「……人間が先に魚人を虐げた、って、どんなふうだったの?」
ナミの航海術で、ケンジが舵を握る。
当然車とは感覚が異なるが、『走らせる』心地よさは似ている気がした。
「俺たちも詳しくは知らない。多分ルリちゃんたちも、そこまで調べがついてた訳じゃないんだと思う」
ケンジは痛ましさからか、ふっと目を伏せた。
「“魚人島”が、一万メートル以上深い海の底にあるのは、いつかの過去に、人間に追いやられたせいみたいだ」
「……そう」
「ただ、アーロンは身を持って知ってるだろう、ってさ」
「……!」
「タイヨウの海賊団船長、フィッシャー・タイガーは昔、魚人も人間も問わず奴隷を開放した英雄なんだそうだ。それでも、最期は人間に輸血を拒否されての失血死──あいつらの目の前でだろうさ」
「……」
「ナミちゃんは、優しいな」
「……は?」
「こんなこと、君は聞かなくたって良かった。君たちは理不尽に蹂躙されただけだ。彼らの過去に何があろうが、君たちの嘆きは薄れない。……欠片も歩み寄ろうとしなくたって、何もおかしくないんだよ」
「……」
ナミはただ、前を見つめて、そしてふっと笑った。
「それじゃあいつらと一緒、なんじゃない? あれは……人間は悪いものだって決めつけて、それ以上知ろうとしなかった結果、でしょ」
凛々しい目で彼女は、笑う。
「わたしは、あいつらと同じことなんかしないわ」
魚人すべてを憎むなら、それはアーロン一味の所業と変わらないのだろう。
ふっと、ケンジは笑う。
「君は強いなあ」
「あったり前でしょ! 海賊王の航海士なんだから!」
強い目で胸を張る彼女の姿に、ケンジは眩しそうに笑った。
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「かかかか、海軍だとぉお……!? ほ、砲撃用ーーー意!」
ウソップがぎこち無く大砲に走る。
「ねえ待って……あいつら白旗掲げてるんだけど」
望遠鏡越しの光景に、ナミは戸惑う。
「……全員敬礼してこっち見てるが……何だあれは……」
じんぺーは眉をひそめた。
「罠か?」
ゾロが眉根を寄せる。
「いや……E14-01……多分あれ、ナミちゃんの故郷を、救いたかった奴らの艦だよ」
ケンジも戸惑いながら言った。
「……」
全員、むしろ可能性を様々浮かべて困惑した。
「何にしろ……新聞読んでのことなんじゃねェか」
サンジはフゥーっと煙を吐いた。
「……戦う意思がないってんなら、船を着けてみましょ。避けてこじれるよりマシよ」
「分かった」
ナミの言に、ルフィは頷いた。
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「停止感謝する。その旗印から、麦わらのルフィ一行と見受けた。俺は
ビシリと敬礼したまま、みっしりと筋肉のついた金髪の海兵が言った。右目が潰れているらしき大傷があり、足を悪くしたのか、杖を、持っていた。
ヒュウ、とサンジが口笛を吹く。……少しだけゼフを思い出しながら。
「基地長自らのお出ましか……一体何の用だ」
サンジの言に一瞬目を伏せてから、アイリッシュはルフィの目をじっと見た。
「麦わらのルフィ……いや、モンキー・D・ルフィ。お前は、ヤシロ・ルリと面識があるな?」
ルリを基地に連れてきたのは、モンキー・D・ガープ。関係がないとは思えなかった。
「おう。幼馴染だ」
ルフィは腕を組んで堂々と肯定した。
アイリッシュは目を伏せて小さく息をつく。
そしてまた、ルフィの目を見た。
「……お前は、あいつが姿を消した日に、興味はあるか」
もしそうであれば情報を提供するくらいは、せめて、してやりたかった。敵だとして、どこにも文句を言われる筋合いはない。
──あるいは、仲間を一人見失った行き場のない虚しさを、共有してほしかったのかもしれない。
「興味ねェ! どっちにしろ探すからな」
仁王立ちのまますぱっと切り捨てるルフィ。
その潔さにアイリッシュはふっと笑った。感心すら憶えた。
「待ってくれ、ルフィ。俺は、知りたい」
「……俺も」
