「おれの仲間に、手を出すなァアア!!!」
一瞬、音が消えたような気がした。
そしていつの間にか戻ってきたそれは、自らの周囲でバリバリと鳴っていた。
黒いものが放電か何かのようにエースを取り巻いている。
黒い光? 黒は光を吸収するらしいのに?
黒い──黒い、稲妻。これは、一体何なのだろう。
「エース!?」
デュースが呼んでいる。
「……エー、ス」
イスカの声がする。
──ああ、そうだ。
エースの纏う炎がゴウッと渦巻いた。
「
「ぎゃぁあぁああ……」
蛇が鎌首をもたげて一気に獲物に飛びかかるように、グワっとうねった炎が、相手を飲み込んで吹き上がる。
その炎にも、あの黒い放電光が絡み付いていた。
敵はもう、眼前には一人もいなかった。
炎も黒い稲妻も消えていた。
少しぼーっとする。
額から垂れてきたものが地に落ちて小さく赤い点を描く。
思えばそれ以外にもあちこち滲んでいた。掠り傷だが。
「ゼハハハハハハ!!! さすがうちの隊長だ!!! やっぱ持ってたんだな!」
聞き慣れた笑い声がした。
振り返ると、これまたいくつか傷をこさえているティーチが、大笑いを続けている。
「……一体何の話だ? ティーチ」
「ああ? 何ってお前、さっき黒い稲妻纏ってただろ?」
ティーチはすぱっと笑うのをやめてきょとんとした。
「覇王色の覇気じゃねェか、とうとう奥の手出してきやがって」
そう言ってまたティーチは心底楽しそうに笑った。
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「最近、リンリンのとこは景気がいいな」
白ひげは新聞を読みながら言った。
「四将星の一人がナワバリを渡り歩いてる。お陰で奴自身だけじゃなく、手下の賞金までじわじわ上がってやがる」
「シマで何かあったのかねえ」
マルコは首を傾げた。
「さぁなぁ。その辺は記事にねェ」
「ナワバリ以外で寄られる島は災難だろうなあ。土地広げようとでもしてんのかね」
サッチも首を傾げていると、二番隊隊長、エースが帰って来たようだった。
「ご苦労だったな、エース。それで、どうだった」
「……奴隷売買に有害薬物……ろくなもんじゃなかった」
無事の帰還にも関わらず表情が暗かったのはそういうことか、と周りは納得した。
ナワバリの中に不穏な流れのある島があった。
だから実績のあるエースたち二番隊に仕事が回った。
エースが親子盃を受ける直前、彼という人間を量るように任せられた島。状況は、盃を蔑ろにした酷いものだった。
島をシノギに暴走していたその海賊一家が、白ひげに詫びを入れて廃業したことで一応のカタがついた。
しかし今回は。
「町長をふん捕まえてきた」
雑に後ろに背負っていた
海賊でも何でもない。島を治めるのは
エースはオヤジに会わせなければ解決しないだろう、と連行した。
「グルだったらしき奴らは、船の檻に詰め込んである」
「残念ながら黒だったって訳だ……後で島に寄らねェとな」
突然町長が連れて行かれて、島は混乱していることだろう。
白ひげに見下ろされて、町の長だった者は震え上がった。
猿ぐつわの中で醜く呻いている。
「さぁて、町長サンよ……てめェの島は、羊にとって天国だってんで、毛織物だの羊の乳製品だの、いい品がたくさんあった。おれたちも気に入ってんだ」
その島の衣料品を愛用している者もいた。
日持ちのする発酵製品なども、航海の友に良い。
「だが最近、災害等々も起こってねェのに、それらの物流が急激に落ち込んだ。だってのに、町営に関わる奴らは羽振りがよくなった。いくらなんでも怪しいじゃねェか」
縛られ転がされている町長は、ますます青ざめる。
たかがナワバリの一つにそこまで目を光らせているとは、思っていなかったようだ。
しかし白ひげ海賊団のナワバリでは、上納の金や品は要求されずとも、白ひげの信念に添った絶対の掟が敷かれる。
それなのに何も関知せず放置する訳がない。
「ウチの息子が調べてみりゃあ、結果こうだ。シメシはつけねェとなァ」
町長は猿ぐつわの下で必死に呻いた。
確実に奴隷商や密売人と繋がっているだろうが、そのあたりをふん捕まえたところでこちとら海賊。
見せしめ等を施してそこらへんに放置し、それを治安組織に拾わせる流れがそこそこ簡単なのかもしれない。
「……連れてけェ」
「うっす」
誰もしたくもない作業が始まる。
任される奴らには何で発散させてやろうかと、白ひげは思考を巡らす。
「ったく……あっちの島もイカレてねェといいが、な」
マルコが顔をしかめた。
他の隊に調査を任せた島への疑いも、深まってしまうというもの。
「何か、嫌な空気だなあ……ビッグ・マムのとこもこんな感じなのかもしれねェな」
サッチが顔をしかめる。
「おいおい兄弟、辛気臭ェ顔すんなって。良い知らせだってあるんだぜェ?」
