海上のカンパニュラ   作:千里亭希遊

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76.閑話 - 手配書

 カタクリは機嫌悪く彼女の手配書を指でつまむ。

 更新されたそれでは、右の目元がはっきりと分かるものになっていた。

 

「……Dとは何だ」

 

 得も言われぬ煮え湯を噛み殺しながらの問いは、然程答えを期待したものでもない。何か言葉でもこぼしていなければ、煮え湯がマグマにでも進化しそうだった。

 

「知らん」

「は?」

 

 しかし返ってきた態度は余計鼻につくもので。

 

「そもそも、お前のママが勝手につけたんだろうが」

「違う。……リズだろうが」

 

 リズ。水晶玉のホーミーズ。

 見た目通りと言うべきか、しばしばスピリチュアルな発言をする者だった。

 

「アレってビッグ・マムの能力でできてんだろ」

「ホーミーズはママの下僕(しもべ)であって、分身じゃねェ」

「……ふーん」

 

 アケサトは長く大きな溜め息をつく。

 

「ってか、いちいち聞くってことは、Dに何か妙なイメージとかがあんだろ」

 

 ミドルネームを持つ者自体がそう多くないというのに、あったと思えば大抵が『D』とくれば、意味深がすぎるというものだ。

 

「……何だってワタシはわざわざ、こんなもんつけられなきゃならないんだよ」

「リズは胡散臭ェが、的外れ過ぎることは言わねェ。でなきゃ、ママは側に留めない」

「はぁ?」

 

 カタクリはそれ以上言葉を重ねる気がないらしかった。

 まあ大海賊団の長とか役立たずを側に置くほど寛容じゃなさそうだけどさぁ、とアケサトは口を尖らせる。

 

「あー、もういっそさァー、ワタシに何かあるとして、プリンにメモリーでもやらせりゃいいだろ。Dに関係あるかとかワタシにはマジで分からんけど、他人がワタシの過去見たほうが気付ける何かがあるかもしれない」

「……ユカワ・ソラ」

 

 唐突な個人名らしき音に疑問を憶えた瞬間、何故かアケサトの中で小さなパズルのピースがピタリと嵌まる。

 

 違う、由比川(ゆいかわ)だ。

 

 アケサトの頭の中でそう声がする。

 

 由比川(そら)。……そして必然的に浮かぶもう一方の名が、由比川大地(りく)

 

「そう名乗る、随分威勢がいい奴がいるらしい。この数か月、兄弟たちがよく遊んでいるそうだ」

「はぁ? いきなり何の話だ。お前の兄弟にオトモダチできた話なんか、興味ないんだけど」

 

 内心のざわつきを努めて抑えながら、アケサトは知らばっくれる。

 フンとカタクリは鼻を鳴らした。

 

「お前に似てるらしい」

「…………は?」

 

 アケサトは心底訳が分からなかった。

 

「妹を探している、と主張してるそうだ」

「ほんと、一体何の話してんの?」

 

 淡々と言うカタクリに、アケサトは困惑しきりに眉をひそめる。

 

「この程度の話を繋げられない阿呆(あほう)だったか? お前は」

「知るか。ひたすら訳が分からん」

「フン……お前は()の存在を隠していた。あるいは、知らなかった」

「はぁ? 兄とかほんとに居ないっての。ワタシの家族は全員お前たちが殺した。その自覚くらいさすがにあんだろ」

 

 アケサトの特徴的な目が、苛立ちと怒りでギョンッと鋭さを増す。

 しかしカタクリは歯牙にもかけない。

 

「その『ソラ』が嘘をついてると切って捨てられようが、おれは全く構わんが」

 

 カタクリの目がすっと細まった。

 

「お前と食い違いがありすぎて、逆に興味が湧かなくもない」

「……」

 

 アケサトは眉間の皺を深める。

 

「……確かに、ワタシもそれが気にならなくはない。目的は何だ……」

 

 今の(・・)アケサトは『由比川天』でも『由比川大地』でもない。

 そればかりか、()でさえそれらはただの記号(・・)だった。

 

 しかしだからこそ、それを知っていて敢えて名乗っているとしか思えない。

 

(まさか、今度はわたしが『リク』だって言いたいのか?)