「そうか?」
ルフィは小さく首を傾げながら、ケンジとじんぺーに顔を向けた。
「俺たちが海に出た理由のひとつだから、さ」
「皆に強制はしねえ。ただ、気が向いたら時間をくれ。寝ててくれてもいい」
「そっか、別にいいぞ。おれは寝るけど」
真顔のケンジとじんぺーに、ルフィはあっさり頷いた。
「あは、ありがと」
「なら……見せたいものがある。島まで着いて来てくれ。大体はそれまでに話す」
「おう。じゃあな」
ルフィは船室に消え、アイリッシュはどかりとその場に座った。
その隣に朱色の髪の海兵が立つ。彼の左腕は肘から先が無い。
他の海兵たちは何事もなかったように船の操作にかかる。
我関せずに見えて、メリー号と無理のない距離を保っていた。
「何から話すか……ガレオン船が襲って来たのは新聞に載ったな」
「うん。見たよ」
ケンジの返事に、アイリッシュは頷いた。
「航路申告のねえ巨大ガレオン船なんぞ、奴隷船、密輸船、とにかくろくなモンじゃねえ。そういうのを取り締まるのも俺たちの仕事だ。だが蓋を開けてみれば、中に詰まってたのは、積み荷じゃなく海賊の群れだった」
「海賊……」
ナミがぽつりとこぼす。
「その海賊を捕まえんのも、海兵の仕事だろ?」
眉間にほんの少しシワを刻んだサンジの言に、アイリッシュはふっと自嘲の笑みを浮かべる。
「情けねえ話さ。戦力増強に邁進してたはずだった……そのつもりだった。だが、歯が立たなかった」
「……考えてみりゃ、おかしな話だ。いくら最弱の海と揶揄されようが、そこまでひたすら強さを求めてきた連中が……『新世界』の海賊を相手取ろうって覚悟決めてた連中が、潰されるような相手ってのは……一体何だ」
ゾロが真顔で言うと、一同首をひねる。
「どうやら幾らか話を聞いてるようだな」
アイリッシュはふっと苦笑した。
「……そいつら、
そう言ったじんぺーの表情は、俯き加減でよく見えなかった。
麦わらの一味の面々は、息を飲んでいた。
「……ニール」
アイリッシュが傍らに立つ海兵を呼んだ。
朱色の髪の彼は、敬礼して口を開く。
「おれは第14支部所属、海軍中佐、ニールだ。……ヤシロ・ルリがいた班の、班長だ」
「!」
思わずといったふうに一同ニールを見遣る。
「……そっか。聞いたことあるよ。ルリちゃん、むかつく奴って言ってた」
ケンジはそう言って笑ったが、眉尻が下がっている。
ニールが溜め息をついた。
「……あの野郎……ともかく、だ」
ニールは再び、浅く溜め息をついた。
「あいつは船上にいた奴に見覚えがあるようだった。手配書にあったんだろう。……あいつは、よんこう、幹部、っつってた」
沈黙。
波の間を進む船の音だけが聞こえる。
「「……ハァアア!!!!?」」
一味全員が驚愕の声を上げた。
「……冗談だろ?」
引きつるサンジ。
「あいつの見間違いじゃねェか……?」
疑うゾロ。
「……ルリちゃんは二、三度も見れば、手配書の顔と名前を完全に一致させる。細部まで完璧に覚えるんだ、個人の判断がつく部分は特にね。
ケンジが念を押すように言葉を重ねた。
「随分な信頼だなあ……」
ウソップがたじたじしている。
「いやまあ……手配書記憶クイズとかよくしてたんだけど、ルリちゃんと他の幼馴染二人に、俺たちまーったく敵わなくってさぁ……」
「どんな遊びよ、それ」
ビシリとナミが突っ込む。
「だって、ちっちゃい頃は特に、時間はいくらでもあったからさ」
彼らは色んな意味で、余計にそうなのだろう。
更に、昔、というのには一部前世の記憶も関わっている。
「……まあそれでも、今となっちゃ確認のしようもねえしな。可能性は半々と思ってた方が良さそうだ」
「そうだね」
じんぺーの言に、ケンジはすぐに頷いた。
「……けど、なんで初めは海賊だって分からなかったの? 普通、海賊旗を掲げてるはずよね」
「無かったのさ。ただのひとつもな」
アイリッシュ准将は苦笑いした。
「嘘でしょ……それぞれの海賊団で掲げる理由は持ってるだろうけど……だいたい共通してるのは、誇り、だからでしょう。コソコソ隠すのは、小物扱いされるくらい」
