海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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71.イシは語らぬ

「……人間が先に魚人を虐げた、って、どんなふうだったの?」

 

 ナミの航海術で、ケンジが舵を握る。

 当然車とは感覚が異なるが、『走らせる』心地よさは似ている気がした。

 

「俺たちも詳しくは知らない。多分ルリちゃんたちも、そこまで調べがついてた訳じゃないんだと思う」

 

 ケンジは痛ましさからか、ふっと目を伏せた。

 

「“魚人島”が、一万メートル以上深い海の底にあるのは、いつかの過去に、人間に追いやられたせいみたいだ」

「……そう」

「ただ、アーロンは身を持って知ってるだろう、ってさ」

「……!」

「タイヨウの海賊団船長、フィッシャー・タイガーは昔、魚人も人間も問わず奴隷を開放した英雄なんだそうだ。それでも、最期は人間に輸血を拒否されての失血死──あいつらの目の前でだろうさ」

「……」

「ナミちゃんは、優しいな」

「……は?」

「こんなこと、君は聞かなくたって良かった。君たちは理不尽に蹂躙されただけだ。彼らの過去に何があろうが、君たちの嘆きは薄れない。……欠片も歩み寄ろうとしなくたって、何もおかしくないんだよ」

「……」

 

 ナミはただ、前を見つめて、そしてふっと笑った。

 

「それじゃあいつらと一緒、なんじゃない? あれは……人間は悪いものだって決めつけて、それ以上知ろうとしなかった結果、でしょ」

 

 凛々しい目で彼女は、笑う。

 

「わたしは、あいつらと同じことなんかしないわ」

 

 魚人すべてを憎むなら、それはアーロン一味の所業と変わらないのだろう。

 

 ふっと、ケンジは笑う。

 

「君は強いなあ」

「あったり前でしょ! 海賊王の航海士なんだから!」

 

 強い目で胸を張る彼女の姿に、ケンジは眩しそうに笑った。

 

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「かかかか、海軍だとぉお……!? ほ、砲撃用ーーー意!」

 

 ウソップがぎこち無く大砲に走る。

 

「ねえ待って……あいつら白旗掲げてるんだけど」

 

 望遠鏡越しの光景に、ナミは戸惑う。

 

「……全員敬礼してこっち見てるが……何だあれは……」

 

 じんぺーは眉をひそめた。

 

「罠か?」

 

 ゾロが眉根を寄せる。

 

「いや……E14-01……多分あれ、ナミちゃんの故郷を、救いたかった奴らの艦だよ」

 

 ケンジも戸惑いながら言った。

 

「……」

 

 全員、むしろ可能性を様々浮かべて困惑した。

 

「何にしろ……新聞読んでのことなんじゃねェか」

 

 サンジはフゥーっと煙を吐いた。

 

「……戦う意思がないってんなら、船を着けてみましょ。避けてこじれるよりマシよ」

「分かった」

 

 ナミの言に、ルフィは頷いた。

 

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「停止感謝する。その旗印から、麦わらのルフィ一行と見受けた。俺は東の海(イーストブルー)第14支部基地長、海軍准将、アイリッシュだ」

 

 ビシリと敬礼したまま、みっしりと筋肉のついた金髪の海兵が言った。右目が潰れているらしき大傷があり、足を悪くしたのか、杖を、持っていた。

 

 ヒュウ、とサンジが口笛を吹く。……少しだけゼフを思い出しながら。

 

「基地長自らのお出ましか……一体何の用だ」

 

 サンジの言に一瞬目を伏せてから、アイリッシュはルフィの目をじっと見た。

 

「麦わらのルフィ……いや、モンキー・D・ルフィ。お前は、ヤシロ・ルリと面識があるな?」

 

 ルリを基地に連れてきたのは、モンキー・D・ガープ。関係がないとは思えなかった。

 

「おう。幼馴染だ」

 

 ルフィは腕を組んで堂々と肯定した。

 

 アイリッシュは目を伏せて小さく息をつく。

 そしてまた、ルフィの目を見た。

 

「……お前は、あいつが姿を消した日に、興味はあるか」

 

 もしそうであれば情報を提供するくらいは、せめて、してやりたかった。敵だとして、どこにも文句を言われる筋合いはない。

 

 ──あるいは、仲間を一人見失った行き場のない虚しさを、共有してほしかったのかもしれない。

 

「興味ねェ! どっちにしろ探すからな」

 

 仁王立ちのまますぱっと切り捨てるルフィ。

 その潔さにアイリッシュはふっと笑った。感心すら憶えた。

 

「待ってくれ、ルフィ。俺は、知りたい」

「……俺も」

「そうか?」

 

 ルフィは小さく首を傾げながら、ケンジとじんぺーに顔を向けた。

 

「俺たちが海に出た理由のひとつだから、さ」

「皆に強制はしねえ。ただ、気が向いたら時間をくれ。寝ててくれてもいい」

「そっか、別にいいぞ。おれは寝るけど」

 

 真顔のケンジとじんぺーに、ルフィはあっさり頷いた。

 

