、俺はあいつに従う」
「ふざけないで!」
ナミはバンッと床を叩いた。
「確かにあんたたちは強かったわ! でもアーロンは別格すぎるの! 手を出さないで!!」
「だって君は、メリー号を一緒に、連れてきたからね?」
二回目。
そして、意味有りげな強調。
腹が立つ。
「っ、この!」
「事と次第によっては最悪、俺は君を海に叩き落としてでもメリー号を奪還して帰ったよ。そうしなくて良さそうで安心した。けどなあ」
また、あの冷えた目を向けられた。
「意図してじゃない、あるいは無意識なだけ、だとは思うけど、この状況で島に着いたとして、ルフィが暴れない訳ねぇよな?」
眉根を寄せ、唇を噛み、力いっぱい睨んで懸命に対抗する。
「うちの船長にとっての航海士は、もう君しかいないんだから」
ナミはこれ以上ないくらい目を見開いた。
「フザケないでって言ってるでしょう!? どんだけおめでたい頭なのよ!!」
「何もふざけてねーよ」
瞳孔の開いた眼で淡々と言われる。
「君の話を聞いてなかろうが、ルフィは君の足枷をぶっ壊しに来るぜ」
ナミは、ギリ、と奥歯を噛んだ。
「メリーさえ居なけりゃ、俺に君を見失ったフリをさせたり、いっそ海に落として殺したり、色々手もあっただろう。君にできたかはともかくな」
「……」
最後の部分は敢えての威圧。相手の思い通りに腹が立ってしまい、更に腹が立った。
「だから、もう止まらねぇんだよ、この流れはさ」
「……! もう、もう……! ウザいのよ! 迷惑なの!!! あと少しなんだから邪魔しないで!!!」
「俺たちは、泣いてる君を捨て置く程冷たくないんだ。諦めろ」
「そんな一時の同情でわたしたちの島を滅ぼさないで!!!」
ケンジが、はぁ、と小さく溜め息をついて目を伏せたことで、視線から開放されて再びナミはへたり込む。悔しかった。
あの凍える程に圧倒する目を持ちながら、冷たくないなど、どの口が言う。
ふと、シュシュとじゃれていた彼らや、赤の他人を助けようと戦う彼らの姿が浮かぶ。
ナミは払いのけるように頭を振った。
「……まあ、俺からあいつらのケツ叩く真似はしねぇよ。勝手に話すこともしねぇ。だけどほんとに」
にこっと、普通の笑顔。
「絶対止まらねぇから。うちの連中」
「ッ! じゃあ、勝手に死ね! 島を巻き込むな!」
怒鳴るナミだったが。
「ああ、それは良いかもなぁ。ナミちゃんも島の人々も関係ない所で、腕試しだかでつっよい海賊に挑む……そんな打ち合わせ通りに行けば、だけど」
「もう船室に引っ込むか海に落ちろ! あんたの顔も声も沢山だ!!!」
「おやぁ、嫌われちまったなあ」
へにゃりと笑って、彼は手すりを離れた。船室に引っ込むらしい。
「海はちょっと勘弁。知ってるだろ? 俺本当にあっさり死ぬっぽいからさ」
「うるさい!!」
「はぁーい」
ぱたりと扉が閉まった。
ナミは大きく、長く、溜め息をつく。震えながら。
ぽつり、ぽつり、と、床を打つのはもちろん雨ではなく。
分かっていた。
普段誰もに優しく穏やかなケンジが、あんなに圧を掛けてきたのは、ナミの意地を打ち破ろうとしたためだ。……最初から、助け出そうなんて、思ってしまっていたためだ。
しかしナミのこれは、単なる意地なんかじゃないのだから。
(何なのよ……ほんっとに……)
ナミは膝に顔を埋めた。