ナミは心底疑問に思っているようだった。
「ルリもそこで言い争ってた。相手は……波風立てたくないから掲げなかった、探しものをしてただけだ、とか言ってやがったな」
「何それ」
ニールの言に、ナミは頭痛でもしたように頭に片手を添えた。
「探しもの……?」
一同首を傾げる。
「……見当が無くはない。このへんで、『宝の暗号』の噂を聞いたことがないか」
アイリッシュ准将の問いかけに、しかし一味は首を傾げたまま。
「んぁ、待てよ……何か聞いたことあるかもしれねェ。客がたまに話してた噂話だ」
サンジが言って、一同彼に視線を向ける。
「それこそあのドン・クリークみたいな、
「そうなのか。だから
ウソップが納得している。
「それが我々の島にあるかもしれねえんだ」
「「!?」」
アイリッシュ准将の言に、一同目を丸くした。
「ただのおとぎ話じゃない?」
「そうだ。こっちも住民皆、おとぎ話だと思ってる。だが、
「……確かに、一理はあるかもしれねェが……」
やはり一同は首を傾げる。
「……場所も悪いさ。お前たちだって多分行こうとしてただろう」
「……あ!」
ナミが目を見開いた。
「ローグタウン……! 海賊王が生まれて死んだ町!」
「……近いな」
「そうだ。そして海賊王の宝と言えば?」
「「!!!!」」
驚愕でそれぞれ大きく反応を見せる。
「
「その位置が記されてるかもしれねえとしたら、四皇幹部が探しに来たって、おかしくはねえだろ」
「でも、そんな不確かな情報で……?」
ふっと、アイリッシュ准将は笑う。
「海賊王が『探せ』と焚き付けて二十数年。それだけの間
アイリッシュ准将は、また自嘲の混じった笑みをこぼした。
「まあ、全部不確かな情報じゃあるが、ルリの行方に関わるかもしれねえ、海賊王の宝に関係があるかもしれねえ、そんなもんを、俺たちが果たせなかった目標を達成した奴らになら、しかもそいつらがルリの知り合いってんなら、土産に押し付けたっていいだろう?」
少し間を置いて。
誰からともなくハハッと笑い、硬直していた身体から、全員が力を抜いた。
「あぁ、どんな情報だってあるにこしたことはねえ。何せ相手は正体不明なんだしよ」
「有り難いことだよな」
じんぺーの言に、ウソップがこくこく頷く。
「けど、四皇に
海賊王になりたいなら、まず四皇を全員倒してから。
そう彼らに話したのはルフィだった。
そして
「確実な情報とは言えねぇんだ。俺たちが聞いてりゃ充分だろうよ」
「ああ、そうだなあ」
じんぺーの言に、ケンジは頷いた。
「……けどさぁ、暗号ならメモで事足りるんじゃねェのか? わざわざ見に行くことあるか? まさか、このまま捕まえる気じゃ……」
ウソップの脚がカクカク振るえだす。
しかしアイリッシュ准将は吹き出した。
「そりゃ、考えてもいなかった。悪ぃな疑わせて。まあ、信じるかは分からんが……海軍本部は、俺たちの救援要請を突っぱねた。受理されてたとしてどうにかなったかは分からんが……俺たちがずっと目指してきて叶わなくなった目標を、成し遂げてたお前たちを、突き出す義理はねえさ」
麦わらの一味は顔を見合わせた。
そして幾人かは笑う。
「非行海兵、みたいな?」
ウソップが苦笑して、アイリッシュ准将も苦笑した。
脚の震えは止まったようだった。
「……叶わなくなった……」
ナミが、二人の姿をじっと見つめた。
「あぁ。人員も物資も、大きく削がれちまった」
アイリッシュ准将もニール中佐も、苦い笑みを浮かべた。
「……そろそろ着く。話も大体終わった。……あぁ、直接見せたいのはな」
アイリッシュ准将はそれを思い浮かべているのか、宙に目線を向けていた。
「どこの文字でもない、記号だかよく分からんもんが、女神像だか、セイレーン像だか……船の
「成程ね。気遣いありがと」
ナミの礼の言葉に、アイリッシュ准将は苦笑する。
「大したことになるどうかも、分からんことだ」
ふっとナミは笑った。
「もし一ミリも関係なかったとして、気持ちだけでも有り難い、ってやつよ」
アイリッシュ准将は、また、苦笑する。