「あは、ありがと」

「なら……見せたいものがある。島まで着いて来てくれ。大体はそれまでに話す」

「おう。じゃあな」

 

 ルフィは船室に消え、アイリッシュはどかりとその場に座った。

 その隣に朱色の髪の海兵が立つ。彼の左腕は肘から先が無い。

 

 他の海兵たちは何事もなかったように船の操作にかかる。

 我関せずに見えて、メリー号と無理のない距離を保っていた。

 

「何から話すか……ガレオン船が襲って来たのは新聞に載ったな」

「うん。見たよ」

 

 ケンジの返事に、アイリッシュは頷いた。

 

「航路申告のねえ巨大ガレオン船なんぞ、奴隷船、密輸船、とにかくろくなモンじゃねえ。そういうのを取り締まるのも俺たちの仕事だ。だが蓋を開けてみれば、中に詰まってたのは、積み荷じゃなく海賊の群れだった」

「海賊……」

 

 ナミがぽつりとこぼす。

 

「その海賊を捕まえんのも、海兵の仕事だろ?」

 

 眉間にほんの少しシワを刻んだサンジの言に、アイリッシュはふっと自嘲の笑みを浮かべる。

 

「情けねえ話さ。戦力増強に邁進してたはずだった……そのつもりだった。だが、歯が立たなかった」

「……考えてみりゃ、おかしな話だ。いくら最弱の海と揶揄されようが、そこまでひたすら強さを求めてきた連中が……『新世界』の海賊を相手取ろうって覚悟決めてた連中が、潰されるような相手ってのは……一体何だ」

 

 ゾロが真顔で言うと、一同首をひねる。

 

「どうやら幾らか話を聞いてるようだな」

 

 アイリッシュはふっと苦笑した。

 

「……そいつら、この海(イーストブルー)の奴らじゃ、ねえんだな」

 

 そう言ったじんぺーの表情は、俯き加減でよく見えなかった。

 麦わらの一味の面々は、息を飲んでいた。

 

「……ニール」

 

 アイリッシュが傍らに立つ海兵を呼んだ。

 朱色の髪の彼は、敬礼して口を開く。

 

「おれは第14支部所属、海軍中佐、ニールだ。……ヤシロ・ルリがいた班の、班長だ」

「!」

 

 思わずといったふうに一同ニールを見遣る。

 

「……そっか。聞いたことあるよ。ルリちゃん、むかつく奴って言ってた」

 

 ケンジはそう言って笑ったが、眉尻が下がっている。

 

 ニールが溜め息をついた。

 

「……あの野郎……ともかく、だ」

 

 ニールは再び、浅く溜め息をついた。

 

「あいつは船上にいた奴に見覚えがあるようだった。手配書にあったんだろう。……あいつは、よんこう、幹部、っつってた」

 

 沈黙。

 波の間を進む船の音だけが聞こえる。

 

「「……ハァアア!!!!?」」

 

 一味全員が驚愕の声を上げた。

 

「……冗談だろ?」

 

 引きつるサンジ。

 

「あいつの見間違いじゃねェか……?」

 

 疑うゾロ。

 

「……ルリちゃんは二、三度も見れば、手配書の顔と名前を完全に一致させる。細部まで完璧に覚えるんだ、個人の判断がつく部分は特にね。()っからだ。絶対に間違えねぇ。そういう人間だよ」

 

 ケンジが念を押すように言葉を重ねた。

 

「随分な信頼だなあ……」

 

 ウソップがたじたじしている。

 

「いやまあ……手配書記憶クイズとかよくしてたんだけど、ルリちゃんと他の幼馴染二人に、俺たちまーったく敵わなくってさぁ……」

「どんな遊びよ、それ」

 

 ビシリとナミが突っ込む。

 

「だって、ちっちゃい頃は特に、時間はいくらでもあったからさ」

 

 彼らは色んな意味で、余計にそうなのだろう。

 更に、昔、というのには一部前世の記憶も関わっている。

 

「……まあそれでも、今となっちゃ確認のしようもねえしな。可能性は半々と思ってた方が良さそうだ」

「そうだね」

 

 じんぺーの言に、ケンジはすぐに頷いた。

 

「……けど、なんで初めは海賊だって分からなかったの? 普通、海賊旗を掲げてるはずよね」

「無かったのさ。ただのひとつもな」

 

 アイリッシュ准将は苦笑いした。

 

「嘘でしょ……それぞれの海賊団で掲げる理由は持ってるだろうけど……だいたい共通してるのは、誇り、だからでしょう。コソコソ隠すのは、小物扱いされるくらい」

 

 ナミは心底疑問に思っているようだった。

 

「ルリもそこで言い争ってた。相手は……波風立てたくないから掲げなかった、探しものをしてただけだ、とか言ってやがったな」

「何それ」

 

 ニールの言に、ナミは頭痛でもしたように頭に片手を添えた。

 

「探しもの……?」

 

 一同首を傾げる。

 

「……見当が無くはない。このへんで、『宝の暗号』の噂を聞いたことがないか」

 

 アイリッシュ准将の問いかけに、しかし一味は首を傾げたまま。

 

