寝ているルフィを一人残すのはあんまりだろうと、船番兼見
暗号については気が向いたら後で話してくれとのこと。
そして、港で船を降りた面々は唖然としていた。
襲撃から一年と少しは経っているはずだ。
しかし未だにちらほらと爪痕が残っていた。
真新しい倉庫らしきものの間に、不自然に空き地が入ってくる。
そしてその内のいくつかには、何かの建材だったろう瓦礫の山が積み上がっていた。
そんな様子がどこまで続くのかは、あまり考えたくなかった。
一味の様子に苦笑して、アイリッシュは足を止めた。
「このあたりで、ルリは強襲部隊を率いて侵攻を食い止めていた。あれがなければ、もっと町の奥まで攻め込まれていただろう」
アイリッシュは振り返って海に視線を向けた。そして目を伏せる。
「……町民の避難誘導をあらかた終わらせて前線に戻った時には、
「黒いの?」
一味は首を傾げる。
ニールが、重々しく口を開く。
「……黒い服で身長がばかでかい、そんな印象しか残ってねェ。レベルが違った。ルリが四皇幹部っつったのはあいつのことだと思う。
それが暴れ出してから一気に崩れた」
一同絶句する。
「……俺の記憶も、似たようなものだ」
「!」
中佐も准将もそう言うような相手など、想像ができない。
「だから俺たちじゃ、手配書との照合もできねぇ。ひでぇ体たらくだろ」
「……」
自嘲で笑うアイリッシュに、一同は何も言えない。
そのまま誰も口を開かず歩いていると、倉庫街が終わって民家が現れ始める。
やはり新築の家々の間に不自然な空き地が挟まれることに、気持ちが沈む。
「……あぁ、このへん」
ニールが足を止めた。思わず皆止まる。
「確かあいつの家があった。なかなか評判の食堂でさ。でも、飲まれた」
ルリの両親は村に帰ってきた。
その上綺麗に何もない平地になっている。
あまり衝撃は湧かなかった。冷たいのだろうか。
ケンジやじんぺーはふと、わざわざ家まで潰して行かずともよかろうに、と思った。しかしバギー一味やアーロン一味が一撃で通りを破壊していった様を思い出す。
改めて常識の差を痛感する。建築物の破壊にかかるコストに差がありすぎる。
この世界では人間のたった一人でも、災害級になり得るのだ。
「あいつが……ルリが傷を負ったのは、ほとんど全部……班員のためだ。あの黒服じゃない……」
ニールがぽつりとこぼし、一味は目を丸くした。
しかし、じんぺーとケンジはふっとアンニュイに笑った。
「……あいつらしいわ」
「っ」
ニールの拳に更に力が篭もる。
「……そうやってボロボロになった状態で、『この支部の信念は折れない』って叫んで……敵の真ん中に突っ込んで行った」
「は!? あいつ何やって」
一味はぎょっとする。
しかし。
「いや……叫んだ内容からして……名の売れたあいつが倒れたら、士気が一気に下がるからだろう。……一旦退がって怪我の処置して、後ろから激飛ばすくらいでも良かっただろうが……猫じゃあるまいし、何してんだよ……」
俯いたままニールは頭を手で押さえた。
「……」
幾人かは新聞記事を思い出していた。重傷としか思えない書き様だった。
本人も致命傷だと思っていたとしたら。
倒れるのを、ではなく、
(お前が死ぬ訳ないだろうが)
数名が内心で毒づく。
未だに身体も見つかってない癖に。
……現実逃避かもしれなくても。
少しだけ、沈黙が続く。
じんぺーはチッと舌打ちした。
「……あいつ。庇われた方の身にもなれっての」
見事にトラウマ植え付けてるじゃねえか。
「……おれたちが、弱かったせいだ」
「ハァ?」
じんぺーは顔をしかめた。
「だとしたら、あいつも弱かっただけだ。自分も無事でねえと、死ぬより酷い結果を残すだけだ。……あんたがそうなってるみたいにな」
ニールはじんぺーの胸ぐらを掴んだ。
しかしじんぺーはニィッと強気に笑っている。
「あいつを……っ、悪く言うな!」
「ああ。だからあんたらも悪くねえよ」
「……」
ニールは眉根を寄せて表情を皺くちゃにし、じんぺーから手を離し、再び歩き出す。