ティーチが一人明るい声をあげて、皆の視線が集まる。
彼が上機嫌でバシバシとエースの背中を叩いて、エースは「おい、やめろよ」と抜け出した。
「あのクズの雇ったチンピラの集団が、横から押し寄せて来たんだけどよォ、そしたら」
フンっとティーチは少し自慢げだった。
エースがその様子に口をへの字気味に曲げる。
「我らが二番隊隊長が、覇王色の覇気まとった炎で、まとめてぶっ飛ばしたんだぜェ? あれは爽快だった!」
ゼハハと彼は、豊かな腹を叩きながら笑う。
「……ほう」
白ひげ始めその場にいた者たちの空気が変わる。
「……意識的にやった訳じゃねェ」
拗ねているのか照れているのかよく分からない表情で、エースは視線を下げ気味に彷徨わせていた。
フッと白ひげは笑った。
「……覇気は、自分がそれを使えると認識してこそ磨かれる。まあ、覇王色は鍛錬なんぞ関係ねェらしいが」
エースは白ひげと視線を合わせた。
「エースてめェ、強くなりてェとばかり言ってやがるが……目指すものは何だ」
エースはじっと白ひげの目を見つめたまま、少し沈黙する。
「……おれは、仲間を守れる男になりてェ」
「それで?」
「…………名を上げてェ。誰よりも有名になる」
「もうなってるだろ。最強ルーキーなんて呼ばれた頃に、七武海蹴るなんて目立つことしやがったんだ」
「っ、それだけじゃ足りねェ、おれは……おれは」
ぐっ、とエースは拳を握った。
「おれは、オヤジを海賊王にしてェ!!!!」
白ひげがキョトリと目を丸くする。
同様の反応を見せる者、ざわざわし始める者。
「グララララララ!! 他人のことばかりじゃねェか! 特に最後は余計なお世話だ」
仲間に、他人の目が必要な『名声』と、オヤジ。
しかし白ひげは海賊王にあまり興味がないらしい。
「……エース。てめェの青い炎は見つかったか?」
「!!!」
今度はエースが目を丸くした。
『青い程高温の炎なんざ、この星すら壊すモンだ。あの太陽より熱いんだからな』
過去、酒の肴に夜空を見上げながら、白ひげは言った。
『あの中の青いやつが、その熱さで燃えてんのさ。だが、この星の上じゃそれは、諸刃の剣だ』
それを聞いて、エースは気落ちしたものだった。
しかし。
『だが悪魔の実に関しては何もかもが未知数だ。てめェが「強い炎は青い」って信じてるんなら、てめェで何か掴んだ時には青くなるかもしれねェ。温度なぞ関係ねェ。……だが、
そして、旅する中で、理由が温度ではないらしき炎はいくつか目にした。
彼の中で『強い炎は青い』というイメージが強いのは自認するところだった。
死んでしまったサボや、左目に消えない傷を負ったルリや、大事な弟であるルフィ、島の幼馴染たち、スペード海賊団時代から一緒の仲間、オヤジである白ひげと、他の兄弟たち。
もっと言えば、命懸けでエースを守り産んでくれた母親。
守りたいもの、守りたかったもの。
もう失うのは嫌だ。
だから強くなりたい。
だから自分に足りないものを、しらみ潰しに探してきた。
いつも引っ掛かるのは、自分の火が青くないこと。
だから、まだ、強くなれるはずなのだ。
……覇気が、意識することで磨かれるというのなら。
青い炎も、イメージ次第だというのなら。
「オヤジ、おれはまだまだ、強くなれるらしい」
エースはニヤリと笑った。
「おれは、おれのやりたい事を全部やるために、強くなりてェ」
白ひげも、周りの仲間たちも、ニヤリと似たように笑った。
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「見てくれオヤジ!! これ、おれの弟なんだ!!」
そう言ってルフィの手配書を示すエースは、誇らしげに笑っていた。
そこに他の兄弟たちもやってきて、ルフィの『
「アッハッハッハ! 何だそりゃあ、随分不器用な奴だな!」
「と思うだろ? でも結局最後にはうまくいくんだぜ。すげェだろ」
「それは、弟がすごいのか……?」
「ああそうさ。そういう奴が集まるんだ」
「成程???」
そんなふうに盛り上がっている横で、ついでとばかりにマルコが、ぺらぺらと他の手配書と新聞記事を眺めていた。
「あぁ、コイツまた懸賞金上がったよい」
「ん? どうしたマルコ」
マルコの呟きにサッチが歩み寄った。
「この……何か、雰囲気が怖ェ奴だよい」
「怖ェ?」
一番隊隊長が怖がるとは一体どんな奴かと、サッチは手配書をのぞき込んだ。
「んっ」
サッチは引いた。
マルコが『怖い』と言った意味が分かった気がした。
しかし強そうだとかそういった方向にではない。
「子供に見えるが……何だこの目。呪われそうだぜ」
周りの全てを見下すような笑み。
少し舌を押し出すようにしている口元に当てられた五本の指は、いかにも高笑いが聞こえてきそうな様だった。