「んぁ、待てよ……何か聞いたことあるかもしれねェ。客がたまに話してた噂話だ」

 

 サンジが言って、一同彼に視線を向ける。

 

「それこそあのドン・クリークみたいな、偉大なる航路(グランドライン)から落ちぶれた海賊が、莫大な宝が眠る位置が示された暗号を、東の海(イーストブルー)に持ち帰った、ってな。だからリバース・マウンテンに近い島にあるはずだ、って話が、実しやかに漂ってたよ」

「そうなのか。だからこの辺(・・・)か」

 

 ウソップが納得している。

 

「それが我々の島にあるかもしれねえんだ」

「「!?」」

 

 アイリッシュ准将の言に、一同目を丸くした。

 

「ただのおとぎ話じゃない?」

「そうだ。こっちも住民皆、おとぎ話だと思ってる。だが、偉大なる航路(グランドライン)から来たような連中が探してるとしたら、偉大なる航路(グランドライン)由来の何かである可能性が高いと思わねえか」

「……確かに、一理はあるかもしれねェが……」

 

 やはり一同は首を傾げる。

 

「……場所も悪いさ。お前たちだって多分行こうとしてただろう」

「……あ!」

 

 ナミが目を見開いた。

 

「ローグタウン……! 海賊王が生まれて死んだ町!」

「……近いな」

「そうだ。そして海賊王の宝と言えば?」

「「!!!!」」

 

 驚愕でそれぞれ大きく反応を見せる。

 

ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)……!」

「その位置が記されてるかもしれねえとしたら、四皇幹部が探しに来たって、おかしくはねえだろ」

「でも、そんな不確かな情報で……?」

 

 ふっと、アイリッシュ准将は笑う。

 

「海賊王が『探せ』と焚き付けて二十数年。それだけの間偉大なる航路(グランドライン)を探し回って見つからねえとくりゃ、四方の海にも目を向けるのは、そうおかしくもねえだろ」

 

 アイリッシュ准将は、また自嘲の混じった笑みをこぼした。

 

「まあ、全部不確かな情報じゃあるが、ルリの行方に関わるかもしれねえ、海賊王の宝に関係があるかもしれねえ、そんなもんを、俺たちが果たせなかった目標を達成した奴らになら、しかもそいつらがルリの知り合いってんなら、土産に押し付けたっていいだろう?」

 

 少し間を置いて。

 

 誰からともなくハハッと笑い、硬直していた身体から、全員が力を抜いた。

 

「あぁ、どんな情報だってあるにこしたことはねえ。何せ相手は正体不明なんだしよ」

「有り難いことだよな」

 

 じんぺーの言に、ウソップがこくこく頷く。

 

「けど、四皇にひとつなぎの大秘宝(ワンピース)か……ルフィちゃん起こさなくて良かったかな」

 

 海賊王になりたいなら、まず四皇を全員倒してから。

 そう彼らに話したのはルフィだった。

 

 そしてひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を見つけることが、イコール海賊王になることらしい訳だから。

 

「確実な情報とは言えねぇんだ。俺たちが聞いてりゃ充分だろうよ」

「ああ、そうだなあ」

 

 じんぺーの言に、ケンジは頷いた。

 

「……けどさぁ、暗号ならメモで事足りるんじゃねェのか? わざわざ見に行くことあるか? まさか、このまま捕まえる気じゃ……」

 

 ウソップの脚がカクカク振るえだす。

 しかしアイリッシュ准将は吹き出した。

 

「そりゃ、考えてもいなかった。悪ぃな疑わせて。まあ、信じるかは分からんが……海軍本部は、俺たちの救援要請を突っぱねた。受理されてたとしてどうにかなったかは分からんが……俺たちがずっと目指してきて叶わなくなった目標を、成し遂げてたお前たちを、突き出す義理はねえさ」

 

 麦わらの一味は顔を見合わせた。

 そして幾人かは笑う。

 

「非行海兵、みたいな?」

 

 ウソップが苦笑して、アイリッシュ准将も苦笑した。

 脚の震えは止まったようだった。

 

「……叶わなくなった……」

 

 ナミが、二人の姿をじっと見つめた。

 

「あぁ。人員も物資も、大きく削がれちまった」

 

 アイリッシュ准将もニール中佐も、苦い笑みを浮かべた。

 

「……そろそろ着く。話も大体終わった。……あぁ、直接見せたいのはな」

 

 アイリッシュ准将はそれを思い浮かべているのか、宙に目線を向けていた。

 

「どこの文字でもない、記号だかよく分からんもんが、女神像だか、セイレーン像だか……船の船首像(フィギュアヘッド)らしきものに彫られてるからだ。何が重要なのか分からんから、全貌を見せたい」

「成程ね。気遣いありがと」

 

 ナミの礼の言葉に、アイリッシュ准将は苦笑する。

 

「大したことになるどうかも、分からんことだ」

 

 ふっとナミは笑った。

 

「もし一ミリも関係なかったとして、気持ちだけでも有り難い、ってやつよ」

 

 アイリッシュ准将は、また、苦笑する。

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