 

 ソラは、外に出れないリクのための橋渡し役のつもりでいたから。

 

(……ふざけんなよ)

 

 心がざわつく。

 

「で、こんな手配書が出たせいで、その『ソラ』にお前の顔の情報が渡る訳だ」

「……片目のチラ見せ程度で何が分かる。実際騒いでる奴もいないだろ」

 

 ()の面影など欠片もなかろうにと、彼女は嘲笑すら浮かべる。

 

「てか、実際わたし(・・・)を知ってるお前としてはどーよ。分かると思うのか」

「……」

 

 カタクリは嫌そうに口を曲げながら、手配書をじっと眺めた。

 

「……分からねェだろうよ、普通ならな」

「あ? 普通なら?」

「だが『兄』なら? 他人なら分からねェ何かで嗅ぎ付けることがあってもおかしくねェ。加えて、得体の知れねェDって要素まである」

 

 カタクリには兄弟たちへの深い情がある。

 アケサトは既にそれを知っている。

 にしても。

 

「だからワタシの場合、Dは本名じゃねーって。それにその『ソラ』はD名乗ってんのか?」

「世間のDだって、どんな理由で付いてるのか全く分かりゃしねェんだ」

「……そりゃ、分からんけどさぁ……」

 

 少しの間、沈黙が流れる。

 カタクリはいつも通りなだけの無表情。

 対して、アケサトは仏頂面だった。

 

 しばらくして。

 

「いい加減帰ってこいと言われてる」

 

 カタクリは静かに言った。

 

「別に今に始まったことじゃないだろ」

 

 アケサトは面倒そうにそう返す。

 

「こうあまりに引き延ばしてると怪しまれる」

「……だとして、お前はママにアレ(・・)を話せるのか?」

「……」

 

 カタクリの眉間に少しだけしわが寄った。

 

 例の人物(・・・・)に関しては、事実に反してほぼ逆走の道のりを報告している。

 これはカタクリとアケサトだけでなく、シュトロイゼンとも話し合った結果だった。

 

「駄目なんだろ。かと言って、四将星の一角ともあろう者が、半年以上経っても『足取りを追ってる』ってだけの報告で済むのか」

 

 島々を渡り『人買い』の道を辿ることは『視る』者にとっていい気分ではない。

 ハァ、とアケサトは深いため息をついた。

 

「人買いに(さら)われてあちこち転々と、っと。……その人買いのひとつがあれ(・・)とはな」

 

 アケサトの忌々しそうな声音に、ハッ、とカタクリが鼻を鳴らす。

 

「感傷に浸るか」

「いーや、呆れ果ててんだ。上の上(・・・)の話かと思ってたら()もそうだってんだ。フン、買われた孤児たちはいったいどうなったんだか」

「こき使う以外にあるのか? 大半は死んでるだろう」

「ハッ! あいつらこそ大悪党じゃん。……ハァ」

 

 大きくため息をつくルビーの苛立ち様に、どこか憐れみを憶える。

 ……憐れみ。

 

 やはり絆されているのかとカタクリは密かに自嘲した。

 

「だがまあ、一度帰るべきではあるだろう。あの人(・・・)が立ち寄った島々を辿ってきたことは事実だしな」

「どんどん近づいてるかも(・・)ってことは示せるかもだけど……ビッグ・マムの目的は『見つけ出すこと』だろうが。めっちゃ怒るんじゃないの」

「……もし罰で死んだとて、このこと(・・・・)を墓まで持っていけるのだから悔いはない」

「あはは、なんて素晴らしい忠誠だ! ワタシはそれに巻き込まれるなんて御免被るぞ!」

 

 アケサトは肩をすくめながら嘲笑った。

 しかし唐突にそれは引っ込められる。

 

「……まー、これまで通りナワバリの視察もしながらだったら、帰る時間も引き延ばせるんじゃね」

「帰りはだらだらとしていたら怪しい」

「あー……そうなるか」

 

 めんどくさ、とだるそうに伸びをして、アケサトはふと自身の手配書を手に取った。

 随分変な『決定的瞬間』を捉えてくれたものだと笑う。

 

「すんげー顔してんな」

「お前の顔だ」

「うるせー。……」

 

 自分の手配書以外もついでに眺めたアケサトは、とある一枚をじっと見つめた。

 

 MONKEY・D・LUFFY 30,000,000

 

「正真正銘のDっぽいのがいんじゃん。しかもなかなかの額……」

「お前の半分以下じゃねェか」

「額とかどうとでもなるだろ。手配書でD漁ってりゃそのうち知ってそうな奴が見つかるんじゃね」

「……そこまで手間をかける気はねェ」

「はん。……ホーミーズがぽんと付けたくらいだ。特に意味なんてないんじゃねーの」

「……そうかもな」

 

 ついでに新聞のほうも眺め出したアケサトには、もうげんなりした様子はないように見えた。









///

という訳で(?)、番外2の兄妹爺の正体はカタクリ、アケサト、シュトロイゼン、です。
なのでアケサトの左目は色無しで入れ墨ありですが、手配書には写っていません。
また、由比川は偽名です。ユイカワ・リクの音から推測できる人はできるかも。
また、pixivのほうの本編ではアケサトは存在しません。
色々とぼかしてばかりですが、全部きちんと明かす時は来ます。

このところ気力皆無人間なので、書けそうな時にこういう比較的短いのをちょこちょこアップしていくかもしれません。
間あきすぎたせいか本文を謎に名字のルビーで書いてたので修正()
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