「……悪ぃな。お喋りが過ぎた」
ニールがここで堰を切ったように口に出したのは……余程、精神的に参っているためなのだろう。
ルフィはきっと、来なくて正解だった。
ルリはニールに心配させまいとしてか、笑顔で走っていった。……口から血をこぼしながら。
その凄惨さもあって頭から離れない。
「構わねぇよ。お陰でルリちゃん見つけた時に、『無茶すんな』って具体的にガミガミ怒れる」
にこっと笑って言ったケンジに、ニールは少しだけくしゃりとしたふうに苦笑いした。
「……そうやってルリが姿を消してから、前線はかなり押されて……こういうふうに民家や商店にも被害が出始めた……だが、いきなり奴らは退いていった。その跡で、ルリのコートだけが見つかった。だから……奴らが連れ去った可能性が高いと見ている。目的は見当もつかないが」
アイリッシュの言に、一同顔をしかめた。
それから少し歩いて。
「……暗号が彫られているのは、これだ」
一行はいつの間にか広場のような所にいた。
そこにあったのは噴水。その中央に上空を見上げる女の像があった。
背に翼があったが、おとぎ話などを思い浮かべるも一体何の像なのかは分からない。
アイリッシュとニールは、その像の背面に回った所で足を止めた。
「ほんとだ。何か書いてあるわね」
ナミが考え込むようにしてじっと見つめている。
「しかし傷だらけだな。古いだけならこうはならねえ」
「
ゾロの言に、ウソップが頷く。
「傷で虫食い状態だな。日付らしき数字、地名か何か、海、発見、写し……原本じゃねえってことか」
「そのへんが、
じんぺーが言い、ケンジが考え込む。
「文字か記号か分からない、ねえ……確かに、何なのかしら、これ」
「うーん……」
読める文字の少しあとに描かれた、複雑な線と点で構成された何かは、離れて見れば正方形が等間隔に並んでいるように見えそうだった。
「ねえウソップ、あんたこれスケッチできる?」
「エッ」
ナミの言にウソップが明らかに嫌そうな顔をした。
ナミは溜め息をついた。
「ばかね、全部やってたら日が暮れても終わらないわ」
肩をすくめながら彼女は言う。
「こんな規模の暗号解読なんて、わたしたちには手に余る。だから像の様子と、暗号のいくつかで充分よ。本当に
ナミはくるりとアイリッシュの方を向いた。
「この像について、もっと詳しい話があるなら教えて。わたしたちにはそっちの方が必要な気がするわ」
「分かった」
そこで、ウソップが「あ」と言って拳を掌に落とした。
思わず全員そちらを向く。
「待ってくれ。噴水の水をとめれたりしねェか?」
「ん?」
「暗号は紙を当てて鉛筆で擦ればすぐに写せる。……噴水の水とめた上で、像にそんなことして良ければ、だが」
「ふむ」
アイリッシュは少し考え込んだ。
「広場の管理者に聞いてみよう。ニール、紙を頼む」
「ハッ!」
「その間に像のスケッチしとくわ」
ニールは敬礼して走り去り、アイリッシュは歩いてどこかへ向かい、ウソップはスケッチブックを取り出した。
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少しすると噴水の水が止まった。
ちらりと目を遣った町民もいたが、然程気に留めていないようだった。
ゾロがいつの間にか小さい子たちにキャッキャと囲まれていた。
「まとわりつくな!」なんて言いながらも腕にぶら下がらせてあげたり肩車状態になっていたりするものだから、大人気のようだ。
「さすが上手いなあ、ウソちゃん」
「フフン、そうだろそうだろ〜」
ウソップは、正面、両サイド、背面、といくつかの角度から描いているようだった。
ケンジに褒められてウソップは鼻高々である。
ウソちゃん呼びにはすっかり慣れたようだ。
また少ししてアイリッシュとニールが戻ってきた。
ニールは紙束以外にも、布などが入ったカゴを抱えていた。
「悪いわね、色々と」
「構わねえさ」
ナミが苦笑するが、アイリッシュは首を振った。
「ん?」
ニールからカゴもずいっと押し付けられて、ウソップは首を傾げる。