サッチが『呪われそう』と言った目は赤く、同心円状に影が差して見える。
「たしかこの前はヴェールで完全に顔が隠れてたんだがよい……決定的瞬間かよい」
言われてみれば、ヴェールらしき布がめくれた一瞬であるようだった。
懸けられた額は、88,000,000 B。
「顔はまあ怖ェが、こんな
「さァ」
「は?」
サッチはぽかんとした。
「まさか、顔が怖ェだけで?」
「ンな訳あるかよい。こいつ自身が具体的に何やったかは分からんがよい、一緒にいる奴のせいかもしれんよい」
「誰だ?」
「ビッグ・マムんとこの、ナワバリあちこちうろついてる四将星だよい」
「……成程。景気いいな、ほんと」
以前話していた、懸賞金がつり上がっている手下の一人らしい。
「てことは、ビッグ・マムの子供かねェ。まだまだ世に出てねェチビはいっぱいいるって話だろ?」
「いや……」
マルコはぺし、と手配書の名前欄を小さく弾いた。
「四将星の兄弟だったら、これはおかしいよい」
そこにあったのは『RUBY・D・AKESATO』の文字。
「D……」
ぽつりと呟いて、サッチはエースとティーチの方を見た。
彼らはエースと、ルフィとの特訓の話で盛り上がっている。
「気になるだろ、よい?」
「ああ。なんだかよく分からんけど気になる」
Dとは一体何なのだろう。
「リンリンのとこにもDが居るのか」
いつの間にか白ひげも手配書をのぞき込んでいた。
「オヤジ、Dって何だよい?」
マルコが聞いてみる。
白ひげはニッと笑った。
「まだ時じゃねェ」
白ひげはくるりと背を向け去って行ってしまった。
マルコとサッチは顔を見合わせて小首を傾げるが、つまりは今知らなくても支障はないのだと、賑やかな兄弟たちに目を向ける。
「……そういや、ビッグ・マムのとこのチビといえばよい」
「まだ何かあるのかぁ?」
「ちらほら海に出始めてる奴らはいるようだよい」
「へー。マジで景気いいなぁ」
「アケサト以外は懸賞金が懸けられる程のことしてねェのか、噂が流れてる程度だがよい」
子供にまで懸賞が懸かりまくる世の中は、なんだか嫌だなとサッチは思う。相手が
「何でもウサギの被り物被った奴と、ウサギ耳の生えた奴が、コンビでこのへんのナワバリ見回ってるとか、よい」
「……」
サッチは頭痛がしそうな思いで頭に手をやり、瞑目する。
「……別に他人の趣味をとやかく言うつもりはねェが、こっちのDといい、随分個性的だな」
「まあ、ビッグ・マムの所は、おとぎ話由来とか、菓子由来とか、ファンシー系とか……それがカラーなとこあるからよい。おれたちとは方向性が全く違うよい」
「まあ、そうだなあ」
はぁ、とサッチは小さな溜め息をつく。
「しかしほんと、ビッグ・マムんとこは何があったんだろうな? ナワバリが一気に反乱でも起こしてるのか?」
「どうだろうなァ」
「オヤジ」
白ひげがいつの間にか帰ってきて、マルコとサッチはそちらを向く。
手には大きな酒瓶と大きな盃。
止められているのにこの人は、と二人は苦笑いした。
「リンリンのナワバリは菓子の上納で成り立ってる。それが滞ったら上級幹部だって直接来るぞって、脅して回ってんじゃねェか」
「あぁー……普通は回収って傘下を回してそうだもんな。下手したら舐められだすか」
「それに、国に引き篭もっちまったら腐ってくだけだろ。たまには虎穴に落としてんじゃねェか。
そういやぁ前にもあった気がするなァ。今回はちと新聞がうるせェ」
「ふむ……」
マルコとサッチが難しい顔をしていると、白ひげが声を張った。
「おいてめェら、エースの弟の門出だ、宴を始めるぜ」
ニィと笑って盃を持ち上げる白ひげに、兄弟たちはウオォと沸いて、楽しい大騒ぎが始まった。
そのほんの少し後に、大事件が起きるなんて、誰も思ってないなかった。
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「いやあ別に着替えなくても良かっただろ」
「衛生に気を配らなくて何がコックだ」
ウサヘルはもちろんのこと、
そのためサッチのコック服の予備を借り、髪をコック帽に突っ込んで、白いマスクを掛けた。
「にしてもお前はさあ」
わざわざ身長を盛ったのは丈の問題もあるが、食いしん坊なエースなら絶対やって来るだろうと、その目を誤魔化す苦しい策でもあった。
視線でそれを突っ込まれるのを察し、ポーシェはジロリとサッチを睨む。
「うるさい唾が飛ぶ」
「ひえっ、手厳しいなあ」
そんなふうにワイワイしていると、ふっと気配を感じた。
ああやっぱりエースだろうと、サッチがキッチンに入ったとなればつまみ食いしに来るだろうと──。
「っ駄目だ!!!」
ポーシェは反射的にサッチを突き飛ばしていた。
パリィン……ドッ! ドンッ!!
