美しき日々 作:少年
鳥は、鳥籠の中で自由を謳歌している。
青い、青い空。
鳥は、空を望む。
自らを守る「壁」と、同胞の「自由」を守る。
自らを守る「壁」を疑い、鳥籠から飛び立つ。
君主を、秩序を、社会を、文化を、民を守る。
これらは全て「兵」の役割を持った者達。
その者たちの手には、美しくも無機質な「翼」があった。
これは、その「翼」を盗んだ少年の話。
「彼」は、全てを失った。
845年。
彼には幸せなんてなかった。居場所なんてなかった。生きる権利すらなかった。
しかし、そこには人が居た。
「彼」は、人を愛していた。
「彼」は物陰から、活気に溢れる町の雰囲気を楽しんでいた。
リンゴを買う女性。
昼間から酒を飲みかわす飲んだくれたち。
赤子を抱き、慈しみの表情を浮かべる母親。
川辺の階段に座り、話す金髪の少年。 それを聞く黒髪の少年と少女。
金髪の少年が何かを口にする。
風が止まる。
鳥が逃げる。
雷鳴、次いで炸裂音。
影が差す。
皮膚を剥がれた醜い「巨人」が、「壁」から頭を出す。
恐怖。
先ほどまで笑顔を浮かべていた人々は、驚愕や恐怖の表情を浮かべる。
破砕音。
数多もの飛翔物と悲鳴が町を満たす。
死。
日常が非日常へと切り替わる。
鮮血。
生物の持つ神秘、自己修復から栄養の補充、酸素の供給を行う神の雫。
瓦礫。
人と何十年も付き添った、安全な場所を構成していた物。
そこにあった大小さまざまな命は、一瞬にして奪われた。
ああ....やはり今日もまた美しい世界だ。
「彼」は、人生で2度目となる死を、鮮血を見て、
自らの手で封印した過去を、
少年は、彷徨っていた。
もう7日は食事をしていないし、マトモな食事はかれこれ数年摂っていない。
少年は彷徨っていた。
みすぼらしい恰好の少年に施しを与える人間を求めて。
少年は折れかけていた。
誰も少年に救いの手を差し伸べなかった。
少年は彷徨っていた。
折れた心で、もはや目的などなく歩いていた。
少年は足を止めた。
ああ。
なんたる僥倖か。
神は少年を見捨てなかった。
捨てられたであろう赤子を見つけた。
1日は放置されたであろう、誰の子かもわからない赤子。
息も絶え絶えで、あと数時間もすれば死ぬだろう赤子。
少年にはもう理性などなかった。
震える体に鞭を打ち、歩み寄る。
地に這いつくばり、両の手で掴む。
赤子は恐怖する。
口を押え、首に牙を立てる。
泣き喚かれると、捕食がバレてしまうから。
赤子の骨は柔らかく、少年の咬合力でも十分に破砕できた。
溢れる血液。
首の骨は簡単に砕け、少年の血肉となる。
捕食。
捕食。
捕食。
産まれて間もないであろう赤子は柔らかかった。
頭蓋を砕き、筋を千切り、皮膚を剥いだ。
彼は、ひたすら自らの血肉となる
壁内では貴重な肉を、3キロはある肉を食べつくした。
少年は満腹になった後、血溜まりに倒れ込んだ。
物音。
少年は必死に死体に擬態する。
成功。
この死と快楽に溢れた街に、みすぼらしい惨殺死体がいくらあるか。
少年もその一つだと認識された。
赤子の未来は少年が受け継いだ。
13年しかない未来を。
後に、■■■■■と呼ばれる運命を。
「彼」は、
回避不可能。
走馬灯はあんなものしかなかった。
直撃。
胸骨より僅かに左。
本能的に理解した。 自身の心臓は外部からの衝撃を受け、
今まさに機能を停止したと。
ゆっくりと暗転する視界。
「彼」は、死を目前としていた。
目を閉じた。
しかし、奇妙だ。
意識がある。
自身の個体名も、年齢も性別も分かる。
「彼」は目を開けた。
眼前には砂の大地が広がっていた。
見渡す限り砂、砂、砂。
そして、1本だけ生える、言葉では形容できない
「彼」の横には幼き自分が捕食した物と同じ見た目の赤子と、
美しい黒髪を携えた少女が横たわっていた。
彼女たちには共通点があり、
二人とも目の下には無数の細長い傷が付いていた。
触れる。
冷たい。
彼女たちはすでに冷たく、物言わぬ肉塊であった。
「彼」は周りを見渡した。
直立する少女が居た。
何か、自身の物ではない、外部から植え付けられたような、
しかし不快ではない衝動に駆られ近寄る。
少女は、何かが欠けているようだった。
少女は振り向き、口を動かした。 しかし無音。
祈るような、恨むような、慈しむような表情と共に少女は語り続ける。
「彼」はずっと、無音ながらも聞いていた。
話し始めてから数分経っただろうか。少女が最後の一節であろう言葉を綴った。
別れを告げるような、再開を望むような表情をしていた。
読唇術なんてものはないが、彼女はきっと.....
「彼」は、赤子にとっては巨人と同じだったのだろう。
背負った運命の名は.....