「像は拭いてからがやりやすいだろう。あと……学術調査はとうに終わってるらしいから、気にするもんでもねェとは思うが、一応……墨を含ませたコレで、上から軽く叩いたほうが、いくらか優しい。あと多分早い」
ニールは言いながら、布と綿でてるてる坊主のような物を作った。
「へえー、成程なあ」
ウソップはカゴを受け取ると、言われた通りの作業に入った。
どうやら像のスケッチは既に終わっているらしい。
「さて。この像に関する情報だったな」
「うん。よろしく」
像を見上げながらぽつりと言うアイリッシュに、ナミも見上げながら頷いた。
「役に立つかわからんが、町に伝わるおとぎ話についてはコレを読んでくれ」
ポケットに入りそうな大きさの冊子だった。紙がしっかりしているため、冊子というより子供用絵本なのかもしれない。
「わざわざありがと」
ナミが受け取る。
「島では二百年程前からここにあると言われてる。ただ、島内外の学者が色々調べた所によると造形はいつどこの物か不明らしいから、本当かは分からない」
「そんな前のモノなの?」
「あぁ。少なくとも現在島に住んでる者は、生まれた時からあるとしか知らないようだ」
「そっか」
話している間もウソップはペタペタと写しを取っていた。
その姿はさすがに興味を引いたのか、遠巻きに眺める者もちらほら。
いつの間にかニールも小さい子たちに囲まれていた。
子供たちがゾロにじゃれ付いているのも、日頃海兵たちが受け入れているせいなのかもしれない。
「これが
しかし、とアイリッシュは言葉を続ける。
「ローグタウンに近い、となった二十年前以降、尾ひれが増えた」
「成程ねえ……二百年前と二十年前だもの。繋がりは薄そうだけど、『位置が悪い』、ね」
「……あのまま攻めていればここまで届いた可能性もあっただろう。しかし奴らは切っ掛けもなく撤退した。だから結局、これ目当てに襲ってきたかは分からねえ。
しかし、これくらいしか見当の付くものはない」
「ふむ……」
納得する様を見せる一同。
しかしじんぺーとケンジが苦く笑った。
「……もし、これを狙って来てたとして……見つからねえおとぎ話より、すぐ近くに寄って来た『
「!!」
全員がハッとした。
「あの子ならこれが示す何か以外にも、色々見付けるかもしれないし……何より実績があるからなあ……」
何故彼女が『探しもの名人』なのかも知っている彼らは、苦く笑うしかない。
「……具体的な可能性がひとつ浮かんだ訳だ。ありがとな、准将」
じんぺーが眉尻を下げながら苦笑すると、アイリッシュも苦笑する。
「……役に立てばいいが、な」
ウソップの作業が終わると、アイリッシュは一味を飯に誘った。
「丁度いい時間だ。飯に付き合え」
彼は一貫して『礼』などとは言わなかった。
船にいたルフィとサンジも呼ぶことになり、かなり賑やかな──いや、うるさい食事となった。が。
周りの人間たちは、楽しそうに見守ったり、席を空けたりしていった。
「……ねえ、アイリッシュ准将」
木樽ジョッキを片手にしたナミが、いつの間にか彼の隣にいた。
「わたし、ココヤシ村の出身なの」
「!」
アイリッシュは目を見開いて彼女を見た。
「小さい頃、沈められた軍艦を見たわ。よく覚えてる」
「……」
ナミたち島の人間が、耐え忍ぶ戦いを始めた切っ掛けのひとつでもある。
アイリッシュは少し俯いた。
「八年……八年よ。島の外にも、一緒に戦ってた奴らがいたのね」
「っ」
アイリッシュは息をつまらせ、拳を握りしめる。
「そして、やっと終わったわ。これからは、お互い次の目標目指して生きましょ。……お疲れ様」
「っ……そう、だな……お疲れ様、だ……」
アイリッシュは少しの間俯いていたが、やがて顔を上げ、ルフィたちの様子を眺めてふっと笑う。
そして隣にいたニールの首にがっと腕を回して引き寄せた。
「わっ、ちょっ、何するんすか基地長!!」
色々こぼれているが無視する。
「
「……ったり前です、基地長」
ニールは随分減ってしまった木樽ジョッキの中身を見つめながら、真剣な顔で答えた。