軽い音と思い衝撃。
明かりが落ちた音。それから。
……銃声?
暗い。分からない。
「あれぇ? どっちだあ? ……仕方ねェなあ」
暗闇の向こうから、自身の身体に起きている事態とあまりにも遠い、明るく楽しげな声がする。
襲撃者、では、ない?
「誰、だ」
ドンッ!!
「っぐうぅ……!」
誰何の声への返答は鉛弾だった。
熱い。冷たい。……冷たい。
「ゼハハハハハ!!! サッチ、こいつはいただいていくぜ」
大きな笑い声。
この声は、多分、宴にいた、でかくて黒い奴。
「ティー……チ!? く、そ……」
朦朧とした様子でサッチが呻いている。
その声を頼りに這う。手当て、しないと。
「ゼハハハハハハハハ!!!」
ティーチと呼ばれた男の笑い声が遠ざかっていく。
「サッ、チ……サッチ……」
手探りしてもぬるりとした液体の感触があるばかり。
自分のそれなのか、サッチのそれなのか。
「え、……は!? サッチ!? っ、マルコ!!! キッチン来い!!! ──ティーチが、ティーチがやりやがった!!!」
ああ、今度こそエースの声だ。
マルコが来るなら、顔が見えないようにしてくれるはずだ。
ポーシェは意識を手放した。
起きた時には、サッチも命を取り留めたと聞いてホッとした。
しかしエースが黒ひげを追いかけて行ったと聞き、妙な胸騒ぎを憶える。
「おれが居たってなるとややこしいだけですから。あと、おれは怪我なんてしてません」
ウサヘルをにこにこさせるが、周りはみんなジト目だった。
「くれぐれも色々内密に願います。おれも、怪我なんてしてませんから」
にこにこ。
白ひげは大きく大きく溜め息をついた。
「構わねェが……せめて治るまで居ろ」
「駄目です。とっとと帰れって言われてますし、怪我なんかしてませんから」
「しかしなあ」
「ジュレが頭撫でてくれますので」
「……」
そのジュレがジト目を送っているのはもちろん、ポーシェにである。
「もう。人ん
ペコリと頭を下げるジュレ。
いつもの間延びした喋り方でないのは、それだけ洒落にならない認識があるということ。
「頭を上げてくれ嬢ちゃん、これはうちの……いや、そうだな……ポーシェの言うようにが、一番なんだろう……」
また白ひげが大きく溜め息をつく。
「……小僧、これは借りだ。覚悟しておけ」
「えっ!?」
「そういうのも筆談で書くのかよ」
周りから似たような突っ込みが複数飛んでいく。
「何にしろ、ですね。お世話になりました。サッチさんの料理おいしかったので、ぜひまた一緒に宴をしましょう。それでは」
そんなメモ用紙をピッと掲げつつ、ポーシェはしっかりとお辞儀する。
「せっかちだなぁオイ」
数人は苦笑していたが、何かがこじれる前に、お互い離れるが吉だった。
(また、会えたらいいな。皆にも、エースにも)
船長命令も仲間の静止も振り切って、一人で飛び出した彼が、心配で心配でしょうがなかった。
✦ポーシェ&ジュレ
番外1登場のウサギコンビです。
✦アケサト
アカツキやアカトキと迷って結局こうなりました。